140 / 191
魔界編:第10章
全部俺のモノ
しおりを挟む
お盆も明けた8月17日、今日はユキがハルキさんと約束をした日だ。
懐古祭の日から他の人が祝日として休みを取る中、僕たちは相変わらず維持部隊の仕事をしていたわけだけど……夜はユキと二人でゆっくりと過ごせたので、僕の内面的な揺らぎはかなり落ち着き、いつも通りに戻っていた。
「そういえば、飛翔さんと瑠衣さんは懐古祭の会場には行ったんですか?」
僕があの場に居座った時間の中では、二人は来なかったみたいだから、維持部隊の軽い朝礼の後に聞いてみた。
「オレはもう見たい家族がいないからさー、あそこには行かないんだ」
ケロッと明るく答えた瑠衣さんは、何でもないような素振りだった。
でも瑠衣さんって亡くなったのは14歳で、それから24年……家族がいないというには早すぎるのではないだろうか……。
そんな疑問を持った僕の考えを察してか、瑠衣さんはいつものニコニコとした笑顔を崩さずに、巡回の準備をしながら話してくれた。
「母親はオレが小さいときに死んじゃってさー、コレ遺骨が入ってんだ……レプリカだけどね」
そう言って、いつも首からかけていたネックレスを親指で弾いた。
「親父が一人で育ててくれたけど、オレのせいでもう現世にはいないんだ……だからもう見たい家族なんていねーの」
いつもの目を細めた笑顔の目元が、一瞬開かれて……開けば鋭い目つきの瑠衣さんだけど、今日は少し寂しそうな雰囲気を感じた。
「す、すみません……無神経に」
「なんで謝んのー? オレが勝手に話したんジャン?」
懐古祭で僕は人の役に立てた気がしていたから、だから瑠衣さんや飛翔さんの役にも立てるかもって……そんな軽い気持ちで聞いてしまったから。
申し訳ない気持ちになっていたところで、無言のままカズヤさんが瑠衣さんの横についた。
カズヤさんは何を言うわけでもないけど、ただ隣に腕が少し触れるように立って、今日の巡回で使うであろう捕縛道具の手入れなんかをしている。
そんなカズヤさんを一瞬見上げて、照れくさそうに笑いながら、瑠衣さんも巡回の準備に戻っていて……あぁ、みんな支えてくれる人と一緒にいるんだなぁ、なんて一人勝手にホッとした。
飛翔さんにも、無遠慮に聞く内容ではなかったと謝罪しなければ……。
「すみませんプライベートな事なのに踏み込んでしまって」
「大丈夫、大丈夫! ここはそういうの気にしないぜ? 俺もあそこは行かないって決めてんだ」
飛翔さんは、ケラケラッと明るく笑い飛ばしてくれた。
「決めてるんですか?」
「見るとやっぱり会いたくなるからな」
飛翔さんは現世に恋人を残してきているから、毎年見に行っているものだと思ってた。でもそれは、僕も実際に現世の様子を見る前にそう思っていたって話で……。
「……わかります」
「だよな」
二人で苦笑いをして、みなまで言わなくても共感するものがあった。
「そのうち元気な姿見て笑い飛ばせるようになるさ、そんなやつらばっかりだっただろ?」
ユキが僕と飛翔さんの背中をパンッと叩いて、間に割って入って左右順番に顔を覗き込んでくる。
「大丈夫そうだな」
ヨシヨシと何か一人納得して、いつものソファーの席へと戻っていった。
「では、真里には留守番お願いしますね、何かあったら頼りにしていますよ」
先に巡回の支度を終えた瑠衣さんとカズヤさんが、事務所を出るところで立ち止まった。
「いつの間にか転移陣使えるんだもんなー? すでに追い抜かれた感ハンパねーんだけど!」
ヒャヒャッと笑った瑠衣さんは、面白がっているみたいだ。
「真里はしっかり練習していましたからね、急に伸びた感はありますが、努力の賜物でしょう」
カズヤさんすみません……転移陣は複雑すぎて自力で理解できず、菖寿丸に頭に直接構築式をぶっ込まれたので、チートなんです。僕の力じゃないんです! なんだか後ろめたい気分だ。
「俺も頼りにしてるからな! 今度やり方教えてくれよ!」
