死が二人を分かたない世界

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魔界編:第15章

語り合い

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「では真里さん、あーんしてください」
 どうしてこうなった、この状況はなんなんだろう……。

 ユキに執拗に首元にキスマークをつけられたので、今日は首の隠れる服装にしてきた。
 どうやら僕のポケットに入っていた椿からの手紙を見つけて、やきもちを妬いていたらしい。

 なにも妹にまで妬かなくても、なんて口に出して言ったりするけど、内心ではそんなユキを可愛いと思うし、妬かれる事にも幸せを感じている。

 そんな首元をさすりながら待ち合わせ場所で待っていると、遠目からでもすぐにわかるほどの存在が近づいてきた。
 風に流れる長い黒髪は艶やかで、ユキに似たその顔の造形は驚くほど整っている。ユキの妹だという事を差し引いても、すれ違ったら二度見してしまいそうなほど可愛らしくて綺麗だ。
 なのに、周りの人は気にも留めていない様子でいるのが不思議だ。
 気配を隠す上手い術でもあるんだろうか?

「お待たせしてしまいましたか?」
「ううん、今来たところ」
 この会話、なんだか本当にデートっぽいな……なんて意識してしまう。
「今日はなんだか大人っぽい服装なんですね」
「椿も、今日は白いワンピースで、その似合ってるね」
 ユキはいつも黒ばかり着ているけど、きっと白も似合うんだろうな……。
「今、言葉の裏にお兄様が見えた気がしたんですが」
「う、バレたか」
 本当に失礼な思考を読まれてしまったのだけど、椿は嫌な顔ひとつせず、むしろ嬉しそうに笑った。

「デートなんてお誘いの仕方をしましたが、一応話し合いという体なので個室を準備しています」
 そう言われると、お互い使者として会っているのだと意識が切り替わる。
 真面目な顔つきに変えて椿の後ろに続いて案内されると、そう遠くない店の前で立ち止まった。

 店構えはいかにも高級料亭といった体で、高そうな店の門構えに呆気に取られてしまう。
「こ、ここで!?」
 どう見ても十代に見える僕たち二人が入るには、似つかわしくないのではないだろうか。
 なにより店の人に不審に思われないか、そんな事が気になって仕方ない。
「大丈夫ですよ、ここは私たちが管理している店なので」
「よかった、こんな高そうなお店だと緊張しちゃうから」
 ユキと一緒に現世でデートした時も、魔界で管理しているお店なんかがあった。
 同じように天界で管理している店って事なんだろう。

 緊張しながらお店の門をくぐった先では、椿はそれは丁寧に扱われていて、なんだかデジャヴを感じた。
 ユキと初めて旅館に行った時を思い出して、兄妹変なところで似ているなんて、そのうしろ姿を見ながらニヤニヤしてしまう。
「どうしたんですか? なんだか嬉しそうですね」
「ユキと椿は本当に兄妹なんだなって思うところが多くてさ」
 個室と言っていた割には結構な広さのお座敷に通されて、戸惑いつつもテーブルを挟んで向かい合うように座った。
「本当ですか? 顔以外はあまり言われないのですが」
 兄妹だと知っている人も少ないですけど……なんて補足を入れつつ、綺麗な所作で髪を耳にかけながら俯いた顔はやっぱり似ている。

「あちらの生活で不便はないですか?」
「ん? ないよ?」
 質問の意図が分からずに首をかしげると、椿は苦笑した。
「先ほど真里さんを見て、魔界の人っぽくないって店の者たちが言っていたので」
「確かに雰囲気はそうかもしれないけど、僕はこれでも欲深いから……今も、使者としての話より、椿とどうやってユキの話をしようかって考えてるし」
「それは私も同じですよ」
 口元に手を当てて女性らしい仕草で笑うところは、さすがに違うなぁといちいち観察してしまう。

「では、お互い聞きたいことを交互に聞いていくのはどうでしょう?」
「いいの!?」
 流れは重大な話し合いをする方向ではなく、プライベートな方へまっしぐらだ。
 しかし、住む世界が違う椿とは、なかなか会う機会もないし……こんなチャンス滅多にない!

