死が二人を分かたない世界

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魔界編:第15章

探り合い

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 馴れ初め……馴れ初め? 馴れ初めってなんだっけ? なんて、まず日本語の意味から考えてしまう。
 もちろん意味を知らない訳じゃない、ただの現実逃避だ。

 正直に話すとしても、どこからどう説明すればいいだろうか。
 夢の中で出会ったユキに僕が一目惚れした話? それとも、ユキが現世に僕を迎えに来てくれた話?
 どっちを話しても間違いじゃないけど、聞いた時の印象が違う気がする。
 そもそも椿がどこまで知っていって、僕はどこまで話していいのか分からない。

 うーん……これは頭を抱える問題だ。
「すみません、困らせてしまいましたか? お兄様の事をいつ好きだと思ったのかとか、聞けたら嬉しかったんですけど」
 椿が苦笑しながら質問を具体的にしてくれる。
「好きだと思ったかー……僕からは一目惚れなんだよね」
 その答えに、椿の表情が一瞬固くなった。
「一目惚れですか? では、真里さんをスカウトしにきた際に?」
 口調は明るく、表情も柔らかい雰囲気に戻ったので、さっき緊張したように見えたのは気のせいだろうか。

「実は僕は6歳の時にユキと出会ってるんだ……だから僕からするとずっとユキの事好きな人生だったなぁって感じなんだけど」
 突っ込まれて聞かれると色々苦しいけど、椿に嘘はつきたくない。それに、ユキへの想いを、つい最近一目惚れしただなんて思われたくなかった。
 特に妹の椿には。

 椿には、ユキの事ずっと大切に思っている事を伝えて安心させたかったのに、その表情はもう誤魔化せないくらい強張っていた。
「そんな幼い時に、一目惚れ……ですか? そんなの、そんなのまるで……」
 椿は口元に手を当てたまま、聞き逃しそうなほど小さな声で、呪いみたいだと言った。

「……椿は菖寿丸の気持ちを知ってるんだね?」
「――っ! ごめんなさ……!」
 口に出ていたとは思わなかったのか、椿は慌てて取り繕うように違うんですと手を振って否定した。
「真里さんは、その……私の養父の事を……?」
「僕の前世ってことも、椿の養父だってことも知ってるよ……菖寿丸が、ずっとユキの事を愛してたことも」
 口に出して言ってみれば胸が痛んだ、ユキには一度も伝えたことがない、菖寿丸の気持ち。

「真里さんの気持ちを疑ってるわけじゃないんです、ただ……どうしても養父の影響が出てしまっているんじゃないかと、思わずには……いられなくて」
 椿は言葉を続けようとした言葉を止めて、少しの間迷った後、口に出した。
「今お兄様はとても幸せそうです。でも、もし真里さんから養父の影響から抜けた時……今のままのお二人で居られるんでしょうか?」
 そうか、椿は僕がユキを好きじゃなくなる時が来るんじゃないかって心配をしてるのか。

「大丈夫、僕は僕の心でユキの事を想ってるよ! たとえ今記憶喪失になったとしても、何度だってユキの事好きになる自信があるくらいには」
 不安そうな椿の表情を吹き飛ばすように、胸を叩いて自信満々に伝えると、椿はますます不安そうな顔になった。
「なんでそんな、簡単に言い切れちゃうんですか?」
「あー……それはね、実は同じような事を魔王様にも聞かれたことがあるから」
 ユキを大切に思ってる人たちは、本当に同じような心配をするんだな。
 でも、きっとその不安はユキ自身にもあったものだ。

「カッコつけて即答してみせたけどね、魔王様の時は結構悩んだんだよ? それでも、やっぱり僕は自分の気持ちでユキが好きだって思ったんだ」
 さすがにちょっと照れくさいのとバツが悪くて、頭をかきながら目線を外した。
 でも不真面目に言ってるなんて思われたくなくて、椿の方を向き直したら……その瞳には涙が滲んでいた。
 あぁ、この兄妹は泣き顔もよく似ている……すごく綺麗で、魅入られる。

