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第5話 ラビリンス・ストロベリー
5-4 日常が終わる日
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◆◆◆
「香葡先輩、あの、これ……」
ちょっと込み入った話の後、またいつものようにたわいもないお喋りをして。
それが落ち着いたところで私は、カバンから取り出した箱を差し出した。
二月十四日。今日という日にぴったりのものを。
「え! なになに~!? チョコレート!?」
私が持つハート型のベタな箱を見て、香葡先輩はパァッと顔を明るくした。
キラキラと瞳を輝かせて、箱と私を交互に見て嬉しそうに微笑む。
「そっかバレンタインデーだよ今日! あちゃ~、私友チョコとか用意する習慣なくて、何にもお返しできないよぉ」
「い、いいです。わ、私も友チョコとか、しないので」
額をパチンと立ててのけ反る香葡先輩に、私はつっかえながら答えた。
すると先輩はニコッと笑って、私をじっくりと見た。
「と、いうことは! 本命チョコだ!」
「そ、そうです、よ……?」
ウキウキと言う香葡先輩に、私はちょっと俯きながら答えた。
自分の顔がこれでもかと赤くなるのがよくわかる。
熱くって仕方がなかった。
私の返事を聞くや否や、香葡先輩は大喜びをして箱を受け取ってくれた。
まるで飛び跳ねそうな勢いに、私はホッと胸を撫で下ろした。
きっと喜んでもらえるとは思いつつ、嫌がられる可能性もちょっとは考えていたから。
「ねぇねぇ開けていい? というか今食べていい!?」
「も、もちろんです。お口に合えばいいんですが……」
聞いたにも関わらず、香葡先輩は私の返事が終わる前に箱のリボンを解き始めていた。
そして蓋を開くなり、テンション高く叫び声を上げる。
「もしかしてもしかすると、これって柑夏ちゃんの手作りだったりしますか!?」
「は、はい。初めて作ったので、あんまり美味しくないかもしれませんが……」
一目で手作りとわかるほどに、出来上がったものはあまり格好が良くはない。
できることなら、売り物と見紛うほどに綺麗なものをあげたかったけれど。
普段お菓子作りところか料理もまともにしない私には、これが精一杯だった。
不恰好なハート型のチョコレート。気持ちだけはたっぷり入れた。
「甘党な香葡先輩に合わせて、甘さ全振りで。美味しいと、いいんですけど……」
「美味しそうだよぉ。てか、絶対に美味しいに決まってんじゃ~ん! あーんもう我慢できない。早速いただきまーす!」
自信のない私なんかよりも、香葡先輩の方がよっぽど私のことを信頼してくれているようだった。
不恰好な見た目も、初めてで不安な味も、まるで意に介さない。
飛びつくように一粒摘み取った香葡先輩は、ニコニコ笑顔でチョコレートを口に入れた。
口を閉じ、チョコレートが溶けるのを楽しんでいるのか目を瞑って。
それからもぐもぐと楽しそうに咀嚼する香葡先輩。
私はそんな様子をハラハラドキドキと見守った。
「ど、どうでしょうか……」
気が気じゃなくて、持っていた湯呑みを胸元で握りしめる私。
けれど中身がこぼれるかもとか、そういったことには全く気が回らなくて。
恐る恐る、香葡先輩の様子を窺い見る。
そんな私に、目をカッと開いた先輩が明るい笑みを向けてくれた。
「すっごく美味しいよぉ~! やばーい! 柑夏ちゃん、お菓子作る才能あるんじゃない!?」
そう歓声をあげて、香葡先輩は勢いよくこちらに飛びついてきた。
私はギリギリのところで湯呑みをテーブルに逃して、けれどされるがままに抱きしめられる。
ぎゅうぎゅうと力強く、先輩は私に思いっきり抱きついた。
「嬉しいなぁ。私、本当に嬉しいよぉ。柑夏ちゃん、ありがとね!」
「いえ。喜んでもらえて、私こそ嬉しいです」
チョコレート一つでここまで喜びを表現してくれるのだから、頑張った甲斐がある。
大袈裟ではなく、心の底から思ってくれていることが伝わってくるから、私も本当に嬉しい。
香葡先輩のこういったところが、私は大好きだ。
「あれ、香葡先輩……?」
香葡先輩は長いこと私を抱きしめて、強く喜びを伝えてくれた。
