死が二人を分かたない世界

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魔界編:第9章 真里

因果応報

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 ユキと僕の繋がりは、夢の中だけだった。

 それでも十年の歳月は、想いを募らせるには十分で、会いたいという気持ちは高まる一方だった。

 きっと僕の前世である菖寿丸しょうじゅまるという人も、同じだっただろう。だって、あんなに強くユキを想う気持ちが、僕に流れ込んできたんだから。

「真里はどこまで知っているんだ?」
「どこまで……」
 僕の体の下にいるユキから頬を撫でられて、触れられるのは嬉しいけど、どう返事をしていいか悩む。

「すまない、魔王様と何があったのか教えてほしい」
「……君の最期の瞬間を見せられた、前に僕の部屋に魔王様が来た時と同じ」
「――っ! 真里が俺に気付いた時か!?」
「あの時は君の首の刃を止めようと思って手を伸ばして、目を覚ましたら目の前に居たから……間に合ったような、君を捕まえたような気がしたんだ」

 ユキのその首元の傷痕に手を伸ばすと、ユキは頭を傾けてそこに触れさせてくれる。
 ここに触れられるのは僕だけ……弱点じゃないとはいえ、他より少し敏感なユキの傷痕は、僕にとっては愛しささえも感じる場所だ。

「今日は、ユキが菖寿丸に椿を託したのを見たよ……信頼してたんだね」
「あぁ」
 胸のずっと奥がざわめいた気がした。
 それは僕の嫉妬の心なのか、それとも魂の奥にいる、あの人の揺らぎなのか分からない。

「アイツは何も知らない俺に知識をくれた、自分で道を切り開くための力をくれた、俺が強く在れるように導いてくれたのは菖寿だ……本当に、信頼している友だった」
「友……」
 たぶん菖寿丸はそうは思っていなかった。あの人のユキへの想いは友情ではなかった……。

 夢の中で会っていた時のユキ……雪景は、こと恋愛については鈍感としか思えなかった。
 たぶん、僕も友達として認識されていたんだと思う。

 でも最後に夢で会ったあの日、僕はユキのファーストキスを貰ったんだよな……。

 僕はあの時のユキにとって、そうしたいと思える対象だったって事だよね!? なんだか自分の前世に勝った気がして、一人で勝手に誇らしい気持ちになった。

 思わず視線がユキの唇に移って、その口元がフッと柔らかく笑うのをじっと見つめてしまった。

「なんで今、キスしたそうな顔してるんだ?」
「えっ! そんな顔してた!?」
「してた」
 下からチュッとキスされて、思わずキュンとしてしまう。ダメだ、まだ大事な話してるんだから、もっとしたいなんて思ったらダメだから!

「菖寿丸は友達だけど、僕は恋人なんだなって思ったら……ちょっと、嬉しくて」
「なんだ、アイツに対抗意識があるのか?」
「だって、今日僕は彼の容姿を見たんだ……とても他人とは思えなかったよ、声だって自分の声とそう変わらなかった」
「そうか? 俺には全然違うように見えたけどな」
 ユキが僕のこめかみを撫でながら、髪に指を差し込んでくる。そんな触られ方したら、ドキドキしてしまう。

「……僕と菖寿丸はどう違う?」
 不安になった事を一つずつ潰していくように、ねだるようにユキに問いかけた。安心させて欲しかった、もっとユキの言葉で心を満たしたい。

「真里は優しい、柔らかくて温かい、顔つきも、声も真里は可愛い、あと俺のことすごく甘やかしてくれる」
「もしかして、甘やかすから僕の事好きなの?」
 からかうように少し笑って、ユキの髪に指を通しながら聞くと、ユキも同じように笑っていた。

「真里が、俺に人の愛し方を教えてくれたんだ……抱きしめられると温かい、優しい言葉をかけられると嬉しい。俺の全てを許してくれるような真里の存在に、俺は支えられてたんだ」
「そんな……僕はただ、君の笑顔が見たかっただけ」
 僕だって、育ててくれた父さんと母さんからの愛情がなければ、ユキに優しくなんてできなかったと思う。

「俺が人を好きになったのは、真里のおかげだ……今の椿との関係も、真里がいなければ得られなかったものだ」
「僕は椿の事は知らなかったよ? 十四歳離れてるって事は、僕と会っていた期間と少しかぶってるのに」
「真里には知られたくなかったからな、俺の汚い部分は」
 フッと視線を逸らす仕草で、話したくない雰囲気を感じた。それでも逸らした視線を僕に戻して、ユキが口を開いた。

「椿は……俺の娘だ」
「――っ!!!?」
「……と、思わされていた時期があった」
「~~っ!! ビックリした!!!!」

 驚きすぎて全思考が一瞬停止した!!

