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私は、独り、流される

やさしいひと

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いい人というのは、結局のところ自分にとって都合の『いい人』、使い勝手の『いい人』の事なのだ。優しい人とは、易しい人の事。手っ取り早く肯定的な評価を得たいのなら易しい、いい人になればいい。

しかしそれは諸刃の剣でもある。なぜならそれは外からの評価でしか装飾出来ないものだから。

例えば、外からの評価が力持ちならば、力には自信がありますと答えられるだろう。演算能力の高さを買われているのならば、計算が得意ですとか、会計処理が得意ですとか言える。明るさが評価されているのならば、前向きが取り柄ですとか、どんな時もへこたれませんと言えばいい。

しかし、優しい、いい人という評価は別だ。考えてみてほしい。ふざけている訳でもなく自称優しい人に優しい人はいるだろうか。自らをいい人だと名乗る者が、自他ともに認めるいい人であると、どうして思えるのだろう。

本当に優しい人は、自分の優しさを優しさだとは思わないだろう。だってその人にとってそれは当然のことだから。

中には理解している人もいるだろうけど、理解ではなく、それを自覚した時、ある種穢れてしまうのではないかと思ってしまうのは、私が優しさに憧れを抱いているからだろうか。

だって私は、優しい人になりたい。いい人になりたい。けれど同時に都合のいい人、使い勝手のいい易しい人には、なりたくないのだ。

優しい人になりたいと思っている時点でマリーは優しい人だと、ヴィーは言ってくれたけれど、そういうヴィーの方がよっぽど優しい人だ。

結局のところ、私はヴィーになりたかったのかもしれない。強くて優しい、お人好しと呼ばれるいい人に。

「お助けください!!勇者様!!我が子をどうか…!どうか…!!!」

「…ごめんなさい。」

「お願いします!!お願いします!!我が子をお助けください!!!勇者様!!!」

「ごめん、なさい…。私ではどうすることも、」

「助けて!!!勇者なら助けて!!あの子を、ねぇ、お願い…、お願いだから…!!」

「私は勇者なんかじゃ、ないです。」

「嘘つき!!!!どうして助けてくれないの!?貴女は勇者でしょう!?」

きっと、こうして泣いて縋られた時、ヴィーならば即座に救いの手を差し伸べ、解決へと導けるだろう。混乱状態の母親を落ち着かせ、瀕死の息子を診察して、回復魔法をかけて、それからきっとよく効く薬草を探しに行くのだ。

私には、母親を落ち着かせることも、息子に瀕死から救う回復魔法をかけることも、出来ない。薬草だって何が効くのかさえ分からない。あぁ、本当に役立たずだ。あんなに傍で見てきたというのに。

母親の手が振り上げられる。次にくる衝撃に備えて目を瞑るけど、一向にやってこなかった。不思議に思って目を開けると、目の前に母親の手を掴む侍女さんがいた。

「お下がりください、マリーゴールド様。」

「…侍女さん?」

「貴女が今するべき事は、片腕のない少女に詰め寄り、暴力を振るう事ですか。」

「っあ、あぁ、ちが、違う、私は、そんなつもりじゃ、」

彼女の顔がさっと青ざめ、侍女さんから取り返した手を庇うように握り込む。

「何故、彼女に助けを求めたのでしょうか。ここには、王族の侍女たる私も、宮廷医師もいるというのに。」

「お、恐れ多いと…思って…。」

「彼女ならばいいと?何故でしょう?彼女もまた、姫と勇者と共に旅をした者だというのに。」

「だって、彼女は勇者で、」

「いいえ、彼女は勇者ではありません。」

「ゆ、勇者は女の子だと聞いたわ!!ここに女の子は彼女しかいない!!」

パニックに次ぐパニックに、彼女が叫ぶ。私を見る目は憎々しげに歪められ、殺意にも似た苛立ちをぶつけられる。どうして助けてくれないの、と。嘘つき、と。目が、視線が、空気が、私を突き刺す。

「もう一度言います。彼女は勇者ではありません。」

落ち着いた温度の無い声が、彼女の動きを止める。

「そんな、じゃあ、うちの子は、どうなるの…?」

「同行している宮廷医師に診せます。お子様の所へ案内を。」

「本当に…?」

「急ぎましょう。」

「こちらです!どうか、どうかあの子をお願いします!!」

駆けていく母親の後を侍女さんと、お医者さんが追いかけていくのをぼんやりと見送る。

「上級魔法の使えないお前には、力不足だったようだな。全く、ヒステリックに喚く女も程度が知れるが、何も出来ない、救えないお前も変わらず能無しで呆れる。」

「ギリュー、いい加減になさい。それ以上言うのであれば父に報告させていただきます。」

「姫、それはっ、…失敬。口が過ぎたようだ。」

怒りを孕む姫様の声に、騎士様が焦った様子で心にもないことを言う。

「次はありません。…マリーゴールド様、大丈夫ですか。」

「はい。」








勇者はやさしい人でなければならない。

もしそうであるなら、最初から私にはなれるはずもなかったのだ。そしてきっと、ヴィーがなるべきものでも、なかった。



空を見上げる。

あの日、いつの間にか無くなっていたスノーボールは、何処に行ったのだろう。ライラとライラのお母さんが食べてくれていたらいいなと、そんなことを思った。
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