それからようやく体を離した時、私は先輩がつーっと涙を流しているのに気づいた。
「どうして泣いて……? もしかして、実はすごく不味くて……!?」
「ち、違うよ違うよぉ~。あれ、おかしいなぁ……」
私の不安に香葡先輩は笑顔で首を横に振りながら、しかし涙はポロポロと流れ続けている。
心配する私を気遣ってニコニコとしながら、先輩は制服の裾でゴシゴシと目元を拭った。
「ごめんごめん。なんだろう、嬉しすぎて感動しちゃったのかなぁ」
あははと誤魔化し笑いをしながらそう言う香葡先輩。
私はまだ心配だったけれど、あんまり突っ込むことができなかった。
「柑夏ちゃんの気持ち、たっくさんこもってたから。私、本当に嬉しかったよ。ありがとうね」
普通の朗らかの笑顔に戻した香葡先輩は、もう一粒を口に放りながら言った。
少なくとも無理して食べているようには見えない。お口には合ったようだ。
美味しいと言ってもらえたのはもちろん、受け取ってもらえたのが嬉しかった。
香葡先輩が私の気持ちをちゃんと受け止めてくれて、嬉しかった。
だって私は既に一度告白をして、断られているから。
本気で、受け取ってもらえないことを覚悟していたから。
「何にもお返しできないから、ほら、おーいで」
胸を撫で下ろしている私を、香葡先輩は肩を抱いて寄せた。
少しだけ背の低い先輩の肩に、私の頭が乗っかる。
密着することで香葡先輩の温もりが感じられて、いい匂いもして、とても幸せだった。
「ありがとう、柑夏ちゃん。私のこと、好きって言ってくれて」
「はい、ずっと大好きです」
私の頭をそっと撫でながら、香葡先輩はポツリと言った。
その手が気持ちよくて、私は頷きながら目を瞑る。
香葡先輩に出会ったのは、この学校に入学してすぐのことだった。
いろんな部活が新入部員を獲得しようと、放課後の一年生に躍起になって勧誘をしている中、香葡先輩は部室棟の隅っこのこの部室で、一人何もしていなかった。
部活に入るつもりは全くなかったけれど、せっかくだしとうろうろして色んな部活を外から眺めていた私は、そんな先輩の姿に目を奪われてしまったんだ。
一人のんびりとしている姿が、呑気そうだと思ったわけじゃない。
朗らかと、けれどどこか物憂げなその姿が、妙に私の心を打ったんだ。
見目麗しいその容姿もだけれど、そんな香葡先輩の儚げな雰囲気に、私は釘付けになった。
そうやって立ち尽くす私に気づいた香葡先輩が、声をかけてくれた。
根暗で地味な私には、運動部はもちろん文化部だって積極的に声をかけようとはしてこなかったのに。
部室を覗いている怪しげな一年生に、香葡先輩はにこやかに呼びかけてくれたんだ。
「私と一緒に、人の恋バナ聞いたり、噂話したり、のんびりお喋りしようよ」と。
後に聞いても、香葡先輩は私を誘ってくれたはっきりとした理由を教えてくれなかった。
「なんかこうビビッときたんだよね」と適当なことを言うばかりで。
でも私は、香葡先輩と過ごす日々が楽しくてたまらなかったから、正直理由はどうでも良かった。
放課後をのんびり過ごしたり、下世話な話で盛り上がったり、人の恋バナで賑やかになったり。
香葡先輩がやっているガールズ・ドロップ・シンドロームについての活動も、ちょっと苦手な部分はあったけど、でも先輩と一緒なら頑張れた。
それに結果が出た時の香葡先輩の笑顔を見ると、もっと頑張ろうと思えた。
人付き合いが苦手で、友達を作るのが苦手で。むしろ一人が楽だと思っていた私。
そんな私が香葡先輩といることを嬉しく、楽しく、幸せに思って。いつしか依存のようになって。
その気持ちが恋に変わるのには、そう気づいたのには、あまり時間はかからなかった。
もっとずっと一緒にいたい。香葡先輩の特別になりたいと、思っていたから。
その溢れんばかりの想いを自覚して、私はすぐに香葡先輩に告白をした。
八月のことだった。夏休みの間ずっと一緒にいて、私は我慢ができなかった。
それに香葡先輩もすっごく私を可愛がってくれていたし、気持ちが通じ合う可能性は高いと、勝手にそう思っていたから。
でも、私は振られた。告白を断られてしまった。
その理由を聞いた時、私はすぐには納得することができなかったけれど。
でも香葡先輩は私のことをすごく好きだと言ってくれたし、ずっと一緒にいたいとも言ってくれた。
