死が二人を分かたない世界

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魔界編:第15章

適任者

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 ユキの誕生日に向けての水族館計画は順調に進んでいた。
 水槽内のレイアウトが大まかに完成したので、試しに水槽内に水を張ってみた。
 生体を入れるわけじゃないので、本物の水を入れる必要は本来ないのだけど、まずはできるだけ本物に近づけて作ってみようと思い立ったからだ。

 次はいよいよ動く魚を入れようというところで、ハルキさんから映像資料が出来上がったと連絡があった。
 直轄領内に居るハルキさんの元に到着すると、早々に映像資料としてタブレットPCっぽいものを渡された。
「これで動画サイトは見れないんですか?」
 動画サイトさえ閲覧できれば、動く魚の資料も見放題だ。
「残念ながら、この世界にはまだインターネットは開通していないんですよ」
 なんてこった……本当にこの世界は進んでいるのか、遅れているのかわからない。メールくらいできるかもって思ってたけど、まさかネット自体がないなんて。

「水族館の件が落ち着いたら、一緒に回線開通の計画でも立てますか」
 なんて事をハルキさんが言い出すから、ぜひ参加したいと表明しようと思ったら、そんな話をしている場合じゃないと話の腰を折られた。
「実は魔王様から真里様に用事があるとの事で、こちらへ」
 内心、え゛っ……なんて苦手意識が顔に出てしまったけど、隣の部屋が開かれて目に入った魔王様は、艶々として重そうな木製デスクの上で、肘をついて静かに目を瞑っていた。
 呆気に取られて挨拶を忘れてしまい、ハッとして声を出しそうとしたらハルキさんに止められた。

 手でそのままとジェスチャーした後に、顔が近くに寄せられてかなり小さな声で話す。
「今は聞こえないので」
「あの、なにを……」
「天界の主と会話しているんですよ」
 あの神様と!? 頭の中に、白くて中性的で綺麗な、優しい声と力を持った神様の顔が浮かぶ。
 魔王様は直接話したりできたんだ……てっきり現世を通じてやり取りしているものだと思ってた。

「魔王様にとっては大切な時間なので、お待ちいただいてもいいですか」
 ハルキさんに頷き返したところで、魔王様の目が静かに開いた。
「やぁ真里、もう来ていたんだね」
 相変わらずその瞳は何者も映さないほど暗く、感情の読めない笑顔をこちらに向けてくる。
「すみません……」
 魔王様に会ったときの挨拶など、いまだに慣れていないので何を言えばいいか分からない。

「真里が来たからってやめたりしないから、気にする必要はないよ」
 魔王様が空中を摘まむように手を前に掲げると、そこからシュルルッとポストカードサイズの紙が生成されていった。
「実は真里に明日行って欲しいところがあってね」
 その紙には何が書いてあったのか、一瞬フッと魔王様が笑った気がした。
 魔王様からの指令という事は、僕に直血の一員として動けって事だよね……そんな重要そうな任務を一人で聞くのは初めてなので、ちょっと緊張してきた。
「現世に行ってきてくれないかい?」
「えっ……!」

 びっくりしすぎてなんと返答したらいいかわからずに、一呼吸言葉に詰まった。
「前に行ったときは、かなり前から準備してた気がするんですが」
 そんな、ちょっと明日行ってきますー! みたいなノリで行っていいの!?
「前回は真里様は初の現世で、魔王様の現世行きが目的でしたから……一度行かれてるので、もう大丈夫ですよね?」
 そのハルキさんの問いかけには魔力が乗っていて、実質強制だった。一度行ったのだから、一人で行ってこいという副音声が聞こえる。

「本来であれば私が出向くべきところなのですが、私はまだ現世に行ける身ではないので……」
「という事は、もしかしなくても結構大事な用事なんでしょうか」
 ハルキさんの部下にも頼めない、ましてや魔王様から直接言われる事なのだから、重要じゃないわけがなかった。子供のお使いとは違う、そう思うとますます緊張で顔が強張る。

「これは直血である真里様にも、知っておいていただきたいですし、若輩な私は勿論、この世界の大半が経験したことのない話なんですが」
 そう切り出したハルキさんの説明は、責任重大すぎて顔の血の気が引くほどだった。

 魔界と天界では五百年に一度、死者の魂を輪廻門へ送る番を交代で担当しているらしい。
 今は魔界が担っていて、それを主に担当しているのは転生院の吉助さんだ。そしてその五百年の周期は、三年後に迫っているという。
「三年後!?」
 そんな重大な出来事三年前にして、いまだ大々的に周知されていないのかと驚く。

「あの場所は負担が大きく、一番反発の出やすいデリケートな部署なんです……事が確定するまで公表は避けたいのです」
 なので、部署の長である吉助さんにも、まだ話はしていないという。

「まさかその話し合いをするって事ですか? 事が重大すぎます! そういうのって魔王様と神様の間で取り決めになるのでは!?」
「もちろん最終決定は長同士の話となりますが……現世でも、トップが話し合うのは最後だけでしょう? それまでの下準備は部下の仕事です」
 それはそうだろうけど、魔界に来てまだ半年にもならない新参者に任せてもいいんだろうか!?

