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魔界編:第12章
意思の世界
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目の前の魔王様の恐ろしさに、言いたかったはずの言葉も出て来なくなった。
何を言えば正解なのか、どうすればこの怒りを治めることができるのか、ユキと一緒にいるために僕は何をすれば……そんな事ばかり考えてしまう。
ユキがどんな表情をしているのか確認することもできない。恐ろしくて少し動くだけでも命の危うさを感じる。
「正解を探さなくていい、真里の気持ちを答えればいいんだ」
ユキの緊張した声は少し上ずっていたけど、その言葉に勇気をもらった気がした。
『なぜ菖寿丸を表に出したのか』
その質問の答えを返せばいいだけだ。
ガタガタと震える歯を食いしばって、寒さを感じるほどのプレッシャーの中息を吸った。
「力を借りなければ、ユキを助けられませんでした」
「それは私との約束よりも大事なことか?」
「すみません、大事です……僕は強くないから、でもユキを守りたくて、だからその為なら何にだって頼ります」
あの時は必死で、魔王様との約束を忘れてなかったと言えば嘘になる。ただ無我夢中で、ユキを助ける事だけを考えていたから。
「もちろん、魔王様からの罰があるのなら……受けます、それでもユキと一緒に居させて下さい」
「真里の責任じゃない、菖寿丸を頼ることになったのは俺の責任だ! だから真里は……」
「いいよ」
その短い言葉が聞こえた瞬間、周囲のプレッシャーが嘘みたいに消えてなくなった。
「へ……?」
重くのしかかっていたものが一気に軽くなって、一瞬頭がクラッとし、思わず素っ頓狂な声が出た。
「君たちの想いを尊重しよう」
そう言って魔王様は何事もなかったかのように、いつも通り口元に薄い笑みをたたえていた。
「私は覇戸部の決意を尊重した、それが原因で起こった事を責めるのは、公平じゃないからね」
魔王様が終わりとでも言うように机の上に手を置くと、ユキの手の力が緩んだ。露骨ではないけれど、はぁと少し安心したように息を吐いて、僕の緊張も少し取れた気がした。
乗り切った……って事でいいんだろうか? ただ、僕には覇戸部を尊重したという魔王様に納得がいかない。
「不満そうな顔だ」
クスクスと、また見透かしたように魔王様が笑い、ユキはギョッとした顔で僕を見た。
「私が覇戸部を止めなかった事が不満?」
「……正直、疑問はあります」
知っていたのなら、事が起こる前に止められたはずだ。下手をすれば魔王様の大事な眷属たちが、バラバラになってしまうところだったのに……。
「真里、この世界はね『意志』で出来ているんだ。決死の覚悟というほどの強い想いを、私は軽視しない」
「意志……」
「だから、ユキを守りたいという真里の決意を尊重する」
魔王様の目は相変わらず笑っておらず、深い闇が怖いほどに暗い。けれどもその言葉の端々には、あくまで平等なのだと言われている気がした。
「ただ覚えておいて欲しい、私は本当に、君のその魂が嫌いなんだ」
許されたと思って気を抜いているところに、再び冷える空気と重いプレッシャー。
普段表情をほとんど表に出さない魔王様が、睨むような表情を見せる時は恐怖でしかない。
しかし、魔王様がそんな脅しをかけたのはほんの一瞬の出来事で、この場はすぐに元の空気に戻った。
ただ、僕とユキの顔は青ざめたまま、何も言えなくなってしまった。
「だから、できれば約束は守ってほしい。ユキと一緒に居たいのなら、アレの好きにさせるな」
「ッ……はい」
そう返事するしかなかった。
「急いでいるところ、引き止めてしまったね」
行っていいよと、勝手に開いた扉からユキと二人で退室した。
ギィと勝手に扉が閉まったところで、二人してはぁぁ~と長めのため息を思わず吐いた。
怖かった、緊張した、殺されるかと思った!
もう、ユキと一緒に居られないんじゃないかって……それが一番怖かった。
震えるユキの手が僕の手を握ってきて、ユキも同じ気持ちだったのかと顔を見合わせて苦笑してしまった。
「すまない、また怖い思いをさせたな」
「ううん、僕が軽率だったんだ……でも後悔なんてしてないよ、ユキを助けられたんだから」
もしあのまま体が動かなくなっていたら、間違いなくユキは傷つけられていた。
魔王様には申し訳ないけれど、僕は菖寿丸に感謝している。
だけど、『好きにさせるな』って魔王様の言い回しは、菖寿丸を信じてはいけないと言っているようだった。
それが魔王様なりの忠告なのであれば、僕は菖寿丸を信用してはいけない。
でも僕にはどうしても、あの人が悪い人だとは思えないんだ……。
「今度こそ向かうが、いいか?」
ユキにそう声をかけられて、一瞬どこに? と頭に疑問符が浮かんだが、すぐに思い出した。
そうだ、僕たちは事件のあった現場に、例の仕掛けの確認に行くところだったんだ!
ユキの手を握り返して頷くと、ユキからも軽く頷くような仕草があって辺りは白い光に包まれた。
目を空ければ、先ほどいた直轄領よりも暗い倉庫内、真っ暗闇に感じる。
目が慣れる前にユキはスタスタと歩きだして、例の怪しい仕掛けがある場所を探っていた。
自分が被害に遭った場所なのに、ユキは気にも留めていないような素振りだ。
急いでユキの後を追うようについていくと、棚を調べているユキの舌打ちが聞こえた。
「やられた……無くなってる」
「えっ!」
ユキが指し示す棚を確認すると、そこには明らかに何か隠してあったかのような空洞があった。
ただ不自然なくらい、そこには何の魔力の痕跡も残っていなかった。
もっと言うなら、この建物全体に付着していた筈の、僕やユキ、覇戸部の魔力さえきれいサッパリ消えてしまっていたのだ。
-----
覇戸部とハルキ
「なにやってるんですか本当、今まで築いたもの台無しにしちゃって、そんな事したかったんですか?」
ハルキの問いに覇戸部は何も答えなかった、意識が朦朧としているのか、それとも答えたくないのか……。
「ユキ様に憧れてる人間なんていっぱいいますよ、私だってその一人でした」
汗だくになった覇戸部の額を、その場で作り出したタオルで拭いながら、ハルキは独り言のように話しかけていた。
「ユキ様は誰にだって分け隔てなく接してくれますし、欲しい言葉をくれます……自分を分かってくれている人だと感じれば、みんなどうしたって魅かれてしまうんです」
ハルキは付けていた上半分の狐面を外して、左側についた飾り紐を懐かしく眺めた。
ハルキの死因は自殺だった。
頭部左側の損傷で、そこに大きな傷跡をつけたままこの世界の住人となった。
あまりにも醜く、人前に出ることも憚れると、この世界に来た当初のハルキは塞ぎ込んでいた。
そんな時に狐面を目の前で作ってみせて、隠れないところには飾り紐を添えてくれた。
『隠さなくても俺はいいと思うけどな』
なんて言葉をかけられて、優しくされて、誑かされていた。
自分はこの人の特別なんじゃないかと思い始めたころに、皆にそうなのだと気付くのだ。
けれど、一人だけそうじゃない男がいた。
五百年も想われ続けているのに、ユキが上っ面の優しさを見せない相手が。
ハルキにはそれが特別な事のように見えていた。
真里が来て、ユキの本当の特別を全員が知ることになった。
それでも諦めない覇戸部に、ハルキは憧れの感情を抱いて、つい肩入れしてしまったのだ。
「あなただけは、そんな凡庸な想いじゃなかったはずなのに」
そんな自分勝手な理想を語るハルキの言葉なんて、覇戸部の耳には入っていなかった。
ただ、自分もユキを好きだった理由が、その凡庸な想いとそう大差ないと思ってしまったのだ。
また静かに瞳に涙を溜めた覇戸部は、ハルキに一言も返事をしなかった。
その涙を動けない覇戸部の代わりに拭って、ハルキはフッと自嘲気味に笑った。
「慰めてあげましょうか?」
「……いらん」
その後覇戸部は動けるようになるまで、一人独房に放置されていたらしい。
何を言えば正解なのか、どうすればこの怒りを治めることができるのか、ユキと一緒にいるために僕は何をすれば……そんな事ばかり考えてしまう。
ユキがどんな表情をしているのか確認することもできない。恐ろしくて少し動くだけでも命の危うさを感じる。
「正解を探さなくていい、真里の気持ちを答えればいいんだ」
ユキの緊張した声は少し上ずっていたけど、その言葉に勇気をもらった気がした。
『なぜ菖寿丸を表に出したのか』
その質問の答えを返せばいいだけだ。
ガタガタと震える歯を食いしばって、寒さを感じるほどのプレッシャーの中息を吸った。
「力を借りなければ、ユキを助けられませんでした」
「それは私との約束よりも大事なことか?」
「すみません、大事です……僕は強くないから、でもユキを守りたくて、だからその為なら何にだって頼ります」
あの時は必死で、魔王様との約束を忘れてなかったと言えば嘘になる。ただ無我夢中で、ユキを助ける事だけを考えていたから。
「もちろん、魔王様からの罰があるのなら……受けます、それでもユキと一緒に居させて下さい」
「真里の責任じゃない、菖寿丸を頼ることになったのは俺の責任だ! だから真里は……」
「いいよ」
その短い言葉が聞こえた瞬間、周囲のプレッシャーが嘘みたいに消えてなくなった。
「へ……?」
重くのしかかっていたものが一気に軽くなって、一瞬頭がクラッとし、思わず素っ頓狂な声が出た。
「君たちの想いを尊重しよう」
そう言って魔王様は何事もなかったかのように、いつも通り口元に薄い笑みをたたえていた。
「私は覇戸部の決意を尊重した、それが原因で起こった事を責めるのは、公平じゃないからね」
魔王様が終わりとでも言うように机の上に手を置くと、ユキの手の力が緩んだ。露骨ではないけれど、はぁと少し安心したように息を吐いて、僕の緊張も少し取れた気がした。
乗り切った……って事でいいんだろうか? ただ、僕には覇戸部を尊重したという魔王様に納得がいかない。
「不満そうな顔だ」
クスクスと、また見透かしたように魔王様が笑い、ユキはギョッとした顔で僕を見た。
「私が覇戸部を止めなかった事が不満?」
「……正直、疑問はあります」
知っていたのなら、事が起こる前に止められたはずだ。下手をすれば魔王様の大事な眷属たちが、バラバラになってしまうところだったのに……。
「真里、この世界はね『意志』で出来ているんだ。決死の覚悟というほどの強い想いを、私は軽視しない」
「意志……」
「だから、ユキを守りたいという真里の決意を尊重する」
魔王様の目は相変わらず笑っておらず、深い闇が怖いほどに暗い。けれどもその言葉の端々には、あくまで平等なのだと言われている気がした。
「ただ覚えておいて欲しい、私は本当に、君のその魂が嫌いなんだ」
許されたと思って気を抜いているところに、再び冷える空気と重いプレッシャー。
普段表情をほとんど表に出さない魔王様が、睨むような表情を見せる時は恐怖でしかない。
しかし、魔王様がそんな脅しをかけたのはほんの一瞬の出来事で、この場はすぐに元の空気に戻った。
ただ、僕とユキの顔は青ざめたまま、何も言えなくなってしまった。
「だから、できれば約束は守ってほしい。ユキと一緒に居たいのなら、アレの好きにさせるな」
「ッ……はい」
そう返事するしかなかった。
「急いでいるところ、引き止めてしまったね」
行っていいよと、勝手に開いた扉からユキと二人で退室した。
ギィと勝手に扉が閉まったところで、二人してはぁぁ~と長めのため息を思わず吐いた。
怖かった、緊張した、殺されるかと思った!