だから私は、それでいいと思うことにした。香葡先輩と一緒にいられるなら、それでいいと。
それからも香葡先輩は変わらず接してくれたし、だから私の気持ちも変わらなかった。
恋自体は実らなかったけれど、毎日楽しくて幸せだったし。
返事こそダメだったけれど、私は先輩を好きでい続けることをやめはしなかった。
そして私は、ガールズ・ドロップ・シンドロームに罹った。
でもそれすらも、私を煩わすものにはならなかった。
そこで得た能力は、私たちの活動に活かすことができたし、何より香葡先輩の役に立ったから。
私はずっと、ずっとずっと幸せだった。
この日々が続くなら、叶わぬ恋を燻らせたままでも構わなかった。
でもだからこそ、バレンタインの本命チョコを受け取ってもらえるかは不安だったけれど。
気持ちにこそ応えてくれなくても、こんなにも喜んでもらえたなら、私は十分だった。
「ねぇ、柑夏ちゃん」
しばらく二人で寄り添ってのんびりしていた時。
香葡先輩がポツリと言った。
「本当に、ありがとう。ありがとうね、柑夏ちゃん」
「もう十分ですよ、香葡先輩。言われすぎると恥ずかしくなります」
「ごめんね。でも、いっぱい感謝を伝えないと。私、何にも返せないから」
私の頭にコツンと頭を重ね、香葡先輩は言う。
「柑夏ちゃんは、こんなに私のこと、想ってくれてるんだから」
「香葡先輩だって、いつも私にいっぱい優しくしてくれるじゃないですか。同じですよ」
「……うん」
香葡先輩はそれ以上何も言わなかった。
もう一粒チョコレートを口に入れて、ゆっくりと噛み締めて。
気に入ってもらえて嬉しいなと、私はすぐ隣でこっそり微笑んだ。
幸せだった。毎日が幸せだった。香葡先輩といられるのが、何よりも幸せだった。
恋は叶わなくても、好きでい続けられたし、好きだと言ってもらえるし、大切にしてもらえるし。
私はそれで満足で、それ以上を望むことはなかった。恋を諦めてはいなかったけど。でも納得していた。
私は、今のままで良かったんだ。私は────。
いつもは一緒に下校するのに、香葡先輩は用事があるからと私を先に帰した。
さようならを言ったその後、先輩が屋上に向かい、飛び降りたと知ったのは、翌日の朝のことだった。
◆◆◆
「香葡先輩、あの、これ……」
ちょっと込み入った話の後、またいつものようにたわいもないお喋りをして。
それが落ち着いたところで私は、カバンから取り出した箱を差し出した。
二月十四日。今日という日にぴったりのものを。
「え! なになに~!? チョコレート!?」
私が持つハート型のベタな箱を見て、香葡先輩はパァッと顔を明るくした。
キラキラと瞳を輝かせて、箱と私を交互に見て嬉しそうに微笑む。
「そっかバレンタインデーだよ今日! あちゃ~、私友チョコとか用意する習慣なくて、何にもお返しできないよぉ」
「い、いいです。わ、私も友チョコとか、しないので」
額をパチンと立ててのけ反る香葡先輩に、私はつっかえながら答えた。
すると先輩はニコッと笑って、私をじっくりと見た。
「と、いうことは! 本命チョコだ!」
「そ、そうです、よ……?」
ウキウキと言う香葡先輩に、私はちょっと俯きながら答えた。
自分の顔がこれでもかと赤くなるのがよくわかる。
熱くって仕方がなかった。
私の返事を聞くや否や、香葡先輩は大喜びをして箱を受け取ってくれた。
まるで飛び跳ねそうな勢いに、私はホッと胸を撫で下ろした。
きっと喜んでもらえるとは思いつつ、嫌がられる可能性もちょっとは考えていたから。
「ねぇねぇ開けていい? というか今食べていい!?」
「も、もちろんです。お口に合えばいいんですが……」
聞いたにも関わらず、香葡先輩は私の返事が終わる前に箱のリボンを解き始めていた。
そして蓋を開くなり、テンション高く叫び声を上げる。
「もしかしてもしかすると、これって柑夏ちゃんの手作りだったりしますか!?」
「は、はい。初めて作ったので、あんまり美味しくないかもしれませんが……」
一目で手作りとわかるほどに、出来上がったものはあまり格好が良くはない。
できることなら、売り物と見紛うほどに綺麗なものをあげたかったけれど。
普段お菓子作りところか料理もまともにしない私には、これが精一杯だった。
