死が二人を分かたない世界

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魔界編:第7章 パンドラの箱

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 聖華から預かった危険物の飴を持って、ユキと二人で魔王様の直轄領へ持ち込む。
 一刻も早く引き渡したかったのだけど、転移陣で一緒に飛べば何が起こるか分からない……仕方なく歩いて直轄領へと向かうことになった。

 道中ユキが話さないので、僕から口を開いた。
「ごめん……それ、触ろうとした事、やっぱり怒ってる?」
「怒ってはいないが」
 その声色はいつもより少し低くて、やっぱりちょっと怒ってるかもと、不安になる。

「考え無しだったわけじゃないよ、聖華が一度手に取ってるの見てるし、念のため魔王様の手袋で保護もしたし」
「あぁ、分かってる、俺も前ほど心配はしてない」
 はぁ……とユキがため息を吐いて、僕の方を見た。

「真里が俺の側に居るって約束してくれたからな……信じてるよ」
 僕のこめかみを撫でて、優しく笑うユキにホッとした。よかった、本当に怒ってないみたいだ。

 ちょうど直轄領の手前、人気の少ない松林までたどり着いた。周りを見回し誰もいないのを確認して、ユキが僕の頬に触れる手を握った。
「何度でも約束するよ、どの世界の誰よりも、君を一番大切に想ってる」
「——っ!」
 その手のひらにキスすると、ユキの顔が赤く染まっていくのがすごく可愛い。
 そんな事で安心してくれるなら、何百回だって何万回だって言ってあげたい。

「俺にそんなことするの真里だけだぞ!? こんなところ、誰にも見せれないからな!」
「大丈夫、誰も居ないから」
 誰にも見られないなら、やってもいいのかな?
 照れたのか、顔を赤くして俯く姿も可愛い。こんな可愛い姿を僕しか知らないなんて……これ以上ないくらいの幸福感と、優越感だ。

「真里に口説かれるのは、どうも慣れない」
「好きじゃない?」
「いや、嬉しい……けど」
 指を絡めるようにしながらその手を握ると、ユキは少しバツの悪そうな顔をする。
 そんな様も可愛いなんて思っていたら、前の曲がり角から人が来る気配がしたので、二人でサッと手を離した。

「そういえば、飴を捨てたタイミングに、何か納得してたみたいだけど」
 ユキの可愛い照れ顔を他人に見せたくなくて、わざとらしく仕事の話を振った。ユキもさすがに早くて、すでにキリッといつものカッコいい顔に戻っている。

「あぁ、あの日が登った日の前日だって言ってただろう?」
「言ってたね」
「真里が寝込んだ日にあの日の消費魔力量を調べてみたんだが、俺が吐いた量より明らかに多かった」
「えっ……」
「たまたま前日の魔力廃棄量が多かったのだろうと思っていたが、おそらく捨てられた飴のせいだろう」
 僕にはその魔力量の感覚は、まだよく分からないんだけど、ユキが違和感を感じるくらいって……普通じゃない事くらいは分かる。

「もしかしてその飴って、すごく濃い魔力が詰まってたりする……?」
「あぁ、恐らく一般悪魔のニ人分は入ってる」
「それって、普通に作れる代物……?」
「……」
 僕の質問にユキは答えなかった。
 悪魔二人分って……まさか、原材料は悪魔なんて恐ろしい話じゃないよね!?

「あっ! そ、そういえば……お店での話は、結局どうなったの?」
 黙るユキの空気の重さに耐えかねて、話を変えようと試みた。あの短時間で聴取が終わったとは思えないし、話題を少しズラすには最適のように思えた。

「ハルキの部下を呼び寄せた、恐らく今も店で話が続いているか……あの男が直轄領で話をしているかだろうな」
 あの露出の高い格好のまま、厳かな雰囲気の直轄領に連れて行かれたのなら、少し気の毒だなぁ……なんて思ってしまった。

「今日で情報がたくさん出てきたね……聖華にも改めてお礼言わなきゃ」
「……なんでアイツに渡したんだ?」
 突然話が飛躍したような気がしてユキを見上げると、ムスッと不機嫌そうな顔をしていた。
 もしかしてユキがずっと機嫌が悪そうだったのって、その事が原因だった……?

