上 下
36 / 122
私は、独り、流される

しすたーとけんとうか

しおりを挟む
日差しの強い昼下がりに、私の部屋のバルコニーでお茶会が開かれた。参加者は、エミリーとレーシアと私。少し離れた所に侍女さんが控えていた。

シスターのエミリーは今日も黒い修道服を身に纏っている。見ているだけで暑いけれど、彼女は涼し気に空を仰ぎみて、それから持っていたティーカップをテーブルに置いた。

「暇ですわね。」

「そうですね。」

「そうだねぇ。」

だらりとテーブルに上半身を預けながら相槌を打つのはレーシアだ。拳闘家らしくそのしなやかな筋肉に覆われた腕を惜しげも無く晒している。

対象的な2人だけれど、とても仲が良い。ヴィーによって各地に飛ばされた後、レーシアがエミリーを訪ねたそうだ。だから今日2人はここにいる。

「あの子も何処に行ったのやら。」

「わかりません。」

「さぁねぇ。」

のんびりと言うレーシアの声を聞きながら、私は俯く。あぁ今日は、日差しが痛い。痛くて仕方ない。

「責めている訳ではないのよ。ほら顔をお上げなさい。神は全てを見ているのだから、暗い顔なんかしちゃ駄目よ。」

隣に座っていたエミリーが私の頬を両手で包み、目を合わせるようにして微笑む。眩しくて、溶けてしまいそうだ。

「これは試練です。マリーと、ヴィオへの、乗り越えるべき試練。どうして貴女達に課せられた試練がこれほど辛いものなのかは分からないけれど、貴女達なら乗り越えられると信じています。大丈夫。神は乗り越えられる試練しかお与えにならないのだから。」

エミリーの言葉に、頬杖をついて私とエミリーを見ていたレーシアがのんびりとした口調のまま話しはじめる。

「エミリーはそう言うけどさぁ、普通に考えて無理じゃない?あたしなら親友の生死が不明って結構キツいし明るい顔なんて出来ないよ。」

それにエミリーが首を振る。

「それでも前を向かなくては。そうして進むものにこそ慈悲は与えられるのです。」

「そりゃしんどくても前に進まなきゃ行けない時もあるさ。でもそれは今じゃない。そうすべき時はもう終わったんだ。…皆が皆エミリーみたいに強くないんだよ。」

困った顔をしたレーシアに、エミリーはまた首を振る。それから曇りなき眼で私を見た。全て見透かされているようで、目を背けたくなったけれど、エミリーは許してくれなかった。

「それでも、マリーは俯いていてはいけません。ヴィオの道標なのだから。彼女の印として、生きていくのでしょう?」

「…はい。」

なんとか出せたのは掠れた声で、そんな自分に落胆する。心配そうに私を呼ぶレーシアの声が聞こえた。

冷めた紅茶を飲み、喉を潤す。美味しい筈なのに、味は分からなかった。

「精霊が、言っていました。繋がっていると。まだ途切れていないのならば、チャンスはあります。」

肩を撫でていた手を止め、2人だけに聞こえるように小さく呟く。私の声よりも、もしかしたら心臓の音の方が大きかったかもしれない。

「…私は、ヴィーを取り戻したい。世界よりもヴィーを取る、ダメな人間です。」

怒るだろうか、悲しむだろうか。不安ばかりが浮かんできて、目を伏せた私に、レーシアがあっけらかんと笑う。私を撫でる手はいつものように暖かくて、優しかった。

「いいんじゃない?身近な人間を大切に出来ないやつが、大勢を幸せになんか出来っこないんだから。そのぐらいでいいんだよ。」

「神は全てを赦します。それが貴女の愛であるならば、それもまた1つの道でしょう。」

祈るように手を組んだエミリーが微笑む。

「ありがとう、ございます。」

強ばっていた肩から力が抜ける。じんわりと心に安堵感が広がると同時に、私は肯定されたかったのだと初めて気が付いた。

ヴィーを連れ戻すという選択を、他でもない一緒に戦った仲間に。

冷めた紅茶は、ほんのりレモンの味がした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

処理中です...