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魔界編:第9章 真里
契約の履行
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ユキは憂鬱な気分でその重い扉を開けた。
実際はさほど重量のあるものではなかったが、重苦しく感じるほどの気分だった。
扉を開ければその部屋の奥へと続く赤い絨毯。その先には何も置かれていない机に、主が頬杖をついて口元だけに笑みを浮かべている。
ユキと話をする為だけにここにいると、そう言わんばかりのあしらいに、思わずため息が出た。
「待っていたよ」
「でしょうね……」
「私に言いたい事があるのだろう?」
何も映さないような真っ暗な瞳は、なんでも見通してしまうかのような深さがある。
全て分かっているのに、聞いてきているのだから、回りくどい言い回しは必要ない。
「そろそろ真里を疑うのを、やめてくれませんかね」
「信じられる根拠があるかい」
「もう何度も試したでしょう! 真里は真里だ、アイツとは違う!」
赤い絨毯の上を長い足で歩けば、すぐに主との距離が詰まる。机の上に手をついて、ユキはもどかしいような心地で主を見下ろした。
苛立つユキに対してその主は、表情を崩すことなくにこやかに見上げているだけだ。
「決めつけているわけじゃない、確認しているだけだよ。それが私とユキとの"約束"で、私とアレとの"契約"だからね」
「だからもう十分だと……」
「そうかな、だってユキは真里に何も話していないよ。全て隠して、時が過ぎるのを待つつもりなのかな」
「――っ、そんなつもりは……」
ユキは焦燥感に駆られていた。
放っておいてくれ
構わないでくれ
このままでいたい
壊さないで
知りたくない
知られたくない
今が壊れるのが、怖い。
「真里を信じていないのは私だけじゃない、ユキも同じだね」
「なっ……!」
「信じているなら、私が何をしても気にならないはずだ」
「違う」
「本当は疑っている、まだあの魂にアレが居るんじゃないかって」
「アイツはもういない!」
ユキが感情的になり、目の前の机に拳を叩きつけようとも、主は微塵も驚いたような顔を見せない。
「魔王様との"契約"で、アイツは消えました……もう満足でしょう? これ以上、掻き回さないで下さい……俺はただ、真里と一緒に過ごしたいだけなんですよ……それだけなのに」
その声は感情が昂って震えていた。
そんな様を見られないようにユキが顔を伏せると、はぁ……とため息が聞こえてきた。
「私はね、真里から何度かアレの気配を感じているよ」
「――ッ!?」
「今日だって、木春が名乗る前に椿と呼んでいたようだけれど、それはどう説明する?」
「嘘だ」
「私は嘘をつかない」
顔を上げたユキの視線の先の主は、口元の作り笑いさえもやめていた。
ユキは言われたことの内容が理解できなかった……したくなかった。その内容を深く考えるほど、恐ろしい可能性を導き出してしまいそうで、感情が考えることを拒否した。
「ユキとは"約束"だからね、守られないなら私が契約を履行するだけだよ」
「それは……」
机に叩きつけたままの拳を握りしめて、ユキの目は彷徨った。
「もう話せる状態じゃないみたいだね、帰りなさい」
「違う、真里は……」
「帰りなさい」
心臓が煩いくらいに速く打ち鳴らされていて、なのに頭には全く血が巡っていないような感覚だった。
主に強く言われて、フラつくような足取りで出口の扉まで向かうと、執務室の扉は勝手に開いた。
微かに真里とハルキの楽しげな声が聞こえていて、扉の先は違う世界のようだった。
「なにがあったの?」
扉から出ると自分を見るなり心配そうな顔をした真里がいて、両手を広げて抱き止めようとしてくれるのに、縋るように抱きついた。
強くその腕に抱きしめれば、真里から心配している匂いがした。それと同時に、強い愛情と包み込むように優しい匂いがして、強く抱き返されて、心を取り戻したような気がした。
「真里ッ……!」
「大丈夫だよ」
何も聞かずとも、全てを赦してくれるような温かさに、泣きたくなるような感情に襲われる。
近くにハルキが居ることなども気にせず、ただただ甘えるように、自分より小さなその体を抱きしめた。
その顔が見たくて、自分に笑いかけてくる笑みに安心したくて、ユキは抱きしめる腕の力を緩めた。
真里もユキの表情を確認したかったが為に、お互いの体を離した。
「真里……」
あぁ、こんな幸せをただ味わっていたいだけなのに……このまま、もう少しこのまま、ただ真里と過ごす日々を……。
ユキが"確かめる"事を放棄した時、真里の顔は主の手の中にあった。
「――ッ、魔王様!?」
ガクンと真里の力が抜けて、膝から崩れ落ちる真里の体を、ユキは慌てて抱き留めた。
「真里……真里ッッ!」
頬を叩いても反応がない。
何が起こった? 何をされた? 嫌な予感しかしなかった。
「真里に何を……!」
ユキはすぐ側に立つ主を睨み付け、真里を触らせないように自分の腕の中に抱き込んだ。
「言ったよね? ユキが約束を守らないのなら、私が契約を履行すると」
「連れて帰ります」
ユキはそう宣言して、了承も取らずに直轄領から自室へと転移陣で飛んだ。
