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第2話 チャイルド・メロン
2-5 一方的な想い
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翌日の月曜日。
放課後にいつものように部室にやって来た私は、香葡先輩に事情を話して項垂れた。
普段ならソファの上での膝枕は仰向けでゆったりと寛ぐけれど、今日は先輩のお腹の方に顔を埋めて横向きに縮こまった。
「よしよし。悩ましいねぇ」
そんな私を香葡先輩は優しくあやすように撫でてくれる。
頭だけじゃなく背中もポンポンとしてくれて。
少しずつ気分が落ち着いていく。
「柑夏ちゃんは、その甜花ちゃんの能力と恋を消してあげるの、いやなの?」
「いや、というのとは違うんですが……」
元から優しい香葡先輩の声が、今日は一段と優しく聞こえる。
私は顔を埋めたままに煮え切らない気持ちを吐き出す。
「ただそうすれば解決。そういう単純な話じゃない気がして」
今までも、ガールズ・ドロップ・シンドロームに罹り、その能力に悩む人たちの恋を消したことはある。
先月の森秋さんの件だってそうだった。でも、今回の児島さんは、みんなと違った。
能力に戸惑って悩んでいる人たちは、けれど恋も消え去ることを簡単には受け入れられていなかった。
それでもやっぱり能力を手放したかったり、あるいは自分が次の一歩を踏み出すために、恋を失うことを選ぶ人もいる。
でも児島さんに関しては違った。即座に望んだんだ。自らの恋が消えて無くなることを。
「児島さんと大野さんのやり取りを見ていて、二人の仲がとても良いことはよくわかりましたし、児島さんが彼女のことを好きなこともまた、よくわかりました。だからこそ、そんな簡単に消したいと言える、その気持ちがわからなくて」
「でも理由は言ってくれてたんじゃない? その恋がいけないものだと思ってるから、でしょ?」
「……そう、なんですけど」
うじうじとしている私に、香葡先輩は「そうだねぇ」と呟く。
私の頭を撫で、髪を掻き分けて耳にかけ、耳たぶをそっとふにふにいじってくる。
「話を聞くに、甜花ちゃんは自分の恋の危うさにとっても自覚的だよね。高校生が小学生に、大人に近い自分が子供に恋愛感情を抱くことを、とてもよくないことだと認識してる。だからこそ、燃える恋よりも理性を優先してそう言ったんじゃない?」
「はい。そうだと、思います。でも、大野さんといる児島さんは、本当に楽しそうだったんです」
私はまだ児島さんのことなんて全然知らないし、あの勝気な性格と馴染める気もしない。
けれどそれでも、彼女が大野さんといる時間に幸せを感じていることはよく見てとれた。
いくら頭でわかっていても、あの時間を簡単に手放せるとは思えない。手放させて、いいとは……。
「でもさ、柑夏ちゃん。好きだからこそ諦める。そういうのはあるでしょ?」
私の耳の形を親指でなぞりながら、香葡先輩は柔らかく言う。
「相手のことを本当に好きで大切に思ってる。だからこそ、相手を想って自分の気持ちを押し殺す。そういう選択。今回のケースは特に、甜花ちゃんはその小鞠ちゃんの気持ちや今後をよく考えているからこその、その希望なんじゃないかな」
「………………」
何も言い返せない。私もそうだと思うから。
『高校生が小学生に恋なんて、しちゃいけないんだから』と、児島さんはそう言った。
誰よりも本人がわかっているんだ。それがどれだけ難しい状況なのか。
そしてそれを押し通した時、当の大野さんに何が降りかかるかを。
あれだけ仲が良くて頻繁に会っているのに、児島さんは大野さんの連絡先すら知らないと言っていた。
今時の小学生、特に私立に通っているような子なら、スマホくらい持っていそうなのに。
それもまた、児島さんの自制心だと思われる。
いつでも自由にコミニュケーションを取れる手段を得ると、気持ちが爆発してしまうかもしれないから、とか。
児島さんは、大野さんのことを好きだという気持ちと同じくらい、彼女のことを考えている。
自分の気持ちが彼女に与えしまうであろう悪影響を、恐れてる。
「わかってるんです、私も。それが正しい。そうするべきだって。でもどうしてかわからないけど、納得できないんです」
「そっかそっか。困ったねぇ」
更に身を縮こませる私に、香葡先輩は言う。
「多分柑夏ちゃんがそれだけ悩むのは、今回小鞠ちゃんに会ったからじゃない?」
「え……?」
