死が二人を分かたない世界

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魔界編:第7章 パンドラの箱

晴れ渡る魔界

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 一日中、夜の世界。

 この死後世界の景色を言葉で説明しろと言われたら、僕が真っ先に口に出す言葉はこれだろう。
 なのに、なぜ僕は朝日を浴びて起床しているんだろうか。

 一瞬、魔界で起こったことがすべて夢で、僕は死んでなんていなくて、ユキと会えたことも全部なかったことになってたら……と、そこまで頭に過った。
 過ったけれども、僕が寝ていたのは一人用にしては、大きすぎるパイプベッドだ。

「おはよう真里」
「……お、おはよ」
 横にはちゃんと愛する人もいた、よかった。

「ねぇ……なんで朝日が射してるの?」
 生きているときはあまりにも当たり前だった朝なのに、日の射さないモグラ生活に慣れてしまえば、むしろ違和感を覚えるなんて……。
 照明の明かりと違ってかなり眩しい。もう少し寝ていたい人たちにとっては迷惑な明るさだ……なんて事まで思ってしまった。

「時々魔王様が気まぐれで昼間にしてくれたりするんだけどな……」
 そう言われれば、七夕祭りの短冊にそんな願い事が書かれてたような……よく分からないお願いだなんて思ってスルーしてたけど、ちゃんと魔王様に対するお願いだったんだな。

「ただ、今日のは俺が原因だと思う」
「……ん? なんで?」
 ユキは唐突にこういうことを言う。

「あぁ、真里には説明をしていなかったな」
 そう切り出してユキが説明してくれた内容はこうだ。

 この世界の明かりや、外に設置されている噴水、もっとピンポイントなところだと、前に見た転生院の壁の自動修復。あれらは捨てられた魔力によって、維持されているというのだ。

 捨てられた魔力というのは、シャワーなどで流した下水や、不要になった物品の集積ポスト。この世界は元をたどれば全て魔力で構築されているから、魔力へと戻す処理がされて再利用されている。

 魔力のリサイクルだ。

 そう、そこまで言われて納得した。
「今回のは、昨日ユキが吐き出した魔力の塊が原因ってこと?」
「そうだ、魔力の貯蔵量が一日分の使用量を超えたから、今日は無駄遣いしてるわけだな」
 ユキは魔界全土を照らすような魔力を吐き出したっていうのに、ケラケラと笑い飛ばすくらいに元気になっている。

 いや、むしろ魔力は満タンだ。
 昨夜は失った分を取り戻すためなのか、いつもより長くて濃厚だった気が……。思い出して少し体がムズッとすると、ユキがニヤニヤと嬉しそうにしていた。
「なんだ、明るい中シたいのか?」
「シないよ!」
 ちょっとレアだな……とは、思うけども!

 事務所に向かう為に外に出れば、家の目の前の広場には結構な人が集まっていた。
 散歩していたり、ベンチや芝生っぽいところで日光浴を楽しんでたり……普段は見ない物珍しさに、思わずキョロキョロしてしまう。

 家の前の噴水がある大きな広場は、いつものライトアップされたムードのある景色とは打って変わって、休日の家族連れや、鳩に餌をやるおじーちゃんとかで賑わってそうな雰囲気になっていた。
 あくまで雰囲気だ、実際目の前にいる人達は家族連れなどではなく、男ばかりで華はない。

「なんかいつもより人が多いね」
「こういう日は仕事を休むヤツが多いからな」
 なるほど……自由だなぁ。
 維持部隊は休日を取る人が少ないから、僕もまだ一度もお休みはしていないんだけど……ユキと一緒じゃない休日なんて必要ないから、特に問題はない。

 散歩がてらゆったり歩いてから事務所に顔を出したけど、七夕祭りの時同様に各自巡回しながら楽しめって方針でほぼ解散した……。
 治安の問題で休みではなく、巡回という体を取るわけだ。

 こういう自由なところがあるから、特定のお休みが無くても不満はないんだよなぁ。
「なんか、午前中授業の学校帰りみたいな気分だ」
「そういう時は何するんだ?」
「えーっと、友達と遊びに行ってたかな」
「ハハハッ、じゃあ遊びに行くか?」
「えっ! 一応仕事中だよね!?」

 ユキを見上げると優しく笑い返された。今は恋人だけど、彼は十年来の友人でもあるわけで……。
 小さい頃は実際に会って遊びたいなぁなんて、ずっと思っていた。
 改めてこうして並んで歩けているなんて、本当に夢みたいだ。

 今ならあの時の夢を叶えられるわけだけど、完全に大人になったユキと16歳になった僕が公園で鬼ごっこ……うん、ないな。ごめんよ、小さい頃の僕……その夢はさすがにもう恥ずかしい。

 大人になってする晴れた日の遊びってなんだろうか……ピクニック? いくら恋人同士とはいえ、男同士でピクニックというのも、なんだかむず痒いような気がする。
 そもそも外で何かするというのが、ユキのイメージと合わなすぎてなにも浮かばない!

