上 下
6 / 122
私は、独り、帰ってきた

おとうさん

しおりを挟む
あの後、アシェルは私にデコピンして、私の好きな木の実をくれた。口止め料らしい。別に通り雨のことは誰にも言わないのに。

それからアシェルのおじさんとおばさんに挨拶してアシェルと別れて、教会や薬屋さんに行って今村にいる人には全員に挨拶する事が出来た。すっかり暗くなった道を帰る。

「ただいま。遅くなってごめん。」

「おかえり、マリー。大丈夫よ、夕飯まだだもの。」

「おかえりなさいませ、マリーゴールド様。」

家に帰ると、キッチンにいる母と、ダイニングテーブルを拭く彼女がいた。いつもは彼女の背後にいる人も何人かは母を手伝っており、彼女の傍には1人しかいない。残っているのは1番刺々しい人だ。

今も視線が痛い。

「…すみません、何かお話があったのに、断りもなしに外に行ってしまい。」

「いいえ、挨拶周りは大切ですもの。お疲れでしょうし、わたくしの話は明日で構いませんわ。」

朗らかに笑う彼女は綺麗で、私はグッと奥歯を噛む。
その瞬間、俯いた私の背後から大きな声が聞こえる。

「帰ったぞ。」

「あらおかえりなさい、あなた。」

のっそりと現れたのは、父だ。
私を見つけると、少し目を見開いた後、小さくため息を吐いた。

「…おかえり、お父さん。」

「…ただいま。それから、おかえり。」

「うん。ただいま。」

「ちゃんと、生きて帰ってきたんだな。」

私の肩に触れる手は微かに震えていて、また胸がギュッと痛くなる。
私が頷くと手を離し、椅子に座る。

「お父さんったら昨日マリーが帰ってきた時にね、「カレン!」っもう、いいじゃない。目を閉じたまま担がれて帰ってきたマリーにすっごく動揺してたくせに。」

お皿に盛り付けたサラダを持ってきたお母さんが、クスクス笑う。それから慌てるお父さんをいなし、キッチンへと引っ込んでいった。

「お父さん、ごめんね。」

「謝るな。お前が決めた道だ。」

「うん。」

「ちゃんと生きて帰ってきたなら、それでいい。」

「…うん。」

お母さんもお父さんも、無事に、とは一言も言わなかった。

なんとなく気不味い雰囲気の中、私は自分の椅子に座る。
サラダが出てきたという事は、もう手伝いも必要ないだろう。

「お前は手伝わないのか。」

ボーッと料理が出てくるのを見ていると、彼女の背後から声を掛けられる。鋭い声だ。

「…もう手は足りている様ですので。」

「しかし姫が働いているのに、お前が何もしないなど、」

不満を隠さないその声を、彼女が遮る。よく訓練された犬の様だ。彼女の仕草でピタリと口を閉じるのだから。

「…わたくしは自ら手伝わせて欲しいといって無理にお仕事をいただいたのです。それに彼女は、大切なものを失ったばかりなのですから。」

彼女の視線が右腕へと移る。正確には、右腕が『あった』ところへ。

あの時ヴィーに伸ばした右手は、ヴィーと共に消えて無くなった。痛みはなかった。ただただ、ヴィーがいなくなった事実が苦しくて、痛くて、辛くて、私はいつの間にか意識を失ったようだった。

気付いたら私は自分の部屋にいて、こうしてのうのうと生きている。

「お気遣いありがとうございます。」

「利き手を無くされたとなればとても不便でしょうし、慣れるまで時間もかかるかと思います。どうか、わたくしに出来る事があれば仰ってくださいませ。」

「その言葉だけで嬉しく存じます。」

当然だと言うように頷く背後の人を横目に頭を下げる。今は彼女の目を見る事は出来なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!

猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」 無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。 色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。 注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします! 2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。 2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました! ☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。 ☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!) ☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。 ★小説家になろう様でも公開しています。

メインをはれない私は、普通に令嬢やってます

かぜかおる
ファンタジー
ヒロインが引き取られてきたことで、自分がラノベの悪役令嬢だったことに気が付いたシルヴェール けど、メインをはれるだけの実力はないや・・・ だから、この世界での普通の令嬢になります! ↑本文と大分テンションの違う説明になってます・・・

【完結】お花畑ヒロインの義母でした〜連座はご勘弁!可愛い息子を連れて逃亡します〜

himahima
恋愛
夫が少女を連れ帰ってきた日、ここは前世で読んだweb小説の世界で、私はざまぁされるお花畑ヒロインの義母に転生したと気付く。 えっ?!遅くない!!せめてくそ旦那と結婚する10年前に思い出したかった…。 ざまぁされて取り潰される男爵家の泥舟に一緒に乗る気はありませんわ! ★恋愛ランキング入りしました! 読んでくれた皆様ありがとうございます。 連載希望のコメントをいただきましたので、 連載に向け準備中です。 *他サイトでも公開中 日間総合ランキング2位に入りました!

婚約破棄に向けて悪役令嬢始めました

樹里
ファンタジー
王太子殿下との婚約破棄を切っ掛けに、何度も人生を戻され、その度に絶望に落とされる公爵家の娘、ヴィヴィアンナ・ローレンス。 嘆いても、泣いても、この呪われた運命から逃れられないのであれば、せめて自分の意志で、自分の手で人生を華麗に散らしてみせましょう。 私は――立派な悪役令嬢になります!

実家から絶縁されたので好きに生きたいと思います

榎夜
ファンタジー
婚約者が妹に奪われた挙句、家から絶縁されました。 なので、これからは自分自身の為に生きてもいいですよね? 【ご報告】 書籍化のお話を頂きまして、31日で非公開とさせていただきますm(_ _)m 発売日等は現在調整中です。

いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と

鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。 令嬢から。子息から。婚約者の王子から。 それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。 そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。 「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」 その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。 「ああ、気持ち悪い」 「お黙りなさい! この泥棒猫が!」 「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」 飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。 謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。 ――出てくる令嬢、全員悪人。 ※小説家になろう様でも掲載しております。

処理中です...