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第4話 インビジブル・プラム
4-3 共犯者
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「わ、私をお探し、ですか?」
「うわぁっ!」
翌日の放課後、私は昨日と同じように飛び上がってしまった。
陰山さんの話をもう一度聞こうと一年生の階まで来たはいいけれど、私は彼女の教室を知らなかったし、特に連絡先を交換してもいなかった。
どうしたものかとキョロキョロしていたところに、不意に声をかけられたのだった。
「きょ、今日は大声、出してませんよ……」
私の肩に手を置いて突然現れた陰山さんは、私の驚きっぷりにそう控えめに言った。
確かに今回の彼女は別に悪くない。いきなりなのは仕方ないのだから。
ややしょんぼりとする陰山さんに私は謝った。
「ごめん。昨日の続き、もう少し聞けたらと思って会いに来たんだけど……」
「あ、はい。ありがとうございます。ただ、その、ちょっとついてきてもらってもいいですか……?」
頷きつつもちょっとバツが悪そうにする陰山さん。
タイミングが悪いなら出直そうかと思ったけれど、しかし彼女はそう言って私の手首あたりを握り直した。
場所を変えたいというだけらしい。私は同意し、二人で歩き出す。
昨日のようにフリースペースを探したり、落ち着いて話せる場所に移動するのかと思ったけれど、違った。
帰りながらに話したいというわけでもなさそうで、昇降口とは反対方向へ向かう陰山さん。
校舎の奥の方、一年生の教室が立ち並ぶ方へとズンズン進んでいく。
「こ、ここです」
「……?」
不意に立ち止まった陰山さんは、薄く笑みを浮かべていた。
彼女の意図するところがわからずにいると、不意に彼女が「あっ」と小さく声を上げた。
そんな陰山さんの視線の先を追うと、とある教室から女子生徒が出てくるところだった。
「あ、あの人です……!」
「あの人って、まさか」
「はい。あの人がヒメリンですっ!」
「…………」
湧き上がる興奮を抑えることなく、揚々とそう言う陰山さん。
どうやら私は今、彼女のストーキングに付き合わされてしまっているらしい。
「ヒメリン。アイドルのHIMEこと、本名朝陽 姫莉さんです」
「ほ、本名知ってるの?」
「もちろんです。一般公開はされていませんが、同じ学校の、同学年ですから。そ、それくらいは」
そう言ってニヤつく陰山さんを見ると、同学年の生徒として自然に名前を知ったかどうか若干怪しかった。
違法なことや、プライベートを犯すようなことをしていないといいんだけれど。
「でもなんか、印象だいぶ違うけど……」
HIMEこと朝陽さんを見て、私は素直な感想を口にした。
一応昨日私は、ネットでHIMEのことを調べてみたのだけれど、見た目がかなり違う。
HIMEは煌びやかな長い金髪が特徴的だけれど、あの朝陽さんは黒髪のショートカットだ。
化粧だって今時っぽい煌びやかなものに対し、彼女のそれはとても素朴で大人しい。
朝陽さんは朝陽さんでかなり可愛らしい顔立ちをしている部類だけれど、HIMEと同じ顔かと言われると私には一致させるのが難しかった。
「仕事とプライベート、完全に分けてるんです。最初は地毛で金髪にしてたみたいなんですけど、最近はウィックっぽいですし。そうは言ってないですけど、私には見ればわかります。化粧だってかなり変えてますけど、私は元の可愛い顔がよくわかってますから……!」
「そ、そうなんだ……」
興奮気味にそう言った陰山さんに、私は頷くしかなかった。
確かに化粧一つでも顔の印象なんて簡単に変わるし、わかりやすいアイコンである金髪がなければそれも尚更か。
それにそもそもの話、私がまだアイドルHIMEを認識し切れていない、というのもあるんだろう。
日常生活で周囲にバレないように生活できているというのであれば、私程度ではそう気付くことはできないはずだ。
