死が二人を分かたない世界

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魔界編:第10章

懐古祭

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 日付は8月14日、お盆の真っ只中だ。

 現世でのお盆といえば、亡くなった人の魂が帰ってくるというが、当の本人たちは現世には行かず、この死後世界でお祭り騒ぎだ。

 14日である今日は懐古祭、明日は盆踊り(実質今日からしてる)、16日は全員休日になるらしい。

 この世界でお盆というのは、現世に残した人達の様子を見ることができる機会でもある。
 この日は特別な灯篭が準備されていて、希望者は様子を見たい家族や恋人を思いながら火を灯すと、現世の様子が浮かび上がるという。

 このイベントは14日である今日しか出来ないらしいのだけど、僕たちは今、懐古祭の場所から遠く離れたところにいる。

 ハルキさん依頼の任務で、違反薬物の売買をしている人たちの拠点を制圧することになったのだ。

 拠点にはハルキさんと覇戸部さんが、僕とユキは取り逃した人達を捕まえる役割で、離れた場所で待機している。僕とユキで……と言っても、僕が担当している範囲は狭く、ユキのカバーする範囲はとてつもなく広い。

 僕もユキやハルキさんみたいに、探知能力が使えれば……なんて思っていると、無線に通信が入った。

「真里様、1本東の通りに移動してください、一人そちらに逃げました」
「わかりました!」
 ハルキさんの指示に従って、近くの建物の瓦屋根に跳躍し、東の通りに移動する。

 その道を走ってくる人影が見えて、捕まえるために捕縛具を構えた。
 治安維持部隊に配属になって、何人も捕まえてきたし、屋根の上からでも当てる自信があった。なのに、僕が投げたボルト状の捕縛具は、逃げてきた相手の首元をかすめて、簡単にかわされてしまった。

 ただでさえ狭い範囲の担当なのに、取り逃すわけにはいかない……!

 下に飛び降りて退路を塞ぐけれど、相手は全く止まる気配すらない。
「どけっ!!」
 血走ったような目で凄まれるのも、いつものことだ。大丈夫、次は仕留める!

 左手で捕縛具を投げれば、それは当然のように避けられる。でもそっちはフェイクで、避けると予想した方向へ右手で捕縛具を投げれば、相手の肩に当たった。
「ぐぅっ……!?」
「よしっ!」

 肩に貫かれた青白く光るボルト状の捕縛具は、地面に吸い寄せられて、逃走者の体を地面に縫い付けた。
 嬉しくて思わずガッツポーズをしてしまった辺り、自分でも幼いと思ったけど、嬉しいものは嬉しい。
 どうせ誰も見てないし……なんて思っていたら、ユキが屋根の上から降りてきた。

「一人で対処できたな」
「ユキ……!? なんでこっちに」
 ガッツポーズ見られてた! 恥ずかしい!

「ハルキが制圧を終えたからな、援護に来たつもりだったんだが……必要なかったな」
 思わずユキに駆け寄ると、両頬に温かい手の感触がする。促されるように上を向くと、嬉しそうな顔が僕を見下ろしていた。

「怪我はないか?」
「うん」
 過保護だなぁとは思いつつも、ユキがそうしてしまう理由はもう分かっているから、僕はユキの満足するまで、過保護にされようと思う。

 ハルキさんの部隊と覇戸部さんが拠点の調査を進める中、僕とユキ、他数名で確保した人達を護送する。
 あの一件以来、僕は転移陣を使えるようになったので、やれる事の幅はかなり広がった。

 こうやって誰かを送り届けたり、火急の知らせに駆けつけたり、ユキの手伝いとして携帯用の転移陣の作成も出来るし、自分の存在意義を感じられる。

 一通り現場での作業が終わったようで、ハルキさんが僕たちのところまで、慌てたように駆けつけてきた。
「また新しい薬物がありましたので、この後ユキ様に解析をお願いしたいのですが……」
「悪いが今日は懐古祭だ、この後の時間は真里のために使わせてもらう」
 ハルキさんは上半分を狐の面で隠しつつも、隠しきれないような、しまった! という表情を浮かべて、自分の両頬をパンッと叩いた。

「申し訳ありません、悪い癖が出ていたようです……急ぎではありませんので、また日を改めてお願いします」
 深々と僕らに頭を下げて、なんだか申し訳なくなる。少しくらいならいいんじゃないかと、僕が口を挟もうとしたら、ユキから唇を指で押さえられた。

「三日後で準備しておいてくれ」
 ユキに行こうかと促されて、歩き出そうかという瞬間にハルキさんと目が合った。

「真里様、今日は私のフォローをして頂きありがとうございました」
「いえっ、結構人数がいたのに現場でほぼ制圧してしまうなんて……すごいです!」
 ハルキさんは声に魔力が通るから、その場で動くなと命令すると、並の悪魔では動けなくなるらしい。
 逃げ出してきたあの逃亡者は、割と手練れだったという事なんだろう……捕縛具も簡単に避けられちゃったし。