飛翔さんが長い脚で二人に小走りで追いついて、三人一緒に事務所を出て行った。
今日はユキが直轄領に呼ばれているから、僕はユキの代わりに事務所で留守番になった。
転移陣が使えるようになったと伝えた時、瑠衣さんがすごいすごいと褒めてくれたのが嬉しかったけど……なんだか嘘をついてるみたいな気分だ。
使えるようになったのは本当だけど。
「そういえば、アイツら少し進展したみたいだな」
二人きりになった事務所で、ユキが唐突にそう切り出してきた。
「アイツらって……」
誰の事かと聞こうと思ったら、騒がしくバタバタと足音が聞こえてきて、乱雑に事務所の引戸がバンッと大きな音を立てて開かれた。
こんなうるさい登場の仕方をするのは一人しかいない。
今日は白の着物にピンクの羽織を羽織った、茶髪にグリーンの瞳、耳や髪を飾り立てて、ワーンと泣きまねしながら入ってくる聖華だ。
「真里もユキさんもひどぉ~い!! アタシ待ってたのに!」
「……何の話?」
ユキは取り合う気もないらしく無視を決め込んでいて、仕方なく僕が対応する。
「15日の夜よ! 盆踊り会場見に来てって言ったでしょー!? まさか、聞いてなかった!?」
そういえば、僕が巡回中に偶然遭遇した時、隣でずっと喋ってた日があったな。
仕事中にずっと喋り続けられて、うるさいなーって思ってたけど、そんな事話をしてたのか。
「盆踊り会場で何してたの? 盆踊り?」
「本当に聞いてない!! ライブするっていったんだけど!」
「ライブぅ!?」
アイドルかなんかなの? いや、そうだ、一般悪魔からすれば聖華はアイドル枠だった……。
「ゆっくりと二人で過ごせる時間を、お前のために割くわけないだろ」
「あぁんユキさんのいけずぅ! でもそこが好きッ!」
ズカズカと事務所の中に入ってきて、シレッとユキの横に座ろうとした聖華の首元の衿を掴んだ。
腕の強化をした僕に、聖華は足を縮めて素直に持ち上げられる。
うーん……こうして欲しかったと言わんばかりだな。なんて思いながら、ユキの向かい側の席に落とした。
「で? 今日は何か用事があった?」
聖華に座られないように、ユキの横に腰を下ろしながら聖華の方を見た。
「もう用事は終わったよ! 埋め合わせしてほしいものだわ!」
「話を聞いてなかったのは悪かったよ、ごめんね」
聞いていても行ったとは限らないから、行かなかったことについて謝る気は無いけど。ライブ会場に来なかった僕たちに対して、文句を言うためだけにここまで来たんだろうか。
「真里の童貞くれるなら、許してあ・げ・る」
「……あぁ?」
僕よりも早く反応したのはユキで、それこそ嫌悪感を隠すことなく、苛立ちを一切抑えないプレッシャーで聖華を睨みつけた。
その様子を一言で言い表すならば、まさに『大人げない』だ。
「アァッ♡ ゾクゾクする! たまんない!」
だめだコイツ喜んでる。その辺の一般悪魔の人たちなら、震えて動けなくなるくらいの怒りをぶつけられているのに……これだけ喜んでいられるんだから、聖華はやっぱり大物なんだろう。
「あんまりふざけてると、ユキに本気で怒られるよ」
さすがに聖華の身が少し心配になって、忠告したつもりだったんだけど……これがとんでもない話に発展した。
「アタシだって本気だから! だってこのままじゃ真里はずっと童貞のままなんですよ!? 男としてそれは可哀想でしょう!」
余計なお世話だ、ちょっと黙っててくれないだろうか。
「だったら、浮気の心配もない、後腐れもない、初めてでも気持ちよーくご奉仕してあげられるアタシが適任だと思いません? 真里の筆おろ……」
ガタッとユキがソファーから立ち上がって、聖華の胸ぐらを乱暴につかんだ。
ほら、めちゃくちゃ怒ってる! ユキは前から僕と聖華が仲がいいのに妬いてる節があったから……!
ユキを止めようと立ち上がった僕は、それを聞いて完全に思考が停止した。
「真里の初めては、全部俺のモノに決まってんだろ!」
……えッ!!!!???