一応そう納得しつつ、もう一度朝陽さんに目を向けると、彼女に続いて教室から出てきた女子生徒の姿があった。
朝陽さんはその女子生徒の腕にギュッと抱きついて、仲睦まじく歩き始める。
「……あれは、『王子』です」
「お、王子……?」
途端に暗い顔をし、声のテンションが落ちた陰山さんが言った。
「中性的ですらっと背の高いイケメンな顔立ちで、今一年の女子を中心にキャーキャー言われてる人です。その煌びやかな見た目から、『王子』と呼ばれてます」
「そ、そうなんだ……」
苦々しげに語る陰山さんに説明され、よく見てみる。
王子と呼ばれたその女子は、百七十センチはありそうな長身で、ベリーショートの髪がよく似合うキリッとした顔立ちをしている。
確かにその雰囲気は、女性劇団の男役のような輝かしく凛々しいものに見えた。
「王子は、ヒメリンの幼馴染なのです。だから二人は、いつもああやってべったりで」
「そ、そう……。その、あの二人ってもしかして────」
「付き合ってはいません! ヒメリンは誰のものでもありません! みんなのものなんです!」
「ご、ごめん」
私が言葉にする前にそう否定した陰山さんの声には、かなり熱がこもっていた。
ややムキになっているその主張は、ファンとして少し厄介なように見えた。
何も言えないでいる私の手を引いて、陰山さんは歩き始めた。
もちろん、朝陽さんと王子の後を追って。
「まぁ、ヒメリンが芸能界で変な男に引っかかるよりは、まだ王子とくっついた方がマジですが。私はあんまり、あの人が好きじゃありません……!」
「そうだろうね……」
ムスッとして言う陰山さんに、私は碌な相槌を打つことができなかった。
敵意や嫉妬、ではないのかもしれないけれど、好ましく思っていない雰囲気は十分に伝わってくる。
その王子の本名も把握しているだろうに、決して呼ばないところがまた、彼女の気持ちの表れだろう。
ただ、そんな王子に不満を抱いているより、朝陽さんを見ることの方がもちろん大切なようで、陰山さんはそれ以上のコメントをしなかった。
私をズンズンと引っ張って、彼女から視線を外すことなく、距離を保ちながらついていく。
朝陽さんたちはまっすぐ下校するようで、昇降口の方へと向かっている。
そうやってストーキングの共犯にさせられている中で、私はふと気づいた。
これってもしかして、共犯じゃなくて私の単独犯になっているんじゃないかと。
私は陰山さんに付き合わされているだけだけれど、彼女は私以外の周囲から全く認識されない。
もし朝陽さんが追跡者の存在に気付いたとしたら、それは私になってしまう。
途端に危機感に苛まれた私だけれど、夢中で歩みを進める陰山さんに口出すことはできなかった。
私は心の中でバレませんようにと祈りながら、仕方なくそのまま付き従うことにした。
「あ~! 今日のヒメリンも可愛かったなぁ~!」
結局校門付近まで尾行した後、陰山さんはとても幸せそうにそう笑った。
もしかしたらこのまま家までついて行くんじゃないかとヒヤヒヤしたけれど、朝陽さんは校門前に迎えにきた車に乗って行ってしまったので、それ以上はどうしようもなかった。
そういうところは芸能人らしいなと思いつつ、迎えがない日はどうしているんだろうと不安にもなった。
「すみません、葉月先輩。付き合わせてしまって」
「まぁ、うん」
素直にそう謝ってくる陰山さんに、私は当たり障りのない返事をする。
人に犯罪の片棒を担がせるなと言いたいところだったけれど、今はグッと堪えた。
私たちは昇降口から校門への下校ルートからやや外れ、近くにあるベンチへと移動した。
周りには下校前のお喋りをしていたり、迎えを待つような生徒がいたけれど、今からひと気のないところに行くのも面倒だった。
「とりあえず、陰山さんがどんな人に想いを寄せているのかはわかったよ」
「は、はいぃ……」
私が言うと、陰山さんは恥ずかしそうに身を縮こませた。
アイドルに恋をしていると言われても、正直ちょっと漠然とした印象でよくわからなかったけれど。
