17 / 122
私は、独り、流される
とつぜんのおやすみのひ
しおりを挟む
ゆっくりと意識が浮上する。煩わしい程に頬が濡れていて、袖で拭う。
夢を、見た。優しくて残酷な夢を。
「…ヴィー。」
小さく呟く。その声はきちんと空気を震わせて、その事に少しホッとする。身体もちゃんと動く。
あれは夢だ。私が見せた、見たかった、ただの、夢。ヴィーに会いたくて、そんな自分を慰める為の、叱咤する為の、幻想。
…ねぇ、本当に?
心の奥底から聞こえる声に知らん振りをして、ベッドから起き上がる。なんだか頭がはっきりしない。顔を洗ってスッキリしようと洗面所へ向かう。
鏡に映る私はいつもより陰気で、酷い顔をしていた。赤く腫れた目元をなぞる。
もしも、を考えるのは好きじゃないと昔ヴィーは言っていた。運命は決められていて、それに向かって進むしかないのだからと。
でも、私は弱いから、もしもを考えてしまう。過去は変えられないのに。
もしも、ヴィーと旅に出たのがアシェルだったら。
もしも、私にもヴィーの背中を預けてもらえるような力があったなら。
もしも、姫様がヴィーを見つけなければ。
もしも、ヴィーがゲームの主人公じゃなかったら。
もしも、ヴィーが生きているなら。もしも私の右腕が、ヴィーと共にあるなら。もしも、ヴィーを助ける方法があるのなら。もしも、私が
「勇者だったら…。」
洩れた言葉がハッとして、冷たい水を顔に叩きつける。
代わりになんてなれる筈無いのに。アシェルにも言われたじゃないか。
無くなった腕をなぞる様に手を動かす。本当にヴィーの元にあればいいのに。あの時伸ばした腕が、腕だけでも、ヴィーに届いていたならば、少しは気持ちも晴れるだろうから。
コンコン、とノック音が聞こえる。いつもより丁寧な音だ。騎士様ではないらしい。
私は急いで濡れた顔を拭き、洗面所を出る。
「マリーゴールド様、お目覚めでしょうか?」
「侍女さん?」
ドアの向こうから聞こえてきた声は侍女さんのものだ。どうしたのだろうと不思議に思いながらもドアを開ける。目が合った瞬間、侍女さんの顔が少しだけ歪んだ気がした。
「おはようございます、マリーゴールド様。急な事ですが、姫様が体調を崩されたため、2日程この街に滞在することとなりました。」
「えっ、大丈夫ですか?」
「はい。同行している宮廷医師によりますと、疲労からくるものだと。1日安静にしていれば良いとの事でしたので、大事をとって2日ここに留まるとこが決定いたしました。」
「そうですか。分かりました。2日間、私は何をすれば?また薬草集めをすればいいでしょうか。差し支えなければ今どんな様子かお教えいただいても?」
侍女さんの眉がピクリとはねる。珍しい。
「…主な症状は軽度の発熱と食欲不振ですね。しかし、マリーゴールド様はご自由になさってくださいませ。医師の方で対応するとの事ですから。他の街や村へ行く事は推奨しませんが、2日後に出発出来るよう準備してくだされば、後は何も制限はございません。」
「そうですか。あのお医者さんが対応出来る程度の症状で安心しました。」
言った後にハッとする。これではヤブ医者だと言っているみたいだ。
「あ、えっと、あの、そう言う意味ではなくて、ですね。」
「マリーゴールド様はいつも薬草集めを?」
侍女さんは気にした様子もなく、話し始めた。けれど少し表情が硬いようにも見える。空気が少し、重い。
「?はい。ヴィーや、姫様、騎士様方が病気や怪我をした時には、お医者さんに言われて取りに行っていました。私の時はヴィーが。」
「ヴィオレット様やマリーゴールド様も、病気に掛かった事が?」
「お恥ずかしながら何度か。ヴィーに迷惑をかけてしまいました。」
「そう、ですか。それも医師の指示でしょうか?」
どんどん重くなる空気に、不安が過ぎる。何かいけないことをしてしまったのだろうか。
「え、えっと、そうですけど、何か駄目だったでしょうか?」
「いえ。御二方には感謝しなければなりませんね。ありがとうございます。私は姫様の元へ戻りますので、これで失礼致します。2日間のみですが、休暇をお楽しみください。」
さっきまでの雰囲気が一変し、ホッとする。なんだか怖かった。
「ありがとうございます。姫様が早く元気になりますよう、祈っております。」
そういえば旅の間、侍女さんが病気に掛かった事はなかったなと思い出した。やっぱり侍女さんは強い。もしかしたら何度か掛かってしまった貧弱な私に呆れたのかもしれないな、と思った。
ドアを閉じ、出掛ける支度を始める。今日と明日は自由にしていいって侍女さんが言っていた。薬草集めも魔物退治もしなくていいんだ。そう思うと嬉しくて、気分が上がる。
さて、今日は何をしよう。
夢を、見た。優しくて残酷な夢を。
「…ヴィー。」
小さく呟く。その声はきちんと空気を震わせて、その事に少しホッとする。身体もちゃんと動く。
あれは夢だ。私が見せた、見たかった、ただの、夢。ヴィーに会いたくて、そんな自分を慰める為の、叱咤する為の、幻想。
…ねぇ、本当に?