懐古祭の日から他の人が祝日として休みを取る中、僕たちは相変わらず維持部隊の仕事をしていたわけだけど……夜はユキと二人でゆっくりと過ごせたので、僕の内面的な揺らぎはかなり落ち着き、いつも通りに戻っていた。
「そういえば、飛翔さんと瑠衣さんは懐古祭の会場には行ったんですか?」
僕があの場に居座った時間の中では、二人は来なかったみたいだから、維持部隊の軽い朝礼の後に聞いてみた。
「オレはもう見たい家族がいないからさー、あそこには行かないんだ」
ケロッと明るく答えた瑠衣さんは、何でもないような素振りだった。
でも瑠衣さんって亡くなったのは14歳で、それから24年……家族がいないというには早すぎるのではないだろうか……。
そんな疑問を持った僕の考えを察してか、瑠衣さんはいつものニコニコとした笑顔を崩さずに、巡回の準備をしながら話してくれた。
「母親はオレが小さいときに死んじゃってさー、コレ遺骨が入ってんだ……レプリカだけどね」
そう言って、いつも首からかけていたネックレスを親指で弾いた。
「親父が一人で育ててくれたけど、オレのせいでもう現世にはいないんだ……だからもう見たい家族なんていねーの」
いつもの目を細めた笑顔の目元が、一瞬開かれて……開けば鋭い目つきの瑠衣さんだけど、今日は少し寂しそうな雰囲気を感じた。
「す、すみません……無神経に」
「なんで謝んのー? オレが勝手に話したんジャン?」
懐古祭で僕は人の役に立てた気がしていたから、だから瑠衣さんや飛翔さんの役にも立てるかもって……そんな軽い気持ちで聞いてしまったから。
申し訳ない気持ちになっていたところで、無言のままカズヤさんが瑠衣さんの横についた。
カズヤさんは何を言うわけでもないけど、ただ隣に腕が少し触れるように立って、今日の巡回で使うであろう捕縛道具の手入れなんかをしている。
そんなカズヤさんを一瞬見上げて、照れくさそうに笑いながら、瑠衣さんも巡回の準備に戻っていて……あぁ、みんな支えてくれる人と一緒にいるんだなぁ、なんて一人勝手にホッとした。
飛翔さんにも、無遠慮に聞く内容ではなかったと謝罪しなければ……。
「すみませんプライベートな事なのに踏み込んでしまって」
「大丈夫、大丈夫! ここはそういうの気にしないぜ? 俺もあそこは行かないって決めてんだ」
飛翔さんは、ケラケラッと明るく笑い飛ばしてくれた。
「決めてるんですか?」
「見るとやっぱり会いたくなるからな」
飛翔さんは現世に恋人を残してきているから、毎年見に行っているものだと思ってた。でもそれは、僕も実際に現世の様子を見る前にそう思っていたって話で……。
「……わかります」
「だよな」
二人で苦笑いをして、みなまで言わなくても共感するものがあった。
「そのうち元気な姿見て笑い飛ばせるようになるさ、そんなやつらばっかりだっただろ?」
ユキが僕と飛翔さんの背中をパンッと叩いて、間に割って入って左右順番に顔を覗き込んでくる。
「大丈夫そうだな」
ヨシヨシと何か一人納得して、いつものソファーの席へと戻っていった。
「では、真里には留守番お願いしますね、何かあったら頼りにしていますよ」
先に巡回の支度を終えた瑠衣さんとカズヤさんが、事務所を出るところで立ち止まった。
「いつの間にか転移陣使えるんだもんなー? すでに追い抜かれた感ハンパねーんだけど!」
ヒャヒャッと笑った瑠衣さんは、面白がっているみたいだ。
「真里はしっかり練習していましたからね、急に伸びた感はありますが、努力の賜物でしょう」
カズヤさんすみません……転移陣は複雑すぎて自力で理解できず、菖寿丸に頭に直接構築式をぶっ込まれたので、チートなんです。僕の力じゃないんです! なんだか後ろめたい気分だ。
「俺も頼りにしてるからな! 今度やり方教えてくれよ!」
飛翔さんが長い脚で二人に小走りで追いついて、三人一緒に事務所を出て行った。
今日はユキが直轄領に呼ばれているから、僕はユキの代わりに事務所で留守番になった。
転移陣が使えるようになったと伝えた時、瑠衣さんがすごいすごいと褒めてくれたのが嬉しかったけど……なんだか嘘をついてるみたいな気分だ。
使えるようになったのは本当だけど。
「そういえば、アイツら少し進展したみたいだな」
