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さぁ、起きて、声を聞かせて
えぴろーぐ
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ゆっくりと目を開ける。
小さな窓から暖かい春の陽が差し込み、部屋を照らしている。少し眩しいくらいだ。今日は天気がいいらしい。馬や羊の鳴き声が遠くから聞こえてくる。
上半身を起こし、ぐるりと視線を巡らせる。
机と椅子とクローゼット、全身を写せる鏡、それから私の寝ていたベッド。代わり映えのしないこの狭い部屋で私はずっと過ごして来た。…2年前までは。
また戻って来れた事に喜んだらいいものか、それとも驚いたらいいものか、私には分からない。
ベッドの上でぼんやりとしていると、ノックの音が響く。それに応えるとドアがあき、誰かが入ってくる。
「おはよう、マリー。」
「お、母さん。」
「マリーはいつまでもお寝坊さんね。ほら、早くしないと。ヴィヴィちゃんが待ってるわよ。」
「…うん。」
いつも言われていた事だ。
あぁ、私は本当にヴィーと帰って来たのだと、実感する。
ならば、あの時言えなかった言葉を。
「お母さん。」
「なぁに?」
「おはよう。」
お母さんの目が少しだけ見開かれる。
それから、お母さんは微笑んだ。
「はい、おはよう。下にご飯用意したから食べちゃいなさい。」
「うん。」
「…おかえり、マリー。ヴィヴィちゃんと帰ってきてくれてありがとう。」
「うん…。ただいま、お母さん。」
不鮮明に揺れる視界の向こうにいるお母さんは、やっぱり大きくて、優しかった。
「「マリー(お姉ちゃん)!」」
外に出れば、子供たちが駆けてくる。その後ろには、ヴィーの姿があって、私は驚いてしまった。
「ヴィー!なんで、」
「だってマリーが遅いんだもの。」
「マリー、いっつも起きるのおせーよな!」
「よく寝る子は育つっていうけど、ちょーっと寝すぎよねマリーお姉ちゃん。」
「う…。」
ケラケラと笑うマシューと呆れた様子のアイリスに何も言い訳出来なくて私は眉を下げる。
それを見て、シオンは助け舟を出すように私に甘えてくれた。
「ねぇ、マリーちゃん、シオンの髪型可愛い?ヴィオちゃんにやってもらったの!」
「うん。とっても可愛いよ。」
シオンを褒めればノアも手を挙げて飛び跳ねる。
「僕は?僕は?」
「とっても格好いい!」
「えへへ。マリーお姉ちゃんも可愛いよ。」
「そりゃ、私のエスコート役だもの!当然よ!」
そう言ってふんぞり返るヴィーに苦笑すれば、子供たちも笑った。
「もう。エスコートするために、私が迎えに行くつもりだったのに。」
「あら、私がマリーを迎えに行くのなんていつもの事じゃない。」
「でも汚れちゃうよ。」
くすくすと笑ったヴィーが身に纏うのは、真っ白なウェディングドレスだ。
「本当よ。このお転婆娘は。」
「アシェル!」
溜息と共に聞こえてきた声に目を向ければ、アシェルがこっちに向かって来ていた。
彼もまた、白いタキシードを着ている。
「おそよう、マリー。この子ったらアンタに早くこの衣装見せるんだーって突撃しに行こうとしてたのよ?アタシに見せるより先にね!」
「いはいお、あひぇる!」
痛いと言いたいのにアシェルに頬を引っ張られて上手く喋れない。酷い。私は悪くないのに。
涙目でヴィーを見つめれば慌てて私を背の後ろに隠してくれた。
「だって、花婿さんに見せるのは最後だもの。」
「そのよく分からない決まりなんなのよ…。ほら、マリーも起きた事だし、行くわよ。」
一通り私の頬を引っ張って満足したのか、アシェルはそう言って私に手を差し出す。
「…?」
不思議に思って首を傾げれば、ヴィーとアシェルの笑い声が重なった。
「「今日のマリーはエスコート役でしょ!」」
2人が私の手を取り走り出す。
楽しげな子供たちの笑い声が背中を前へ前へと押していった。