もう、ユキと一緒に居られないんじゃないかって……それが一番怖かった。
震えるユキの手が僕の手を握ってきて、ユキも同じ気持ちだったのかと顔を見合わせて苦笑してしまった。
「すまない、また怖い思いをさせたな」
「ううん、僕が軽率だったんだ……でも後悔なんてしてないよ、ユキを助けられたんだから」
もしあのまま体が動かなくなっていたら、間違いなくユキは傷つけられていた。
魔王様には申し訳ないけれど、僕は菖寿丸に感謝している。
だけど、『好きにさせるな』って魔王様の言い回しは、菖寿丸を信じてはいけないと言っているようだった。
それが魔王様なりの忠告なのであれば、僕は菖寿丸を信用してはいけない。
でも僕にはどうしても、あの人が悪い人だとは思えないんだ……。
「今度こそ向かうが、いいか?」
ユキにそう声をかけられて、一瞬どこに? と頭に疑問符が浮かんだが、すぐに思い出した。
そうだ、僕たちは事件のあった現場に、例の仕掛けの確認に行くところだったんだ!
ユキの手を握り返して頷くと、ユキからも軽く頷くような仕草があって辺りは白い光に包まれた。
目を空ければ、先ほどいた直轄領よりも暗い倉庫内、真っ暗闇に感じる。
目が慣れる前にユキはスタスタと歩きだして、例の怪しい仕掛けがある場所を探っていた。
自分が被害に遭った場所なのに、ユキは気にも留めていないような素振りだ。
急いでユキの後を追うようについていくと、棚を調べているユキの舌打ちが聞こえた。
「やられた……無くなってる」
「えっ!」
ユキが指し示す棚を確認すると、そこには明らかに何か隠してあったかのような空洞があった。
ただ不自然なくらい、そこには何の魔力の痕跡も残っていなかった。
もっと言うなら、この建物全体に付着していた筈の、僕やユキ、覇戸部の魔力さえきれいサッパリ消えてしまっていたのだ。
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覇戸部とハルキ
「なにやってるんですか本当、今まで築いたもの台無しにしちゃって、そんな事したかったんですか?」
ハルキの問いに覇戸部は何も答えなかった、意識が朦朧としているのか、それとも答えたくないのか……。
「ユキ様に憧れてる人間なんていっぱいいますよ、私だってその一人でした」
汗だくになった覇戸部の額を、その場で作り出したタオルで拭いながら、ハルキは独り言のように話しかけていた。
「ユキ様は誰にだって分け隔てなく接してくれますし、欲しい言葉をくれます……自分を分かってくれている人だと感じれば、みんなどうしたって魅かれてしまうんです」
ハルキは付けていた上半分の狐面を外して、左側についた飾り紐を懐かしく眺めた。
ハルキの死因は自殺だった。
頭部左側の損傷で、そこに大きな傷跡をつけたままこの世界の住人となった。
あまりにも醜く、人前に出ることも憚れると、この世界に来た当初のハルキは塞ぎ込んでいた。
そんな時に狐面を目の前で作ってみせて、隠れないところには飾り紐を添えてくれた。
『隠さなくても俺はいいと思うけどな』
なんて言葉をかけられて、優しくされて、誑かされていた。
自分はこの人の特別なんじゃないかと思い始めたころに、皆にそうなのだと気付くのだ。
けれど、一人だけそうじゃない男がいた。
五百年も想われ続けているのに、ユキが上っ面の優しさを見せない相手が。
ハルキにはそれが特別な事のように見えていた。
真里が来て、ユキの本当の特別を全員が知ることになった。
それでも諦めない覇戸部に、ハルキは憧れの感情を抱いて、つい肩入れしてしまったのだ。
「あなただけは、そんな凡庸な想いじゃなかったはずなのに」
そんな自分勝手な理想を語るハルキの言葉なんて、覇戸部の耳には入っていなかった。
ただ、自分もユキを好きだった理由が、その凡庸な想いとそう大差ないと思ってしまったのだ。
また静かに瞳に涙を溜めた覇戸部は、ハルキに一言も返事をしなかった。
その涙を動けない覇戸部の代わりに拭って、ハルキはフッと自嘲気味に笑った。
「慰めてあげましょうか?」
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