靴も脱がずに、脱がさずに、そっとベッドの上に真里を寝かせて、ただ無事に目が覚める事を祈りながら、その手を握った。
「お願いだ、帰ってきてくれ」
実際はさほど重量のあるものではなかったが、重苦しく感じるほどの気分だった。
扉を開ければその部屋の奥へと続く赤い絨毯。その先には何も置かれていない机に、主が頬杖をついて口元だけに笑みを浮かべている。
ユキと話をする為だけにここにいると、そう言わんばかりのあしらいに、思わずため息が出た。
「待っていたよ」
「でしょうね……」
「私に言いたい事があるのだろう?」
何も映さないような真っ暗な瞳は、なんでも見通してしまうかのような深さがある。
全て分かっているのに、聞いてきているのだから、回りくどい言い回しは必要ない。
「そろそろ真里を疑うのを、やめてくれませんかね」
「信じられる根拠があるかい」
「もう何度も試したでしょう! 真里は真里だ、アイツとは違う!」
赤い絨毯の上を長い足で歩けば、すぐに主との距離が詰まる。机の上に手をついて、ユキはもどかしいような心地で主を見下ろした。
苛立つユキに対してその主は、表情を崩すことなくにこやかに見上げているだけだ。
「決めつけているわけじゃない、確認しているだけだよ。それが私とユキとの"約束"で、私とアレとの"契約"だからね」
「だからもう十分だと……」
「そうかな、だってユキは真里に何も話していないよ。全て隠して、時が過ぎるのを待つつもりなのかな」
「――っ、そんなつもりは……」
ユキは焦燥感に駆られていた。
放っておいてくれ
構わないでくれ
このままでいたい
壊さないで
知りたくない
知られたくない
今が壊れるのが、怖い。
「真里を信じていないのは私だけじゃない、ユキも同じだね」
「なっ……!」
「信じているなら、私が何をしても気にならないはずだ」
「違う」
「本当は疑っている、まだあの魂にアレが居るんじゃないかって」
「アイツはもういない!」
ユキが感情的になり、目の前の机に拳を叩きつけようとも、主は微塵も驚いたような顔を見せない。
「魔王様との"契約"で、アイツは消えました……もう満足でしょう? これ以上、掻き回さないで下さい……俺はただ、真里と一緒に過ごしたいだけなんですよ……それだけなのに」
その声は感情が昂って震えていた。
そんな様を見られないようにユキが顔を伏せると、はぁ……とため息が聞こえてきた。
「私はね、真里から何度かアレの気配を感じているよ」
「――ッ!?」
「今日だって、木春が名乗る前に椿と呼んでいたようだけれど、それはどう説明する?」
「嘘だ」
「私は嘘をつかない」
顔を上げたユキの視線の先の主は、口元の作り笑いさえもやめていた。
ユキは言われたことの内容が理解できなかった……したくなかった。その内容を深く考えるほど、恐ろしい可能性を導き出してしまいそうで、感情が考えることを拒否した。
「ユキとは"約束"だからね、守られないなら私が契約を履行するだけだよ」
「それは……」
机に叩きつけたままの拳を握りしめて、ユキの目は彷徨った。
「もう話せる状態じゃないみたいだね、帰りなさい」
「違う、真里は……」
「帰りなさい」
心臓が煩いくらいに速く打ち鳴らされていて、なのに頭には全く血が巡っていないような感覚だった。
主に強く言われて、フラつくような足取りで出口の扉まで向かうと、執務室の扉は勝手に開いた。
微かに真里とハルキの楽しげな声が聞こえていて、扉の先は違う世界のようだった。
「なにがあったの?」
扉から出ると自分を見るなり心配そうな顔をした真里がいて、両手を広げて抱き止めようとしてくれるのに、縋るように抱きついた。
強くその腕に抱きしめれば、真里から心配している匂いがした。それと同時に、強い愛情と包み込むように優しい匂いがして、強く抱き返されて、心を取り戻したような気がした。
「真里ッ……!」
「大丈夫だよ」
何も聞かずとも、全てを赦してくれるような温かさに、泣きたくなるような感情に襲われる。
近くにハルキが居ることなども気にせず、ただただ甘えるように、自分より小さなその体を抱きしめた。
その顔が見たくて、自分に笑いかけてくる笑みに安心したくて、ユキは抱きしめる腕の力を緩めた。
真里もユキの表情を確認したかったが為に、お互いの体を離した。
「真里……」
あぁ、こんな幸せをただ味わっていたいだけなのに……このまま、もう少しこのまま、ただ真里と過ごす日々を……。
ユキが"確かめる"事を放棄した時、真里の顔は主の手の中にあった。
「――ッ、魔王様!?」
ガクンと真里の力が抜けて、膝から崩れ落ちる真里の体を、ユキは慌てて抱き留めた。
「真里……真里ッッ!」
頬を叩いても反応がない。
何が起こった? 何をされた? 嫌な予感しかしなかった。
「真里に何を……!」
ユキはすぐ側に立つ主を睨み付け、真里を触らせないように自分の腕の中に抱き込んだ。
「言ったよね? ユキが約束を守らないのなら、私が契約を履行すると」
「連れて帰ります」
ユキはそう宣言して、了承も取らずに直轄領から自室へと転移陣で飛んだ。
靴も脱がずに、脱がさずに、そっとベッドの上に真里を寝かせて、ただ無事に目が覚める事を祈りながら、その手を握った。
「お願いだ、帰ってきてくれ」
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