上 下
31 / 44

本音たるもの向き合うべし

しおりを挟む

「…なんの、お話でしょう。」
「僕、これでも次期公爵なんだ。」
「存じております。」
「うん。だからね、人の好意には敏感なの。これは僕の勘違い?」
「…いいえ。」
「良かった。」

わたくしの髪に指を絡めて楽しげなファウスト様から目を逸らせば、その手が離れ代わりに頬へと当てられました。促されるままに視線はファウスト様へと移されます。
今回ばかりは逃がしてはくれない模様です。

「ティアも同じでしょう。僕、結構アピールしてきたんだけど。」
「ファウスト様は、本気か冗談か分かりにくいんですのよ。」
「嘘つき。」

目を伏せれば肯定と同じ。
ですからじっとファウスト様を見つめれば、彼は首を傾けます。

「何が怖い?何を恐れてる?ティアが頷けば、それだけでいいのに。」
「何も。」
「ティア。」
「…わたくしは、ファウスト様が思うような女ではございません。」
「どうして?」

幼い時分のようなその言葉にわたくしが目を瞬かせると、ファウスト様は目を細めて言葉を続けます。

「僕の知ってるティアは、真面目で一生懸命で優しい、可愛い人だよ。でも、そうだね。君は僕の知らない世界を知ってる。」
「…………。」
「沈黙も肯定だよティア。…少し意地悪だったかな。ごめんね、でも別にそれでもいいんだよ。」
「わたくしは、」

あの日からずっと、わたくしは彼を騙してきたというのに、その口で、何を。今更何を言おうというのでしょう。
今までずっと、見ないふりをして下さっていたのに。

「ティア。」
「ファウスト様…?」

徐に立ち上がったファウスト様は、わたくしの足元に跪き、わたくしを見上げました。

「僕は君が好きだよ。」

その言葉に、痛い程高鳴った胸に、涙が零れ落ちて視界が不鮮明に揺れます。
嬉しいのに、けれど頭の中に浮かぶのは、言わせてしまったという罪の意識。

「ティアナ・ローズ侯爵令嬢。どうか、僕の妻になってくれませんか。」
「わ、たくし、は、」
「うんって言って。僕のティア。僕の世界。僕の全て。」
「ファウストさま。」
「涙さえも愛おしいんだ。君が母様の為に、僕の代わりに、泣いてくれたあの日から、ずっと。」

わたくしは、ずっとずっと泣けばいいと思っていました。けれどファウスト様は涙を流すことはなくて、だから繋いだ手からファウスト様の悲しみが少しでもわたくしに流れればいいと、そう願って、わたくしは離さなかった。離したくなかった。
あの時確かにわたくし達はひとつであったと、そう思っても良いのでしょうか。
わたくしの独りよがりを、ファウスト様は…。

「ティア。」

そっと繋がれた手は、あの頃よりも大きくて冷たくて。
下を向いたらすべてが零れ落ちてしまいそうだから上を向きたいのに、それすら許してくれない、酷い人。

「はい。わたくしも、ファウストさまをお慕いしております。ずっと。」

そう告げれば、ファウスト様は、ホッとしたように脱力されて、それから、

「~~~っ良かったぁ。やっと、言ってくれた!」

あぁ、ファウスト様。やっと、笑ってくださいましたね。

ファウスト様、わたくし、ファウスト様の笑顔が大好きだったのです。

良かった。

本当に、良かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢は天然

西楓
恋愛
死んだと思ったら乙女ゲームの悪役令嬢に転生⁉︎転生したがゲームの存在を知らず天然に振る舞う悪役令嬢に対し、ゲームだと知っているヒロインは…

【短編】転生悪役令嬢は、負けヒーローを勝たせたい!

夕立悠理
恋愛
シアノ・メルシャン公爵令嬢には、前世の記憶がある。前世の記憶によると、この世界はロマンス小説の世界で、シアノは悪役令嬢だった。 そんなシアノは、婚約者兼、最推しの負けヒーローであるイグニス殿下を勝ちヒーローにするべく、奮闘するが……。 ※心の声がうるさい転生悪役令嬢×彼女に恋した王子様 ※小説家になろう様にも掲載しています

見ず知らずの(たぶん)乙女ゲーに(おそらく)悪役令嬢として転生したので(とりあえず)破滅回避をめざします!

