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第1章 神宮 透子のラプソディ

13 御伽の国の城

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 理解しきれない現実に、頭がフリーズしかけた。
 どうしてここに氷室さんがいるのか。今まさに二人と戦っていた人が氷室さんだとすれば、つまり氷室さんも魔法を使っていたということで。それはつまり────

「奇襲ってのは時間との戦いだ。初手で俺たちを仕留めきれなかったお前の負けだ」

 壁へと追い詰めた氷室さんの首筋に、剣をあてがいながらD8は言った。
 そんな顔を見上げる氷室さんの目はとても涼やかで、まるで何にも感じていないかのように冷静だった。

「それにしても魔女がまさかここまで侵入してくるなんてな。魔女魔女魔女。昨日からなんなんだ。魔女がどうしてここに用がある」
「………………」

 氷室さんは答えない。ただ澄んだ瞳でD8を見上げるだけだった。
 確かに氷室さんだけれど、とても氷室さんとは思えない。
 私の知っている氷室さんは物静かで大人しいけれど、あそこまで氷のように無感情な顔はしなかった。

「D8、殺してはダメよ。拘束して地下牢へ。何故こんなところまで来たのか、きちんと聞き出さないといけないわ」
「りょーかい。こいつが昨日のあいつと関わりがあるかはわかんねぇけどさ。一体こいつら、何のつもりなんだ?」
「それも全部、何もかも聞き出すわ。今度こそね」

 氷室さんを追い詰めたD8に、D4が並び立った時だった。
 突然私の足元に魔方陣が現れたかと思うと、眩い光を放った。
 私がすっぽりと収まるくらいの魔方陣から、光の壁が現れて私を包み込む。

 音すらも完全に遮断され、私は一人隔離された。
 そしてそれを見届けた瞬間、氷室さんから猛吹雪が放たれた。

 私の足元に展開した魔方陣に気を取られた二人は、完全に不意を突かれて、みるみるうちにその体は凍っていく。
 その脇をすり抜けた氷室さんが、私の元までやって来る頃には猛吹雪は収まっていて、体の半分ほどを凍らされた二人は完全に出遅れた。

 光の壁はいつのまにか消えていて、もう何が何だか付いて行けずにいる私を、氷室さんは抱き上げて駆け出した。
 爆破して侵入してきた窓へと一直線に走り、そして一瞬の躊躇いもなく窓から外へと飛び出した。

 思わず悲鳴をあげる私に構わずに、ブツブツと何かを呟く氷室さん。
 透子ちゃんのように空を飛ぶのではなく、そのまま自由落下していく。

 それはとてつもない高さだった。
 きっと建物のだいぶ上の方にいたんだと思う。
 気が遠くなる落下に心臓が止まりそうになりながらも、私はそこで飛び込んできた光景に圧倒されて、他の感情なんて忘れてしまった。

 ここはお城だった。まるで絵本に出てくるような、とても大きなお城。
 ただの一つの汚れも許さないほどの純白の外壁。見る者を圧倒する荘厳かつ巨大な城。
 私はその中の、とても高い塔の上にいたんだ。

 そしてその先に広がるのは、見渡す限りの花畑。一角には薔薇園のようなものも見える。
 幻想の世界のような、華やかな煌びやかな光景だった。
 まるでお伽話の世界に迷い込んでしまったかのような、そんな景色。

 ここは、一体どこ?

 けれどそんな疑問を考えている時間はなくて、私たちは石畳の地面に今まさに叩きつけられようとしていた。
 私はもうなすがまま。ただ氷室さんに強く抱きつくことしかできなかった。

 しかし、思っていたような衝撃は全くなかった。
 あったのはトランポリンの上に落ちたような、グニャリとした感覚。
 見てみると、石畳がそれこそトランポリンのように深く沈み込んでいた。
 ここまでの落下の衝撃を、全て吸収するかのようにたわんでいる。

 そして殺した衝撃が返ってくる。
 私たちは石畳によって、今度は盛大に跳び上がった。

「────猫を探して」

 そしてようやく氷室さんは口を開いた。

「え、猫!?」
「黒い猫。それが出口」
「どういうこと!? 全然わかんないよ!」

 聞いても氷室さんは答えてくれなかった。
 ただ周囲に視線を走らせているだけ。

 二回目の着地で衝撃を殺しきって、氷室さんは私を抱えたまま走り出した。
 こんな大きなお城なんだから、兵隊みたいな人たちが出てきてもおかしくないけれど、見渡す限りに追手はなかった。

「逃すかよ!」

 けれど頭の上から声がして、突然雨のように火の玉が降り注いできた。
 氷室さんはそれをなんとかかわしながら走るけれど、一面に降り注ぐ炎のせいで焼けるように熱かった。

 仕方なく、氷室さんは近くにあった窓を壊して、その中へと飛び込んだ。
 そこは倉庫みたいな場所なのか、薄暗くて埃っぽかった。

 割れた窓ガラスが、ビデオの逆再生みたいに巻き戻って直っていく。
 外にはまだ火の雨が降っていて、石畳を燃やしていた。

「ねえ、氷室さん」

 一瞬の静寂の中で私が声をかけると、氷室さんは静かに私を見下ろした。

「氷室さんは……魔女、だったの?」
「……ええ」

 短く答えたその言葉には、ただ真実のみが込められていた。
 他に感情はない。ただ事実を伝える言葉。

「氷室さん、私……」
「今話している時間はない。まずは、ここから脱出することが先決」

 言葉を遮られて、私はもう何も言えなかった。
 自分の今の気持ちをどう処理したらいいのか、私にはわからなくなってしまった。

 氷室さんは未だ私を抱きかかえたまま、倉庫の出口へと駆ける。
 追ってきている気配はなくて、いつしか窓の外の火の雨は止んでいた。

 あの人たちから逃げ切ることはできるのかな。
 氷室さんは黒い猫を探せって言っていたけど、それが出口とどう関係あるのかもわからない。
 それでも今は、氷室さんを信じるしかなかった。
 だって氷室さんは私の友達。それだけで信じるに事足りる。

 近づくだけで扉は勝手に開いて、私たちは広い廊下に飛び出した。そこには────。

「みーつけた」

 D8が待ち構えていた。
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