「何か、報酬の希望はありますか?」
「いえ……あっ!」
 そんなおこがましい、なんて言おうとしてやめた。
「あの、ユキが欲しがってる連休にツケといてもらっていいですか?」
「かしこまりました」

 ハルキさんに挨拶をして、懐古祭の会場まで向かうために歩き出すと、ユキが鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌になっていた。

 見上げて目が合うと、ニィッと嬉しそうに笑うから、何がそんなに嬉しかったんだろうと思いつつも、つられて一緒に笑ってしまう。
「ご機嫌だね?」
「真里も、俺との連休楽しみにしてるんだな」
「それは、そうでしょ……!」
 前に、連休取れたらたくさんエッチするって言われたのを思い出してしまって、恥ずかしいような気もしたけど。

「ユキを独り占めできるの、楽しみにしてるんだけど……」
「じゃあ、俺も頑張らないとな、真里に独り占めにされるために」
 ユキが一瞬抱きしめたそうに手を伸ばしてきて、その手で僕の頭をくしゃくしゃと撫でた。
 一般の人達は、今日、明日、明後日と普通に三連休は確実なんだけど……ユキがまとめて休みを取るとなると、調整が大変だ。


 僕たちは一番近い既存の転移陣へと赴き、今日は正式なルートで懐古祭の会場まで向かう。
 会場は魔王様と直轄領の手前にある、松林の中の少し開けた場所にあった。

 普段は表の通りしか歩かなかったから、中にこんなスペースがあるなんて知らなかった。

 真ん中に小さな祠のようなものが作られていて、その周囲を取り囲むように無数の灯篭が設置してある。そこには点々と火が灯されているものがあり、灯りがついた灯篭のそばには必ず人がいた。

 人工的な明るさはそこにはなく、温かく優しい灯篭の光だけがそこを照らしていて、それは幻想的な空間で、思わずため息が出る。

 周りを見れば、まずは中心にある祠に向かっているようだった。祠の前では小さな皿のようなものを配っていて、みんなそれを受け取ってから、明かりのついていない灯篭へと向かっている。

「受け取ってくるね」
 見上げると、ゆっくりとユキが頷いたので、一人祠の前の列に並んだ。

「そう時間は長くありませんから、現世で何を見るのかよく考えてから、火を灯すようにしてください、おかわりはありませんよ」
「はいっ……!」
 特別な服装ではなく、普段着のような着物を着た男性からテキパキと手渡されたのは、手のひらサイズのお皿だった。
 その中には液体が入っていて、中心から紐のようなものが皿の外へと流れている。

 この液体が燃料で、この紐に火を灯す。そしてこれを灯篭にの中に入れる……という事なんだろう。

 見回すとユキが少し離れた場所にある灯篭の前に立っていて、こっちにおいでと手招きしていた。
 今日はお祭りみたいなものだから、表の通りは出店や騒いでいる人たちも多いというのに、この場所は隔離されているかのように、静かに時が流れていた。

 喋ることさえ憚られるような気がして、できるだけ小さな声でユキに話しかけた。
「もっと人がいるのかと思ってた」
「現世で大切な人が生きている者は、割合的には多くないからな……全員がここに来るわけでもないし」
 維持部隊では、現世に恋人を残してきた飛翔さんや、死後二十四年程しか経っていないルイさんは多くない部類に入るのだろう。二人はもうここに来ただろうか……? 後で確認してみよう。
 そういえば、死後そう経っていないらしいハルキさんも、おそらく対象だと思うけど……。

「ハルキさんは来なくてよかったのかな?」
 あの調子だと、今日は一日あの拠点の調査なんかやりそうな勢いだったけど。

「アイツは、ここには用がないタイプだな」
 全員がここに来るわけじゃない……現世に残した人がいなければ、必要ない行事なのだろう。

「何を見るのか、もう決まっているんだろう?」
「うん……」
 それはもちろん、僕を育ててくれた義両親だ。
「二人を強く思い浮かべながら火を灯せ、きっと見えるはずだ」
 ユキが支えるように僕の肩を抱いて、僕は促されるように小皿に火を灯した。

 小さな火がゆらめいて、それを灯籠の中に入れると、優しい光がふわっと広がった。

 綺麗だ……そう思ったのも束の間、ゆらゆらと揺れる灯りの中に、うっすらと……ぼやけたように懐かしい家が浮かび上がってきた。

 僕が引き取られた時から、そこが僕の家になった。毎日僕を迎え入れてくれた家だ、父さんと母さんと十年間家族と過ごした大好きな……!

 次第にはっきりと見え始めた現世の様子とは反対に、僕の視界はぼやけていった。
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