「直血がどうこうというより、もっと知識のある人を向かわせた方がいいのでは!?」
「いいえ、あちらの使者は眷属の方を出されるので……こちらも身分を合わせなければいけません」
 なんであちらさんは、そんなやんごとなき身分の人を使者にするんだ!! と内心歯噛みしてしまった。

「真里、ハルキはいろいろ言っているけどね、これはただのお誘いなんだよ」
 そう言って魔王様は、さっき手元で生成した紙を僕に渡してくる。魔王様から物を受け取る時の作法なんてわからずに、頼れるユキも隣にいない。
 僕の中では最上級に丁寧だと思われる卒業証書の受け取り方で、その紙を両手で頂戴した。横でハルキさんが笑いをこらえた気がした。

 恥ずかしくて耳まで熱くなるのを感じながら顔を上げると、そこには綺麗な文字が書かれていた。
『真里さん、お会いできるのを楽しみにしています。デートだと思って、気合いを入れてきてくださいね。 木春子』
 椿だ……!
「先方指定だから、断らないよね?」
 面白いものを見るように、魔王様は口元だけニヤニヤとさせている。
「これは……断れないですね」
 楽しそうな魔王様も気にならないくらい、僕は心底ホッとした。

「浮気ですか?」
「はっ!? 違いますよ!!」
 紙を覗き込んできたハルキさんがとんでもない事を言うので、びっくりして思わず書いてある面を胸に押しつけて隠してしまった。
 だいたい浮気になるわけがない、椿はユキの妹なんだから! 僕にとっても妹のようなものだ……千歳年上だけど。
「ユキ様には内密にしておきましょうか」
「必要ないです! むしろ帰ったら言いますから」
 では承諾して頂けるという事で。とハルキさんに話を結ばれて、僕は椿からの手紙をポケットにしまった。
 しかし、天界からの手紙をそのまま再現してしまうなんて、魔王様は昔ウチにあったFAXみたいだと思ったのは誰にも言えない事実だ。

 魔王様は神様と会話した後だからか、僕をからかうのが楽しかったからなのか上機嫌で、今日は怖い事が少しもなかった。
 こんな対面が続けば、魔王様への苦手意識も少しは和らいでいきそうな気がする。

 帰宅すれば、すでにハルキさんからユキに話がいっていたようで、急な現世行きを心配された。
「そりゃぁ、ユキが付いてきてくれた方が安心だけど……」
 椿とはユキの話もしたいし、多分本人がいると止められたり話せない内容もあるだろう。なにしろ『デート』なんて言い方をしているのだから、一人で来いって意味にも受け取れる。

 でも、ユキは椿と会いたいかもしれない……たった一人の、大切な肉親だから。
「明日椿と会うんだけど、ユキも会いたいよね?」
「いや、別に? 何故だ?」
 ユキは僕を膝に乗せたまま、今度は魔力をかなり薄くして作ったコーヒーのカップを片手に、不思議そうな顔をした。

「えっ、だって妹だし」
「アイツはアイツでもう千年も自分の地位を確立しているからな、そりゃぁ転生するとなれば挨拶もできないのは嫌だが」
 挨拶もできない……って事は、止めたりはしないのか。
 僕が思っている以上に、ユキは椿に対してサッパリとした感情を持っているみたいだ。
「真里は不安そうだな、付いていこうか?」
 再度僕の心配をされてしまった!
 ユキのサッパリとした態度は今に始まった事じゃないだろうから、明日ユキが付いてきたら、僕を心配しての事だと丸わかりだ。そんなのは恥ずかしすぎる!

「大丈夫! でも……本当に僕なんかが代表でいいのかって気持ちは、ある」
「……ふむ、むしろ椿相手なら真里以外適任がいないけどな」
 ユキは親指と人差し指を自分の顎に当てるような考えるしぐさをしてから、チラッと上目遣いで僕を見た。
 膝の上に抱かれていると、ユキより目線が高くなるから、そういう仕草はドキッとする。

「椿はあんな見た目だがなかなか強かな女だ、真里以外が相手だとウッカリどんな条件を呑まされるか」
 俺でも危ないぞ、なんて笑い飛ばした。
「しかし、真里が困るような条件は絶対に言ってこないだろうからな」
「それって……僕、というより菖寿丸のおかげだよね?」
「前世の魂も実力の内だろ」
 ユキはもうもう一度軽快に笑い飛ばす。
 椿は14歳も離れている妹ながら、実力を認められていて、片や僕は心配され、認められてる部分は前世の部分だっていう……情けないやら、悔しいやらだ。

「なんだ? 椿に対して淡泊だから心配になったか?」
「え?」
 僕が落ち込んだのを、違う方向に受け取ったらしいユキが、僕を膝に乗せたまま抱き着いてくる。
「真里は駄目だからな、転生したいなんて言われたら縋りついてでも止めるから」
 犬耳がぺたんと後ろに寝てしまっていて、心配してるのはどっちだろうと笑ってしまう。

「ありえないよ、僕がユキと離れる道を選ぶなんて、絶対に」
 ユキを安心させられるなら、これから何度でも伝えたい。甘えたようにしてくるユキの頭を撫でていると、首元にチュッと吸い付かれた。
「あっ! これ明日まで残るやつ!」
「念のため、マーキングな」
 妹の前で何を見せようって言うんだ!

「あー、真里の淹れたコーヒーを飲んだから我慢が出来なくなってきた」
「魔力は薄く作ったんだからそんなわけ……」
「魔力補給、しよう……な?」
 可愛くおねだりするように言われて、うぐっとなってしまう。
 明日は椿と会うっていうのに、ぼくも我慢が出来ないみたいだ。
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