死が二人を分かたない世界

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魔界編:第8章 現世へ

叶わない青春

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 ユキが僕に"つけられている"と耳打ちしてきて、思わず周囲をキョロキョロと探そうとした。

「頭は動かすな、ちょうど真里からは見えにくい」
「誰が……?」
「さっき店の中にいたヤツだな」
 それなら相手は悪魔というわけだ。なんで僕らをつけてくる? 魔界でNo.2であるユキを狙うってことは、下手すれば魔王様が狙われる重大事件になる可能性もある。

「走って振り切る?」
「いや、必要ない」
 気付いていないフリをして、ユキと一緒に角を曲がった。僕らを見失わないようにと、雑に追いかけてきた相手は、いとも簡単にユキに壁ドンされて捕まった。

「所属と名前は?」
「すみませッ……なんでもないです!」
 よく見れば、骨董品店の出入り口で鉢合った人だ。
「俺たちの行動を監視する意味、分かってんのか?」
「――ッ!!! 違っ! ただ何をするんだろうって気になっただけで!」
 壁に背を向けた相手は、下手すれば反逆罪の嫌疑をかけられてもおかしくない状況に、我に返ったように焦り始めた。

「……嘘ではなさそうだな。大方、現世での俺たちの情報を、新聞屋にでも持って行くつもりだったんだろう」
「そんなのお金になるの?」
「なる……ほら、図星のようだぞ」
 ユキにそんな風に振られても、僕は人の顔色を見ただけで嘘を判断するような能力はない。

 ユキが身分証を提示させて、僕らをつけてきた人は解放された。逃げるように去って行ったから、もうついてくる事は無さそうだ。
「はぁ、無駄な時間を食ったな」
「じゃあ、急がないと! 行こう!」
 周りに人が居ないのをいい事に、ユキの手を掴んで走り出そうとしたら、ユキからグッと引っ張られた。
「まて、真里……」
「どうしたの?」
 気まずそうな顔をしたユキが、僕の手を掴んだまま目を逸らした。

「俺は、ここじゃ走れない」
「へっ!?」
「言っただろう、出来なかった事は出来るようにはならないって……体が走れる作りじゃないんだ」
 すごく恥ずかしそうに告白してきたユキは、伏せた顔を上げないまま僕のところまで歩み寄ってきた。
 そうか、だから椿が僕の元に来た時も走らなかったのか。

 ユキは生前、自分の家から出る事はほぼ無かったようだから、体を動かすための筋肉がほとんど発達していないんだ。
 走ろうとして転んだ子供時代の夢を、僕は死後思い出すように何度か見た気がする。ユキは運動音痴なんかじゃなくて、体の作りがそう出来ていなかったんだ。

「ゆっくり歩こう」
「あぁ……」
 魔界では魔力で補強できるから、誰よりも速く軽やかに動くユキは、現世ではこうも不便な体になる。
 そんなところも僕としては好きなところにしかならなくて、心も体も僕が守ってあげたいと思ってしまう。

 もう人に見られるなんてどうでもよくなって、ユキの手をしっかりと握って、エスコートするように海岸につながる階段を降りた。
「老人じゃないんだから、普通に歩けるぞ?」
「僕が触れていたいんだよ……ダメ?」
「いや、ダメじゃないな」
 ハハッと笑いながら砂浜に降り立って、お互いの手をギュッと握った。

 岩壁沿いを歩くと、周囲に人が居ない事にホッとした。
「魔界で力を使うのに慣れると、現世が不便に感じるね」
「特に俺や真里は魔力量が多いからな」
 僕が今日絡まれてる時も、走れないもどかしさの中、必死に僕のところまで来てくれたのかと思うと……もう、愛しくてたまらない。

「今日は嵐で相手が引いてくれたから良かったけど、暴力沙汰になってたら、どうするつもりだったの?」
 ユキは背も高いし、睨まれると迫力があるから、向かってくる人なんていないだろうけど。
「側に行くことしか考えてなかった、真里に手を出してたら多分殴ってたな」
「僕も、ユキに手を出されてたら投げ飛ばしてたよ」
 自分の事は差し置いても、お互いの事となると見境がなくなるのは一緒だ。

 ユキが立ち止まったのにつられて足を止めると、いつのまに岩壁に追いやられていたのか、ユキがすごく近くなる。
 さっきつけてきた人に壁ドンしてて、僕が軽く嫉妬してたのバレてたんだろうか。