二人きりになった事務所で、ユキが唐突にそう切り出してきた。
「アイツらって……」
誰の事かと聞こうと思ったら、騒がしくバタバタと足音が聞こえてきて、乱雑に事務所の引戸がバンッと大きな音を立てて開かれた。
こんなうるさい登場の仕方をするのは一人しかいない。
今日は白の着物にピンクの羽織を羽織った、茶髪にグリーンの瞳、耳や髪を飾り立てて、ワーンと泣きまねしながら入ってくる聖華だ。
「真里もユキさんもひどぉ~い!! アタシ待ってたのに!」
「……何の話?」
ユキは取り合う気もないらしく無視を決め込んでいて、仕方なく僕が対応する。
「15日の夜よ! 盆踊り会場見に来てって言ったでしょー!? まさか、聞いてなかった!?」
そういえば、僕が巡回中に偶然遭遇した時、隣でずっと喋ってた日があったな。
仕事中にずっと喋り続けられて、うるさいなーって思ってたけど、そんな事話をしてたのか。
「盆踊り会場で何してたの? 盆踊り?」
「本当に聞いてない!! ライブするっていったんだけど!」
「ライブぅ!?」
アイドルかなんかなの? いや、そうだ、一般悪魔からすれば聖華はアイドル枠だった……。
「ゆっくりと二人で過ごせる時間を、お前のために割くわけないだろ」
「あぁんユキさんのいけずぅ! でもそこが好きッ!」
ズカズカと事務所の中に入ってきて、シレッとユキの横に座ろうとした聖華の首元の衿を掴んだ。
腕の強化をした僕に、聖華は足を縮めて素直に持ち上げられる。
うーん……こうして欲しかったと言わんばかりだな。なんて思いながら、ユキの向かい側の席に落とした。
「で? 今日は何か用事があった?」
聖華に座られないように、ユキの横に腰を下ろしながら聖華の方を見た。
「もう用事は終わったよ! 埋め合わせしてほしいものだわ!」
「話を聞いてなかったのは悪かったよ、ごめんね」
聞いていても行ったとは限らないから、行かなかったことについて謝る気は無いけど。ライブ会場に来なかった僕たちに対して、文句を言うためだけにここまで来たんだろうか。
「真里の童貞くれるなら、許してあ・げ・る」
「……あぁ?」
僕よりも早く反応したのはユキで、それこそ嫌悪感を隠すことなく、苛立ちを一切抑えないプレッシャーで聖華を睨みつけた。
その様子を一言で言い表すならば、まさに『大人げない』だ。
「アァッ♡ ゾクゾクする! たまんない!」
だめだコイツ喜んでる。その辺の一般悪魔の人たちなら、震えて動けなくなるくらいの怒りをぶつけられているのに……これだけ喜んでいられるんだから、聖華はやっぱり大物なんだろう。
「あんまりふざけてると、ユキに本気で怒られるよ」
さすがに聖華の身が少し心配になって、忠告したつもりだったんだけど……これがとんでもない話に発展した。
「アタシだって本気だから! だってこのままじゃ真里はずっと童貞のままなんですよ!? 男としてそれは可哀想でしょう!」
余計なお世話だ、ちょっと黙っててくれないだろうか。
「だったら、浮気の心配もない、後腐れもない、初めてでも気持ちよーくご奉仕してあげられるアタシが適任だと思いません? 真里の筆おろ……」
ガタッとユキがソファーから立ち上がって、聖華の胸ぐらを乱暴につかんだ。
ほら、めちゃくちゃ怒ってる! ユキは前から僕と聖華が仲がいいのに妬いてる節があったから……!
ユキを止めようと立ち上がった僕は、それを聞いて完全に思考が停止した。
「真里の初めては、全部俺のモノに決まってんだろ!」
……えッ!!!!???
0
お気に入りに追加
102
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。




皇帝陛下の精子検査
雲丹はち
BL
弱冠25歳にして帝国全土の統一を果たした若き皇帝マクシミリアン。
しかし彼は政務に追われ、いまだ妃すら迎えられていなかった。
このままでは世継ぎが産まれるかどうかも分からない。
焦れた官僚たちに迫られ、マクシミリアンは世にも屈辱的な『検査』を受けさせられることに――!?

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる