死が二人を分かたない世界

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魔界編:第13章

思い出の花

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 真っ暗闇から突如眼前に広がる緑。

 どこまでも奥へと歩いて行けそうな森林を背景に、目の前には小さな庵が建っていた。

「えっ……森!? なんでこんな場所にいきなり」
 吸い込まれるように気付けば中に入っていた。そうだこれは建物の中……なんだよね?
 上を見上げれば木漏れ日が差し込み、晴れた日にハイキングにでも来たような気分だ。

「明るい、晴れてる……木がある! すごい、魔界にこんなに自然があるなんて!」
「ここに触ってみろ」
 そうユキが促したのは僕たちが入ってきた扉の真横だ。
 後ろを振り返れば真っ暗闇。そのすぐ横はどこまでも続く森の中の小道……ギャップに戸惑いながらも、ユキの指差すところへ触れた。

 そう、触れたんだ。
 そのまますり抜けると思ったその空間には、間違いなく壁があった。
「えっ!?」
「よくできてるだろう?」
 ユキは嬉しそうにその壁を叩く。一見空中から壁を叩く音がするから、見ていると脳が混乱しそうだった。
「どうなってるのコレ!」
「広い空間があるように見せてるだけだ、実際はそう大きくない建物だ」
 魔力を感知するように周囲を見渡すと、円形の壁にドーム型の天井……ぼんやりとだけど建物の形がわかる。

「持ち主のいない郊外の建物は取り壊されるんだが、ここは気に入って譲り受けたんだ」
「すごい……」
 どう見ても広い空間があるとしか思えない景色に、思わず口をぽかんと開けたままそんな感想しか出てこなかった。

「好きか?」
「うんっ……! すごく!」
「じゃあ、こんな入口で止まってていいのか?」
 ユキに促された先には小さな庵、もちろん行かないわけがない。
「入っていいの!?」
「もちろん」
 ワクワクしてきた、幼い頃に秘密基地なんて作っていたら、こんな気分だっただろうか。

「これを作った人はここで暮らしてたの?」
「いいや、俺たちと同じで門の中に家があったようだ」
「喧騒から離れて、静かに過ごしたかったのかな」
 人がたくさんいる門の中は、毎日何かしら事件や喧嘩があちこちで起きる。静かに過ごすなら郊外は最適だ、本当に秘密基地みたい。

 庵は入ってきた入口から、3メートルくらいしか離れてない先に建っていた。
 茅葺き屋根に、材質は木だけでできたような庵は、苔ひとつ見当たらず新築の様相だ。

 近づいてみると、周囲には背の低い細い竹が植わっていた。もちろん本物の竹ではない、魔界特有の植物に見せかけた魔力の塊だ。
 その竹が少ない方へ自然と歩みを進めると、縁側にたどり着いた。
「あ、裏側に出ちゃった?」
「別に好きなところから入って構わない」
 ユキに促されるまま縁側に腰かけると、隣の壁面も縁側になっていて全ての戸が開かれていることが見て取れた。
 中は畳が三枚だから三畳だ。決して広くないその和室は、壁二面が開かれている開放感で、全く狭さを感じない。

 開放感でそのまま寝転がると、頭は畳にかかってい草の匂いがふわっと香る。
 思わず目を瞑って目いっぱいに空気を吸い込むと、自分の顔が影に入ったのが分かった。
 そのまま来ると分かっていたキスを受け入れると、嬉しくて楽しくてニヤけてしまう。

「楽しそうだな」
「秘密の隠れ家みたいで楽しい、ユキと一緒ならどこでも嬉しいけど」
 体を起こそうとしたユキを捕まえて、今度はお礼のつもりで僕からキスした。
「真里はあの宿も気に入っているようだったから、そっちが良ければ今からでも行けるが」
「ううん、ここがいい」
 ユキの頬に頬ずりすると、頭を撫でられて、愛しそうな瞳で見つめられて、甘やかされてるなぁって口の端が上がってしまう。

「ここは何もないぞ、風呂もないし、料理も出ないからな」
「でも、僕たち以外誰も居ない……ユキを独り占めしてるって感じがする」
「俺も何も考えず、真里と二人きりでいられるのが幸せだ」
 今度は深く唇が合わさって、舌を差し入れられたら色っぽい雰囲気になってしまう。
 服越しに体を撫でられて、触れられるのが気持ちよくてされるがままに任せていると、内腿を撫でられてハッとして思わずその手を止めた。

「待って、もう少し見て回りたいかも」
「後からでも見て回ればいい」
「でも、離れたくなくなっちゃうから……」
 おでこを合わせると、ユキがフッと吹き出すように笑った。
「そんな可愛い事言われたら、聞くしかないだろ」
 軽くキスをしてから、ユキが僕の上から体を離して、背中を持ち上げて起き上がらせてくれる。
 ユキが納得して離してくれたっていうのに、僕の方が離れがたくなっていて、口から出た言葉と感情が伴っていなかった。

 そんな状況を少し恥ずかしく感じながら縁側から立ち上がって、ユキと目を合わせられないまま逃げるように庵の周りを一周した。
 庵の周囲に植わっているのは竹だけで、周りの木々は緑ばかり、色のある草花は見当たらなかった。
「植物は緑だけなんだね……」
「真里が植えたいものがあれば植えればいい、好きに改装していいぞ」
 ユキは両手を後ろの方について、ぐるぐると周囲を見回している僕をニコニコしながら眺めている。

「じゃぁ……やっぱり梅の木が欲しいなって思うんだけど」
 僕たちが普段使っている家には庭がない、そもそも見た目も近代的な家屋だから、梅の木が似合わない。
 だけどここなら、僕たちが出会った夢の中の梅の木を、再現しても違和感がないと思った。
「いいんじゃないか、どの辺りに植えたい?」
 ユキが立ち上がって僕の近くまで来てくれる。どちらの縁側からも見える位置に移動すれば、ユキも納得するように頷いてくれた。

「自分でやってみるか? 他の日用品を作るのとそう変わらない、見た目をイメージして、仕掛けを取り入れたいなら中に組み込むだけだ」
「そう聞いたら出来そうな気がする」
「時間で変わる仕掛けをするなら、地中に流れている魔力の流れに繋げるといい」
 地面に手をつけば、足元に魔力の流れを感じた。街中でも同じような魔力の循環はよく感じていて、なんとなくこれに繋げればうまくいくっていうのは分かる。
 ただ、僕は今回この魔力の流れに乗せて仕掛けを組み込む気はなくて、この建物を維持するための魔力に繋げて管理ができればいいと考えていた。

「自分でやってみるから、見ててくれる?」
「あぁ、真里がどんな梅の花を咲かせるのか、楽しみにしている」
 ユキは優しく笑っていたけど、ほんの少しだけ眉尻の下がった困った表情が見て取れた気がした。
 でも、あれ? と違和感を覚えた次の瞬間、その違和感はなくなっていて、気のせいかと思って口に出す事ができなかった。

 ユキに言われたように、地中を流れる魔力の流れに繋いで維持できるように意識しながら、ユキと会っていた夢の中の梅の花を思い出す。
 もっと詳細に思い出せるかと思っていたけど、僕は夢の中ではユキの事ばかり見ていたから、はっきり思い出せないことに眉をしかめた。

 幹のゴツゴツした感じや、花弁の細かいところは生前の知識で補完しつつ、せめて高さは同じくらいに……と、小さい桜くらいだった梅の木を思い出していた。
 梅の木のてっぺんまで花を思い浮かべて成形すると、完成したって感覚が伝わってきて目を開けた。
「できた!」
 目の前には自分が想像した通りの、満開に花を咲かせた梅の木が立っていた。

「おお、見事だな!」
 ユキも梅の木を見上げながら、くるりと木の周りを一周した。
「ごめん、完璧には覚えてなくて……生きてる時の知識で補完してる感じなんだけど」
「俺は真里が作った梅の方が好きだ……ん? 花弁は散らないのか? 梅は散る様子も綺麗だろう」
 ユキは僕が敢えて花弁が散らないように作ったことに、すぐに気づいた。

「梅の花が散るときは、いつもユキが悲しい時だったから……だから散らない梅の木を作りたくて」
 ユキの横に並んでその手を握ると、ユキの瞳が一瞬揺らいだ気がした。
 目が合って、何か言おうかと軽く口を開けたまま言葉が出てこないユキに、僕から誓った。

「梅の花が散ってしまうような悲しい思いは二度とさせない……僕がユキの心を守って支えるから」
「――ッ、まいったな 俺の方がサプライズを貰ったみたいだ」
 ユキが泣き笑うような表情で僕を抱き上げたかと思うと、嬉しそうにくるくると回りながら僕のお腹の辺りに顔を埋める。
 そんな無邪気に嬉しそうにするユキが可愛くて、僕もユキの頭を愛しく抱くと、ひょいっと段差を上がったのが分かった。

 目を開ければ足元は縁側と畳の境目で、ユキの意図が分かって胸が高鳴った。
 優しく畳の上に下ろされて、愛しそうに見つめられながら頬を撫でられたら、もう止めるなんて無粋な事は出来なかった。
「……まだ、明るいよ?」
「真里の全部を見ながら、愛したい」
 半分承諾したような事を言いながら、ユキの体を引き寄せてやめる気は無いって伝えた。

「愛し合っていればじき日も暮れる」
 そんなユキの言葉に、日が暮れる仕掛けがあるのかと純粋な疑問が浮かんだけれど、それを言葉にする前に唇は塞がれてしまった。
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