「当事者の甜花ちゃんだけじゃなく、その相手にも会って、見て。その子が甜花ちゃんをどう見てるのか知ったから、納得できないんだよ」
耳をいじるのに飽きたのか、香葡先輩は次に頬を親指で撫で始めた。
「小鞠ちゃんも甜花ちゃんが好きで、よく懐いてる。そんなベッタリな様子を見たから。柑夏ちゃんは、甜花ちゃんの立場だけで判断ができなくなったんだよ」
「それは……」
確かにそうかもしれない。
児島さんの側から見れば、遥か年下の子供への恋は確かに危うくて、諦めるのが妥当だと思わされる。
けれどそれは大人の理由で、子供の大野さんには関係ない。
もし児島さんが恋を手放して、純粋な好意は残ってもその変化が態度や言葉に出たのなら。
彼女を慕う大野さんは、きっと傷つくんじゃないか。
そう考えないことはできなかった。
「難しい。難しいよね、本当に。小鞠ちゃんの好きはきっと、友達の好きだったり、優しいお姉さんとしての好きだったり、そういう純粋な好意だろうし。児島さんの恋とは性質が違うかもしれない。でもさ、恋じゃなきゃ軽視していいってわけでもないじゃん?」
好きは好き。気持ちは気持ち。
その種類、方向性が違ったとしても心は心だ。
児島さんが恋を手放すことで、もし大野さんから大好きなお姉さんを奪うことになるとしたら。
それは本当に正しい選択なんだろうか。
「でも、児島さんの問題は大野さんのことだけじゃないんです。身体に明確な異常が出る能力。その現実的な問題は無視できません」
頭がごちゃごちゃとしてきた私は話題を逸らす。
香葡先輩はそれに何を言うこともなく、そうだねぇと相槌を打った。
「いつか豆粒みたいにちっちゃくなっちゃうかもしれないし、人前ででっかくなって騒ぎになっちゃうかも。それに甜花ちゃんが一番心配してるのは、それらの異常現象を小鞠ちゃんに気付かれて、怖い思いをさせちゃうことじゃないかな」
誰でも見てわかる身体への影響への対策は、実のところ急務とも言える。
考え方によっては、児島さんの気持ちを度外しても対処する必要があるくらいに。
「でもそれは、きっと心の持ちようだと、私は思うなぁ」
「え?」
そんな重大な問題を、けれど香葡先輩は気楽に言った。
「ガールズ・ドロップ・シンドロームからくる異能力は、結局やっぱり精神、気持ちから湧き出るものだから。その気持ちを制御できれば、きっと能力だって制御できる」
「結局は、恋の問題に立ち戻るというわけですね……」
恋と能力が紐付いている以上、やっぱりそうなる。
でもそこに結論が出せないから困っているのに。
「どうする? 柑夏ちゃん。もう投げ出しちゃう? 別に柑夏ちゃんが責任を負うべきことじゃないよ?」
子供のように小さくなる私に、香葡先輩は言った。
手を引いていい。逃げ出していい。関係ないんだから、と。
「私最初に言ったでしょ? 後からやめてもいいって。柑夏ちゃんがそんなに悩む必要ないんだし、いいんだよ諦めて」
とても心地いい言葉だった。甘すぎる誘惑。優しい気遣い。
香葡先輩のそんな暖かさに、身を委ねてしまいたくなる。
そうしたい。本来の私ならすぐにそうする。
でも。でも、私は……。
「ダメです。私、頼むって、言われちゃったんです」
それは能力と恋を消すことを、だったけど。
でも頼むと言われた。お願いされた。
それなのに問題から逃げ出すなんて、できない。
「最後まで、頑張ります。私には関係ないし、責任もないし、必要だってないけど。私は、目を背けたくない」
言って、身体を上に向ける。
見上げると香葡先輩はニコッと笑った。
「うん、偉いぞ」
そう言って、そっと頭を撫でてくれた。
「ただ、どうすればいいかはまだ、結論がでませんが……」
「私が思うに今回大切なことはね」
未だ迷う私に、香葡先輩は微笑む。
「甜花ちゃんの気持ちより、小鞠ちゃんの方だよ」
「大野さんの?」
「私たちはちょっと、同じ高校生で相談者の甜花ちゃんの立場に立ち過ぎてる。恋愛は二人でするものでしょ?」
「っ…………!」
どんなに正当な理由を掲げても、一方だけの気持ちだけではそれはただの押し付け。
その結果が良いものでも悪いものでも。
相手のことを、考えていたとしても。
「まずは、もう少し小鞠ちゃんのことを知れた方がいいね。そうしたらきっと、違う道筋が見つかるかも」
そう言って香葡先輩が口にした可能性は、どれも夢物語みたいだったり、はたまた厳しい現実だったり。
けれど今の一方の視点から見た考え方よりは、マシな結論にいくんじゃないかと、そういう希望を持つことはできた。
「頑張れ。応援してるぞ」
それが顔に出ていたのか、香葡先輩はニッコリと笑って。
私の顔を両手で包んで、優しくそう言った。
放課後にいつものように部室にやって来た私は、香葡先輩に事情を話して項垂れた。
普段ならソファの上での膝枕は仰向けでゆったりと寛ぐけれど、今日は先輩のお腹の方に顔を埋めて横向きに縮こまった。
「よしよし。悩ましいねぇ」
そんな私を香葡先輩は優しくあやすように撫でてくれる。
頭だけじゃなく背中もポンポンとしてくれて。
少しずつ気分が落ち着いていく。
「柑夏ちゃんは、その甜花ちゃんの能力と恋を消してあげるの、いやなの?」
「いや、というのとは違うんですが……」
元から優しい香葡先輩の声が、今日は一段と優しく聞こえる。
私は顔を埋めたままに煮え切らない気持ちを吐き出す。
「ただそうすれば解決。そういう単純な話じゃない気がして」
今までも、ガールズ・ドロップ・シンドロームに罹り、その能力に悩む人たちの恋を消したことはある。
先月の森秋さんの件だってそうだった。でも、今回の児島さんは、みんなと違った。
能力に戸惑って悩んでいる人たちは、けれど恋も消え去ることを簡単には受け入れられていなかった。
それでもやっぱり能力を手放したかったり、あるいは自分が次の一歩を踏み出すために、恋を失うことを選ぶ人もいる。
でも児島さんに関しては違った。即座に望んだんだ。自らの恋が消えて無くなることを。
「児島さんと大野さんのやり取りを見ていて、二人の仲がとても良いことはよくわかりましたし、児島さんが彼女のことを好きなこともまた、よくわかりました。だからこそ、そんな簡単に消したいと言える、その気持ちがわからなくて」
「でも理由は言ってくれてたんじゃない? その恋がいけないものだと思ってるから、でしょ?」
「……そう、なんですけど」
うじうじとしている私に、香葡先輩は「そうだねぇ」と呟く。
私の頭を撫で、髪を掻き分けて耳にかけ、耳たぶをそっとふにふにいじってくる。
「話を聞くに、甜花ちゃんは自分の恋の危うさにとっても自覚的だよね。高校生が小学生に、大人に近い自分が子供に恋愛感情を抱くことを、とてもよくないことだと認識してる。だからこそ、燃える恋よりも理性を優先してそう言ったんじゃない?」
「はい。そうだと、思います。でも、大野さんといる児島さんは、本当に楽しそうだったんです」
私はまだ児島さんのことなんて全然知らないし、あの勝気な性格と馴染める気もしない。
けれどそれでも、彼女が大野さんといる時間に幸せを感じていることはよく見てとれた。
いくら頭でわかっていても、あの時間を簡単に手放せるとは思えない。手放させて、いいとは……。
「でもさ、柑夏ちゃん。好きだからこそ諦める。そういうのはあるでしょ?」
私の耳の形を親指でなぞりながら、香葡先輩は柔らかく言う。
「相手のことを本当に好きで大切に思ってる。だからこそ、相手を想って自分の気持ちを押し殺す。そういう選択。今回のケースは特に、甜花ちゃんはその小鞠ちゃんの気持ちや今後をよく考えているからこその、その希望なんじゃないかな」
「………………」
何も言い返せない。私もそうだと思うから。
『高校生が小学生に恋なんて、しちゃいけないんだから』と、児島さんはそう言った。
誰よりも本人がわかっているんだ。それがどれだけ難しい状況なのか。
そしてそれを押し通した時、当の大野さんに何が降りかかるかを。
あれだけ仲が良くて頻繁に会っているのに、児島さんは大野さんの連絡先すら知らないと言っていた。
今時の小学生、特に私立に通っているような子なら、スマホくらい持っていそうなのに。
それもまた、児島さんの自制心だと思われる。
いつでも自由にコミニュケーションを取れる手段を得ると、気持ちが爆発してしまうかもしれないから、とか。
児島さんは、大野さんのことを好きだという気持ちと同じくらい、彼女のことを考えている。
自分の気持ちが彼女に与えしまうであろう悪影響を、恐れてる。
「わかってるんです、私も。それが正しい。そうするべきだって。でもどうしてかわからないけど、納得できないんです」
「そっかそっか。困ったねぇ」
更に身を縮こませる私に、香葡先輩は言う。
「多分柑夏ちゃんがそれだけ悩むのは、今回小鞠ちゃんに会ったからじゃない?」
「え……?」
「当事者の甜花ちゃんだけじゃなく、その相手にも会って、見て。その子が甜花ちゃんをどう見てるのか知ったから、納得できないんだよ」
耳をいじるのに飽きたのか、香葡先輩は次に頬を親指で撫で始めた。
「小鞠ちゃんも甜花ちゃんが好きで、よく懐いてる。そんなベッタリな様子を見たから。柑夏ちゃんは、甜花ちゃんの立場だけで判断ができなくなったんだよ」
「それは……」
確かにそうかもしれない。
児島さんの側から見れば、遥か年下の子供への恋は確かに危うくて、諦めるのが妥当だと思わされる。
けれどそれは大人の理由で、子供の大野さんには関係ない。
もし児島さんが恋を手放して、純粋な好意は残ってもその変化が態度や言葉に出たのなら。
彼女を慕う大野さんは、きっと傷つくんじゃないか。
そう考えないことはできなかった。
「難しい。難しいよね、本当に。小鞠ちゃんの好きはきっと、友達の好きだったり、優しいお姉さんとしての好きだったり、そういう純粋な好意だろうし。児島さんの恋とは性質が違うかもしれない。でもさ、恋じゃなきゃ軽視していいってわけでもないじゃん?」
好きは好き。気持ちは気持ち。
その種類、方向性が違ったとしても心は心だ。
児島さんが恋を手放すことで、もし大野さんから大好きなお姉さんを奪うことになるとしたら。
それは本当に正しい選択なんだろうか。
「でも、児島さんの問題は大野さんのことだけじゃないんです。身体に明確な異常が出る能力。その現実的な問題は無視できません」
頭がごちゃごちゃとしてきた私は話題を逸らす。
香葡先輩はそれに何を言うこともなく、そうだねぇと相槌を打った。
「いつか豆粒みたいにちっちゃくなっちゃうかもしれないし、人前ででっかくなって騒ぎになっちゃうかも。それに甜花ちゃんが一番心配してるのは、それらの異常現象を小鞠ちゃんに気付かれて、怖い思いをさせちゃうことじゃないかな」
誰でも見てわかる身体への影響への対策は、実のところ急務とも言える。
考え方によっては、児島さんの気持ちを度外しても対処する必要があるくらいに。
「でもそれは、きっと心の持ちようだと、私は思うなぁ」
「え?」
そんな重大な問題を、けれど香葡先輩は気楽に言った。
「ガールズ・ドロップ・シンドロームからくる異能力は、結局やっぱり精神、気持ちから湧き出るものだから。その気持ちを制御できれば、きっと能力だって制御できる」
「結局は、恋の問題に立ち戻るというわけですね……」
恋と能力が紐付いている以上、やっぱりそうなる。
でもそこに結論が出せないから困っているのに。
「どうする? 柑夏ちゃん。もう投げ出しちゃう? 別に柑夏ちゃんが責任を負うべきことじゃないよ?」
子供のように小さくなる私に、香葡先輩は言った。
手を引いていい。逃げ出していい。関係ないんだから、と。
「私最初に言ったでしょ? 後からやめてもいいって。柑夏ちゃんがそんなに悩む必要ないんだし、いいんだよ諦めて」
とても心地いい言葉だった。甘すぎる誘惑。優しい気遣い。
香葡先輩のそんな暖かさに、身を委ねてしまいたくなる。
そうしたい。本来の私ならすぐにそうする。
でも。でも、私は……。
「ダメです。私、頼むって、言われちゃったんです」
それは能力と恋を消すことを、だったけど。
でも頼むと言われた。お願いされた。
それなのに問題から逃げ出すなんて、できない。
「最後まで、頑張ります。私には関係ないし、責任もないし、必要だってないけど。私は、目を背けたくない」
言って、身体を上に向ける。
見上げると香葡先輩はニコッと笑った。
「うん、偉いぞ」
そう言って、そっと頭を撫でてくれた。
「ただ、どうすればいいかはまだ、結論がでませんが……」
「私が思うに今回大切なことはね」
未だ迷う私に、香葡先輩は微笑む。
「甜花ちゃんの気持ちより、小鞠ちゃんの方だよ」
「大野さんの?」
「私たちはちょっと、同じ高校生で相談者の甜花ちゃんの立場に立ち過ぎてる。恋愛は二人でするものでしょ?」
「っ…………!」
どんなに正当な理由を掲げても、一方だけの気持ちだけではそれはただの押し付け。
その結果が良いものでも悪いものでも。
相手のことを、考えていたとしても。
「まずは、もう少し小鞠ちゃんのことを知れた方がいいね。そうしたらきっと、違う道筋が見つかるかも」
そう言って香葡先輩が口にした可能性は、どれも夢物語みたいだったり、はたまた厳しい現実だったり。
けれど今の一方の視点から見た考え方よりは、マシな結論にいくんじゃないかと、そういう希望を持つことはできた。
「頑張れ。応援してるぞ」
それが顔に出ていたのか、香葡先輩はニッコリと笑って。
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