死が二人を分かたない世界

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魔界編:第12章

謀(はかりごと)

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 ユキは独房に乗り込んだりする気は無いらしく、眉根を寄せたままジッと先の扉を睨みつけている。
 それは怒りを必死に抑えているようにも、何か考え事をしているようにも見えた。

 誰も喋らずシンと静まり返ったこの場は、寒いと感じる程冷ややかな空気が流れる。
「本人の希望で拘束してるって……なんで」
 無言の間に耐えられず、素直に疑問だった点をハルキさんに問いただした。
「浴びた薬物が体に長く残るもののようで、依存性も高いようです。その間欲求を抑えられなくなるので、拘束してほしいと」
 反省を示すためのアピールなのかとも思ったけど、本当に危険だから拘束している状態なのか。

「解毒できないものなんですか?」
「私が把握している資料の中には、同様の構造の物がなく……」
「あれはかなり昔に流行ったものだ、俺なら解毒できる」
 僕たちの話を聞いていたユキが、険しい顔をしたまま不満を隠さない声色でそう言った。

「解析されてたんですか!?」
「アイツが薬物を浴びた時点で解毒するつもりだった、やらせてはくれなかったがな」
 ユキが腕を組んで、わざとらしく独房に向かって毒づいた。
「覇戸部さんは、故意にその薬物を浴びたと……?」
「間違いない、あの拠点の中に巧妙に隠してある仕掛けがあったが、アイツはそれを知っていたんだからな」
 ハルキさんの狐面で隠れていない口元が、驚きで一瞬開かれてから、悔しそうに食いしばる横顔が見えた。

「仕掛けがある事を知っていて報告せず、私欲のために使用したという事ですね」
 僕たちの方を向いたハルキさんの表情は、いつもの真面目なものに戻って、淡々と話を続けた。
 次第にユキが襲われた状況が分かっていくのは、聞いていて辛いものがある。確かにこれは、僕にとっては『おもしろくない話』だ。

「その仕掛けは部下に回収させます」
「俺が直接行く、誰にも触らせるな」
 ユキはハルキさんを追い越しながら、そう指示して独房へと歩き出した。
「ユキ様!?」
「解毒、するんだろう?」
「いいのですか!?」
「しなきゃ襲われるのは俺だからな」
 ハンッとユキが呆れるように吐き捨てるのも、やっぱり強がっているようにしか見えなかった。
 走ってユキのすぐ後ろについて、ユキを想う気持ちを込めて背中に触れると、ユキがハッとするように僕の顔を見た。

「ユキがどんな選択をしても、僕はそれを否定しないよ」
「……すまない」
 困ったように笑ったユキが、何を考えているかなんてわからないけど……。ユキが謝るという事は、やっぱり僕にとっては『おもしろくない話』なのかもしれない。

 正直、あの人には報復してやりたいという気持ちはある。ユキを傷つけたこと、その肌に触れたことを絶対に許したくなんかない。
 でもそれは僕の個人的な感情だ、ユキが考えて出した答えに影響させてはいけない。
 それが納得のいかない結果だったとしても……。

 廊下の最奥、突き当りにある小さな扉の独房は、あの大きな体の人物が入るには窮屈そうな狭さだった。
 木製の扉がハルキさんによって開かれると、狭い室内の中央で後ろ手に拘束され、正座しているその人がいた。
 俯いた様子からは、あの倉庫で見たような勢いは感じられなかった。

 俯いた顔を上げることなく、顔を背けるような仕草をしたかと思うと。
 僕の前に居るユキが不快な顔で、鼻の辺りを抑えた。まさかコイツ、この期に及んでユキに邪な感情を……!?

 それが薬物のせいだとわかっていても、目の前で見れば腹が立った。不快感と、許せないという感情が込み上げてくるし、隠せない。
「う゛ッ……!」
 怒りで頭に血が昇った瞬間、覇戸部は唸りながらそのままうずくまって震えだした。
「あぁ、魂に残った真里の炎が怒りで燻ぶっているんだな」
「真里様、もうこれ以上魂へのダメージは!」
「えっ!? 僕は何も!」
 本当に何もしていない! 確かに許しがたいとは思っているけど、燃やしてやろうなんて思ってなかった。

「真里の怒りが治まらないからだ、俺は愛されてるなぁ」
 少し機嫌をよくしたユキは、うずくまる覇戸部に手をかざして、微量の魔力を手の中に集めて消し去ったのが見えた。
 その手を払いながら、ユキは身をかがめて独房の中へと入っていく。あまり近付いてほしくないと思いながらも、この狭い室内にこれ以上人は入れない。

「おい、覇戸部……殺すって言ったよな?」
「ユキ様!?」
 ハルキさんは慌ててユキを止めようとするけど、ユキは落ち着けと言わんばかりに手を前に出してハルキさんを黙らせた。
「そのつもりなら解毒なんてしてない」
 やっぱり、今の一瞬で解毒してしまったのか。
 ユキの言い方からしても、許してやる方向性なんだろう……。ユキの出した答えなら、なんて思ってはいるけど、やっぱりモヤモヤする感情は隠せない。

「記憶と存在を抹消してやりたい気持ちはあるが、今回コイツは嵌められた可能性があるからな」
 ユキはうずくまったままの覇戸部から目線を上げて、真面目な顔でそう言った。
「相手の目的は俺たちの人数を減らす、または分断だろう……思い通りに動いてやるわけにはいかない」
「そう考えた理由をお聞きしても?」
 思ってもみなかった方向に話が飛んで、ハルキさんは緊張した声色でユキに尋ねた。

「例の拠点に隠されていた仕掛けに見覚えがある。それだけなら骨董品屋で仕入れてきたという可能性もあるが……真里、例の体が動かなくなる薬物の効果を言語化できるか?」
「えっ! うん……体が動かなくなるというより、魔力が箱の中に入れられて動かせなくなったみたいな……?」
 あの時は僕自身ではなく、菖寿丸が手伝ってくれていた。だからどんな構造の魔力だったかなんて、僕にはさっぱり分からないけど。

「その魔力の流れを制御する構造が、隠してあった仕掛けとよく似ていた」
「つまり、仕掛けと体が動かせなくなる薬物を開発した人物は同じだと?」
「その可能性が高い……犯人の目星もついている、模倣犯の可能性もあるが」
 今回覇戸部の暴走だとばかり思っていた事件が、なにやらきな臭い感じの話になってきた。

「犯人は恐らく……キョウだ」
 その名前を聞いて、うずくまっていた覇戸部は体を起こし、ハルキさんは絶句した。
 『キョウ』? どこかで聞いた名前のような気がする、でも顔は思い浮かばない。

 絶対に知っている名前のはずなんだけど……そう考えて記憶を辿った。
 キョウという発音から、人名として使われそうな漢字を思い浮かべても当てはまらない。漢字じゃない、そうだカタカナだ……つまり僕が覚えているこの名前は活字で見ているという事。

「それって、百年前の」
 ハルキさんの絞り出したような声にハッとした。
 そうだ、百年前ユキが魔界の人口の8割を減らしたとされる事件、その主犯の名前は確かに『キョウ』だった。
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