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第3話 バイオレンス・パイン

3-3 疲労と恐怖

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 鳳梨ほうり先輩から助力を断られた私は、その後ようやくオカルト研究会の部室に辿り着くことができた。
 思わぬ問題ごとに巻き込まれたこともそうだし、何より鳳梨先輩の苛烈な雰囲気に圧倒されてしまった私は、もう完全に疲れ切ってしまって。
 ほうほうの体で部室へと入ると、そのままソファに正面から倒れ込んだ。

 当然のこと、いつものようにそこには神里かみさと 香葡かほ先輩が先に座っていて、私の顔面は先輩の太ももに受け止められる。
 いつも私が身を委ねる大好きな膝枕。でもこうしてうずまるのは、普段とはまた違う安心感がある。

「おやまぁ、お疲れですなぁ。校内放送で大っぴらに生徒指導室に呼び出された柑夏かんなさん。その様子だと、こってり絞られたのかなぁ?」

 倒れ伏した私に、香葡先輩はそんなことを笑いながら言ってくる。
 顔を見なくても面白がっていることが丸わかりだった。

「……違います。別に悪いことをしたから呼び出されたわけじゃ、ありません」

 太ももに顔を埋めたまま反論する私。
 香葡先輩は「えーそうなの?」なんて言ってどこか残念そうにしながら頭を撫でてきた。
 他人事だと思って……。

「実は、色々ありまして……」

 意地悪にちょっとむくれながらも、けれど今溜まっている不満や不安を吐き出さずにはいられなくて。
 私は体勢を変えぬままに、藤咲先生に呼び出されてからのことを香葡先輩に話して聞かせた。

「宮条さんと藤咲先生が! へぇ、そう……!」

 やっぱり香葡先輩は二人のことを知っていたようで、私の話を聞くと殊更楽しそうな反応をした。
 見知らぬ人のことよりも、やっぱり知っている身近な人のスキャンダルの方が面白い、ということなんだろうか。

「宮条さんとは、うん、クラスが同じでね。彼女がガールズ・ドロップ・シンドロームに罹るのは、確かにちょっと意外だねぇ」
「藤咲先生との関係、というか鳳梨先輩の好意は、香葡先輩も知りませんでした?」
「ぜーんぜん。生真面目でかっちりした子で、その手の話は全く聞こえてきてなかったよ」

 心底びっくりしている香葡先輩の声から、そこに関しては間違いなさそうなのが窺える。
 噂話好きで恋バナ好きの香葡先輩の耳に入っていないのなら、鳳梨先輩の想い自体はしっかり秘められていたものだということだ。

「ただなんていうか、その愚直さというか、一途というか。直向きな恋の仕方は宮条さんらしいなぁとは思うけどね。でもその燃え続ける恋が異能力を引き寄せてしまったとなると、一概に良いとは言えなくなってくるね」
「はい。実際被害が出ていますし、空手部の活動も結果的に制限されてしまっています」

 鳳梨先輩自体が能力を抱えることに困っていないとはいえ、周りがそのデメリットを抱えている状態だ。
 そして先輩が好意を向ける相手である藤咲先生が、その状況を問題視している。
 問題は既に、本人の枠を超えている。

「身体強化の能力、かぁ。空手部部長の宮条さんにはなかなか似合ってるね。でもそんな彼女でも、いやだからこそ、まだまだコントロールが効いてない、か」

 先日の児島さんの際に物理的な異能力は珍しいと思ったけど、鳳梨先輩のものは更にずっと特異だ。
 明らかに人間の枠を超えた出力を出すことのできるあの能力は、一人だけ世界観が違うとも言える。
 漫画とかにある、ラブコメなのに一人だけバトル漫画のようなキャラがいる、みたいな場違い感。
 スケールが他の能力は違いすぎるんだ。

「心身共に鍛えている武道家ならでは、の能力なんでしょうか。何にしても、直接的に色々なことに影響の出やすい能力です。いつ大事になっても、おかしくない気はします」

 既に怪我人が何人も出ているから、大事にはもうなっているとも言えるけど。
 そんな私の意見に、香葡先輩は何ともいえない声を漏らす。

「リスク自体は確かにあるけど、彼女の性格を考えるに、それで意図的に誰かを傷つけたりすることはないと思うんだよねぇ。それに一応、コントロールはできてきてはいるって言ってるんでしょ?」
「そうですね。鳳梨先輩本人も、怪我をさせてしまったり物を壊してしまうことを、反省してはいました。でもちょっと、怖い部分もありましたが……」

 出会い頭、誤解とはいえ即座に攻撃を仕掛けてきた鳳梨先輩。
 私がギリギリ身を引いていたから良かったけれど、タイミングが悪ければ大怪我どころでは済まなかったかもしれない。
 あのストレートな性格は、そういう危険を孕んでいるように、私は思う。

「それに私が気になるのは、鳳梨先輩が能力を持ち続けることを望んでいることです。しかもそれは、藤咲先生の愛を手に入れるためだ、とか……」
「うん。確かにそれは不可解だよね」

 あの時の鳳梨先輩の表情は、恋する人を語る時の緩やかなものとは違った。
 何かの覚悟を決めた、戦う意志、のような燃えるものを宿していて。
 格好いい決意のようで、どこか恐ろしくもあった。