「魔力飴の話? ユキが先に渡したでしょ、先にそっちの理由が聞きたいけど……あそこで渡すとは正直思ってなかったよ」
「……後から面倒くさそうだったからだよ」
 ついさっきまで可愛い顔してたのに、つっけんどんに返してくる。よほど気に入らなかったんだな……なんて少し可笑しくなるけど、気に入らなかったのは僕も同じだ。

「説明不十分だ」
「ッ! あー……アイツらそのうち絶対喧嘩するだろ、そうなった時に補給目的で真里にちょっかいかけられたら面倒なんだよ」
「なっ! 僕、聖華に何言われたって相手にしないよ!?」
「わかってる、わかってるけど、お前らの仲が良いから嫌なんだよ」
 それは……僕と聖華が仲がいい事を妬いてるって事? 元々僕の方が、ユキと聖華を近づけたくないって思ってたのに、いつの間に逆転してたの?

 プイッとそっぽを向くユキの犬耳は、ちょっと伏せ気味で……なんだろうこの愛らしい生き物はと、愛おしさがいろんな全ての感情を上塗りした。

「……今のどこに、そんないい匂いさせる要素があった?」
「いや、今のは可愛すぎるって……」
 好きだと思うとすぐバレるのは、本当に便利だ。上手く使えば、喧嘩してもすぐ仲直りできそう。

 人目が少ない事をいい事に、甘い会話をしながら歩けば、あっという間に直轄領の黒門までたどり着いた。

 この黒くて大きな厳つい門をくぐる時、僕はいつも緊張する……。
 ユキに促されるように門へ足を入れると、目の前に狐面が現れた。言わずもがな、正体はハルキさんだ。

「お疲れ様です、回収ありがとうございます」
「ハルキさん!? いつの間に」
 この人本当にいつも神出鬼没だ!

「ハルキは直轄領内は自由に転移出来るからな」
 驚く僕を見てユキが楽しそうにしている。
 ハルキさんって確かこっちの世界に来てから十年くらいなんだよね……。
 それくらいの年月で転移が操れるなら、僕も練習すれば出来るようになるだろうか。

「今回、真里様のお手柄ですね」
「お手柄だから、今度休暇をくれないか? 三日くらい」
 ユキが例の飴が入った瓶を手渡すように見せかけて、その手を瓶から離さない。
 もしかしてハルキさんが首を縦に振るまで、渡さないつもりだろうか。

「それ、真里様だけでいいんですか?」
「俺も一緒に決まってるだろう」
「それなら承諾しかねます、あともう一押し欲しいですね」
 パッとユキの手元からハルキさんが瓶を取り上げた。
 なんで休暇の許可をハルキさんに取るんだろうかと不思議だったけど、理由はすぐにわかった。

「私の部隊から人手を割くのですから、こちらにもメリットがなければ」
「ケチだな」
「なんとでも、見合う対価は必要ですから」
 上半分の狐面と一緒に、小首を傾げるような仕草で、嬉しそうに飴の瓶を抱えている。
 ユキが不在にする間、維持部隊の人員補給としてハルキさんの部隊の人が来ることになるのか……。

 ユキが本気で僕との休暇を取りたがっているのが可愛くて、思わず頬が緩んでしまう。
 三日間何をするかは置いておいて、僕もユキと肩時も離れない休暇はぜひ欲しい。二人の時間を確保するためにも、僕ももうひと頑張りしたいところだ。

 ハルキさんに例の"鬼もどき"化現象の原因かもしれない飴を預けて、あとはお任せする事になった。

 ハルキさんの部隊は諜報活動や、研究開発、著しいルール違反者の懲罰を担当しているらしい。
 他にも公にしていないことをやってるみたいなんだけど、そこは詳しくは教えてくれなかった。

 今回あの店の人から聞いた話から、密売人を複数人と拠点などが出てきて、使用禁止の物品も数多く押収したとの事だ。

 ただ、あの赤黒い"鬼化の飴"だけは、どこの拠点を探しても見つからず、首謀者や製造者まで辿れなかったという報告だった。

 続いて押収された新しい部類のクスリや、赤黒い飴の成分、魔力の含有量などが調べられた。結果はユキの見立て通り、一般悪魔の二、三人分の魔力に相当したらしい。
 物がものだけに、実際に摂取して試すわけにもいかず、小さい飴玉の中にあまりにも濃い魔力が込められている為に、調査は難航した。

 魔力の分析に長けたユキは、度々直轄領に入り浸ることになり、あっという間に魔王様と約束した現世行きの日を迎える事になった。


※8/8のオンラインイベント参加準備のため来週は休載いたします
次回更新予定8/14 新章に入ります
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