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私は、独り、流される
せいれい
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「………?」
唐突に落とされた事で息を止める余裕もなかったけれど、苦しくない。普通に息が出来る。
「あー。」
試しに声を出してみると、いつも通り、ではないけれど、ちゃんと聞こえた。
「ここは、湖の中だよね…?」
何か魔法が掛けられているのだろうか。そんな気配は感じられないけど。
周りを見回してみると、美しい花々が咲き誇っている。マム、ガーベラ、コスモス、ローズ、他にも色々咲いている。
その光景に見蕩れていると、また、クスクスと笑う声が聞こえてくる。けれど姿は見えない。
「誰…?」
さっきと同じ楽しそうな、嬉しそうな笑い声。私は、この声を知っている。
「ライラ?」
正解だと言うように光が満ちる。咄嗟に目を瞑り、しばらくして開けると、そこには、ヴィーと一緒にあの泉で出会った、あの子がいた。
小さな体に、透明な羽。ローズを挿した艶やかな髪を遊ばせ、纏う服はヒラヒラと美しく揺れている。今は興奮しているのか、頬がほんのり赤い。
「ライラだ…。久しぶり、かな?」
私の声に、反応してくるりと宙返りをする。かと思えば、私の頬にキスを送ると、ライラは私の手を引っ張り奥へと羽ばたく。
「何処かに連れて行きたいの?」
ニコニコと私と前を交互に見ながら、ライラは何か呟く。ここにヴィーがいたら良かった。私には、精霊の言葉は異国の言語にしか聞こえないのだから。
ライラに腕を引かれながら、ひたすら進んでいく。水の中にいるから少し歩くのが難しいけど、ライラは器用に私を補助しながら奥へ奥へと導く。
どのくらい歩いただろう。花の泉はこんなに大きかっただろうかと不思議に思い始めた頃、ローズのアーチが目の前に見えてきた。ライラもそれが見えたのか飛ぶスピードが上がる。
半ば駈けるようにアーチを潜ると、そこには、
「おっきいライラ…?」
私と同じくらいのローズに腰掛ける、人間サイズのライラがいた。
びっくりした私の声がおかしかったのか、ライラがケラケラと笑う。目の前にいる大きなライラもクスリと頬を緩ませた。
「わたしは、この子の母、と言えばいいでしょうか。そんな存在です。」
「あ、す、すみませ…?あ、え、言葉が、分かる…?どうして、」
「この子はまだ生まれて20年くらいしか経っていないから、わたしたちの言葉しか知らないの。人間の言葉はまだまだお勉強中。」
「そうなんですか。」
「ライラはわたしから生まれた子の中では一等好奇心旺盛で、とても優しい子。突然で驚かれたでしょう。けれど、あなたをここに連れてきたのは、この子の善意です。それだけは分かってください。」
困った様に微笑みながら、ライラを見つめる瞳は慈しみに溢れていて、本当にお母さんなんだな、と思った。
「は、はい。それは、何となく分かっております。ありがとう、ライラ。」
ライラはまた私の頬にキスを贈ると、ライラのお母さんの方へ飛んでいった。
「あらあら、ライラは本当にこの子を気に入ったのね。…もう1人の子はどうしたの?」
「あ、えっとヴィーは、ヴィー、は…。」
ライラのお母さんの言葉に、何故か涙が出てきそうで中々答えられないでいると、ふわりとローズから浮かび上がり、私を抱きしめてくれた。
「え、」
「辛い事があったのね。人の世はいつも忙しなく混沌に満ちているから。お泣きなさい。心のままに。涙は人を強くすると聞きました。だから泣いてもいいのですよ。それに、泣くことは人が前を向く為に必要なことでしょう?」
優しい匂いと、その暖かさに涙が出る。あぁ、この湖が塩っぱくなってしまう。ごめんなさい。
「誰から聞いたんですか、そんなこと。」
