主人公なんかに、なってほしくはなかった

onyx

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旅に出よう、彼女の元へ、行けるように

わかれのことば

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「戻ったか。」

頭上から声を掛けられる。それだけで心が荒む。
ぐっと歯を食いしばっていなければ、私は何をしでかすか分からなかった。

「どうぞ楽に。マリーゴールド様。」

「…はい。」

王妃様の声にゆっくりと立ち上がる。
冷静に冷静にと自分に言い聞かせながら目線を上げた。
壇上にいるのは王様と王妃様、それから王太子様と姫様だ。
私は玉座に座るその姿を睨まないように目を伏せる。

「後ろにいるのは盗賊と占い師と聞いたが。」

「はい。」

「…よく来たな。」

微かに侮蔑の乗ったその声に吐き気がする。

「来たくて来たんじゃねぇよ。それくらい分かるだろ馬鹿か?」

「トール。」

王妃様が窘めるようにトールの名前を呼ぶ。親しげな色の残るその声に、繋がりを見つける。
トールはしかし気にした風もなく言葉を続けた。

「凡庸な王の時代にこんな大事が起こって大変だったなぁ。役目から逃げて押し付けて、そんで今度はなんだ?英雄様を閉じ込めて逃げられたと。」

「お前に「何が分かる。」」

被せるようにしてそう言ったトールが、鼻で笑う。

「相変わらずだな。王の責務なんざ知ったこっちゃねぇよ。王の座に憧れも興味も無い。だというのに凡俗なあんたは勝手に怯えて勝手に俺を決め付け遠ざけた。ヴィオも同様にな。」

「…お父様?」

困惑した声が部屋に落ちる。
姫様が王様をじっと見ていた。
王妃様も王太子様も何も言わない。
口を開こうとした王様の言葉を遮るように、トールは大きめの声を上げる。

「なんだ、言ってなかったのか?可哀想に。知らぬ間に罪を背負わされたってわけだ。」

「それは、どういう…?」

「そいつに聞いたらいい。臆病者が話すかどうかは知らねぇがな。マリー。」

名前を呼ばれて、外していた視線を向ける。
激情に焼き尽くされそうになる身をギュッと抱き、息を吐く。

「…私は、ヴィオレットの幼馴染です。ただの村人で英雄じゃない。十分務めは果たしたつもりです。」

ざわりと空気が揺れる。動揺の色がそこかしこにみえた。
けれど私はここに来る日が来たら、言うと決めていたから。


「ここにはもう来ません。私を探さないでください。」


王様の目が僅かに見開かれる。
しかしそれを皆が認識する前に、私の後ろから聞こえてきた呪文へと意識が逸れる。

「星は正しき位置へ。時は流るるままに。揺らぎを鎮め、歪みは消ゆ。«ホーリーキュア»」

光は真っ直ぐ王様へと向かい、王様の胸を貫く。
一瞬その場は静まりかえり、そして悲鳴の渦が広がった。

「父上!!」「お父様!!」

王太子様と姫様が王様へと駆け寄る。

「落ち着きなさい!今のは攻撃魔法ではないわ。」

場を制するような鋭い王妃様の言葉に、アルメリアさんを拘束しようとしていた騎士達が止まる。

「あなた。」

「…問題ない。」

そして王様が返答した事で、張り詰めていた空気が少しだけ緩む。
しかし私達を取り囲む騎士達の顔色は悪い。
それもそうだろう。長い詠唱はそれだけ高度な魔法である証だ。そしてそれを使った後だというのにアルメリアさんはピンピンしているのだから。

「精霊の祝福が原因だったとは驚きだわ。そりゃあんな複雑な呪いにもなるわね。だって愛し子の幸福のために運命を捻じ曲げられるのが祝福なんだもの。ただ今回祝福の子は既に死んでるし、使ったのは相性があんまり良くない奴だしで絡まっちゃった感じかしら。なんにせよ、お嬢さんの呪いは解けたはずよ。でもおかしいわね。呪いは生と死のものだったと思ったんだけど、解けたのは死の呪いだけ…?」

周りの空気などお構いなしにアルメリアさんはそう言って首を傾げた。
どういうことかと目を瞬かせる私を見て、アルメリアさんが笑う。

「まぁ生の呪いならこのままでもいいでしょ。一生死なないわけじゃないみたいだし、人より少しだけ長生きすることが約束されてるみたいなもんよ。むしろこれは本質が祝福に近いわ。だから私も同一の呪いだと勘違いしちゃったんだけどね。」

「長生き…。それなら、良かった。」

「貴女、本当にあの子が好きなのね。無意識とはいえ少しだけ肩代わりしちゃうくらいに。」

アルメリアさんは感心した様子で私の右腕がある筈の部分を指差す。

「えっ?」

「さて、私はそろそろ次の街に行くわ。じゃあね。」

止める間もなくアルメリアさんが部屋の隅に視線を向けた後、応接間から出ていく。多分、その街で誰かが彼女の名前を呼ぶのだろう。

「俺達も帰るぞマリー。」

「うん。」

「彼女は何者なのですか…?」

同じように扉へと向かえば、姫様が思わずと言った様子で言葉を発する。

「精霊みたいなもんだとよ。それより…。」

くるりと振り返ったトールが、王様をじっと見つめる。
精霊という言葉に王様が反応したのを、王妃様だけが見ていた。

「次の勇者はあんただよ。その手の紋章は勇者の証だ。祝福の無いあんたじゃもう逃れることは出来ない。はは、あんなに特別になりたがってたんだ。良かったじゃねぇか。…あぁそういえば知ってるか?魔王が目覚めたから勇者が目覚めるのではなく、勇者が目覚めたから魔王が目覚めるらしい。」

沈黙の中、トールがゆっくりと頭を下げる。

「おめでとう、兄上。魔王が目覚めぬ事を死ぬまで祈り続けるといい。」

それはとても綺麗な辞儀だった。
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