ああやって実在する姿を見ると、とても現実感を持つことができた。
「ただ、どうして陰山さんは、その……ガチ恋が本当の恋に、なったの? 何か理由とか、ある?」
「それは、ですね……」
私が尋ねると、陰山さんはもじもじと体をくねらせた。
「一度だけ、話をしたことがあるです。本当にちょっとだけ、なんですけど」
「それは校内で、朝陽さんとしての彼女と?」
「は、はい。廊下で、たまたまぶつかっちゃって。その、私こんな体格ですけど、元々影薄いからよく、ぶつかられるんです。その時も、きっとそんな感じで」
自虐的にそう言いつつ、しかし陰山さんの語り口はどこか嬉しいそうだ。
好きな人との思い出だから、なのだろうか。
「別にどっちかが転んだとか、怪我したとか、そういうんじゃなくて。ただ私が、スマホを落としちゃって。ヒメリンがそれを、拾ってくれたんですけど。その時待ち受けにしてたヒメリンの画像を見て、『HIME好きなんだね』ってニッコリ笑いながら渡してくれたんです……!」
段々と早口になりながら、興奮気味に言う陰山さん。
その好意のほどというか、熱量というかが、とてもよく伝わってくる。
「そんな彼女の笑顔に、ものすごくドキッとしてしまって。しかもよく見たら、その人は紛うことなきヒメリンで。私の大好きなヒメリンの笑顔で。私、もう頭がめちゃくちゃになってしまいした……!」
「朝陽さんがHIMEだと気付いたのと、好きになったのは一緒だったってことか」
私がそう頷くと、陰山さんはブンブンと頭を縦に振った。
「大好きなヒメリンに出会ってしまったことと、リアルヒメリンのキラキラな笑顔に、私は一瞬で恋に落ちしてしまったんです。今までのガチ恋が馬鹿みたいに思えるくらい、真剣に」
長い黒髪に大部分が隠れた顔が、しかしポッと赤くなっていることがよく見てとれた。
ただの熱心なファンというだけではなく、彼女自身に夢中になっていることは明らかだった。
「もちろん、叶うわけはないんです。でも私はそれでもよかった。ヒメリンに本当の恋ができるだけで、私は幸せなんです!」
そう語る陰山さんの表情は、HIMEの何を語る時よりも一番、満たされているように見えた。
「うわぁっ!」
翌日の放課後、私は昨日と同じように飛び上がってしまった。
陰山さんの話をもう一度聞こうと一年生の階まで来たはいいけれど、私は彼女の教室を知らなかったし、特に連絡先を交換してもいなかった。
どうしたものかとキョロキョロしていたところに、不意に声をかけられたのだった。
「きょ、今日は大声、出してませんよ……」
私の肩に手を置いて突然現れた陰山さんは、私の驚きっぷりにそう控えめに言った。
確かに今回の彼女は別に悪くない。いきなりなのは仕方ないのだから。
ややしょんぼりとする陰山さんに私は謝った。
「ごめん。昨日の続き、もう少し聞けたらと思って会いに来たんだけど……」
「あ、はい。ありがとうございます。ただ、その、ちょっとついてきてもらってもいいですか……?」
頷きつつもちょっとバツが悪そうにする陰山さん。
タイミングが悪いなら出直そうかと思ったけれど、しかし彼女はそう言って私の手首あたりを握り直した。
場所を変えたいというだけらしい。私は同意し、二人で歩き出す。
昨日のようにフリースペースを探したり、落ち着いて話せる場所に移動するのかと思ったけれど、違った。
帰りながらに話したいというわけでもなさそうで、昇降口とは反対方向へ向かう陰山さん。
校舎の奥の方、一年生の教室が立ち並ぶ方へとズンズン進んでいく。
「こ、ここです」
「……?」
不意に立ち止まった陰山さんは、薄く笑みを浮かべていた。
彼女の意図するところがわからずにいると、不意に彼女が「あっ」と小さく声を上げた。
そんな陰山さんの視線の先を追うと、とある教室から女子生徒が出てくるところだった。
「あ、あの人です……!」
「あの人って、まさか」
「はい。あの人がヒメリンですっ!」
「…………」
湧き上がる興奮を抑えることなく、揚々とそう言う陰山さん。