心の奥底から聞こえる声に知らん振りをして、ベッドから起き上がる。なんだか頭がはっきりしない。顔を洗ってスッキリしようと洗面所へ向かう。
鏡に映る私はいつもより陰気で、酷い顔をしていた。赤く腫れた目元をなぞる。
もしも、を考えるのは好きじゃないと昔ヴィーは言っていた。運命は決められていて、それに向かって進むしかないのだからと。
でも、私は弱いから、もしもを考えてしまう。過去は変えられないのに。
もしも、ヴィーと旅に出たのがアシェルだったら。
もしも、私にもヴィーの背中を預けてもらえるような力があったなら。
もしも、姫様がヴィーを見つけなければ。
もしも、ヴィーがゲームの主人公じゃなかったら。
もしも、ヴィーが生きているなら。もしも私の右腕が、ヴィーと共にあるなら。もしも、ヴィーを助ける方法があるのなら。もしも、私が
「勇者だったら…。」
洩れた言葉がハッとして、冷たい水を顔に叩きつける。
代わりになんてなれる筈無いのに。アシェルにも言われたじゃないか。
無くなった腕をなぞる様に手を動かす。本当にヴィーの元にあればいいのに。あの時伸ばした腕が、腕だけでも、ヴィーに届いていたならば、少しは気持ちも晴れるだろうから。
コンコン、とノック音が聞こえる。いつもより丁寧な音だ。騎士様ではないらしい。
私は急いで濡れた顔を拭き、洗面所を出る。
「マリーゴールド様、お目覚めでしょうか?」
「侍女さん?」
ドアの向こうから聞こえてきた声は侍女さんのものだ。どうしたのだろうと不思議に思いながらもドアを開ける。目が合った瞬間、侍女さんの顔が少しだけ歪んだ気がした。
「おはようございます、マリーゴールド様。急な事ですが、姫様が体調を崩されたため、2日程この街に滞在することとなりました。」
「えっ、大丈夫ですか?」
「はい。同行している宮廷医師によりますと、疲労からくるものだと。1日安静にしていれば良いとの事でしたので、大事をとって2日ここに留まるとこが決定いたしました。」
「そうですか。分かりました。2日間、私は何をすれば?また薬草集めをすればいいでしょうか。差し支えなければ今どんな様子かお教えいただいても?」
侍女さんの眉がピクリとはねる。珍しい。
「…主な症状は軽度の発熱と食欲不振ですね。しかし、マリーゴールド様はご自由になさってくださいませ。医師の方で対応するとの事ですから。他の街や村へ行く事は推奨しませんが、2日後に出発出来るよう準備してくだされば、後は何も制限はございません。」
「そうですか。あのお医者さんが対応出来る程度の症状で安心しました。」
言った後にハッとする。これではヤブ医者だと言っているみたいだ。
「あ、えっと、あの、そう言う意味ではなくて、ですね。」
「マリーゴールド様はいつも薬草集めを?」
侍女さんは気にした様子もなく、話し始めた。けれど少し表情が硬いようにも見える。空気が少し、重い。
「?はい。ヴィーや、姫様、騎士様方が病気や怪我をした時には、お医者さんに言われて取りに行っていました。私の時はヴィーが。」
「ヴィオレット様やマリーゴールド様も、病気に掛かった事が?」
「お恥ずかしながら何度か。ヴィーに迷惑をかけてしまいました。」
「そう、ですか。それも医師の指示でしょうか?」
どんどん重くなる空気に、不安が過ぎる。何かいけないことをしてしまったのだろうか。
「え、えっと、そうですけど、何か駄目だったでしょうか?」
「いえ。御二方には感謝しなければなりませんね。ありがとうございます。私は姫様の元へ戻りますので、これで失礼致します。2日間のみですが、休暇をお楽しみください。」
さっきまでの雰囲気が一変し、ホッとする。なんだか怖かった。
「ありがとうございます。姫様が早く元気になりますよう、祈っております。」
そういえば旅の間、侍女さんが病気に掛かった事はなかったなと思い出した。やっぱり侍女さんは強い。もしかしたら何度か掛かってしまった貧弱な私に呆れたのかもしれないな、と思った。
ドアを閉じ、出掛ける支度を始める。今日と明日は自由にしていいって侍女さんが言っていた。薬草集めも魔物退治もしなくていいんだ。そう思うと嬉しくて、気分が上がる。
さて、今日は何をしよう。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
悪役令嬢は処刑されました
菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?
悠
ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。
それは——男子は女子より立場が弱い
学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。
拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。
「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」
協力者の鹿波だけは知っている。
大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。
勝利200%ラブコメ!?
既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?
乙女ゲームの断罪イベントが終わった世界で転生したモブは何を思う
ひなクラゲ
ファンタジー
ここは乙女ゲームの世界
悪役令嬢の断罪イベントも終わり、無事にエンディングを迎えたのだろう…
主人公と王子の幸せそうな笑顔で…
でも転生者であるモブは思う
きっとこのまま幸福なまま終わる筈がないと…
転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜
家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。
そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?!
しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...?
ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...?
不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。
拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。
小説家になろう様でも公開しております。
あれ?なんでこうなった?
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、正妃教育をしていたルミアナは、婚約者であった王子の堂々とした浮気の現場を見て、ここが前世でやった乙女ゲームの中であり、そして自分は悪役令嬢という立場にあることを思い出した。
…‥って、最終的に国外追放になるのはまぁいいとして、あの超屑王子が国王になったら、この国終わるよね?ならば、絶対に国外追放されないと!!
そう意気込み、彼女は国外追放後も生きていけるように色々とやって、ついに婚約破棄を迎える・・・・はずだった。
‥‥‥あれ?なんでこうなった?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる