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第1話 コントロール・アップル
1-2 膝枕タイム
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「お疲れ様です」
森秋さんに、「力になるか考えるから一旦持ち帰らせて」と答え、私はようやく部室に辿り着いた。
部室棟の一番奥の一番小さな部屋。そこが、私が属するオカルト研究会の部室だ。
私は部室に入るなり備品のソファにまっすぐ向かい、ゴロンと横になった。
しかしそこには先客がいて、私の頭はその人の太ももの上にコロンと乗っかる。
もちろんわざと。これが私たちのいつもだから。
「お疲れ、柑夏ちゃん。今日は少し遅かったねぇ」
私の頭を受け止めてそうニコッと見下ろしてきたのは、神里 香葡先輩。
一つ上の先輩で、二人しかいないオカルト研究会の相方。
燦々と暖かく優しい笑顔で私に接してくれる、大好きな先輩だ。
くりっと大きな目の、とても可愛らしく整った顔の香葡先輩。
いつも浮かべている無邪気な笑顔が私は好きだ。
本当は校則違反だけれど、髪をうっすら茶色に染めた肩口ほどのショートヘアが、なんだか大人っぽい。
背は私より低くて小柄目なのに、胸は逆に先輩の方が結構大きくて、実はちょっと納得していない。
そんな香葡先輩の膝枕に埋もれて見上げる私の頭を優しく撫でながら、先輩は続けた。
「やっと新しいクラスにお友達ができたかなぁ?」
「お母さんみたいなこと言わないでください。それに別に、できてません」
「そりゃお母さんにもなりますよぉ。全然お友達作らないんだもん。私は心配してるのさー」
私が口を尖らせると、香葡先輩はそう苦笑いをした。
お小言の続きを聞きたくなかった私は、ただありのままを話すことにした。
どっちにしても先輩に相談する必要があったし。
「ちょっと、クラスメイトと話をしていたんです」
「お! やっぱりお友達できたんじゃ~ん! もぅ、恥ずかしがっちゃって~」
「そ、そんなんじゃないです……! ただ、ちょっとトラブルに出くわして、相談を受けただけで」
万歳をしてヒューヒューと大袈裟に囃し立てる香葡先輩に、私は慌てて声を上げた。
私がムキになるので、先輩は渋々テンションを戻してまた頭を撫でてくれた。
「相談?」
「はい。どうやら、ガールズ・ドロップ・シンドロームになったみたいで」
「ほほう、なるほどなるほど」
私がその単語を出すと、香葡先輩の目の色が少し変わった。
オカルト研究会に所属する香葡先輩は、都市伝説の類や、学校内の噂話に詳しい。
うちの学校特有のガールズ・ドロップ・シンドロームに関しても。
それに都市伝説関連は抜きとしても、先輩は人一倍恋バナの類が好きだ。
「ガールズ・ドロップ・シンドローム。叶わぬ恋に堕ちた少女が罹る、異能を背負う病。その手の話を聞くのは、ちょぴっと久しぶりだねぇ」
「……はい」
まさにこれから恋バナでもするような、そんなワクワクした笑みを浮かべる香葡先輩。
「香葡先輩の方が詳しいので、相談をしてから受けるか決めようと、思いまして」
「柑夏ちゃんだって、もう十分詳しいでしょぉ?」
「いえ、私はいつだって香葡先輩の言った通りにしてただけですから」
「そうやって謙遜してぇ」
香葡先輩はそう言って、撫でていた手でそのまま私の髪をくしゃくしゃとした。
先輩とは違って地毛の黒髪で、ただただ伸ばしているだけのストレートヘア。
前に香葡先輩が綺麗だからもっと伸ばしてみたらと言ったから、今は絶賛伸ばし中で肩甲骨辺りまできている。
「う、わっ……ちょっと、先輩。ぐちゃぐちゃに……」
「ごめんごめーん。ちゃんと櫛やってあげるから」
「頼みますよ?」
私がムクれると、香葡先輩は「オッケー任せろ」と笑って、とりあえず手櫛を始めた。
「ガールズ・ドロップ・シンドロームに罹ったってことはその子、叶わぬ恋をしているんだね」