「私がエスコート、する側なのに!」
引っ張られる形で走り出せば、少し先を走るアシェルが振り返って笑う。
「ノロマなアンタにはこれくらいがいいでしょ!」
「んふふ、楽しいね、マリー!」
重たいドレスの筈なのにそれをものともせず走るヴィーが私に告げる。
それがなんだか可笑しくて、でもヴィーらしくて、私は堪え切れずに吹き出す。
「…ふ、ふふ!あははは!!!本当に、ヴィーったら!」
「おめでたい日には、やっぱり笑顔でなくっちゃ!」
「それ自分で言う?」
巫山戯あいながら走れば辿り着くのは教会だ。
そこには村の皆と、それからレーシアやエミリー、トールやジル、そしてジャヴィさんの姿もあった。飾り付けられた豪華な花々は今日どうしても参加出来なかったファルさんからのお祝いで。その花で遊ぶライラが、楽しげに羽を震わせる。
「ヴィー、アシェル、本当におめでとう。」
今日は、ヴィーの結婚式だ。
「幸せになってね。」
ここから先は、エスコートはいらない。中では見届け人としてリアムおじいちゃんが待ってることだろう。
教会の扉の前でゆっくりと2人の手を離す。
少しだけ寂しかった。でもそれ以上に嬉しくて。
鼻を啜れば、ヴィーがその美しい瞳を揺らす。
「こんなにマリーに愛されて、幸せにならないわけが無いでしょ。」
「っうん。うん。大好き、大好きよ。ずっとずっと、ヴィーが大好き!」
幾つもの雫が頬を滑り落ちていく。
伸ばした手は、ヴィーが握ってくれた。
悲しい時、嬉しい時、悩んでいる時、面白いものを見つけた時、いつだって名前を呼べば傍に来て話を聞いてくれた。一緒に悲しんで、一緒に喜んで、一緒に考えて、一緒に笑ってくれた彼女が、今、私の傍で微笑む。
「私も、マリーが大好き!!!私、主人公になれて、本当に良かった!」
そういう彼女の顔は、今までで一番、綺麗だった。
きっとこれからも、辛いことや悲しいこと、苦しいことがあるだろう。
それでもきっと、大丈夫だと思う。
大切な人が傍にいてくれるなら、私は────。
End
小さな窓から暖かい春の陽が差し込み、部屋を照らしている。少し眩しいくらいだ。今日は天気がいいらしい。馬や羊の鳴き声が遠くから聞こえてくる。
上半身を起こし、ぐるりと視線を巡らせる。
机と椅子とクローゼット、全身を写せる鏡、それから私の寝ていたベッド。代わり映えのしないこの狭い部屋で私はずっと過ごして来た。…2年前までは。
また戻って来れた事に喜んだらいいものか、それとも驚いたらいいものか、私には分からない。
ベッドの上でぼんやりとしていると、ノックの音が響く。それに応えるとドアがあき、誰かが入ってくる。
「おはよう、マリー。」
「お、母さん。」
「マリーはいつまでもお寝坊さんね。ほら、早くしないと。ヴィヴィちゃんが待ってるわよ。」
「…うん。」
いつも言われていた事だ。
あぁ、私は本当にヴィーと帰って来たのだと、実感する。
ならば、あの時言えなかった言葉を。
「お母さん。」
「なぁに?」
「おはよう。」
お母さんの目が少しだけ見開かれる。
それから、お母さんは微笑んだ。
「はい、おはよう。下にご飯用意したから食べちゃいなさい。」
「うん。」
「…おかえり、マリー。ヴィヴィちゃんと帰ってきてくれてありがとう。」
「うん…。ただいま、お母さん。」
不鮮明に揺れる視界の向こうにいるお母さんは、やっぱり大きくて、優しかった。
「「マリー(お姉ちゃん)!」」
外に出れば、子供たちが駆けてくる。その後ろには、ヴィーの姿があって、私は驚いてしまった。
「ヴィー!なんで、」
「だってマリーが遅いんだもの。」
「マリー、いっつも起きるのおせーよな!」
「よく寝る子は育つっていうけど、ちょーっと寝すぎよねマリーお姉ちゃん。」
「う…。」
ケラケラと笑うマシューと呆れた様子のアイリスに何も言い訳出来なくて私は眉を下げる。