「菖寿のおかげでそれはないと知ってはいたが、やはり苦手意識があってな……真里と会っていた頃は、俺は椿に近寄らなかったんだ……そんな妹に対して愛しめたのは、真里が教えてくれたからだ」
「そっか……」

 椿はどう見てもユキと血の繋がりのある兄妹だ、そして娘だと言われて信じたという事は……。ダメだ、ユキの口から聞いていないことを、アレコレと邪推するのは良くない。

「真里は椿のことを知らなかったんだよな……?」
「うん……君から話を聞いた記憶はないよ」
「じゃぁ、なんで今日……アイツを見て『つばき』と呼んだんだ?」
「……えっ」

 一瞬何のことか分からなかった、僕が彼女を『椿』と呼んだ理由は、彼女がそうして欲しいと言ったからだ。
 でも、ユキが言いたいのはきっとそこじゃない。

「あっ……もしかして、椿と会った瞬間の事!?」
「そうだ」
「あれは、突然椿の花が頭に浮かんで、思わず口に……」
 今の今まで忘れていた、そうだ……僕は彼女が名乗る前に彼女の呼び名を思い浮かべていたんだ。

「椿の花が? じゃあ、椿との記憶がある訳じゃないんだな?」
「はじめましてなんだから、そんなのあるわけ……」
 僕が言い終わる前に、ユキがまた苦しいくらいに強く、僕を胸の中に抱きしめた。
「うっ……ユキ、くるしっ……!」
 はぁ……と息を吐いて、ユキが腕の力を緩めた。

「菖寿にとって椿は特別だ……アイツは親代わりとして、妹が成人するまで育ててくれた」
「――っ!」
 そうか……ユキに椿を託されて、菖寿丸はそれを全うしたのか。椿が僕を慕うようにしてきたのも、そこに育ての親の面影を見たからだろう。
 僕だって愛情深く義両親に育てられた身だ、感謝しても仕切れないほどの気持ちは分かる。

「だから、椿と会わせるとその魂にどんな影響が出るのか、分からなかった」
「そっか……それで妹の話をしなかったんだね」
 ユキはただ静かに頷いて、少し僕から視線を外した。

「俺は酷いやつなんだ……生きてる間散々世話になって、妹を託して、自分一人好き勝手に千年過ごしてきた……菖寿が魔王様と契約を結んでいることなんて考えもせずに」
「そんなの……魔王様が教えてくれなきゃ分かるわけない!」
 その契約って、魔王様が言ってた……菖寿丸の人格が消えない限り、この世界に受け入れないって契約だよね? そんな契約、本当にユキを想っているのなら、なおさら気付かせるわけがない……僕が菖寿丸ならきっとそうする。

「それでも気付くべきだった……菖寿はその魂に自分が宿ったと自覚した瞬間、自ら命を断ち続けたんだ」
「――っ!!!」
 そういえば、魔王様が短命の転生を繰り返したって……!

「繰り返されたその業は、真里に集約されてしまった……辛く厳しい幼少時代と、短い命は菖寿の罪を着せられることになったからだ」
「そっか……僕の寿命に……」
 ユキは申し訳なさそうな顔をしたまま、こっちを見ない。

「真里が生まれて浮かれた俺に、魔王様は釘を刺すように契約の事を話してきた……真里に辛いことがあったのは、全部俺のせいなんだ……本当っ、ごめ……」
 ユキがこっちを見ないまま、腕で顔を隠した。
 その声は震えていて、顔を見なくてもその表情は分かった。

 ユキがいつも、なにか後ろめたそうにしていたのは、罪悪感があったからだろうか。僕に対して過保護なのも、守ろうと必死だったのかも……。

「大丈夫だよ、ユキのせいなんかじゃない……だから、僕に謝ったりなんてしなくていいんだ」
 ユキの隠した顔を覗き込むようにして、その頭を撫でると、犬耳がぺたんと後ろに伏せた。

 あぁ、なんて可愛い人なんだろう。
 ユキがこんなに申し訳なさそうにしているのに、僕はやっぱり不謹慎だけど、好きだって気持ちを昂らせてしまうんだ。
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