「はい。どうやら、実のお姉さんみたいで」
「おっと! それはまた、まさしく禁断の恋ってやつだねぇ」
私が頷くと、香葡先輩は驚きつつもやっぱり楽しそうだった。
細くて繊細な指が髪をなめらかに解いていく感触を味わいながら、私は先輩の言葉に耳を傾ける。
「一つ、叶わぬ恋に堕ちること。一つ、叶わないことに自覚的であること。一つ、それでも愛し続けていること。この三つの条件を満たしていると、恋に堕ちた心が異能に拾われる。この学校に通っている子なら、一度は聞いたことのある都市伝説、噂話だね」
年頃の女子は惚れた腫れたの話に目がないものらしい。
それはこの学園の生徒も例外ではなく、むしろ女子校という環境はその手の話にいとまが無い。
あふれる恋の話題の中でいつしか囁かれるようになったのが、ガールズ・ドロップ・シンドローム。
ほとんどの生徒は、ただのたわいのない噂話と、非現実的な都市伝説だとしか思っていないけれど。
でも、それは実在する。恋に堕ちた心を異能が拾い、様々な摩訶不思議な現象が少女たちの身に起こっている。
症例は、学生全体から見れば決して多いとは言えないけれど。でも、抱えている人は抱えている。
私たちはこれまでにも、何度かそういった人たちと出会ってきた。
「女子校だからね、普通の共学校に比べて女の子同士の色恋も珍しくない。だからそれだけじゃ『叶わぬ恋』には該当しないけど。そっか、実のお姉さんかぁ」
あらかた手櫛でほぐし終えると、香葡先輩は足元のカバンから小さな櫛を取り出して、私の髪に通し始めた。
ちゃんとしたヘアブラシじゃないし、これは結構時間がかかりそうだ。
「それで、その子はどんな様子なの?」
「えっと……」
香葡先輩の膝枕の温もりと、私の頭を優しく支える手。
それにそっと撫でる櫛の感触に体を委ねて、私は先ほどあったことをつらつらと説明した。
寝転んだままではちゃんとは解かせないけれど、そこは仕方ない。
「なるほどぉ、人の心を意図せず操っちゃう、かぁ。うんうん、またまたすごいことをできる子が出てきたねぇ」
「コントロールができなくて困っている、という話だったので、あんまり喜ばしくないと思いますが」
「おっとそうだね、不謹慎はよくない。でもさ、本当に人それぞれ色んな異能力が顕れるよなぁと思って」
「それは、そうですね」
私の説明を聞き終えた香葡先輩は、どうにもワクワクを隠せないようだった。
この手の話の時はいつだって、先輩はとっても楽しそうだ。
「それで? 柑夏ちゃん的にはどうなのー? その子の相談、受けてあげるつもり? あげないつもり?」
香葡先輩はそう言いながら、ほらできたと私の髪をサラサラと流した。
「助けてって、そう言われたんでしょ?」
「なので、受けるべきかどうか香葡先輩に相談を、と」
「自分で決めてもいいんじゃなーい? もう二年生だしね。先輩の私は、そろそろ後輩に道を譲る準備をしなきゃ」
「そんなっ。香葡先輩がいないと、私……」
「もう、そんな顔すんなよぉ。可愛いやつめ」
急に突き放すようなことを言われて萎れた私の頬を、香葡先輩がむぎゅっと摘んだ。
声にならない声を出してやめてくださいと訴えると、先輩はとても楽しそうに笑う。
「しょーがない。手のかかる後輩のために、もう少し面倒を見てあげますか」
「手は、かからないです。でも、ずっと一緒にいてください」
「まったく、見栄を張るか甘えるか、どっちかにしたまえ」
私の頬から手を離した香葡先輩はそう苦笑いして、また私の頭を撫でた。
「それでその子、林檎ちゃんだっけ? その子のお姉さんとのことは、まだちゃんと話聞いてないの?」
「はい。私としてはあんまり深入りしたくなくて」
私が答えると、香葡先輩はなるほどねと頷いた。
「よし、じゃあまずは明日にでも、その辺りの話を聞いてきてちょーだい。せっかくの新しいクラスメイト、力になってあげなよ」
ポンポンっとそう頭を叩かれて、私は渋々頷いた。