「なんだ、また色々考えてるな」
「うっ……でもいい案がないんだ」
 思わず思ったままに口に出したら、ユキが不思議そうな顔で首を傾げた。
 まぁ、こうやって散歩しているだけでも僕は幸せだ、ユキと一緒にする初めてのことが全て嬉しいんだから。

 そんな事を思いながら歩いていると。
「うぁッチ! あっぶねえええ!」
 なんて聞き覚えのある叫び声と一緒に、ドッと笑い声が聞こえてきて、思わず声のする方向を確認してしまった。

 そこには楽しそうな人達に紛れている飛翔さんが、ちょっとした芝生の広場に10人くらいでバーベキューをしていて……。そうか、これはど定番だな! なんて妙に感心してしまった。

「おっ!? おーい!ユキーっ真里ーっ! 一緒に食うー!?」
 僕らに気付いた飛翔さんが、かなり大振りに手を振ってアピールしている。
 お肉……焼肉……もうしばらく食べてない気がする。しかし、ユキは食べるのはあまり好きじゃないだろうから、あの輪に混ざるのは嫌だろうな。

「お前も混ざってるクチだろ、主催みたいに誘うなよ」
 呆れるような、でもどこか楽しそうにユキが飛翔さんに言い返した。
「行きたいか?」
「へっ!? いや、大丈夫だよ!?」
「よだれ垂れそうな顔してる」
「ウソっ!?」
 慌てて袖で口元を隠したら、ユキは冗談だと笑い飛ばした。

 お肉の誘惑には誘われるものがあるけど……ここだけに部隊メンバーが3人も集まるのは、巡回って名目をとってる手前、あまり良くない気もする。
「いいよ、ユキとゆっくり過ごしたいし」
「……遠慮しなくていいぞ?」
「どうしても食べたいなら買って帰るから大丈夫だよ」
 ユキと昼のこの世界を楽しみたいっていうのも、心からの本音。

 飛翔さんとその場の人たちに、誘ってもらったお礼を言いに行った。
「ほらっ! 食え食え!」
 そう言って飛翔さんの横にいる人に、口に焼き肉を突っこまれた。タレは大人用で少し辛かったけど、久々の焼肉はかなり美味しい!
 美味しいけど、ひと切れでもういいやって気分になってしまった。

「ごちそうさまです、ありがとうございます!」
 手を合わせてお辞儀をして、ユキのところへ戻ろうと背中を向けた。
「もうすぐお盆が来るなー」
「今年もアレはあるかね」

 ふと、後ろから聞こえてくる会話が耳に入って、思わず聞き耳を立ててしまった。

 そういえば七夕祭りの日に、事務所でお盆の話をした気がする。
 現世の人の様子を見ることができるイベントがあるって話だったけど、詳細は聞けていない状況だ。

 ユキのところに戻ると、複雑そうな表情をしている。僕が食事で他人の魔力を取り込んだのは、本心では面白くないんだろうけど、顔に出すのを我慢しているみたいだ。
 僕としてはそんな事でさえ妬いてくれるのは、むしろ嬉しいし、可愛いとさえ思う。

「いいのか?」
「うん、ユキの方が美味しい」
 ヘヘッと笑って見上げたら、ユキはビックリしたような顔をしてる。
「昼間から大胆発言だな」
「なっ、違うよ! ユキと居る方が魔力が回復するって意味で」
「帰ったらお腹いっぱいにしてやるからな」
 ニィッと意地悪く笑って下ネタを続けるユキは、綺麗な顔したセクハラオヤジだ。

 ギュッと眉間にシワを寄せて前を向いて歩き出せば、ユキは飛翔さんのグループの方に手を振りながら後をついてくる。
「なんだ、恥ずかしいか?」
「そうだよ! だからその話はおしまい!」
 ユキが僕の頭をわしゃわしゃと撫でてきて、僕の顔を覗き込むようにしてきたので目があった。

「……あのさ、七夕祭りの日なんだけど」
「ん?」
「事務所でお盆の話してたよね? あれ、もっと詳しく話を聞きたかったんだけど……」
「あぁー……」
 ユキは僕を撫で回した手を、そのまま自分の頭まで持っていって、少し都合が悪そうな表情だ。

「帰ったら話す……」
 それ前回も言ってた気がするんだけど……何か話したくない事情があるのか、人に聞かれてはいけない事があるのか……。

 あの日は大きな事件が起こって、話の続きを聞くどころじゃなかった。
 両親の事を知ることができる機会だと思ったから、出来ればはぐらかさずに話してほしい。
 そんな気持ちでユキを見上げたら、頭をポンポンと撫でられた。
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