それを見て、シオンは助け舟を出すように私に甘えてくれた。
「ねぇ、マリーちゃん、シオンの髪型可愛い?ヴィオちゃんにやってもらったの!」
「うん。とっても可愛いよ。」
シオンを褒めればノアも手を挙げて飛び跳ねる。
「僕は?僕は?」
「とっても格好いい!」
「えへへ。マリーお姉ちゃんも可愛いよ。」
「そりゃ、私のエスコート役だもの!当然よ!」
そう言ってふんぞり返るヴィーに苦笑すれば、子供たちも笑った。
「もう。エスコートするために、私が迎えに行くつもりだったのに。」
「あら、私がマリーを迎えに行くのなんていつもの事じゃない。」
「でも汚れちゃうよ。」
くすくすと笑ったヴィーが身に纏うのは、真っ白なウェディングドレスだ。
「本当よ。このお転婆娘は。」
「アシェル!」
溜息と共に聞こえてきた声に目を向ければ、アシェルがこっちに向かって来ていた。
彼もまた、白いタキシードを着ている。
「おそよう、マリー。この子ったらアンタに早くこの衣装見せるんだーって突撃しに行こうとしてたのよ?アタシに見せるより先にね!」
「いはいお、あひぇる!」
痛いと言いたいのにアシェルに頬を引っ張られて上手く喋れない。酷い。私は悪くないのに。
涙目でヴィーを見つめれば慌てて私を背の後ろに隠してくれた。
「だって、花婿さんに見せるのは最後だもの。」
「そのよく分からない決まりなんなのよ…。ほら、マリーも起きた事だし、行くわよ。」
一通り私の頬を引っ張って満足したのか、アシェルはそう言って私に手を差し出す。
「…?」
不思議に思って首を傾げれば、ヴィーとアシェルの笑い声が重なった。
「「今日のマリーはエスコート役でしょ!」」
2人が私の手を取り走り出す。
楽しげな子供たちの笑い声が背中を前へ前へと押していった。
「私がエスコート、する側なのに!」
引っ張られる形で走り出せば、少し先を走るアシェルが振り返って笑う。
「ノロマなアンタにはこれくらいがいいでしょ!」
「んふふ、楽しいね、マリー!」
重たいドレスの筈なのにそれをものともせず走るヴィーが私に告げる。
それがなんだか可笑しくて、でもヴィーらしくて、私は堪え切れずに吹き出す。
「…ふ、ふふ!あははは!!!本当に、ヴィーったら!」
「おめでたい日には、やっぱり笑顔でなくっちゃ!」
「それ自分で言う?」
巫山戯あいながら走れば辿り着くのは教会だ。
そこには村の皆と、それからレーシアやエミリー、トールやジル、そしてジャヴィさんの姿もあった。飾り付けられた豪華な花々は今日どうしても参加出来なかったファルさんからのお祝いで。その花で遊ぶライラが、楽しげに羽を震わせる。
「ヴィー、アシェル、本当におめでとう。」
今日は、ヴィーの結婚式だ。
「幸せになってね。」
ここから先は、エスコートはいらない。中では見届け人としてリアムおじいちゃんが待ってることだろう。
教会の扉の前でゆっくりと2人の手を離す。
少しだけ寂しかった。でもそれ以上に嬉しくて。
鼻を啜れば、ヴィーがその美しい瞳を揺らす。
「こんなにマリーに愛されて、幸せにならないわけが無いでしょ。」
「っうん。うん。大好き、大好きよ。ずっとずっと、ヴィーが大好き!」
幾つもの雫が頬を滑り落ちていく。
伸ばした手は、ヴィーが握ってくれた。
悲しい時、嬉しい時、悩んでいる時、面白いものを見つけた時、いつだって名前を呼べば傍に来て話を聞いてくれた。一緒に悲しんで、一緒に喜んで、一緒に考えて、一緒に笑ってくれた彼女が、今、私の傍で微笑む。
「私も、マリーが大好き!!!私、主人公になれて、本当に良かった!」
そういう彼女の顔は、今までで一番、綺麗だった。
きっとこれからも、辛いことや悲しいこと、苦しいことがあるだろう。
それでもきっと、大丈夫だと思う。
大切な人が傍にいてくれるなら、私は────。
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