今の私にうまくできるかわからないけれど、でもやってみよう。
香葡先輩が、こう言うのなら。
森秋さんに、「力になるか考えるから一旦持ち帰らせて」と答え、私はようやく部室に辿り着いた。
部室棟の一番奥の一番小さな部屋。そこが、私が属するオカルト研究会の部室だ。
私は部室に入るなり備品のソファにまっすぐ向かい、ゴロンと横になった。
しかしそこには先客がいて、私の頭はその人の太ももの上にコロンと乗っかる。
もちろんわざと。これが私たちのいつもだから。
「お疲れ、柑夏ちゃん。今日は少し遅かったねぇ」
私の頭を受け止めてそうニコッと見下ろしてきたのは、神里 香葡先輩。
一つ上の先輩で、二人しかいないオカルト研究会の相方。
燦々と暖かく優しい笑顔で私に接してくれる、大好きな先輩だ。
くりっと大きな目の、とても可愛らしく整った顔の香葡先輩。
いつも浮かべている無邪気な笑顔が私は好きだ。
本当は校則違反だけれど、髪をうっすら茶色に染めた肩口ほどのショートヘアが、なんだか大人っぽい。
背は私より低くて小柄目なのに、胸は逆に先輩の方が結構大きくて、実はちょっと納得していない。
そんな香葡先輩の膝枕に埋もれて見上げる私の頭を優しく撫でながら、先輩は続けた。
「やっと新しいクラスにお友達ができたかなぁ?」
「お母さんみたいなこと言わないでください。それに別に、できてません」
「そりゃお母さんにもなりますよぉ。全然お友達作らないんだもん。私は心配してるのさー」
私が口を尖らせると、香葡先輩はそう苦笑いをした。
お小言の続きを聞きたくなかった私は、ただありのままを話すことにした。
どっちにしても先輩に相談する必要があったし。
「ちょっと、クラスメイトと話をしていたんです」
「お! やっぱりお友達できたんじゃ~ん! もぅ、恥ずかしがっちゃって~」
「そ、そんなんじゃないです……! ただ、ちょっとトラブルに出くわして、相談を受けただけで」
万歳をしてヒューヒューと大袈裟に囃し立てる香葡先輩に、私は慌てて声を上げた。
私がムキになるので、先輩は渋々テンションを戻してまた頭を撫でてくれた。
「相談?」
「はい。どうやら、ガールズ・ドロップ・シンドロームになったみたいで」
「ほほう、なるほどなるほど」
私がその単語を出すと、香葡先輩の目の色が少し変わった。
オカルト研究会に所属する香葡先輩は、都市伝説の類や、学校内の噂話に詳しい。
うちの学校特有のガールズ・ドロップ・シンドロームに関しても。
それに都市伝説関連は抜きとしても、先輩は人一倍恋バナの類が好きだ。
「ガールズ・ドロップ・シンドローム。叶わぬ恋に堕ちた少女が罹る、異能を背負う病。その手の話を聞くのは、ちょぴっと久しぶりだねぇ」
「……はい」
まさにこれから恋バナでもするような、そんなワクワクした笑みを浮かべる香葡先輩。
「香葡先輩の方が詳しいので、相談をしてから受けるか決めようと、思いまして」
「柑夏ちゃんだって、もう十分詳しいでしょぉ?」
「いえ、私はいつだって香葡先輩の言った通りにしてただけですから」
「そうやって謙遜してぇ」
香葡先輩はそう言って、撫でていた手でそのまま私の髪をくしゃくしゃとした。
先輩とは違って地毛の黒髪で、ただただ伸ばしているだけのストレートヘア。
前に香葡先輩が綺麗だからもっと伸ばしてみたらと言ったから、今は絶賛伸ばし中で肩甲骨辺りまできている。
「う、わっ……ちょっと、先輩。ぐちゃぐちゃに……」
「ごめんごめーん。ちゃんと櫛やってあげるから」
「頼みますよ?」
私がムクれると、香葡先輩は「オッケー任せろ」と笑って、とりあえず手櫛を始めた。
「ガールズ・ドロップ・シンドロームに罹ったってことはその子、叶わぬ恋をしているんだね」
「はい。どうやら、実のお姉さんみたいで」
「おっと! それはまた、まさしく禁断の恋ってやつだねぇ」
私が頷くと、香葡先輩は驚きつつもやっぱり楽しそうだった。
