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私は、独り、帰ってきた

あいさつまわり

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スープを食べ終えると、お母さんが村のみんなに挨拶してきなさいと私を追い出した。暗くなる前に帰ってくるのよ、と笑う姿は、いつものお母さんだった。彼女には言っておくからと言うので、私は歩き出す。

小さな村だから、ちゃんと日が落ちる前に帰れるだろう。起きたら教えてと言った彼女には申し訳ないなとちょっとだけ思う。でも村に帰ったのならちゃんとみんなに挨拶しなければいけない。みんなで手を取り合いながら生きる村だから、そういう礼儀が大切なのだ。

まず向かうのは村長さんの家。村長さんは優しい。村のみんなは大抵優しかったけれど、村長さんはいっとう優しくて、みんなのおじいちゃんみたいだった。私も、ヴィーも、村のみんなも、村長さんが大好きだ。

「村長さん、いますか。」

木のドアをノックする。
トントトントン。
私とヴィーだけの特別なノック。
もう使うつもりはなかったのに、無意識にしてしまった。

「おぉ、マリーか。おかえり。」

ゆっくりとドアが開き、中から顔を覗かせたのは、お髭の長い村長さん。1年前より伸びていてちょっとびっくりした。

「ただいま、村長さん。そのお髭は…?」

「あぁこれはの、願掛けじゃよ。」

「願掛け?」

「マリーとヴィヴィが無事帰って来ますように、とな。」

お髭をゆらして笑う村長さんは何も変わらない。私の隣にヴィーがいない事には気付いているはずなのに。その優しい顔に、胸が締め付けられる。

「…村長さん。」

「おやマリー、いつもみたいに呼んでくれんのか?」

「っリアムおじいちゃん、ヴィーは…。」

言葉に詰まる私の頭をリアムおじいちゃんは優しく撫でる。その手が暖かくて、懐かしくて、私は目を閉じた。

「帰ってくるさ、ここにはマリーもアシェルもいるからの。」

「でも、だって、ヴィーはもう、」

「大丈夫。大丈夫じゃよ、ヴィヴィは約束を守る子じゃからの。マリーは待ってれば良い。…ほら、暗くなる前にみんなに挨拶しなきゃだろう。遅くなったらカレンさんに怒られてしまう。また今度遊びにおいで。マリーとヴィヴィの好きな木の実のクッキーを焼いておこう。行ってらっしゃい。」

ハンカチで私の顔を拭くと、リアムおじいちゃんは笑って手を振る。

「…うん、いってきます。またね、リアムおじいちゃん。」

私も手を振って、歩き出した。
次に向かうのは八百屋さん。村で唯一の食材屋さんだから、八百屋さんなのにお魚もお肉も売ってるところ。夕方に近いからきっと人が集まってるだろう。

「あー!!マリーだ!!!」

「ほんとだ、どうしたの、マリーお姉ちゃん!!」

「えっ、マリーちゃん!?」

「わぁ、マリーお姉ちゃんだぁ!!」

ゆっくり歩いていると、子供の声が聞こえてきた。そちらを見ると、ちょうど教会から帰るところだったのか、子供達がいた。私の前で急停止する子達を順番に撫で、笑みを浮かべる。…きちんと笑えているだろうか。

「ただいま、マシュー、アイリス、シオン、ノア。」

「マリーおかえりなさい!いつ帰って来たの?」

村の子供達のリーダーであるマシューが飛び跳ねる。身長がぐっと高くなったのに、やんちゃなところは変わらないみたいだ。

「ただいま。昨日の夜中よ。」

「そうなんだ!じゃあ、マリーちゃんにおかえりなさいっていうのシオン達が1番?」

甘えるように片腕を絡めるシオンに私は首を振った。1年前は髪が長かったのに、ばっさり切ってしまったようだ。何かあったのだろうか。

「ううん、1番目はお母さん。2番目はリアムおじいちゃんだから、シオン達は3番目ね。」

「えー!!3番目かぁ…、でもカレンおばさんはマリーの母ちゃんだし、リアムじいは村長だし、じゅんとーだな!」

「ジュントー?」

へへん、と胸を張るマシューに、ノアが首を傾げる。最年少のノアには難しかったみたいだ。そんなノアに対して意味を教えるのはいつもアイリスの役目だった。

「簡単に言うとその順番で正しいってこと。もう、別に順番なんてどうでもいいじゃない!マリーお姉ちゃんが帰ってきてくれるだけで嬉しいんだから。ほんとに良かった!おかえりなさい!」

「「「おかえりなさい!」」」

アイリスの声を追いかけるように、みんな口々におかえりと言ってくれる。さっきから全然言うことを聞いてくれなかった表情筋がようやく仕事をし始めたようだ。自然と笑顔になる。

「ありがとう。ただいま。」

「マリーお姉ちゃんがいるってことは、ヴィオレお姉ちゃんも帰ってきてる?僕、ヴィオレお姉ちゃんに返さなきゃいけないものがあるんだ。」

「あ…。」

ノアの言葉に胸が騒めく。言わなければ。彼女がもういないということを。この子達はヴィーと私が村を出た理由を詳しくは知らない。

なんて言えばいいだろう。今はいない?もう少ししたら帰ってくる?…でも、嘘をつくことはしたくない。誠実に一生懸命向き合ってくれている彼等に対して、それはしてはいけない事だ。言わなければ。ちゃんと、彼女が、いない事を。

「…マリーちゃん?」

「あーあ!全くヴィオレッタのやつ何してんだか!マリー、ヴィオレッタが帰ってきたら、沢山叱ってやろうぜ!俺が許す!!」

「マシュー?」

シオンの心配そうな声をかき消すように、マシューが明るく大声を出す。

「ホントよね、親友にこんなに心配かけるなんて!うちのママも言ってたわ、友達は一生大事にしなきゃダメだって。ヴィオレお姉ちゃんったらマリーお姉ちゃんの1番の友達が私になってもいいのかしら!」

それに乗るようにして、アイリスも大袈裟に怒ってみせた。
あぁ、子供達に気を遣わせてしまった。それが申し訳なくて、でも嬉しかった。

「アイリス、私、アイリスのことも大好きだよ?」

「知ってるわ。でも1番はヴィオレお姉ちゃんでしょ。」

「僕もアイリスお姉ちゃん大好き!マリーお姉ちゃんも、ヴィオレお姉ちゃんも、シオンお姉ちゃんも、マシューお兄ちゃんも!それから、それから、村のみんな大好き!」

「あら、ありがとうノア。でも私だってノアに負けないくらいみんなが大好きよ!」

「ノアに張り合うなよな。ま、1番は俺だけど!」

「えー!シオンが1番好きだもん!」

だから、言い合いを始めた4人に思わず、

「私だってみんなが大好きよ。」

なんて口から出てしまった。
久しぶりに、嘘じゃない本当の気持ちを素直に口に出来た気がした。
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