死が二人を分かたない世界

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魔界編:第7章 パンドラの箱

近くにあった脅威

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 貴方が探していた人は、転生することもなく魂は消滅しました……なんて、そんな事とてもじゃないけど正直に伝えられない。

「……イチズとやらだが、そいつはある事件の参考人だ」
 ユキがあまりにも正直に話しはじめて、ギョッとした。先日の七夕祭りまでは"鬼もどき"の存在すら隠されていたのに、話してしまっていいんだろうか。

「事件……?」
 店主さんと、その後ろの金髪の人が固唾を飲む。
「その人物に辿り着いたが、二人とっくに転生した後だった」
「つまり、彼氏と二人で現世に逃げおおせたのね……」
「そういう事だな」
 ユキの犬耳がピクンと動く、そして視線を逸らしたユキと目が合った……。

「無駄足は踏まされるし、真里も捕まってるしで俺は機嫌が悪いからな……もう帰らせてもらうぞ」
 ぐいっと店主さんを押しのけて、ユキが出入り口へと進みだした。慌てて僕も立ち上がってついて行こうとすると、金髪の人がユキの腕を掴んだ。

 あっ! と、また胸の内がくすぶったけれど、さっきまでとちょっと様子が違った。
「お、怒らないで……! イチズくんの話、ボクがしますから!」
 金髪の人は今にも泣きそうな顔で、顎はガチガチと震えていた。
 僕には感じないくらいのユキのプレッシャーの変化で、かなりの恐怖を抱いているようだった。

 あぁ、ユキは本当は全然怒ってないのに……それだけ僕らと、この人たちの間には魔力量の差があるって事だ……。
 もしかしてらさっき僕が糸を燃やした時も、すごく怖い思いをさせたのかもしれないな。

 とりあえずその場にいる全員がソファーに戻った。僕の目の前に座った金髪の人は、フリル付きのパンツがチラチラと見えるせいで、正直目のやり場に困る。

「あ、あの……イチズくんの彼氏なんですけど、なんか変なクスリとか売ってる人と、関わってたみたいで」
 いきなり確信をつくような話で、僕とユキは思わず顔を見合わせた。

「アナタ、どうしてそれ報告しなかったの!?」
「その話は後にしてくれ、それで? どういうクスリだ」
 ユキが店主さんを黙らせて、金髪の人に顔を向けた。

「よく分かんないんだけど、魔力量がすごく上がるって聞いたかな? 直血の人達にも負けないくらいだって……」
 それは恐らく誇大広告だ、たしかに"鬼もどき"化した人たちは、一般の人たちより魔力量が多い傾向にあったけど……それでも、ユキや僕の半分にも満たなかった。

「それで、販売人や場所の情報、現物なんかはないのか?」
「あー……現物は、あったけど」
「「えっ!」」
 今度は僕と店主さんが二人でギョッとした。

「イチズくんに貰ったんだけど、なんだか怖くなっちゃって……廃棄ポストに捨てちゃった!」
 ごめんなさいのポーズで手を合わせた金髪の人に、ユキがはぁ……とため息をついた。
「それで、いつ捨てた?」
「本当に最近で、三日前くらい……そう、昼の日の前日だよ!」
「……なるほどな、それで見た目はどんなだ? 形状、色、臭い、覚えてる限りでいい」
 ユキがどんどん話を進めていくから、僕はただ隣に座っているだけだ。

「えーっと、形は飴みたいなかんじ? そう、ユキ様が作るのにすごく似てるかも!」
「……俺の魔力飴に似てる?」
「臭いはなくて、色は赤黒い感じだったかなー?」

 それって……!
 僕は思わずその場で立ち上がった。
「それ、聖華が持ってた……!」
「待て真里」
 テーブルを避けて出入り口に向かおうとすると、ユキに呼び止められた。
「こっちの話を聞き終わってからだ」
「だめ! もし聖華が使ったらどうすんの!? こっちは任せるね」
 何も知らないまま、もし使ったりしたら聖華の身が危ない。
 もしこの数分で間に合わなかったなんて事になったら、僕は死ぬほど後悔することになる……そんな事になるのは絶対にいやだ。

 一人依頼主の建物から飛び出して、来た時に使った転移陣で事務所棟まで戻った。飛び込むように管理課の扉を開ければ、いつものメンバーが目を丸くして僕に注目した。
「えっ、真里!? なに、どうしたの!?」
 一番奥の席から立ち上がって、こっちを見た緑の瞳にホッとした。

「はぁー……良かった」
 聖華はあの飴の使い方がちょっと特殊なようだから、仕事中は大丈夫だとは思ってたけど。今日サボってる可能性もあったから、顔を見るまで本当に怖かった。

「聖華が持ってる黒い飴、あれ回収させてもらってもいい?」
 事務所の奥に進みながら胸を撫で下ろすと、聖華は不思議そうな顔をしながら、足元に置いてある瓶を手に取った。
 飴は前よりもっと増えていて、瓶での管理に切り替えたらしい。中にはユキが作った紫の飴と、僕が作った赤いのが入っていて、ひとつだけある禍々しく赤黒い飴は異質で目を引いた。

「別にいいけど、なんか気持ち悪いから使う気なかったし……なに、レアなの!?」
「まぁ、確かにレアだけど」
「……そう言われると惜しい気がする」
 そんな事を言いながら、聖華が瓶の中から黒い飴を取り出そうとして……。
「待って、触らないで!」
「だって触らないと取れないでしょ」
 うーん……この瓶ごと回収って言ったら、絶対嫌がるだろうな。

 一度聖華が手に取っているのは見ているから、一応持つくらいは大丈夫だと思う。僕は魔王様から貰った手袋を付けているし……聖華より魔力量も多いから、やるなら僕の方が安全だろう。
 念のため魔王様の手袋を形状変更して、指先までしっかりと覆った。

「僕が取るから」
 瓶のフタを開けて、中に手を入れるところで……僕の手首を白い手が掴んだ。

「いや、真里が取るのも駄目だろ」
 いつの間に転移してきたのか、僕の真後ろにはユキがいて……。
「だから一人で行かせたくなかったんだ、自分を大事にしろと言っただろ」

 あぁ、やってしまった。
 これは、本当にやってしまった……。
「ごめん……」
 僕の謝罪に、ユキは少し険しい顔で頷いた。

「えっ、そんな大変な物なんですか、これ!?」
 聖華がオーバーリアクション気味に目を見開く。
「あぁ、危険物だからこのまま預かるぞ」
「そんなぁ! 大金叩いてかき集めたのにぃ」
 ユキがフタを閉めてそのまま懐に抱えたのを、聖華が取り返そうと手を伸ばす。
 ユキがその頭を押さえて近づかないようにしてるんだけど、聖華もリーチが長いせいで、惜しいところまで手が届いている。

「金でいいなら言い値で渡すが?」
「そーいう問題じゃないですッ!」
「もう、やめろバカ」
 伊澄さんが聖華を後ろから羽交い締めにして、引き剥がした。

「だって、それがないとユキさんの魔力がぁ」
「それ、もう使ってねえだろ」
 伊澄さんが呆れるように言うと、聖華は頬を膨らまして後ろを睨みつけた。
「ほんっと、アンタ腹立つわ!」
 腕を振り回して伊澄さんを剥がすと、恨めしそうにユキの方を見ている。

「はぁ……手ぇ出せホラ」
 ユキが聖華に向かって、瓶を抱えていない方の手を差し出した。差し出された当の本人は、予想外だったのか驚いて呆けた表情だ。
 正直、ユキのその行動には僕も少し驚いた。

「非常食だ」
 聖華はカァァッと耳まで赤くしながら、ユキから新しい魔力飴を受け取った。
 そんな光景を見ていると、僕としても少しモヤモヤするところがあるんだけど……あの飴は聖華にとって、持ってるだけで安心できる精神安定剤なんだってことは、なんとなく理解しているつもりだ。

「……真里のは?」
 ジトッと僕にも恨めしそうな目で見てくる聖華に、少し可笑しくなってしまった。そっか、僕の魔力飴も大事にしてくれてたのか。

「オイ、真里のはいいだろ!」
「いいよ、どうせ使わないんでしょ?」
 止めに入るユキを無視して、聖華の手にユキが渡した分と同じだけ、三つ作って落とした。

 聖華はそれを握って、鼻歌でも歌い出しそうなほど、ご機嫌になった。
「これだけたくさんの飴の代わりが、たった六つなのは不満じゃないんだ?」
「だって二人がアタシのために作ってくれた特別製だもん♡」
 悪魔は"想い"を重んじるから、そう言われれば納得のいく理屈だ。

「さっきは心配して駆けつけてくれたし、真里ってば意外とアタシの事好き?」
「なに言ってんの、心配するに決まってるだろ」
 それだけ危険な物だし、あの飴で起こる"鬼もどき"化の症状は、身近な人には絶対に起こってほしくない事象だ。

 急に隣で黙った聖華を見上げると、また耳まで真っ赤に染まっていた。
「あぁ、もう本当! 一回抱いて♡」
「絶対イヤなんだけど」
 冗談なのは分かっているけど、抱きつこうとしてくる聖華を阻止しようと、両腕を前に出して拒否した。

「お前、よく俺の前でそんな事言えるな、どういう神経してんだ」
「ぎゃんっ!」
 ユキが思いっきり聖華を後ろから蹴飛ばして、聖華は前にバタンと倒れ込んだ。
 思わず伊澄さんを見れば、引きつり笑いで眉がピクッとしている。

 その反応が蹴ったユキに対してではなく、聖華に対するものだというのは、すぐに分かった。
 ユキに蹴られて恍惚としている聖華を見て、僕も全く同じ表情になったからだ。

 多少ドタバタはしたけど、疑わしい飴の回収は無事成功した。
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