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私は、独り、流される

我が君、あなたは*

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窓を開けて報告書を飛ばす。
内容は姫の体調不良による登城の遅れと現在に至るまでの魔物討伐について、それから、随行した宮廷医師の現状。

知らなかった。まさかここまでとは思ってもいなかった。

もとより、宮廷医師が最前に出る事はほとんどない。それ故に城でぬくぬくと暮らす彼等にはこの旅は酷だったのだろう。

医師は貴重だ。魔法では治すことの出来ない怪我や病気を改善へ向かわせる事のできる者達。その知識は何者にも変え難い。だから城では優遇され、医師の中には宮廷医師になることこそ誉れであると謳う者もいると聞く。

始めは皆、怪我や病気で苦しむ人のために立ち上がった者の筈なのに、と思ってしまうのは素晴らしい医師を知っているからだろうか。

この旅にも喜んで着いてこようとした、特異な医師。しかし高齢である事に加え、我が君の専属医師である事からそれは叶わなかったが。

この旅に随行する者達は、問題点が多い。まるで、厄介払いをするかのようにも見える。もちろん全員が全員という訳ではないが、実力は確かでも、素行の悪い者。意思疎通が取れない程自由に振る舞う者。勇者を下にみて、こき使う者。平民だからと少女を居ないものとして扱う者。それから、魔物への好奇心のみで旅に加わった者や、寝返ったのか暗殺者らしき者もいた。

勇者が誘い、受け入れた者達は基本的に能力も高く、勇者に好意的であった。そういう者を見抜く才能があったのかもしれない。あの戦いの時も、最後まで尽力してくれたのは、彼女の集めた面々だったようにも思う。それが少し不甲斐ない。

結局の所、私は姫の護衛でしかなく、騎士達もまた然り。勇者を守る様には出来ていない。だからといって、勇者を苛むのは違うのだが。

今回の件は、知らなかった、では済まされないだろう。姫にも被害が及ぶ可能性があったのだから。この1年、何を見てきたのか、と自分に呆れる。魔王の影響もあったのかもしれないが、それは言い訳でしかない。現に、彼女の集めた面々は、彼女を蔑む事も、酷い危害を加える事もなかったのだから。

魔王。

魔物達の王であり、世界を破滅へ導くもの。

その姿は大男とも、少女とも伝えられ、不明瞭で些か信憑性にかけた、御伽噺の存在。そう思っていた。本当に現れるまでは。

昔から、魔王が目を覚ます時、世界は闇に包まれ、あらゆる厄災がこの世を無へと誘い、人々は慈しみの心さえ無くすこととなると、そう伝えられていた。

そういうことなのだろう。勇者は希望。勇者は光。勇者は救うもの。だから何をしたって願ったっていい。だって我等を救ってくださる勇者なのだから。

そんな思いが無かったとは言えない。結局のところ、勇者とは生贄だったのだ。不安の不満の吐き所。象徴である勇者が人間である事など、人々とってはどうでもいいこと。己の幸せがあれば、勇者などその踏み台でしかない。

使えるだけ使い、あとはどうなってもいいとばかりに捨てられる。

彼女が、勇者が人間であるときちんと理解したのは、あの少女が押さえ付けられながらも必死に手を伸ばす姿を見た時だった。


あの光景が、あの姿が、声が、頭から離れない。


目を閉じ、深呼吸をする。侍女たるもの、動揺を表に出してはいけない。

目の前で見た怯えを含んだ目に、失敗したと思った。刃を向けられた後でも見せなかったその目。死よりも、機嫌を損ねる事が、彼女にとって恐ろしい事だったのだろうか。そう思わされる程に、死が、そして蔑みが身近であったのだろうか。

民あっての王族だと、常々我が君は言っていた。その姿勢は姫にも受け継がれている。尊い存在である彼女らがそう振舞っていても、付くものがこれでは示しがつかない事を分かっているのだろうか。彼らはいつの間に自分が偉くなったと勘違いしたのだろう。腹立たしい。我が君を貶める存在など、切って捨ててもいいのではないか。しかし我が君に止められているせいでそうする事も出来ない。

我が君は分かっていたのだろうか。こうなる事を。

ならば何故とも思うが、大の為に小を切り捨てることも、また、王族の在り方であるとも仰っていた。

窓を閉め、姫の部屋へ進む。窓の外に広がる空は青く澄んでいて、今日と明日だけでも、あの少女が安らかに過ごせればいいと柄にもなく祈った。
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