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貴族たるもの招集に応えるべし

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こつりこつりとヒールの音が響き渡る廊下。
促されるままに通された休憩室へと入ると、何かがわたくしへと飛び込んでまいりました。

「っ!」
「ティアナ様…!」

聞き覚えのある声に咄嗟に瞑ってしまっていた目を開ければ、そこにはホッとした様子でわたくしに抱き着くメリルが。

「あらあら何方?わたくし、仔犬の知り合いはおりませんの。」
「あ、ごめんなさい!えっと、ごきげんよう、ティアナ様。」
「ごきげんよう、メリル。最近は淑女らしくなってきたかと思っていたのだけれど。」
「すみません心細かったもので、ティアナ様の姿を見たら、つい…。」
「お気を付けなさいまし。ここは王城ですのよ。誰が何処から何を見ているか分からないのだから、一挙手一投足に気を使いなさい。」
「はい…!そうだ、こっちにお茶が用意されてるんですよ。お菓子もあります。」

小声で告げたわたくしに神妙な面持ちで頷いたメリルは、切り替えた様子でわたくしから離れてソファの方へと歩き出しました。わたくしも続けば、テーブルの上にはメリルの言った通り、二人分の用意がされているのが見えます。
向かい合うようにして座り、メリルの前にあるカップを見れば、湯気は立っていないようでした。

「お茶は冷めてしまっているみたいね。貴女何時からここに?」
「ええと、一時間前くらいでしょうか。ここで待っているように言われたのですが、落ち着かないし誰も居ないしで…だからティアナ様が来てくださってホッとしました。」
「そうだったの…。それは不安だったことでしょう。」
「少しだけ。でも今はティアナ様が居るので。」
「役に立てたのなら良かった。…それで、メリルは呼ばれた理由は聞いていて?」

呼び鈴を鳴らしながらそう尋ねると、メリルは首を横に振りました。

「いいえ私は何も。今朝寮に使者の方がいらして、ただ登城するように、と。」
「そう…。」
「ティアナ様は、何か聞いておりますか?」
「いいえ。」

廊下から聞こえるノックの音。入室を許可すれば、扉が開かれ女官が入って来ます。新しいお茶をお願いすれば、既に用意済みだったようですぐに持ってきてくださいました。
暖かな紅茶を一口。先程よりも少しだけ緊張が解れたらしいメリルを見て、わたくしは口を開きました。

「使者が持ってきた手紙があったでしょう。それの刻印が何色だったか覚えているかしら?」
「刻印ですか?手紙の開け口にあったやつでしょうか。」
「それは蝋封。表面に描かれていたものよ。」
「ええと、確か金色…?」
「では模様は?」
「ごめんなさい、造詣が深くなくて花っぽいなぁとしか。」
「覚えていただけでも重畳。今度刻印について殿下に教えてもらいなさい。」
「はい。ところでその手紙はどういうものなのですか。」
「簡単に言うと王族からの招集通知よ。金色で彩られたグラジオラスの花の刻印がなされているの。デビュタント前のわたくし達に送られることはあまり無いものだけれど…。」
「そうなんですか?」
「えぇ。でも、そうね、今回はちょっと特殊みたい。」
「え?」

メリルが首を傾げた瞬間、再度ノックの音が聞こえてきました。

「何方?」
「侍女長のジェマ・エビネと申します。大変お待たせして申し訳ございません。お迎えに上がりました。」
「メリル、エビネ家は伯爵家よ。…お入りなさい。」
「失礼します。ティアナ様、お久しぶりでございます。そしてお初にお目にかかります、メリル様。」
「ごきげんよう、ジェマさん。」
「はじめまして。メリル・リリーと申します。」
「ご挨拶いただきありがとうございます。早速ではございますが、ご移動をお願いしてもよろしいでしょうか?」
「えぇ。」
「はい。」

わたくし達が頷けば、彼女は深く腰を落とし、わたくし達に告げます。

「それでは、王妃パトリシア・グラジオラス様の元へ。」
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