死が二人を分かたない世界

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魔界編:第7章 パンドラの箱

可能性の提示

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 この日は特に大きな事件もなく無事に終わった。
 お酒が入った人が騒いで窓ガラスが割れるなんてことはあったけど、そんなのはいつもの事だ。

 やっぱりお天道様が見てるって言うのは、後ろめたさが出たりするのだろうか? まぁ、明るいだけで太陽が出ていたわけでもなんでもなかったけど。

 しっかりと夕方の演出までされて、いつも通りの夜の世界になったところで僕らの巡回は終了した。

 久々に明るいところに出ていたせいか、いつもより少し疲れたような気がする……生きてた時の名残りで、そんな気がするだけかもしれないけど。
 帰宅して背伸びをしたら、先に部屋に入ったユキが両手を広げて振り返った。
「お腹いっぱいにしてやろうか?」
「あっ……」
 それ、まだ続いてたんだ!

「……それは、してほしいけど」
 吸い込まれるようにその腕の中に入ると、ギュッと包み込まれて温かいし、いい匂いがする。
 ユキの胸の中を思う存分楽しんで、顔を上げたらチュッとキスが降ってきて……。

「っ、ユキ……話の続き」
「んー?」
「今日、帰ったら話すって言った!」
「覚えてたか」
 そりゃぁ覚えてるよ! ユキは気が乗らなそうだな……前回も今日も、あまり言いたくなさそうにしていたし。

 七夕祭りの日に事務所で、飛翔さんと話してたお盆の話。その時に現世の人の様子が見れるって言ってた。その話をしようとして、途中でやめたその続きが知りたい。

「無理にとは言わないけど、僕は両親の様子を知りたいよ……」
「すまない、分かってる……つもりだ」
 ギュッと抱き込まれて、ユキの顔が見えなくなった。あまり気負わないで欲しくて、背中をポンポンと叩いていたら、そのまま上に抱き上げられた。
 
「膝に抱いて話してもいいか?」
「いいよ、僕もそれ好き」
 ユキより少し高くなった視点から頭を撫でる、すると僕の体に頬を寄せてきて、そんな仕草が愛しいと思う。

 ユキの膝に横抱きにされたかと思ったら、ユキもソファーでくつろぐように横になったので、ほぼ添い寝に近い状態になった。
 ユキが僕のこめかみから耳の裏を撫でて、口に軽くキスしてくる。

「……前に話した通り、お盆の魔界では現世の人の様子を見れる機会がある」
「うん」
「まず、全員が満足するわけじゃないって事は覚えておいてくれ、自分が全く供養されてない事に憤る奴なんて毎年必ずいるしな」
 それに関しては、僕はむしろ逆の心配なんだけど。

「真里の死に両親が失意の底に居たら、それを見たら……辛くないか?」
「……っ、それは……辛いと思うけど」
「新しい命になって、自分たちの元に帰ってきてほしい……なんて、そんな言葉を聞かされたら」
 ユキがそこまで言って言葉を詰まらせた。

 両親がそう望んでいたら……?
 確かに次は二人の子供に生まれ変わりたいって、現世と別れる時にそう思ったけど、でも……。

「真里が転生したいと言ったら、俺はどうしたらいい?」
「——っ! ない……しないよ! 転生なんてしない! 言ったじゃないか、君が待っててくれたより長く、ずっと一緒にいるって」
 ユキの頬を両手で掴んだ、そこから出来るだけユキに気持ちを伝えるように、頭の後ろまで撫でて……おでこをくっつけてゆっくりと話した。

「大丈夫、もう絶対にユキを一人になんてしない! 何があっても、僕はユキの側にいるよ」
「転生しても迎えに来いなんて……言わないか?」
「言わないよ! 大体、転生したらそれはもう僕じゃないじゃないか、そんなの絶対嫌だよ! ユキの側に居るのは僕じゃないと嫌だよ」
 その顔を、目を、真っ直ぐに見た……どうしてもハッキリと伝えたかった。

 ユキの瞳が揺れて、その目元に涙が浮かんできて……!
「そんな事で不安になってたの?」
 僕は逆に安心した、そんな絶対にありえない事を不安に思っていたのなら、その不安は拭ってあげられる。

 今にも泣き出しそうなユキのおでこを撫でて、目元を拭った。あぁ本当に、昔から泣き虫なのは変わらない。
 でも昔と違うのは、ユキは僕より大きくて、ぎゅぅぅっと僕を抱きしめる腕はすごく強い。

「真里が決めてしまったら、俺には止められない」
「大丈夫、ユキを置いて転生したりなんて、絶対にしないから……信じて?」
 こくん
「僕が嘘ついてないの、匂いでわかるよね?」
 こくん……と。
「ずっと一緒にいようね」
 僕を強く抱きしめながら、ユキは何度も頷いた。
 そんなユキの背中を抱きしめて、気持ちが落ち着くまで撫でていると、可愛くて、愛しくてたまらなくなってくる。

 こんなに僕と一緒に居たいと思ってくれて、僕も一緒に居たいと思ってる。そんなユキを置いてまで、新しい命に生まれ変わりたいなんてちっとも思わない。
 それが僕を愛しんでくれた大好きな両親からの願いでも、僕の一番大切な人の願いには勝らない……本当に僕は自己中だ。親不孝な息子でごめんない。

「……盆の提灯の話だがな、そんなに鮮明に確認できるわけでもないんだ」
「えー……じゃぁ、そんなに不安にならなくても良かったんじゃ?」
 やっと落ち着いたユキは顔を上げて、ふぅ……と息を吐いてから僕の顔を見た。

「もっとしっかり確認できる方法があるだろ、真里なら……両親の夢に会いに行けるんじゃないか?」
「……えっ」
「俺はやり方は知らない、いつも、真里が俺のところに来てくれていたから」
「僕もわかんないよ、大体……そうだよ、もう昔の君には会いに行けないわけだし」
 自分が思ってもなかった方向に話が進んで、突拍子もないような事で狼狽えた。
 そしてユキが言い淀んでいたのは、本来こっちの話を想定していたからだろうかと思った。

「昔の俺に会えないからって、両親にも会いに行けないとは限らないだろう」
「……可能性、あるの?」
「あくまで可能性だけどな……すまない、ちゃんとした別れの時間も作ってやれなかった事、ずっと後悔してたのに、言い出せなくて……確実性もないし」
 犬耳を垂らしながら目線を逸らして、本当に申し訳なさそうな顔をする。僕のことで、そんなに気に病んでいたのか……。

「そんな事考えたこともなかったから、教えてくれて嬉しいよ」
 でも、出来る前提だと思うのはやめよう。いや、むしろできない可能性の方が高いだろう……だって原理がわからない、そもそもなぜユキの夢に繋がれたのかだって分からないんだから。

 それより今は……。

「いつも僕のこと、考えてくれてありがとう」
「いや、俺はいつも自分のことばかりだ……」
「そんな事ないよ、僕はいつも君に救われてるんだから」
 すぐ近くにあるユキの頬を撫でて、僕からキスをした。誘うように唇を舐めて、覆うようにかぶせると、ユキが僕の上に乗ってきて、口付けが深くなる。

 舌を絡められて、吸われて、そんな風にされると頭がぼうっとして、夢中になってしまうようなキスに翻弄される。
 身体を撫でられて、胸や腰を刺激されながら貪られたら、その先が欲しくなる。
「ユキが安心できるまで……抱いて」
「——っ、いつもよりたくさん……真里の中に残したいって言ったら?」
 甘えるような声で、おねだりするように言われたら、なんだって聞いてあげたくなる。

「いいよ……僕の中で気持ち良くなってほしい」

 ユキが中で達する感覚は、何にも変え難いほどの幸福だ。あまり多く注がれると、気持ちよすぎて怖くなるくらいなんだけど……でも、今日はユキを安心させてあげたい。

 その瞳に火がつくのがわかる……あぁ、もっと強く求めて欲しい。
 ユキは僕を失う事を怖がっているけど、僕こそユキと離れるのが怖いんだ……。

 もっと依存してほしい、もう僕なしじゃ生きていけないくらいに。
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