死が二人を分かたない世界

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魔界編:第8章 現世へ

荒ぶる厄神

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 押し付けられたタスクを完了できず、木の影からどうしたものかと、移動販売車の様子を伺うユキに、後ろから声をかけた。

「ユキ、僕が代わるっ……よぉぉおお?」
「真里……」
「何そのサングラス」
 ユキはあまりにも似合っていない、違和感しかないサングラスをかけてこっちを振り返った。

「おかしな格好をしていれば、人が居なくならないかと思って……」
「サングラスなんてしてたら、芸能人じゃないかって疑われて、余計にジロジロ見られちゃうよ」
 スタイル良いし、長髪だし……只者じゃない感が尋常じゃない、これで目立たないわけがないんだよな……。

「ユキは戻ってて、女の子に囲まれることになったら護衛どころじゃないでしょ」
 魔王様達がいる方へユキの背中を押すと、心配そうにこっちを見てくる。
「心配しないでよ、二ヶ月前はこっちの住人だったんだから! ユキより慣れてるよ」
「……それもそうか」
 魔力の回復もできない現世で、ユキが魔力を大量に失うのは避けたい。創造主二人のおもちゃにされてるのも、僕としては面白くないし……。

 ユキが戻る背中を確認して、女の子率の高い列に並ぶ。ユキ抜きで僕と話すのが神様達の目的だったのなら、このオマケ程度に頼まれた買い出しも、もう必要ないのかもしれないけど。

 ユキに渡された現金で支払いながら、この現金は本物なのだろうかと少し不安に駆られる。
 狸が化かしたみたいに後から葉っぱになったり、偽札なのが判明したり……なんてこと無いよね!?
 こんな事で不安に感じているのも、神様と魔王様に面白がられてるのかもしれないな。

 袋に入れてもらった商品を受け取って、みんなの待つ場所へ戻る。
 海の見える公園の芝生の上、緑と青のコントラストが綺麗だ……あー、現世に帰ってきたんだなって実感する……生き返ったわけじゃないけど。

 そんな感傷に浸っていると、ギャハハなんて少し下品な笑い声が聞こえてきて、思わずそっちに視線を向けた。
 二十歳前後の五人組が歩いていた。意外と若い人が多いな……もしかしたら今日は近くでイベントなんかがあるのかも……。

 人が増えそうだったら、移動を提案しようかな……そんな事を思いながら見ていたら、五人組が手押し車で散歩しているおばあちゃんにぶつかって……!
「あっ……!」

 倒れたおばあちゃんをチラッと見て、そのまま無視して歩き出した。
 どうしよう、あまり人と接触するのは良くないよね……。良くないのは分かっているけど、昔母方のおばあちゃんが、転んで骨折したのを思い出してしまって、放っておけなくなってしまった。

 起き上がるのを手伝うくらいいいよね……?

 ユキ達の居る方を見れば、皆んな僕を見ている……おばあちゃんの元に行こうと歩き出しても、ジェスチャーで止める様子もない。
 よし、これは行っても良いって事だ。うん、そういう事にしよう。

 自分のなかで都合よく解釈して、おばあちゃんの元に駆け寄った。

「大丈夫ですか?」
 取り敢えず荷物を置いて、支えるように両手を伸ばすと、おばあちゃんが申し訳なさそうな顔をして……なんだか胸が痛くなった。

「ごめんなさいね」
「そんな……立てますか? 痛いところないですか?」
 支えて一緒に立ち上がるときに、五人組から冷やかすような笑い声が聞こえてきた。

「やべぇ、慰謝料請求されるー!」
「ねーよ!」
「おい、やめろよ」
 あぁ、この手合い……魔界で毎日対峙してるタイプだ。なぜ素直に謝れないのか、すみませんの一言で、お互い気持ちよくその場を終わらせられるのに。

 魔界では血気盛んな人が多いから、この後殴り合いの暴力沙汰に発展する……けど、今回それはありえない。
 こっちが無視すればいいこと……の、はずだったんだけど、向こうから一人がこっちに近づいてきた。

「なに、にーちゃんなんか文句あんの?」
「……っ」
 絡んでくるなよ!! どっか行けよ!
 足を小突くように蹴られて、大して痛くはないけど、謝る気もない態度に腹が立った。