「異能力なんて基本、扱いの難しいお荷物だからね。それを必要とするのは確かに気になる。しかも、問題を起こしてしまっている原因なのに。それでどうやって、先生の心を射止めようとしてるんだろう」

 香葡先輩もまた全く事態が飲み込めていないようだった。
 今回のケースは、色々と前例に則らないことが多い。
 元々恋愛絡みの悩みだから、その中身は十人十色だけど。
 でもあまりにも特殊な状況のように思えた。

「まぁ、ことの次第はわかったよ。それで? 柑夏ちゃんは今回どうするつもり?」
「どうするつもりって……」

 最近の香葡先輩はいつもそれを聞いてくる。
 私はどう思うのか、どうしたいのか。

「正直に言うと、あんまり関わりたくはありません。面倒ごとに巻き込まれたくないというのもそうですが、単純な怖さがあります」

 話してみて、鳳梨先輩は決して悪い人には見えなかったし、多分良い人だと思う。
 ただどうしてもやっぱり、最初の衝撃が頭から離れない。

「それに教師が状況を認識しているんだから、責任を持って対処してほしい、というのもあります。鳳梨先輩の能力は確かに危険ですが、藤咲先生自身がきちんと向き合えば、そう拗れないと思うんですよ」
「まぁそうだね。なんだかんだ、当事者同士で解決できるなら他人が首を突っ込むよりそっちの方が断然いいしね」

 私の意見に香葡先輩はそう同意しつつ、でもどうなんだろうと続けた。

「藤咲先生は毎回、キッパリ断り続けてるんでしょ? それでも想いを諦めない宮条さん。ガールズ・ドロップ・シンドロームに罹ってしまうほどに深く恋に堕ちている彼女に、同じことを繰り返して解決するのかねぇ」
「それは……」

 痛いところを突かれて口籠る私。
 藤咲先生が無関係な私に相談を持ちかけてきた時点で、正攻法では解決できない事案だという証でもある。
 先生自身だって、生徒に想いを寄せられていて、それを自分で捌けないことをあまり人に言いたくないだろう。
 異能力が関わっている以前に、違うアプローチが必要な状況だと判断したということだ。

 わかっている。でもやっぱり気持ちは重い。
 沈みきった私に、香葡先輩は優しく声をかけてくれる。

「もーう。ほれほれ、その可愛いお顔を見せてちょーだい」

 そう促されて、渋々体を回して仰向けになる。
 見上げると、香葡先輩は両手で私の顔を挟んでニコッと笑った。

「藤咲先生も、きっとまだまだ宮条さんの気持ちの深いところまでわかってないんだよ。だから、彼女が抱えている想いを汲み取ることができるだけでも、状況は変わるかもしれない。今それができるのは、柑夏ちゃんだけなんじゃない?」

 鳳梨先輩がどうしてそこまで藤咲先生に強い想いを寄せているのか。
 そしてどうして能力に、力に固執し手放そうとしないのか。
 その理由が紐解ければ、あの二人の関係に何か変化を生むことができるんだろうか。

「もちろん、柑夏ちゃんの気持ちが一番大事だよ? 私だって可愛い後輩に危険な目にあって欲しくない。でも今柑夏ちゃんは必要とされてると思うんだよ。藤咲先生はもちろん、実は宮条さんにも」
「…………」

 うりうりと私の頬を手のひらで捏ねて遊びながら、香葡先輩は優しくそう言う。
 その朗らかな笑顔と心地のいい声は、いつだって私の心をほぐしてくれる。
 一人だとつい閉じこもってしまいがちな私を、先輩はそうやって引っ張り上げてくれるんだ。

 正直今回は、ガールズ・ドロップ・シンドロームに罹っている鳳梨先輩が助けを求めていない時点で、私にはどうしたらいいかわからない。
 私には悩みに寄り添って、助けを求める手を取る事くらいしかできなから。
 でももし香葡先輩の言う通り、私が必要とされているんだとすれば。私なら、何かできるのだとすれば……。

「それに、もう一つ大切な理由があるよ」

 私の面持ちが良くなったと見たのか、香葡先輩は付け加えるように言った。

「この部活が、人質に取られちゃってるからね。柑夏ちゃんには、私たちの大切な思い出の場所を守ってほしいな」
「……それは確かに、そうですね。私が、守らないと」

 そう言っておどけるように笑う香葡先輩。でも確かに大切なことだ。
 藤咲先生に、多分本気ではないだろうけれど脅されている。
 私としてはやっぱり、この件に関わることはなかなか気が重いけれど。
 私たちの大切なものを守るためだと、そう奮起すれば頑張れる。

「わかりました。私、やってみます。ちょっと怖いですけど、でも。香葡先輩を信じて、私にならできるって思うように、します」
「うん、大丈夫。大丈夫だよ、柑夏ちゃん。頼りにしてるぞ、後輩っ!」

 私が頷くと、香葡先輩はニコッと笑って私の頭をギュッと抱き寄せた。
 その温もりに安心感を覚えながら、私はゆっくりと覚悟を決める。
 大丈夫、私には香葡先輩がついているから、と。
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