「真里さんからでいいですよ」
 座敷で座った格好のまま、ずずいと身を乗り出して期待満ちた顔をしている椿は、頭の上にピンと犬耳が立っているような幻覚を起こす。
「えっと、じゃぁ……生前のユキって椿から見てどんなお兄さんだったのかな……とか」
 僕は16までのユキしか知らない、だから僕が知らないユキを知っている椿に聞いてみたいと思っていた。
「生きている頃のお兄様……ですか?」
 椿は眉間をグッと寄せて、むむむ……と考え込んでしまった。
「ごめん、昔すぎて思い出せない?」
「そうですね昔だからというより、お兄様と死別したのは6歳の頃だったので」
「幼くて覚えていないって感じか」
「ええ、それに最後の光景があまりにも怖かったのか、お兄様関する記憶の多くを閉ざしてしまったみたいで」
 そう椿に言われて、脳裏に過ったのはユキの最期の光景だった。
 大勢の人が目の前で兄の手で殺された……それを見ていたのに、なんともないわけがないんだ。

「ごめん……その、無神経だった」
「いえ、私は全く覚えてないので! そのおかげで、お兄様の事を大好きだったことは覚えてるんですよ」
「大好きだったんだ?」
「はい、よく膝に抱いていただいた記憶があります」
 触れ合ってくれたのはユキだけだったと言った椿の言葉に、ユキの生前の環境が垣間見えた気がした。

「あまり答えになっていないので、他に何かないですか?」
 交互だと言っていたのに、続けて僕に質問させてくれる気らしい。なんだか悪いと思いつつも、聞きたいことはいろいろあるので、ついお言葉に甘えてしまう。
「じゃあ生きてる時じゃなくて、二人が再会した時の話が聞きたいかも」
「それならお答えできますね」

 椿は楽な体勢に座り直して、思い出すように上を見たかと思ったら、正面に向き直した目と目が合った。
「人としての生を終えて、人とは違う存在として今生に留まった時、お兄様も同じような存在になったと聞かされました」

 幼い頃に大好きだった兄にまた会えるかもしれない。そう思ったら動かない理由がなかった。
 現世で放浪しているという兄を探して、椿もあちこちを探し回った。
 女の一人旅は危なくて、様々なトラブルに巻き込まれてはそれを回避して、時には物怪の様に振る舞ったりと大変だったという。

 百余年も探し続けて、もう諦めようと思った時に、道端でわらじの紐を結ぶ男から目が離せなくなった。
 男は傘をかぶっていて顔は見えない、なのに遠目からでもわかってしまった、あれは兄だと。

 人違いかもしれないなんて考えられなかった。ずっと、ずっと会いたかった兄にやっと会えた。
 あの時生かしてくれたおかげで大人になれた、だから自分を見て欲しかった。大人の姿を見て欲しかったけど、自分だと気づいて欲しかったから14歳の見た目にして欲しいと神に願った。
 ただ、兄に見つけて欲しい、兄と会った時に気づいて欲しいがために。

 走ってたどり着く前に、男は体勢を起こして歩みを進め始める。
 止まってほしくて、待って欲しいと声をかけても一瞥もしてくれず、必死になって追いかけて捕まえた。
『兄上……っ、ですよね!?』
『人違いでは?』

「って、ひどくないですか!!?」
「う、うん、そうだね……」
「確かに尼の格好をしていたので、顔は確認しにくかったかもしれないけど、ショックでした」
 今でもまざまざと思い出せるのか、本当にショックだという顔で僕に語ってくれた。

「椿ですと名乗った時の顔は、忘れられないものでしたけど」
 クスクスと、今度は可笑しさをこらえるのが大変な様子で笑っている。
「椿だと気付いた時の最初のひとことは何だったの?」
「『こんなところで何してるんだ』でした」
「もっと他にないのかって感じだね」
「そうでしょう? 百年以上ぶりに会った妹に対して他に言う事はないのかって思いましたよ」
「らしいと言えば、らしいけどね」
 この話は本人も交えて、もう少し深堀りしたいな……。

「今度は私の番ですね!」
 ユキと椿の再会場面を頭の中で思い描いて消えないうちに、椿から声をかけられた。
「私は、ぜひ真里さんとお兄様の馴れ初めが聞きたいんです!」
「馴れ初め!?」
 どこが好きなのか? なんて質問が来るだろうと思っていたんだけど、まさかそう来るとは!
「私、二つ答えましたから、もちろん聞かせてくれますよね?」
 まさに天使のような笑顔で椿はそう言い放った。
 もしかして、僕はまんまと断りにくい状況に乗せられてしまっていたんだろうか。
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