「ふふ、わたしの母ですよ。」
一頻り泣いて、落ち着いてくると少しの気恥しさが残る。幾ら精霊相手でも初対面で泣いて縋ってしまうのは、どうなんだろうと思う。最近私は泣きすぎている。情緒が不安定になるほどヴィーに依存していたのかもしれない。それは、友達として最低な事ではないだろうか。
「ライラがここにあなたを連れてきたのは、きっとお気に入りの子をわたしに見せたかったのと、あなたの右腕を気にしての事でしょう。」
「腕を…?」
トントンと左腕を叩く感触に、そちらを見ると、心配そうなライラがいた。本当にライラは優しい。
「人間が欠損する事は大変なことだと聞いています。少しでも欠けると生きていくのが難しいとか。」
「確かに生活するのに不便ではあります。…でもこの腕は、私の右腕は、ヴィーの傍にあると信じたい。それに、これはきっと罰です。のろまな私への罰。」
「確かに微かですが、まだ腕とあなたは繋がっているようですね。今にも途切れそうな、細い繋がりですが。ん?なぁに、ライラ。」
お母さんの耳元でライラが何かを話す。その姿は一生懸命で、初めて会った時の事を思い出す。あの時、ヴィーの呪いを無くすために色々教えてくれたっけ。ライラに言われた薬草を一緒に必死で探して、ヴィーの呪いが綺麗に消えた時は本当に嬉しかった。
優しい精霊、ライラ。あの泉での出来事。どうして今まで忘れていたんだろう。
「マリーゴールド。あなたの腕はヴィオレットと共にあります。あなたの願いがヴィオレットを守っている。希望を無くしてはいけません。ライラの認めた優しい人の子よ、わたしからあなたに祝福を贈りましょう。」
名前を呼ばれて、意識が内から外へと向く。告げられた言葉に驚く余裕も無く額にキスを贈られて、眩しい光に包まれた。
あぁ、ヴィーを少しでも守れたと、そう思っていいのでしょうか。
精霊の言葉は真実しかない。そう言ったのはヴィーだ。ならば、私は、
「まりー、だいすきよ。」
幼い声は、誰のものだったのか、分からないまま、意識がふっと落ちた。
唐突に落とされた事で息を止める余裕もなかったけれど、苦しくない。普通に息が出来る。
「あー。」
試しに声を出してみると、いつも通り、ではないけれど、ちゃんと聞こえた。
「ここは、湖の中だよね…?」
何か魔法が掛けられているのだろうか。そんな気配は感じられないけど。
周りを見回してみると、美しい花々が咲き誇っている。マム、ガーベラ、コスモス、ローズ、他にも色々咲いている。
その光景に見蕩れていると、また、クスクスと笑う声が聞こえてくる。けれど姿は見えない。
「誰…?」
さっきと同じ楽しそうな、嬉しそうな笑い声。私は、この声を知っている。
「ライラ?」
正解だと言うように光が満ちる。咄嗟に目を瞑り、しばらくして開けると、そこには、ヴィーと一緒にあの泉で出会った、あの子がいた。
小さな体に、透明な羽。ローズを挿した艶やかな髪を遊ばせ、纏う服はヒラヒラと美しく揺れている。今は興奮しているのか、頬がほんのり赤い。
「ライラだ…。久しぶり、かな?」
私の声に、反応してくるりと宙返りをする。かと思えば、私の頬にキスを送ると、ライラは私の手を引っ張り奥へと羽ばたく。
「何処かに連れて行きたいの?」
ニコニコと私と前を交互に見ながら、ライラは何か呟く。ここにヴィーがいたら良かった。私には、精霊の言葉は異国の言語にしか聞こえないのだから。
ライラに腕を引かれながら、ひたすら進んでいく。水の中にいるから少し歩くのが難しいけど、ライラは器用に私を補助しながら奥へ奥へと導く。
どのくらい歩いただろう。花の泉はこんなに大きかっただろうかと不思議に思い始めた頃、ローズのアーチが目の前に見えてきた。ライラもそれが見えたのか飛ぶスピードが上がる。
半ば駈けるようにアーチを潜ると、そこには、
「おっきいライラ…?」
私と同じくらいのローズに腰掛ける、人間サイズのライラがいた。
びっくりした私の声がおかしかったのか、ライラがケラケラと笑う。目の前にいる大きなライラもクスリと頬を緩ませた。
「わたしは、この子の母、と言えばいいでしょうか。そんな存在です。」
「あ、す、すみませ…?あ、え、言葉が、分かる…?どうして、」
「この子はまだ生まれて20年くらいしか経っていないから、わたしたちの言葉しか知らないの。人間の言葉はまだまだお勉強中。」
「そうなんですか。」
「ライラはわたしから生まれた子の中では一等好奇心旺盛で、とても優しい子。突然で驚かれたでしょう。けれど、あなたをここに連れてきたのは、この子の善意です。それだけは分かってください。」
困った様に微笑みながら、ライラを見つめる瞳は慈しみに溢れていて、本当にお母さんなんだな、と思った。
「は、はい。それは、何となく分かっております。ありがとう、ライラ。」
ライラはまた私の頬にキスを贈ると、ライラのお母さんの方へ飛んでいった。
「あらあら、ライラは本当にこの子を気に入ったのね。…もう1人の子はどうしたの?」
「あ、えっとヴィーは、ヴィー、は…。」
ライラのお母さんの言葉に、何故か涙が出てきそうで中々答えられないでいると、ふわりとローズから浮かび上がり、私を抱きしめてくれた。
「え、」
「辛い事があったのね。人の世はいつも忙しなく混沌に満ちているから。お泣きなさい。心のままに。涙は人を強くすると聞きました。だから泣いてもいいのですよ。それに、泣くことは人が前を向く為に必要なことでしょう?」
優しい匂いと、その暖かさに涙が出る。あぁ、この湖が塩っぱくなってしまう。ごめんなさい。
「誰から聞いたんですか、そんなこと。」
「ふふ、わたしの母ですよ。」
一頻り泣いて、落ち着いてくると少しの気恥しさが残る。幾ら精霊相手でも初対面で泣いて縋ってしまうのは、どうなんだろうと思う。最近私は泣きすぎている。情緒が不安定になるほどヴィーに依存していたのかもしれない。それは、友達として最低な事ではないだろうか。
「ライラがここにあなたを連れてきたのは、きっとお気に入りの子をわたしに見せたかったのと、あなたの右腕を気にしての事でしょう。」
「腕を…?」
トントンと左腕を叩く感触に、そちらを見ると、心配そうなライラがいた。本当にライラは優しい。
「人間が欠損する事は大変なことだと聞いています。少しでも欠けると生きていくのが難しいとか。」
「確かに生活するのに不便ではあります。…でもこの腕は、私の右腕は、ヴィーの傍にあると信じたい。それに、これはきっと罰です。のろまな私への罰。」
「確かに微かですが、まだ腕とあなたは繋がっているようですね。今にも途切れそうな、細い繋がりですが。ん?なぁに、ライラ。」
お母さんの耳元でライラが何かを話す。その姿は一生懸命で、初めて会った時の事を思い出す。あの時、ヴィーの呪いを無くすために色々教えてくれたっけ。ライラに言われた薬草を一緒に必死で探して、ヴィーの呪いが綺麗に消えた時は本当に嬉しかった。
優しい精霊、ライラ。あの泉での出来事。どうして今まで忘れていたんだろう。
「マリーゴールド。あなたの腕はヴィオレットと共にあります。あなたの願いがヴィオレットを守っている。希望を無くしてはいけません。ライラの認めた優しい人の子よ、わたしからあなたに祝福を贈りましょう。」
名前を呼ばれて、意識が内から外へと向く。告げられた言葉に驚く余裕も無く額にキスを贈られて、眩しい光に包まれた。
あぁ、ヴィーを少しでも守れたと、そう思っていいのでしょうか。
精霊の言葉は真実しかない。そう言ったのはヴィーだ。ならば、私は、
「まりー、だいすきよ。」
幼い声は、誰のものだったのか、分からないまま、意識がふっと落ちた。
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