「よかった……お兄様が、真里さんと会えて……!」
「別れさせればよかったなんて思われないように、幸せにするよ」
 この顔で泣かれると弱い、放っておけなくなってしまう。椿の涙をハンカチで拭うと、椿は困ったように笑った。
「私に優しくして妬かれないんですか?」
「妬かれるかもしれないけど、泣き顔まで似ているから、なんだかユキを泣かせてしまったような気がして」
「それは、お兄様を泣かせた事があるって事ですか?」
「えっとーそれは、ごめんなさい」
 一度や二度ではないから、とりあえず謝罪した。
 なんだかユキの妹と会っているというより、保護者と面会してるような気分だ。

「すみません! 責めているのではなく……お兄様はああいう性格なので、人前では泣かないと思っていましたから……特に真里さんの前では」
 確かに、他の人に見せるユキの顔は、プライドが高く、絶対に弱みなんて見せない性格だ。普段のユキを見ていれば、そう思っても不思議じゃない。
「お兄様が素直に泣けるなんて、むしろ安心しました。でも、あまり泣かせないでくださいね」
「頑張ります」
 うん、やっぱり椿は保護者っぽい。

「もしかして、僕の気持ちを確認するのが今日の目的だった?」
「それだけという訳ではないですが、お兄様の近況など知りたいのが本音ですね」
「僕でわかる事なら……あ、話せない事もあるかもしれないけど」
 すでにユキを泣かせてしまったことはバレているから、これ以上失言しないようにしないと、さすがにユキに怒られそうだ。

「真里さんは、お兄様に憑いているものが何かご存じですか?」
「一応……」
 お互いさっきから探り合うような会話だ。椿も僕にどこまで話していいものか迷っているんだろう。
 考えが間違っていないのなら、たぶんユキに憑いている犬の神様の事を言っているはず。
「本来であれば私も一緒に背負わなければいけないものを、お兄様一人が抱えている状況なので、無理をしていないか気になっていて」
「そうだね、僕から見ても好きで一緒に居るようには見えないけど」
 椿は表情で、やっぱり……と語っていた。
 あの犬神はユキが生きている時から一緒に居る存在で、何度となくその力を暴走させてはユキを絶望に追い込んでいる。
 きっとユキからすれば憎々しい存在だけれど、でも恨み切れていない、情のようなものがあるように僕には見えた。

「僕が悪魔になる時、ユキの血を取り込んだんだけど、そのせいか僕も少しだけあの犬神様と繋がれるみたいなんだ」
「繋がれる……ですか?」
「うん、意志というか、思念というか……ユキの事を助けて欲しい時なんかは、その場所の映像が見えたりする」
 ここまで言って気付いた、ユキが助けて欲しいほどのピンチに陥っていたと言ったようなもので、内心冷や汗が出た。
 無駄に椿を心配させたくないのに、もう少し言葉を選ぶべきだった!

「……それなら、真里さんの感度を上げればもっと役に立つかもしれませんね」
 椿はユキの過去に起こったピンチよりも、有用性の方に着眼したらしい。
 よかった、今までのピンチなんて全部覇戸部絡みだったから、妹の椿に話せるような内容じゃないし。
 ちょっと口元を引きつらせながら、何かを思案する椿を眺めていると、目を合わせてきた椿がニコッと笑った。
「真里さん、甘味はお好きですか?」
「へ? うん、好きだよ」
 突然思ってもみなかった質問に一瞬戸惑ったけど、それを聞くや否や椿は立ち上がって個室の出口へと歩みだした。

「おいしいものを準備してきますので、待っててくださいね」
 その顔を僕は知ってる、ユキがちょっとしたいたずらを思いついた時の顔にそっくりだった。
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