死が二人を分かたない世界

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魔界編:第12章

報復

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 僕とユキのイチャイチャを目の前で見せられて、声を漏らさず泣きはじめた覇戸部。
 身長も体格もデカい大男が静かに、しかしボロボロと涙をこぼす様子に、全員がギョッとした。

「わかっている……俺では、だめなんだと」
「あぁ、そうだな」
 涙をこぼす相手に対して、ユキはあっけらかんと言い放った。

 ユキが抱きしめていた腕を緩めて僕を解放したけれど、すぐに手を握って自分の頬の辺りまで寄せた。
「長い年月考え続けたが、俺は真里じゃなきゃ駄目なんだ……お前に振り向くことは絶対にない」
「わかっている! 俺のものにはならないと! だからせめて……触れたかった」
 今更涙を隠すように、もしくは僕らの握った手を見ないようにか、覇戸部の顔は床へと近づいた。

「ユキの記憶に残りたかった、それがどんな形であれ、ただ覚えていて欲しかった……でも、そんな勇気も俺にはなかった」
 それはただの独りよがりで、自己満足でしかない供述だ。なんの弁明にもなっていない。
 どんなに気持ちをこの場で吐露しようと、こいつがしたことは覆らないし、やったこともその考えも最低な事だと思う。
 最低だけど……僕も、ユキを庇って犠牲になったりすれば、ユキはずっと僕の事を忘れないんじゃないかって考えたことは……確かにあった。

「そんな考えをしている時に、理性が弱くなる薬物を吹きかけられた訳だ」
「制圧時にと言っていましたが、もしや一人取り逃がしたのはそのせいで……?」
 ユキは独房の中を半ば呆れたようにして見下ろしていて、ハルキさんはその扉の前で口元を隠して思考していた。
 密売グループの拠点制圧時、一人逃げてきたやつを捕縛したのは僕だ。

「では、構造もよく分からないような新薬を盗んだのもその時ですか?」
「あれがあれば、ユキを止められると思った」
「バカじゃないですか! 鬼もどき化のように魂が消滅する危険だってあったんですよ!」
「だから自分で試した」
「試したからって大丈夫なわけないでしょう!」
 珍しくハルキさんが感情的になっていく様子に、反対に熱くなっていた僕の感情は冷めていくようだった。

「自分で試してから使うなんて考えになるあたり、短絡的な思考が窺えるが、あまり強く薬物の影響は受けなかったようだな……他に何かあっただろう? 実行に至るまでの原因が」
 ユキも感情的にはならず、淡々と事実確認をしていく。
 ユキは、この人が明らかに誰かに嵌められていたのだとしたら、やっぱり許してしまうのだろうか……。
 思わずユキの顔の近くにある手をギュッと握ると、ユキは僕の手にキスするふりをして和ませようとしてくる。
 一番傷ついてるはずのユキに、僕はさっきから気を使わせてしまってる、しっかりしなくちゃ。

「アレを口にしてしまった」
「アレ……?」
 僕が疑問に思ったままを、ハルキさんが口に出して、ユキは一人あぁ……と納得した。
「俺の魔力飴だな」
 ユキの魔力飴……? 頭に浮かんだのは、聖華が瓶いっぱいにかき集めていたもの。
 そして次に、あの温泉街での任務でユキが覇戸部に渡していたことを思い出した。

 そうだ、僕が承諾した。

 思わず目を見開いてしまった、あれが……あの時の判断が、ユキを襲わせる発端になったっていうのか。
 心臓が怖いくらい強く鼓動を打って、頭がクラッとした。

 僕は知っていたはずだ。想いを寄せる人の魔力がどれだけ甘美なものなのか。
 甘く、強い快感と、高い依存性……そしてきっと本物が欲しくなる、求めてしまう。

「僕が、あの時承諾したから……?」
「私が拒否できない状況を作ったんです!」
 ハルキさんにそう言われても、ショックである事は変わらず。ただ、ユキが強く僕の手を握り続けてくれている事に、涙が出そうだった。

「だから、すべての元凶は私なんです」
 ハルキさんは面の上から顔を手で覆って、その場に塞ぎ込んだ。
 僕も動揺して立っているのが辛いほどだったけど、ユキが僕の真正面に立って体を支えられて、しっかりしなきゃとなんとか持ちこたえた。
「真里のせいだなんてことは、絶対にない」
 パンッと軽く両頬を叩かれて、ハッと目が覚めた思いだった。

