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旅に出よう、彼女の元へ、行けるように
うつくしいきみのせかい
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小鳥の囀りで目を覚ます。暗い洞窟の中で唯一の光源であった火はいつの間にか消えていた。
雨に濡れた後の野宿はやはりまずかったかもしれない。背筋に寒気が走る。それに知らんぷりをしながら、私は身体を起こした。あちこち痛いのは、久しぶりに硬い地面で寝たからだろう。
魔物よけの結界装置を鞄にしまって、近くの川へと向かう。空気が澄んでいる。それに気付く度に、嬉しさと苦しさが胸を締め付けた。ヴィーは今、何処にいるんだろう。
気持ちを切り替えるように川の水で顔を洗っていると、白い鳥が1羽飛んでくる。慌ててハンカチで顔を拭って、手のひらを差し出すと、それは紙へと形を変えた。
「『2つ前の町に捜索隊。至急先を急げ。なるべく町には寄るな。』」
書かれた文字は、ちょっと読みにくい。けれど1年でよくここまで書けるようになったな、と少しだけほっこりしてしまうのは、一生懸命教えるヴィーと、熱心に練習するジルを知っているからだ。
「ありがとう。」
ふっと息を吹きかけると、紙はみるみるうちにまた鳥へと変化して、飛び立っていく。
城を抜け出した日、最初の森の中で息を潜めていると、ジルが姿を現した。
驚く私を余所に、ジルは協力するとだけ告げると、白い鳥を差し出してきた。不思議に思いながらも受け取ると、それは紙へと変わる。驚きのあまり取り落とした紙を拾って、ジルはそれに息を吹きかけるように言う。言われた通りにすると、それはまた白い鳥へと変わった。
「これ、なに?」
「伝書鳩。今俺とお前の魔力を登録した。これでお前に情報を届ける。」
凪いだ目をしたジルが私をじっと見つめる。
「諦めの悪いお前が、あのまま主を見捨てる訳ない。」
「ジル。」
「主は俺の唯一だ。」
「うん。」
「そして主の唯一はお前だ。」
「…うん。」
ヴィーの唯一。
きっとそれは、本当で。でも真実ではない。
「お前だけが、救えるなんて言わない。だけど、希望であることを、忘れるな。主が、最後にお前を選んだ事を、誇りに思え。」
「うん。」
悔しそうに、でも光を持って私を射抜く目は、何時かのヴィーに似ていて、私は頷くしかなかった。
あの時の、朝焼けをじっと見つめたヴィーが告げる。
全てはゲームなのだと。
この世界は決まったレールの上を走る物語だと言うヴィーは、決して私を見ようとはしなかった。ただひたすらに迫り来る太陽の光をその目に焼き付けるようにしながら、私に語りかける。
ずっとずっと好きだった世界で、私は生きてる。それは嬉しい事なのに、何処か遠くに感じる事もあるの。
朝の光。鳥の声。1日の始まりの匂い。朝食のスープの美味しさ。君の気配。その全てが、私を現実だと知らしめるけれど、夢の様にも思えてしまうのは、私が知りすぎているからなのよ。
ヴィーは景色を閉じ込めるみたいにゆっくりと目を閉じて、それからまたゆっくりと目を開く。
でもね、でも、私はどうしたってこの世界が好きなの。この世界で生きて、君に出会えて、そしてもっと好きになった。
だから私、勇者でよかった。
そう言ってヴィーは笑う。
漸くこちらを向いた朝日に濡れる瞳はどんな宝石よりも美しくて、どうしてこんなに綺麗な存在が苦しまなくてはならないのだろうかと、私はその時強く思った。
ねえ、ヴィー。
貴女が救ったこの世界は、貴女のように美しく輝いているのだろうか。
雨に濡れた後の野宿はやはりまずかったかもしれない。背筋に寒気が走る。それに知らんぷりをしながら、私は身体を起こした。あちこち痛いのは、久しぶりに硬い地面で寝たからだろう。
魔物よけの結界装置を鞄にしまって、近くの川へと向かう。空気が澄んでいる。それに気付く度に、嬉しさと苦しさが胸を締め付けた。ヴィーは今、何処にいるんだろう。
気持ちを切り替えるように川の水で顔を洗っていると、白い鳥が1羽飛んでくる。慌ててハンカチで顔を拭って、手のひらを差し出すと、それは紙へと形を変えた。
「『2つ前の町に捜索隊。至急先を急げ。なるべく町には寄るな。』」
書かれた文字は、ちょっと読みにくい。けれど1年でよくここまで書けるようになったな、と少しだけほっこりしてしまうのは、一生懸命教えるヴィーと、熱心に練習するジルを知っているからだ。
「ありがとう。」
ふっと息を吹きかけると、紙はみるみるうちにまた鳥へと変化して、飛び立っていく。
城を抜け出した日、最初の森の中で息を潜めていると、ジルが姿を現した。
驚く私を余所に、ジルは協力するとだけ告げると、白い鳥を差し出してきた。不思議に思いながらも受け取ると、それは紙へと変わる。驚きのあまり取り落とした紙を拾って、ジルはそれに息を吹きかけるように言う。言われた通りにすると、それはまた白い鳥へと変わった。
「これ、なに?」
「伝書鳩。今俺とお前の魔力を登録した。これでお前に情報を届ける。」
凪いだ目をしたジルが私をじっと見つめる。
「諦めの悪いお前が、あのまま主を見捨てる訳ない。」
「ジル。」
「主は俺の唯一だ。」
「うん。」
「そして主の唯一はお前だ。」
「…うん。」
ヴィーの唯一。
きっとそれは、本当で。でも真実ではない。
「お前だけが、救えるなんて言わない。だけど、希望であることを、忘れるな。主が、最後にお前を選んだ事を、誇りに思え。」
「うん。」
悔しそうに、でも光を持って私を射抜く目は、何時かのヴィーに似ていて、私は頷くしかなかった。
あの時の、朝焼けをじっと見つめたヴィーが告げる。
全てはゲームなのだと。
この世界は決まったレールの上を走る物語だと言うヴィーは、決して私を見ようとはしなかった。ただひたすらに迫り来る太陽の光をその目に焼き付けるようにしながら、私に語りかける。
ずっとずっと好きだった世界で、私は生きてる。それは嬉しい事なのに、何処か遠くに感じる事もあるの。
朝の光。鳥の声。1日の始まりの匂い。朝食のスープの美味しさ。君の気配。その全てが、私を現実だと知らしめるけれど、夢の様にも思えてしまうのは、私が知りすぎているからなのよ。
ヴィーは景色を閉じ込めるみたいにゆっくりと目を閉じて、それからまたゆっくりと目を開く。
でもね、でも、私はどうしたってこの世界が好きなの。この世界で生きて、君に出会えて、そしてもっと好きになった。
だから私、勇者でよかった。
そう言ってヴィーは笑う。
漸くこちらを向いた朝日に濡れる瞳はどんな宝石よりも美しくて、どうしてこんなに綺麗な存在が苦しまなくてはならないのだろうかと、私はその時強く思った。
ねえ、ヴィー。
貴女が救ったこの世界は、貴女のように美しく輝いているのだろうか。
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