不恰好なハート型のチョコレート。気持ちだけはたっぷり入れた。
「甘党な香葡先輩に合わせて、甘さ全振りで。美味しいと、いいんですけど……」
「美味しそうだよぉ。てか、絶対に美味しいに決まってんじゃ~ん! あーんもう我慢できない。早速いただきまーす!」
自信のない私なんかよりも、香葡先輩の方がよっぽど私のことを信頼してくれているようだった。
不恰好な見た目も、初めてで不安な味も、まるで意に介さない。
飛びつくように一粒摘み取った香葡先輩は、ニコニコ笑顔でチョコレートを口に入れた。
口を閉じ、チョコレートが溶けるのを楽しんでいるのか目を瞑って。
それからもぐもぐと楽しそうに咀嚼する香葡先輩。
私はそんな様子をハラハラドキドキと見守った。
「ど、どうでしょうか……」
気が気じゃなくて、持っていた湯呑みを胸元で握りしめる私。
けれど中身がこぼれるかもとか、そういったことには全く気が回らなくて。
恐る恐る、香葡先輩の様子を窺い見る。
そんな私に、目をカッと開いた先輩が明るい笑みを向けてくれた。
「すっごく美味しいよぉ~! やばーい! 柑夏ちゃん、お菓子作る才能あるんじゃない!?」
そう歓声をあげて、香葡先輩は勢いよくこちらに飛びついてきた。
私はギリギリのところで湯呑みをテーブルに逃して、けれどされるがままに抱きしめられる。
ぎゅうぎゅうと力強く、先輩は私に思いっきり抱きついた。
「嬉しいなぁ。私、本当に嬉しいよぉ。柑夏ちゃん、ありがとね!」
「いえ。喜んでもらえて、私こそ嬉しいです」
チョコレート一つでここまで喜びを表現してくれるのだから、頑張った甲斐がある。
大袈裟ではなく、心の底から思ってくれていることが伝わってくるから、私も本当に嬉しい。
香葡先輩のこういったところが、私は大好きだ。
「あれ、香葡先輩……?」
香葡先輩は長いこと私を抱きしめて、強く喜びを伝えてくれた。
それからようやく体を離した時、私は先輩がつーっと涙を流しているのに気づいた。
「どうして泣いて……? もしかして、実はすごく不味くて……!?」
「ち、違うよ違うよぉ~。あれ、おかしいなぁ……」
私の不安に香葡先輩は笑顔で首を横に振りながら、しかし涙はポロポロと流れ続けている。
心配する私を気遣ってニコニコとしながら、先輩は制服の裾でゴシゴシと目元を拭った。
「ごめんごめん。なんだろう、嬉しすぎて感動しちゃったのかなぁ」
あははと誤魔化し笑いをしながらそう言う香葡先輩。
私はまだ心配だったけれど、あんまり突っ込むことができなかった。
「柑夏ちゃんの気持ち、たっくさんこもってたから。私、本当に嬉しかったよ。ありがとうね」
普通の朗らかの笑顔に戻した香葡先輩は、もう一粒を口に放りながら言った。
少なくとも無理して食べているようには見えない。お口には合ったようだ。
美味しいと言ってもらえたのはもちろん、受け取ってもらえたのが嬉しかった。
香葡先輩が私の気持ちをちゃんと受け止めてくれて、嬉しかった。
だって私は既に一度告白をして、断られているから。
本気で、受け取ってもらえないことを覚悟していたから。
「何にもお返しできないから、ほら、おーいで」
胸を撫で下ろしている私を、香葡先輩は肩を抱いて寄せた。
少しだけ背の低い先輩の肩に、私の頭が乗っかる。
密着することで香葡先輩の温もりが感じられて、いい匂いもして、とても幸せだった。
「ありがとう、柑夏ちゃん。私のこと、好きって言ってくれて」
「はい、ずっと大好きです」
私の頭をそっと撫でながら、香葡先輩はポツリと言った。
その手が気持ちよくて、私は頷きながら目を瞑る。
香葡先輩に出会ったのは、この学校に入学してすぐのことだった。
いろんな部活が新入部員を獲得しようと、放課後の一年生に躍起になって勧誘をしている中、香葡先輩は部室棟の隅っこのこの部室で、一人何もしていなかった。
部活に入るつもりは全くなかったけれど、せっかくだしとうろうろして色んな部活を外から眺めていた私は、そんな先輩の姿に目を奪われてしまったんだ。
一人のんびりとしている姿が、呑気そうだと思ったわけじゃない。
朗らかと、けれどどこか物憂げなその姿が、妙に私の心を打ったんだ。
見目麗しいその容姿もだけれど、そんな香葡先輩の儚げな雰囲気に、私は釘付けになった。