どうやら私は今、彼女のストーキングに付き合わされてしまっているらしい。
「ヒメリン。アイドルのHIMEこと、本名朝陽 姫莉さんです」
「ほ、本名知ってるの?」
「もちろんです。一般公開はされていませんが、同じ学校の、同学年ですから。そ、それくらいは」
そう言ってニヤつく陰山さんを見ると、同学年の生徒として自然に名前を知ったかどうか若干怪しかった。
違法なことや、プライベートを犯すようなことをしていないといいんだけれど。
「でもなんか、印象だいぶ違うけど……」
HIMEこと朝陽さんを見て、私は素直な感想を口にした。
一応昨日私は、ネットでHIMEのことを調べてみたのだけれど、見た目がかなり違う。
HIMEは煌びやかな長い金髪が特徴的だけれど、あの朝陽さんは黒髪のショートカットだ。
化粧だって今時っぽい煌びやかなものに対し、彼女のそれはとても素朴で大人しい。
朝陽さんは朝陽さんでかなり可愛らしい顔立ちをしている部類だけれど、HIMEと同じ顔かと言われると私には一致させるのが難しかった。
「仕事とプライベート、完全に分けてるんです。最初は地毛で金髪にしてたみたいなんですけど、最近はウィックっぽいですし。そうは言ってないですけど、私には見ればわかります。化粧だってかなり変えてますけど、私は元の可愛い顔がよくわかってますから……!」
「そ、そうなんだ……」
興奮気味にそう言った陰山さんに、私は頷くしかなかった。
確かに化粧一つでも顔の印象なんて簡単に変わるし、わかりやすいアイコンである金髪がなければそれも尚更か。
それにそもそもの話、私がまだアイドルHIMEを認識し切れていない、というのもあるんだろう。
日常生活で周囲にバレないように生活できているというのであれば、私程度ではそう気付くことはできないはずだ。
一応そう納得しつつ、もう一度朝陽さんに目を向けると、彼女に続いて教室から出てきた女子生徒の姿があった。
朝陽さんはその女子生徒の腕にギュッと抱きついて、仲睦まじく歩き始める。
「……あれは、『王子』です」
「お、王子……?」
途端に暗い顔をし、声のテンションが落ちた陰山さんが言った。
「中性的ですらっと背の高いイケメンな顔立ちで、今一年の女子を中心にキャーキャー言われてる人です。その煌びやかな見た目から、『王子』と呼ばれてます」
「そ、そうなんだ……」
苦々しげに語る陰山さんに説明され、よく見てみる。
王子と呼ばれたその女子は、百七十センチはありそうな長身で、ベリーショートの髪がよく似合うキリッとした顔立ちをしている。
確かにその雰囲気は、女性劇団の男役のような輝かしく凛々しいものに見えた。
「王子は、ヒメリンの幼馴染なのです。だから二人は、いつもああやってべったりで」
「そ、そう……。その、あの二人ってもしかして────」
「付き合ってはいません! ヒメリンは誰のものでもありません! みんなのものなんです!」
「ご、ごめん」
私が言葉にする前にそう否定した陰山さんの声には、かなり熱がこもっていた。
ややムキになっているその主張は、ファンとして少し厄介なように見えた。
何も言えないでいる私の手を引いて、陰山さんは歩き始めた。
もちろん、朝陽さんと王子の後を追って。
「まぁ、ヒメリンが芸能界で変な男に引っかかるよりは、まだ王子とくっついた方がマジですが。私はあんまり、あの人が好きじゃありません……!」
「そうだろうね……」
ムスッとして言う陰山さんに、私は碌な相槌を打つことができなかった。
敵意や嫉妬、ではないのかもしれないけれど、好ましく思っていない雰囲気は十分に伝わってくる。
その王子の本名も把握しているだろうに、決して呼ばないところがまた、彼女の気持ちの表れだろう。
ただ、そんな王子に不満を抱いているより、朝陽さんを見ることの方がもちろん大切なようで、陰山さんはそれ以上のコメントをしなかった。
私をズンズンと引っ張って、彼女から視線を外すことなく、距離を保ちながらついていく。
朝陽さんたちはまっすぐ下校するようで、昇降口の方へと向かっている。