「一言謝罪することもできないんですか?」
「あぁ?」
 スゴめば怯むと思ってるんだろう! そうやって自分より弱いと思った相手を痛めつけようとする、怖がらせようとするのが心底腹が立つ! 僕がこの世で一番嫌いな人種だ。

 感情に任せて睨みつければ、向こうがこちらの胸ぐらを掴んでくる。
「やんのか!?」
 どうする、投げるか? 組み伏せるか……と、いつも通り思考して、ここが現世なのを思い出した。

 マズイ、現世でいつも通り魔力が使えるわけないじゃないか……!! 僕はバカか!!!
 この手の人間を毎日相手にしていて、怖いなんて思わなくなってたから……あぁ、何が『慣れてる』だ……きっと創造主の二人は僕を見て大いに楽しんでいる事だろう。

 僕の後悔と沈んでいく気持ちに合わせるように、良く晴れ渡っていた空に、暗い雲がかかりはじめた。

 今からでも僕が怖がる素振りで謝れば、きっと機嫌を良くしてこの手を離すんだろう。
 でも、僕としては絶対に折れたくない気持ちがある……もう甘んじて殴られるしかないのかもしれない。

 ポツポツと降ってきた雨が、僕の顔を数滴濡らした。雨まで降ってくるなんて……通り雨なら酷くなりそうだ。

「おばあちゃん、濡れちゃいますよ……行ってください」
「無視かテメェ」
「おい、もうやめろよ!」
 向こうのグループのうち二人が止めに来て、少し安心した。もっと雨が強くなったら、僕は無事解放されるかも。
 僕の期待に応えるように、雨が激しくなってくる。ユキ達の居る方からザアッと強い雨音が聞こえて、みんな濡れてしまったんじゃないかと心配になった。

 ピカッと激しい光と共に、公園の目の前のビルにけたたましい轟音で雷が落ちた……!!
「――ッッ!!!!」
「うわぁぁ!?」
 あまりの近さに、さすがに僕も相手もビックリして、相手も思わず手を離す。もっと雨が強くなれって思ったけど、いくらなんでも激しすぎる!!!

 思わず後ずされば、トンッと背中にぶつかったのはユキだった。



「次はお前に落ちるかもな」
「――ユキッッ!!!???」

 その声の直後、また別のビルに雷が落ちて……
!!! まさかこれ!!! ユキがやってんの!???
 
「行くぞ」
 ユキが僕の肩を抱いて踵を返せば、相手も雨宿り先を探すように走り出した。

 一歩進むごとに雨足は弱くなって、魔王様達のところに戻る頃には晴れ間が戻ってきていた。

「あっはっはっはっ!! びちょびちょだよー!」
「噂には聞いてましたが、本当にできるんですね」
 めちゃくちゃ楽しそうに濡れた袖を振り回す神様と、濡れた長い髪を煩わしそうにまとめる晃臣さんが……。
 魔王様も、神様の肩に額を預けるようにして、クスクスと楽しそうに笑っている。

「はぁ……勘弁してくれませんかね」
 この反応からして、どう考えてもさっきのはユキの仕業だ……。

「どういうこと……!?」
 確か現世での魔力使用は、現世で生きる人間の強い願いと、対価が必要だったんじゃ?

「真里くんがあの人を助けたのと同じことさ。生前できたことは、今でも出来るでしょ?」
「えっと、つまり……?」
「ユキくんに憑いているのは水害の神様だよ、怒り狂えば嵐も起きる」
 神様が……別の神を語っている!!!

「俺が行こうとしてるのに止めるからでしょ……人を厄神みたいに……」
「ユキさんに憑いてるのは、まごうことなき厄神ですけどね」
 それって大きな黒い犬の、雪代の事だよね?
 僕からすればずっとユキを守ってくれてた、守護霊みたいな? 頼りがいのある存在だけど、現世に出れば災厄になってしまうのか……。
 ユキは現世に存在しているだけで、特殊で異端だ。魔界にいる事で、それが薄まっているんだ。

 ユキが千年を超えて転生もせず、魔界に居場所を見出したのが必然のように思えて……なんだかそれが、酷く悲しかった。
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