すな子
恋愛
 ステラフィッサ王国公爵家令嬢ルクレツィア・ガラッシアが、前世の記憶を思い出したのは5歳のとき。  現代ニホンの枯れ果てたアラサーOLから、異世界の高位貴族の令嬢として天使の容貌を持って生まれ変わった自分は、昨今流行りの(?)「乙女ゲーム」の「悪役令嬢」に「転生」したのだと確信したものの、前世であれほどプレイした乙女ゲームのどんな設定にも、今の自分もその環境も、思い当たるものがなにひとつない!  それでもいつか訪れるはずの「破滅」を「回避」するために、前世の記憶を総動員、乙女ゲームや転生悪役令嬢がざまぁする物語からあらゆる事態を想定し、今世は幸せに生きようと奮闘するお話。  ───エンディミオン様、あなたいったい、どこのどなたなんですの? ******** できるだけストレスフリーに読めるようご都合展開を陽気に突き進んでおりますので予めご了承くださいませ。 また、【閑話】には死ネタが含まれますので、苦手な方はご注意ください。 ☆「小説家になろう」様にも常羽名義で投稿しております。

【完結】私ですか?ただの令嬢です。

凛 伊緒
恋愛
死んで転生したら、大好きな乙女ゲーの世界の悪役令嬢だった!? バッドエンドだらけの悪役令嬢。 しかし、 「悪さをしなければ、最悪な結末は回避出来るのでは!?」 そう考え、ただの令嬢として生きていくことを決意する。 運命を変えたい主人公の、バッドエンド回避の物語! ※完結済です。 ※作者がシステムに不慣れな時に書いたものなので、温かく見守っていだければ幸いです……(。_。///)

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

その国外追放、謹んでお受けします。悪役令嬢らしく退場して見せましょう。

ユズ
恋愛
乙女ゲームの世界に転生し、悪役令嬢になってしまったメリンダ。しかもその乙女ゲーム、少し変わっていて?断罪される運命を変えようとするも失敗。卒業パーティーで冤罪を着せられ国外追放を言い渡される。それでも、やっぱり想い人の前では美しくありたい! …確かにそうは思ったけど、こんな展開は知らないのですが!? *小説家になろう様でも投稿しています

転生悪役令嬢は婚約破棄で逆ハーに?!

アイリス
恋愛
公爵令嬢ブリジットは、ある日突然王太子に婚約破棄を言い渡された。 その瞬間、ここが前世でプレイした乙女ゲームの世界で、自分が火あぶりになる運命の悪役令嬢だと気付く。 絶対火あぶりは回避します! そのためには地味に田舎に引きこもって……って、どうして攻略対象が次々に求婚しに来るの?!

婚約破棄された侯爵令嬢は、元婚約者の側妃にされる前に悪役令嬢推しの美形従者に隣国へ連れ去られます

葵 遥菜
恋愛
アナベル・ハワード侯爵令嬢は婚約者のイーサン王太子殿下を心から慕い、彼の伴侶になるための勉強にできる限りの時間を費やしていた。二人の仲は順調で、結婚の日取りも決まっていた。 しかし、王立学園に入学したのち、イーサン王太子は真実の愛を見つけたようだった。 お相手はエリーナ・カートレット男爵令嬢。 二人は相思相愛のようなので、アナベルは将来王妃となったのち、彼女が側妃として召し上げられることになるだろうと覚悟した。 「悪役令嬢、アナベル・ハワード! あなたにイーサン様は渡さない――!」 アナベルはエリーナから「悪」だと断じられたことで、自分の存在が二人の邪魔であることを再認識し、エリーナが王妃になる道はないのかと探り始める――。 「エリーナ様を王妃に据えるにはどうしたらいいのかしらね、エリオット?」 「一つだけ方法がございます。それをお教えする代わりに、私と約束をしてください」 「どんな約束でも守るわ」 「もし……万が一、王太子殿下がアナベル様との『婚約を破棄する』とおっしゃったら、私と一緒に隣国ガルディニアへ逃げてください」 これは、悪役令嬢を溺愛する従者が合法的に推しを手に入れる物語である。 ※タイトル通りのご都合主義なお話です。 ※他サイトにも投稿しています。

処理中です...