そうやってストーキングの共犯にさせられている中で、私はふと気づいた。
これってもしかして、共犯じゃなくて私の単独犯になっているんじゃないかと。
私は陰山さんに付き合わされているだけだけれど、彼女は私以外の周囲から全く認識されない。
もし朝陽さんが追跡者の存在に気付いたとしたら、それは私になってしまう。
途端に危機感に苛まれた私だけれど、夢中で歩みを進める陰山さんに口出すことはできなかった。
私は心の中でバレませんようにと祈りながら、仕方なくそのまま付き従うことにした。
「あ~! 今日のヒメリンも可愛かったなぁ~!」
結局校門付近まで尾行した後、陰山さんはとても幸せそうにそう笑った。
もしかしたらこのまま家までついて行くんじゃないかとヒヤヒヤしたけれど、朝陽さんは校門前に迎えにきた車に乗って行ってしまったので、それ以上はどうしようもなかった。
そういうところは芸能人らしいなと思いつつ、迎えがない日はどうしているんだろうと不安にもなった。
「すみません、葉月先輩。付き合わせてしまって」
「まぁ、うん」
素直にそう謝ってくる陰山さんに、私は当たり障りのない返事をする。
人に犯罪の片棒を担がせるなと言いたいところだったけれど、今はグッと堪えた。
私たちは昇降口から校門への下校ルートからやや外れ、近くにあるベンチへと移動した。
周りには下校前のお喋りをしていたり、迎えを待つような生徒がいたけれど、今からひと気のないところに行くのも面倒だった。
「とりあえず、陰山さんがどんな人に想いを寄せているのかはわかったよ」
「は、はいぃ……」
私が言うと、陰山さんは恥ずかしそうに身を縮こませた。
アイドルに恋をしていると言われても、正直ちょっと漠然とした印象でよくわからなかったけれど。
ああやって実在する姿を見ると、とても現実感を持つことができた。
「ただ、どうして陰山さんは、その……ガチ恋が本当の恋に、なったの? 何か理由とか、ある?」
「それは、ですね……」
私が尋ねると、陰山さんはもじもじと体をくねらせた。
「一度だけ、話をしたことがあるです。本当にちょっとだけ、なんですけど」
「それは校内で、朝陽さんとしての彼女と?」
「は、はい。廊下で、たまたまぶつかっちゃって。その、私こんな体格ですけど、元々影薄いからよく、ぶつかられるんです。その時も、きっとそんな感じで」
自虐的にそう言いつつ、しかし陰山さんの語り口はどこか嬉しいそうだ。
好きな人との思い出だから、なのだろうか。
「別にどっちかが転んだとか、怪我したとか、そういうんじゃなくて。ただ私が、スマホを落としちゃって。ヒメリンがそれを、拾ってくれたんですけど。その時待ち受けにしてたヒメリンの画像を見て、『HIME好きなんだね』ってニッコリ笑いながら渡してくれたんです……!」
段々と早口になりながら、興奮気味に言う陰山さん。
その好意のほどというか、熱量というかが、とてもよく伝わってくる。
「そんな彼女の笑顔に、ものすごくドキッとしてしまって。しかもよく見たら、その人は紛うことなきヒメリンで。私の大好きなヒメリンの笑顔で。私、もう頭がめちゃくちゃになってしまいした……!」
「朝陽さんがHIMEだと気付いたのと、好きになったのは一緒だったってことか」
私がそう頷くと、陰山さんはブンブンと頭を縦に振った。
「大好きなヒメリンに出会ってしまったことと、リアルヒメリンのキラキラな笑顔に、私は一瞬で恋に落ちしてしまったんです。今までのガチ恋が馬鹿みたいに思えるくらい、真剣に」
長い黒髪に大部分が隠れた顔が、しかしポッと赤くなっていることがよく見てとれた。
ただの熱心なファンというだけではなく、彼女自身に夢中になっていることは明らかだった。
「もちろん、叶うわけはないんです。でも私はそれでもよかった。ヒメリンに本当の恋ができるだけで、私は幸せなんです!」
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