死が二人を分かたない世界

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魔界編:第11章

一方通行な想い

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「よかったな、いい店が見つかって」
 ユキの口調は明るく、上機嫌だった。

 今回覇戸部と二人きりで出かける原因は、そもそも覇戸部の魔力回復不全のせいだ。
 その解決策に光明が差して、今後こういった事に付き合わなくて済むかと思えば、自然に笑顔にもなった。
 思わず綻ばせた口元のまま覇戸部を振り返ってしまい、しまった……と口元を隠した。

「あそこの店主、お前のファンだって言ってたな……自分のために作られたものは美味いし、思ってるより魔力も回復しただろ?」
 サッと前を向いて、ユキは後ろにいる覇戸部に話しかけた。

「お前はもっと人と交流しろ、自分のために動いてくれる人間は意外と居るもんだ」
「……ユキも、動いてくれる」
 覇戸部が立ち止まって、ボソッと呟いた。その声にユキが振り返ると、ギュッと拳を握りしめてユキを見つめていた。

「ユキは俺のことを分かってくれる、何も言わなくても気付いてくれる」
「お前が自分で動かないからだろ」
「甘いのも、ユキから貰った飴の方が……」
 そこまで言いかけて、覇戸部は困ったように目を逸らして、手で顔を隠した。

「お前、あれ食ったのか……?」
 ユキは自分の想定が外れて、少し驚いた。
 今までの覇戸部の言動からして、渡した飴は使用せずに、きっと大事に保管しているのだろうと思っていたからだ。

 使わないだろうと予想していたから渡した、使うと分かっていたら、もう少し渡すのを躊躇ったに違いなかった。
 ユキの作る魔力飴は魔力を濃縮させただけの塊……しかし、その魔力源の相手を想う気持ちが強いほど、性的快感と共に体に吸収されるという側面も持つ。

 覇戸部はユキの魔力の味を知ってしまった。

 ブワッとむせ返るような欲情の臭いがして、ユキは不快で眉をひそめた。
 飴を使用した時のことを思い出したのだろうと見当はついていたが、当の本人は耳まで赤く染めて戸惑っている。
 羞恥の感情のにおいがして、ユキは少し覇戸部を不憫に思った。

 加えて、ユキは先ほどから地味に距離を詰めてくる存在を気にしていた、聖華だ。
 なんでよりにもよってこんな時に、こんな場所に居るんだとか、真里に話されると嫌だなぁという後ろめたさや、今話しかけられて周りに身バレするのは避けたいなんて、今すぐこの場から離れたい条件が揃っていく。

「……っ、この先……あの時潰した拠点がある、確認したいことがあるから……」
 覇戸部が困ったように頭を抱えて、絞り出すように伝えてきた言葉に、ユキもあぁと納得した。
 人通りの多い公衆の面前で、性的に興奮するなんて居た堪れないことだろう。

 細道のずっと先にあるのは、先日潰した薬物売買の倉庫兼、拠点であることも間違いなかった。
「とっくにハルキが調べ尽くしてるだろ」
 ユキは少し意地悪を言いながらも、自分に対する不快な臭いから、何かを成そうとするようなものに切り替わっていく様子に、フォローしてやろうという気になった。

 こいつは仕事人間だからな。

 なんて事を思いながら細道に入っていくと、ユキは意外にも自分が覇戸部を信頼していることに気付いた。
 魔王様に忠義を尽くす姿は、むしろ好ましいとさえ思っている。

 恋愛感情さえ、抱かれなければ……。

 次第に薄暗くなっていく治安の悪い道を、二人は躊躇なく進んだ。
 この辺りにたむろしていた連中は、先日まとめて捕まえたせいで、人は殆どいない。

 建物が古くなるはずのないこの世界で、わざとらしく汚された壁やラクガキに、こんな事をして何が楽しいのだろうかと、ユキはため息が出た。

「この辺りも綺麗にしないと、また変なのが集まってくるな」
 ユキからそう声をかけたが、覇戸部は沈黙したまま後ろをついてくるだけだった。
 人もいないこの辺りなら、話を切り出してもいいだろうと、ユキは一方的に喋り始める。

「今日みたいなわがままに付き合う事は、金輪際ないと思ってくれ……そもそも、真里がいいと言わなければ、俺だって承諾する気は無かった」
 チラリと後ろを振り向けば、覇戸部は歯を食いしばって暗いプレッシャーを放つ。

 それに呼応するように、ユキも同等のプレッシャーで牽制した。ユキからすればそれは、真里を守るという意思表明だった。

「お前も分かってるんだろう? 俺が真里を特別に想っていることを」
「――ッ!」
 歩みは止めないまま、覇戸部に背中を向けたまま、ユキはプレッシャーで威圧し続けた。
 同じ直血悪魔ではあるが、その力関係は歴然だった。魔力量は圧倒的にユキが勝っていて、背後から襲われたとしてもユキは片手で抑え込める算段があった。

「真里には勝てないと理解している、だからお前は俺を見るだけじゃ魔力も回復しなくなったんだ……お前はもう負けを認めてるんだよ」
 抗うにおいが強くなる、認めたくないという意思だろう。しかし、現に覇戸部はこうしてユキと二人っきりだというのに、少しも魔力を回復させはしない。

「自覚がないのか? お前、さっきの店の方がよほど魔力を回復させていたぞ?」
 諦めているから、もう見込みがない想いだから、一緒に居ても虚しいだけだろう……そんな状態で、魔力なんて回復するわけがないと、ユキは覇戸部に言い聞かせた。

「俺の方が……ユキをずっと、ずっと……好きだった」
「そうだな、よくもまぁ飽きずに五百年も……まぁ、俺も人の事を言えたものではないが」
 ユキが自嘲気味に笑うと、覇戸部は理解できないといった表情で眉間を寄せた。

「想いの長さを言うなら、俺はお前よりずっと前から、真里だけなんだよ」
「……そんなはず」
「ずっと好きだったとは言わないがな、憎んだことも、恨めしく思ったことも、忘れたいと思ったこともある……それでもずっと一緒に居たかったと思えたのは、真里だけだった」
 覇戸部から疑いのにおいがしていたが、ユキはそんな事は構わなかった。

 ユキは立ち止まって、振り返り、覇戸部にしっかりと顔を向けた。
「信じてほしいとは思っていない、ただ俺の事は諦めてくれ、真里以外の奴と一緒に居る未来なんて考えられない……悪いな」
 目深にかぶったニット帽を、覇戸部はさらに引っ張り下ろした。
 複雑な感情がぐちゃぐちゃに混ざっているにおいがして、その中には危ない臭いもあったが、手酷くフッた相手にはよくある事だった。

 今回ユキは、相手が近しい仕事仲間である事と、真里への影響を考慮して、らしくなく丁寧にお断りしているのだが……フられた相手からすれば結果は同じことだ。

 ぐちゃぐちゃだった覇戸部のにおいは、次第にこの道に入る前と同じにおいへと変わっていった。
 仕事に集中して、現実逃避をする……そんな流れもよくあるパターンだ。

 ユキがまた前を向いて進みだせば、覇戸部は黙って追従した。
 意味もなくゴミを散らかして、治安を悪く見せている道は障害物が多い。ユキはそれを足で蹴っ飛ばして避けた。
 ユキの足癖が悪いのは今にはじまった事ではなく、よくこんな自分に花なんぞ渡そうとしてきたもんだと、ユキは今日の花屋の一件を思い出していた。

 真里は花なんかプレゼントしようとは思わないだろうな……もしするとしたら、きっとそれは梅の花だ。
 ユキが一瞬目を瞑れば、梅の花弁が舞う中、キラキラと眩しくて、優しい笑顔で夢の中に会いに来てくれた真里を思い出す。
 同時に菖蒲の花が頭を過って、自分が菖寿の存在を真里の中に感じている事に気付いて、チクリと胸が痛んだ。
 
 あぁ、真里に会いたいな。
 早く真里の優しい声で、甘く好きだと言って欲しい。

 早くこの後ろめたい状況を終わらせたい気持ちで、ユキは目的地の扉の鍵を開錠した。






※次話~2、3話 流血、暴力、無理やりといった表現が続きます。
苦手な方はご注意ください。
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