「お前も、さっき出過ぎた真似だと言っただろう」
 ユキはハルキさんを軽くコツくようにして目の前を通り過ぎてから、またあの独房の中に足を踏み入れた。
 少しでも二人っきりの空間を回避したくて、急いでユキの背中を追うように足を進めた。

 正直、あの飴を渡すのを承諾しなければ、今回ユキがアイツと二人きりで出かける事を承諾しなければ……なんて、いくらでも後悔が浮かんでくる。
 僕なら止められたはず、防げたことかもしれないと……でも、それさえもユキに言わせれば出過ぎた真似なのかもしれない。

「話を聞く限りな、コイツは単純に操られた訳じゃない、自分の意志で考え実行している。それならば、罰も責任も、コイツが背負わなければならないものだ」
 この死後世界は、『自己責任』で成り立っている。
 自由にしていい代わりに、責任が伴う。悪い事をすれば報復される可能性はあるし、自由だけど何をしてもいいわけじゃない。

「ユキ様……!」
 焦ったようにハルキさんはユキの背中に縋って、ユキはそれをうっとうしそうにはねのけた。
「言っただろう、今は戦力を削がない」
 独房の中に入ったユキは片膝をついて、覇戸部の髪を乱暴にわし掴んで顔を上げさせた。
 やっている事は乱暴なのに、薬物の効果が切れたはずの覇戸部は顔を火照らせていて、罰を受けている様子には見えないことに少しムッとした。

「俺も……信頼していたと言えば聞こえはいいが、お前を舐めてたんだよな」
 ユキの声はさっきより低くなって、張り詰めるプレッシャーに空気が冷えた気がした。
「だから今後お前の事は警戒するし、二度と二人きりになるような事もない」
 そのユキの低く冷ややかな言葉に、覇戸部は今日一番辛そうな顔をする。

「真里が来てしまったからな……イメージだけで済ませてやる」
 そう言ったユキは乱暴に、髪を掴んでいない方の手で覇戸部の顔面を掴んだ。
 その瞬間、ユキのプレッシャーは一段と重くなり、魔王様に匹敵するほどではないかと思うほどの恐怖が場を支配した。可視化されるほど真っ黒に渦巻いた魔力が、ユキの周りを取り囲んでいる。

「歯を食いしばれ、一切声をあげるな」
 そのあまりにも殺気立った声に、少し離れている僕でさえ鳥肌が立った。
 覇戸部の食いしばった顎は震えていて、温度では汗をかかないはずの悪魔が冷や汗を流していた。
 ユキに声を上げるなと言われて必死で耐えたのか、覇戸部はそんな状態でもうめき声も上げずに口の端から血を滴らせた。

 僕もハルキさんも見ているだけで声が出なかった。ハルキさんに至っては、腰を抜かしたように後ろに手をついていた。
 ユキが覇戸部の頭部を投げるようにして手を離すと、同時に周囲の重いプレッシャーからは解放された。
 
 覇戸部は少し痙攣していたが、気を失ってはいないみたいだ。
「俺は嘘が苦手だからな、殺すと言ったからには殺す」
 ユキが指を鳴らすと、覇戸部の後ろでの拘束が解除された。この状況では動けないだろうことは、誰の目にも明らかだった。

「俺に恐怖心を抱かれて、連携が取れないのも問題だな……」
 あ、あーなんて、ユキはマイクテストでもするかのように声色を整えた。

「俺に絶対服従しろ」
 それは普段ハルキさんがやるような、声に魔力を乗せた命令だった。
 相手の魔力が強いほど、恐怖を感じているほど効果は高くなるそれを、ユキは覇戸部に使用した。今の覇戸部にその威力は、想像を絶するものだろう。

「それと真里を睨んだり、手を出すのもやめろ……俺は真里を傷つけられた事が一番頭にきている」
 ユキは言う事だけ言って、心なしかスッキリしたような顔をして出てきた。

 ユキが何をしたのかは分からないけど、ユキが覇戸部を許すんじゃないかって僕の予感は、ただの杞憂だったとハッキリ分かった。
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