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私は、独り、帰ってきた
おとうさん
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あの後、アシェルは私にデコピンして、私の好きな木の実をくれた。口止め料らしい。別に通り雨のことは誰にも言わないのに。
それからアシェルのおじさんとおばさんに挨拶してアシェルと別れて、教会や薬屋さんに行って今村にいる人には全員に挨拶する事が出来た。すっかり暗くなった道を帰る。
「ただいま。遅くなってごめん。」
「おかえり、マリー。大丈夫よ、夕飯まだだもの。」
「おかえりなさいませ、マリーゴールド様。」
家に帰ると、キッチンにいる母と、ダイニングテーブルを拭く彼女がいた。いつもは彼女の背後にいる人も何人かは母を手伝っており、彼女の傍には1人しかいない。残っているのは1番刺々しい人だ。
今も視線が痛い。
「…すみません、何かお話があったのに、断りもなしに外に行ってしまい。」
「いいえ、挨拶周りは大切ですもの。お疲れでしょうし、わたくしの話は明日で構いませんわ。」
朗らかに笑う彼女は綺麗で、私はグッと奥歯を噛む。
その瞬間、俯いた私の背後から大きな声が聞こえる。
「帰ったぞ。」
「あらおかえりなさい、あなた。」
のっそりと現れたのは、父だ。
私を見つけると、少し目を見開いた後、小さくため息を吐いた。
「…おかえり、お父さん。」
「…ただいま。それから、おかえり。」
「うん。ただいま。」
「ちゃんと、生きて帰ってきたんだな。」
私の肩に触れる手は微かに震えていて、また胸がギュッと痛くなる。
私が頷くと手を離し、椅子に座る。
「お父さんったら昨日マリーが帰ってきた時にね、「カレン!」っもう、いいじゃない。目を閉じたまま担がれて帰ってきたマリーにすっごく動揺してたくせに。」
お皿に盛り付けたサラダを持ってきたお母さんが、クスクス笑う。それから慌てるお父さんをいなし、キッチンへと引っ込んでいった。
「お父さん、ごめんね。」
「謝るな。お前が決めた道だ。」
「うん。」
「ちゃんと生きて帰ってきたなら、それでいい。」
「…うん。」
お母さんもお父さんも、無事に、とは一言も言わなかった。
なんとなく気不味い雰囲気の中、私は自分の椅子に座る。
サラダが出てきたという事は、もう手伝いも必要ないだろう。
「お前は手伝わないのか。」
ボーッと料理が出てくるのを見ていると、彼女の背後から声を掛けられる。鋭い声だ。
「…もう手は足りている様ですので。」
「しかし姫が働いているのに、お前が何もしないなど、」
不満を隠さないその声を、彼女が遮る。よく訓練された犬の様だ。彼女の仕草でピタリと口を閉じるのだから。
「…わたくしは自ら手伝わせて欲しいといって無理にお仕事をいただいたのです。それに彼女は、大切なものを失ったばかりなのですから。」
彼女の視線が右腕へと移る。正確には、右腕が『あった』ところへ。
あの時ヴィーに伸ばした右手は、ヴィーと共に消えて無くなった。痛みはなかった。ただただ、ヴィーがいなくなった事実が苦しくて、痛くて、辛くて、私はいつの間にか意識を失ったようだった。
気付いたら私は自分の部屋にいて、こうしてのうのうと生きている。
「お気遣いありがとうございます。」
「利き手を無くされたとなればとても不便でしょうし、慣れるまで時間もかかるかと思います。どうか、わたくしに出来る事があれば仰ってくださいませ。」
「その言葉だけで嬉しく存じます。」
当然だと言うように頷く背後の人を横目に頭を下げる。今は彼女の目を見る事は出来なかった。
それからアシェルのおじさんとおばさんに挨拶してアシェルと別れて、教会や薬屋さんに行って今村にいる人には全員に挨拶する事が出来た。すっかり暗くなった道を帰る。
「ただいま。遅くなってごめん。」
「おかえり、マリー。大丈夫よ、夕飯まだだもの。」
「おかえりなさいませ、マリーゴールド様。」
家に帰ると、キッチンにいる母と、ダイニングテーブルを拭く彼女がいた。いつもは彼女の背後にいる人も何人かは母を手伝っており、彼女の傍には1人しかいない。残っているのは1番刺々しい人だ。
今も視線が痛い。
「…すみません、何かお話があったのに、断りもなしに外に行ってしまい。」
「いいえ、挨拶周りは大切ですもの。お疲れでしょうし、わたくしの話は明日で構いませんわ。」
朗らかに笑う彼女は綺麗で、私はグッと奥歯を噛む。
その瞬間、俯いた私の背後から大きな声が聞こえる。
「帰ったぞ。」
「あらおかえりなさい、あなた。」
のっそりと現れたのは、父だ。
私を見つけると、少し目を見開いた後、小さくため息を吐いた。
「…おかえり、お父さん。」
「…ただいま。それから、おかえり。」
「うん。ただいま。」
「ちゃんと、生きて帰ってきたんだな。」
私の肩に触れる手は微かに震えていて、また胸がギュッと痛くなる。
私が頷くと手を離し、椅子に座る。
「お父さんったら昨日マリーが帰ってきた時にね、「カレン!」っもう、いいじゃない。目を閉じたまま担がれて帰ってきたマリーにすっごく動揺してたくせに。」
お皿に盛り付けたサラダを持ってきたお母さんが、クスクス笑う。それから慌てるお父さんをいなし、キッチンへと引っ込んでいった。
「お父さん、ごめんね。」
「謝るな。お前が決めた道だ。」
「うん。」
「ちゃんと生きて帰ってきたなら、それでいい。」
「…うん。」
お母さんもお父さんも、無事に、とは一言も言わなかった。
なんとなく気不味い雰囲気の中、私は自分の椅子に座る。
サラダが出てきたという事は、もう手伝いも必要ないだろう。
「お前は手伝わないのか。」
ボーッと料理が出てくるのを見ていると、彼女の背後から声を掛けられる。鋭い声だ。
「…もう手は足りている様ですので。」
「しかし姫が働いているのに、お前が何もしないなど、」
不満を隠さないその声を、彼女が遮る。よく訓練された犬の様だ。彼女の仕草でピタリと口を閉じるのだから。
「…わたくしは自ら手伝わせて欲しいといって無理にお仕事をいただいたのです。それに彼女は、大切なものを失ったばかりなのですから。」
彼女の視線が右腕へと移る。正確には、右腕が『あった』ところへ。
あの時ヴィーに伸ばした右手は、ヴィーと共に消えて無くなった。痛みはなかった。ただただ、ヴィーがいなくなった事実が苦しくて、痛くて、辛くて、私はいつの間にか意識を失ったようだった。
気付いたら私は自分の部屋にいて、こうしてのうのうと生きている。
「お気遣いありがとうございます。」
「利き手を無くされたとなればとても不便でしょうし、慣れるまで時間もかかるかと思います。どうか、わたくしに出来る事があれば仰ってくださいませ。」
「その言葉だけで嬉しく存じます。」
当然だと言うように頷く背後の人を横目に頭を下げる。今は彼女の目を見る事は出来なかった。
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