細くて繊細な指が髪をなめらかに解いていく感触を味わいながら、私は先輩の言葉に耳を傾ける。
「一つ、叶わぬ恋に堕ちること。一つ、叶わないことに自覚的であること。一つ、それでも愛し続けていること。この三つの条件を満たしていると、恋に堕ちた心が異能に拾われる。この学校に通っている子なら、一度は聞いたことのある都市伝説、噂話だね」
年頃の女子は惚れた腫れたの話に目がないものらしい。
それはこの学園の生徒も例外ではなく、むしろ女子校という環境はその手の話にいとまが無い。
あふれる恋の話題の中でいつしか囁かれるようになったのが、ガールズ・ドロップ・シンドローム。
ほとんどの生徒は、ただのたわいのない噂話と、非現実的な都市伝説だとしか思っていないけれど。
でも、それは実在する。恋に堕ちた心を異能が拾い、様々な摩訶不思議な現象が少女たちの身に起こっている。
症例は、学生全体から見れば決して多いとは言えないけれど。でも、抱えている人は抱えている。
私たちはこれまでにも、何度かそういった人たちと出会ってきた。
「女子校だからね、普通の共学校に比べて女の子同士の色恋も珍しくない。だからそれだけじゃ『叶わぬ恋』には該当しないけど。そっか、実のお姉さんかぁ」
あらかた手櫛でほぐし終えると、香葡先輩は足元のカバンから小さな櫛を取り出して、私の髪に通し始めた。
ちゃんとしたヘアブラシじゃないし、これは結構時間がかかりそうだ。
「それで、その子はどんな様子なの?」
「えっと……」
香葡先輩の膝枕の温もりと、私の頭を優しく支える手。
それにそっと撫でる櫛の感触に体を委ねて、私は先ほどあったことをつらつらと説明した。
寝転んだままではちゃんとは解かせないけれど、そこは仕方ない。
「なるほどぉ、人の心を意図せず操っちゃう、かぁ。うんうん、またまたすごいことをできる子が出てきたねぇ」
「コントロールができなくて困っている、という話だったので、あんまり喜ばしくないと思いますが」
「おっとそうだね、不謹慎はよくない。でもさ、本当に人それぞれ色んな異能力が顕れるよなぁと思って」
「それは、そうですね」
私の説明を聞き終えた香葡先輩は、どうにもワクワクを隠せないようだった。
この手の話の時はいつだって、先輩はとっても楽しそうだ。
「それで? 柑夏ちゃん的にはどうなのー? その子の相談、受けてあげるつもり? あげないつもり?」
香葡先輩はそう言いながら、ほらできたと私の髪をサラサラと流した。
「助けてって、そう言われたんでしょ?」
「なので、受けるべきかどうか香葡先輩に相談を、と」
「自分で決めてもいいんじゃなーい? もう二年生だしね。先輩の私は、そろそろ後輩に道を譲る準備をしなきゃ」
「そんなっ。香葡先輩がいないと、私……」
「もう、そんな顔すんなよぉ。可愛いやつめ」
急に突き放すようなことを言われて萎れた私の頬を、香葡先輩がむぎゅっと摘んだ。
声にならない声を出してやめてくださいと訴えると、先輩はとても楽しそうに笑う。
「しょーがない。手のかかる後輩のために、もう少し面倒を見てあげますか」
「手は、かからないです。でも、ずっと一緒にいてください」
「まったく、見栄を張るか甘えるか、どっちかにしたまえ」
私の頬から手を離した香葡先輩はそう苦笑いして、また私の頭を撫でた。
「それでその子、林檎ちゃんだっけ? その子のお姉さんとのことは、まだちゃんと話聞いてないの?」
「はい。私としてはあんまり深入りしたくなくて」
私が答えると、香葡先輩はなるほどねと頷いた。
「よし、じゃあまずは明日にでも、その辺りの話を聞いてきてちょーだい。せっかくの新しいクラスメイト、力になってあげなよ」
ポンポンっとそう頭を叩かれて、私は渋々頷いた。
今の私にうまくできるかわからないけれど、でもやってみよう。
香葡先輩が、こう言うのなら。
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