 ユキが少しずつ距離を詰めてくるのに、すごくドキドキしてしまう。
「あっ、今日……神様と晃臣さんの魔力、すごく優しかったね! 天界と魔界の人で魔力の質に差があるのかな!?」
 目を泳がせながら、モジモジと関係ない話題を振ると、ユキがフッと笑った。

「真里の魔力もあっち寄りじゃないか、ほとんど怖がられてないだろ?」
「えぇっ、僕の魔力あんなに優しくない!」
 僕が怖がられないのは、未熟なせいだと思ってたけど、魔力の質も関係してたんだ。

「そうだな、真里は強いプレッシャーも出せるから、そのギャップがいい」
 ユキの顔が、もうキスするんじゃないかってくらい近い。
「僕はユキの魔力が好きだよ、鋭くて、強くて……」
 全部言い終わらないうちにユキから唇を塞がれて、繋いでいた手の指と指が絡む。

 波の音が聞こえる中、触れるだけのキスを角度を変えて何度もした。
 魔界にはない潮の匂いと、波の音。犬耳がない人間のユキと、夏の暑さの中触れ合って……ユキも自分も死んでしまっているなんて信じられない。

「こう、したかったんだろ?」
「……うん」
 現世でただの人として、ユキと同じ時を生きているかのような疑似体験がしたかった。
 本当は一緒に歳を重ねたい、僕は大人になりたいし、お互いを支え合って生活を共にするような……そんな関係になりたい。

 でも僕は、今日何度も心に刻み込まれた事がある。
「ユキにとっては、あの世界が居場所なんだね」
 僕の言葉にユキは眉の端を下げて、困ったような顔をした。
「勘違いしないで、僕は現世に未練はないよ……君の側が僕の居場所だから」
 右手で絡ませたていた指を恋人繋ぎに握りなおすと、ユキは空いた手で僕の腰を抱く。
 愛しそうに触れられて、僕もユキに触れたくて、その胸に頭を預けた。

「本当は両親にユキを紹介したり、幸せなんだよって報告したいのに……僕、死んじゃってるんだよなぁ」
「……先の話になるが、真里が両親を送る時は俺も一緒に居るから」
「両親には長生きしてほしいから、本当に先の話だね」
 僕がこれからユキと一緒に過ごして行くなら、両親の死は確実に迎える事象だ。その時にユキが一緒にいてくれるなら、寂しさもきっと和らぐ……ユキが両親に会ってくれるつもりなのも、本当に嬉しい。

 ユキの胸に擦り寄るようにすると、ユキが僕を抱き寄せる。現世に来たからなのか、ユキの家族と会ったからなのか……感傷的になった気持ちは、大好きな人に触れていると落ち着いてくる。
「現世デートも悪くないね」
「じゃぁ、ヤるか? 擬態エッチ」
「なんでそっちに……!」
 腰に当てられたユキの手が、撫でながら下がってきて、体温が上がったような気がした。

「魔力も回復しないし、準備が面倒だから経験はないぞ? 俺の"はじめて"だな」
「うっ、それ出してくるのズルいよ……」
 僕の"はじめて"の対価、ユキの"はじめて"が欲しい。そうお願いするくらい、僕は僕しか知らないユキを欲している。
 だからその提案をされると、止める理由がなくなってしまって……。

 ユキが僕を抱き寄せて、内腿を撫でられて……思わずユキの首に腕をかけた。
 顔が近づいて、触れる直前で止められて、僕から触れにいくと、熱い舌が入ってくる。
 今ここで……? 外なのに、時間もないのに……こんな。

「んっ……ふ……」
 ピリリリリリッ

 何度目だろう、今日日聞かないこの古い着信音に邪魔されるのは。

 ユキが首元のインカムをピッと切って、そのままもう一度キスしようとしてきて……!
「ちょっと待って、今の!」
「なんでもない」
「帰って来いって催促でしょ!? 帰らなきゃ!」
「えええぇぇ……」
 僕を離したくないとばかりに両腕で抱き締めてきて、頭を乗せながら不満声を漏らすユキがもう、可愛くて。

「こ、今度……ね? ちゃんとした場所で」
「――!」
 ユキの口の端が上がって、嬉しそうな顔! 今の、魔界だったらきっと犬耳がピンッて立ってた。あれがすごく可愛くて、僕はユキの犬耳含めて大好きだ。

 現世に来てまだ数時間なのに、既にあのふわふわの耳が恋しくなっているあたり、僕もあっちの世界が性に合ってきたのかもしれない。
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