そうやって立ち尽くす私に気づいた香葡先輩が、声をかけてくれた。
根暗で地味な私には、運動部はもちろん文化部だって積極的に声をかけようとはしてこなかったのに。
部室を覗いている怪しげな一年生に、香葡先輩はにこやかに呼びかけてくれたんだ。
「私と一緒に、人の恋バナ聞いたり、噂話したり、のんびりお喋りしようよ」と。
後に聞いても、香葡先輩は私を誘ってくれたはっきりとした理由を教えてくれなかった。
「なんかこうビビッときたんだよね」と適当なことを言うばかりで。
でも私は、香葡先輩と過ごす日々が楽しくてたまらなかったから、正直理由はどうでも良かった。
放課後をのんびり過ごしたり、下世話な話で盛り上がったり、人の恋バナで賑やかになったり。
香葡先輩がやっているガールズ・ドロップ・シンドロームについての活動も、ちょっと苦手な部分はあったけど、でも先輩と一緒なら頑張れた。
それに結果が出た時の香葡先輩の笑顔を見ると、もっと頑張ろうと思えた。
人付き合いが苦手で、友達を作るのが苦手で。むしろ一人が楽だと思っていた私。
そんな私が香葡先輩といることを嬉しく、楽しく、幸せに思って。いつしか依存のようになって。
その気持ちが恋に変わるのには、そう気づいたのには、あまり時間はかからなかった。
もっとずっと一緒にいたい。香葡先輩の特別になりたいと、思っていたから。
その溢れんばかりの想いを自覚して、私はすぐに香葡先輩に告白をした。
八月のことだった。夏休みの間ずっと一緒にいて、私は我慢ができなかった。
それに香葡先輩もすっごく私を可愛がってくれていたし、気持ちが通じ合う可能性は高いと、勝手にそう思っていたから。
でも、私は振られた。告白を断られてしまった。
その理由を聞いた時、私はすぐには納得することができなかったけれど。
でも香葡先輩は私のことをすごく好きだと言ってくれたし、ずっと一緒にいたいとも言ってくれた。
だから私は、それでいいと思うことにした。香葡先輩と一緒にいられるなら、それでいいと。
それからも香葡先輩は変わらず接してくれたし、だから私の気持ちも変わらなかった。
恋自体は実らなかったけれど、毎日楽しくて幸せだったし。
返事こそダメだったけれど、私は先輩を好きでい続けることをやめはしなかった。
そして私は、ガールズ・ドロップ・シンドロームに罹った。
でもそれすらも、私を煩わすものにはならなかった。
そこで得た能力は、私たちの活動に活かすことができたし、何より香葡先輩の役に立ったから。
私はずっと、ずっとずっと幸せだった。
この日々が続くなら、叶わぬ恋を燻らせたままでも構わなかった。
でもだからこそ、バレンタインの本命チョコを受け取ってもらえるかは不安だったけれど。
気持ちにこそ応えてくれなくても、こんなにも喜んでもらえたなら、私は十分だった。
「ねぇ、柑夏ちゃん」
しばらく二人で寄り添ってのんびりしていた時。
香葡先輩がポツリと言った。
「本当に、ありがとう。ありがとうね、柑夏ちゃん」
「もう十分ですよ、香葡先輩。言われすぎると恥ずかしくなります」
「ごめんね。でも、いっぱい感謝を伝えないと。私、何にも返せないから」
私の頭にコツンと頭を重ね、香葡先輩は言う。
「柑夏ちゃんは、こんなに私のこと、想ってくれてるんだから」
「香葡先輩だって、いつも私にいっぱい優しくしてくれるじゃないですか。同じですよ」
「……うん」
香葡先輩はそれ以上何も言わなかった。
もう一粒チョコレートを口に入れて、ゆっくりと噛み締めて。
気に入ってもらえて嬉しいなと、私はすぐ隣でこっそり微笑んだ。
幸せだった。毎日が幸せだった。香葡先輩といられるのが、何よりも幸せだった。
恋は叶わなくても、好きでい続けられたし、好きだと言ってもらえるし、大切にしてもらえるし。
私はそれで満足で、それ以上を望むことはなかった。恋を諦めてはいなかったけど。でも納得していた。
私は、今のままで良かったんだ。私は────。
いつもは一緒に下校するのに、香葡先輩は用事があるからと私を先に帰した。
さようならを言ったその後、先輩が屋上に向かい、飛び降りたと知ったのは、翌日の朝のことだった。
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