主人公なんかに、なってほしくはなかった

onyx

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君が、私を、目覚めさせた

秤にかけられて

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「つーか例外なら他の魔族んとこ行かせても意味ねぇだろ。ソレント自体、魔族の中では異質だ。」

レーシアとジルを見送ったすぐ後、トールがジャヴィへと言葉を投げれば、ジャヴィはあっさりと頷いた。

「うむ。」

「うむ、じゃねぇよ。なに企んでやがるジジイ。」

鋭く目を細めたトールに対し、ジャヴィはいつもの調子で言葉を返す。

「何も。ただやりたいようにやればよいと思うただけよ。主は行かなかったがな。」

視線を向けられたエミリーは本から顔を上げ、首を傾げた。

「行った方がよろしかったでしょうか。」

「否。主が選んだのならば我は変えられぬ。」

「そうですか。私も、貴方に聞きたいことがあったのです。」

エミリーが本を閉じてジャヴィと向き合えば一段と重くなった空気に、トールは夢の中で聞こえてないだろうと思いつつそっとヴィオレットの耳に手を当てた。これから始まる話は子供が聞くべきことではないと感じたからだ。

「貴方は、マリーが祝福を使って身代わりになることを知っていましたね。いえ、正確にはその可能性があるということを分かっていたのでしょう。」

ジャヴィは微かに首を傾げる。

「我はマリーゴールドの願いを優先した迄のこと。」

「魔王と勇者の移り変わりについては知らなくとも、魔王の意義を知っていた貴方ならばマリーが眠った末路も分かっていたのでしょう。それなのにどうして…!」

エミリーの声が震える。無知だった自分を叱咤しているようにも、ジャヴィを責めているようにも聞こえた。

「興味があった。」

「興味?」

「ヴィオレットの決意よりマリーゴールドの願いが強ければ、ヴィオレットは目覚める。マリーゴールドの幸福よりヴィオレットの慈愛が強ければ、ヴィオレットは目覚めぬ。結果、ヴィオレットは目覚めた。それだけのことだろうて。」

「それだけのこと…?マリーが死ぬかもしれないというのに…?」

「友を助けたいと思うのは当然。我はヴィオレットの目覚めを望んだ。主もそうであろう。」

「…えぇ、そうですわね。だけど、マリーと引き換えにヴィオを助けたいと思った訳ではありません。」

「世界は等価交換で成り立つもの。ヴィオレットを助けたければ、代わりがいる。」

「だから仕方ない、と仰るのですか。」

「然り。」

エミリーが目を閉じる。彼女は両手を握りしめ、静かに深呼吸をした。

「…私達は旅の最中、何度も選択を迫られました。私達の両手はあまりにもちっぽけで、全てに手を伸ばすことは出来ません。だから選ばなければなりませんでした。結果、救えなかった命もありましたね。」

エミリーが目を開き、ジャヴィを見つめる。

「私は彼等の喪われた命を、仕方ないものと思ったことはありません。尊い犠牲などという言葉で片付けたくなかったからです。私達が、私が弱かったから、彼等を助けることが出来なかった。今もそうですわ。私に知識がなかったから、ヴィオは300年眠り続けなければならなかったですし、それを阻止しようとしてマリーが命を削っている。…貴方を責めるつもりはありません。けれど、ヴィオを友と呼ぶのなら、ヴィオの大切な人をその興味の天秤に載せた意味を、その行いがどういうものであったのかを、考えてください。」

エミリーはそう言うと、小さく頭を下げる。

「申し訳ありません。少し風にあたってまいります。」

パタリと扉が締められた。
溜息を吐いたトールがジャヴィを見遣る。

「よく分からぬ。」

「ジジイはヴィオが初めての友達だもんな。…ヴィオを助けるためにマリーを見殺しにした、なんて絶対ヴィオには言うなよ。ジジイにマリーを助ける算段があったとしてもだ。」

「何故?」

「今のジャヴィには理解出来ないだろうよ。せいぜい悩め。そんでちゃんと分かったらマリーとヴィオに謝れよ。あとエミリーにもな。」

「うむ。」

やはり分かっていない様子のジャヴィにトールはもう一度溜息を吐くと、そっとヴィオレットの耳から手を外した。
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