死が二人を分かたない世界

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魔界編:第7章 パンドラの箱

君の特別

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 二人でお風呂で温まって、濡れた服も乾かした。
 裸のままベッドに連れて行かれたかと思ったら、ユキが甘えるように抱きついてきたので、全力で抱きしめて頬ずりして甘やかした。

 そろそろ話をしてもいい頃合いだろうか……。

「ねぇ……ユキにとって異性って、トラウマだったりする?」

 女性とぶつかって、吐いて魔力を失って……あれは苦手なんて、軽い言葉では済ませられない。
 例えるならアレルギーだ、しかも生死が懸かるほどの激しいアナフィラキシーショック。

 ユキは悪魔になって長いから、自身の弱点やトラウマは克服しているものだと思い込んでた。
 けど違った、女性が圧倒的に少ないこの世界で、表に出ていなかっただけなんだ。

 はぁ……と憂鬱そうなため息をついて、ユキは僕を強く胸に抱きこんだ。

「……全員じゃない、女に性的に見られるのが気持ち悪いんだ」
「性的に……」
 ぶつかった女性の顔が思わず浮かぶ。
 男だろうが女だろうが、自分の大切な人が性的な目で見られる事は不愉快で、心底腹立たしい。

 心の奥底でムカッとしながらも、理性は仕方のない事だと理解している。

 ユキの見た目とその知名度、実力も魔王様に次ぐ強さだ。ユキの言う"性的"が芸能人を見て喜ぶようなものさえ含むのだとしたら、ユキのトラウマに障らない人なんて居ないに等しいだろう。

 そして何が原因であそこまでの拒否反応を示すようになったのか、それを考えないようにする事は、僕には難しかった。

 どうしたって、旅館でユキが話してくれた事を思い出してしまう。ユキが異性の事に触れたのは、後にも先にもあれっきりだった。

 あの時ユキはハッキリと明言しなかった。でも、子供を作ろうとされていた事、縛り上げられてまで行われていた行為……ユキが性的に傷つけられたことは間違いないと思っている。

 トラウマを植え付けられるほどの所業が、体も出来上がっていない頃に行われていたのかと思ったら……震えるほど怒りが込み上げてきた。

 許せない、こんなにもユキの心に傷をつけた人が。

 書類室で思い出した記憶も相まって、感情が昂って涙が溢れてきた。なんでユキばっかりが、そんな目に遭わなくちゃいけないんだ!

「真里……泣いてるのか? 感情がぐちゃぐちゃだ」
 心配そうなユキの声色に、なんで僕の心配をするんだって……なんでそんなに強くあろうとするんだって辛くなる。
 いまだに激しく拒絶するほど、その傷が癒えていないのに……もっと、辛かったって口に出してくれればいいのに。

 ユキの胸元に顔を寄せた、その肌に直接頬と耳を押し付けるようにして。

 ユキの傷が少しでも癒えて欲しい、僕が少しでも代わってあげられたらいいのに。

「ユキが死んでから三百年、その気にならなかったって言ってたのは、性的な行為に嫌悪感があったから?」
「……そうだな」

 そんな事を言いながら、ユキは僕の頭を撫でて頬を寄せる。
「真里が側に居たら、きっと三百年もかからなかっただろうけどな……」
 さっきのお返しとばかりに、目元にキスを落としてくる。

「今もほら、何もしてないのに」
「——っ!」
 お腹にゴリッと硬くて熱い感触が当たって……! 

 と、そこで……僕は気づいちゃいけないことに気付いてしまった。

「あのさ、三百年って結構長いと思うんだけど」
「ん? あぁ、長いな」
「その、できるようになったきっかけが気になるんだけど」
「……」

 もっと言うなら、そのきっかけの人物が知りたい。
 ユキのこの状況から多分相手は男だし、三百年ぶりに体を重ねたいと思うほどの相手がいたって事だよね……そんなの気にならないわけがなくて。

「それは……聞いても嬉しい話じゃないだろ?」
「そうかもしれないけど、ユキからしたらその人はやっぱり特別な人なのかと思ったら……」
「いや、特別じゃない……特別じゃないし、とっくに転生してここにはいない、もう二度と会う事もない」
 あんまりの言いように、僕が気にしないようにそう振る舞ってるとしか思えない。
 だって三百年だよ!? 何も思い入れがないわけないじゃないか。

「あぁ、もう……そんな不安そうな顔をするな、本当に感動的なドラマなんてないから」
「……無いなら教えてくれてもいいんじゃ?」
「いやだ、俺は真里に幻滅されたく無い」

 スイッと目線を逸らすユキの反応が、なんともわかりやすく物語っていた。
「幻滅されるような内容なんだ?」
「あぁ、だから聞くな」
 これは嘘じゃなさそうだ。

「そんなに嫌なら聞かないよ」
 心底困ったような顔をするのが可愛くて、可笑しくて笑ってしまった。
「でもね、僕は何を見聞きしたってユキの事、幻滅したりしないからね?」
 手を伸ばしてその白い頬を撫でてから、ふわふわの犬耳を触った。ピクンと耳を動かす仕草が可愛いらしい。

 ま、聖華あたりに聞いたら何か知ってるんじゃないかなんて……内心そんな事を考えてるんだけどね。

「なんか真里から悪い臭いがする……」
「気のせいじゃないかな、それよりそろそろ二時間になるよ、事務所に帰らなきゃ」
 ユキが嫌がる話をしたせいか、お腹にあたってたモノも存在を主張しなくなってるし。

「いやだ! 女がいた部屋なんか入れるか!」
「待ってて、カズヤさんに確認するから」
 ムスッとしたのをなだめるように、ヨシヨシと頭を撫でると、少し恥ずかしそうに視線を逸らした。

『大丈夫です、事務所には入れてませんから』

 事務所に連絡を入れれば、カズヤさんからはそんな返事が返ってきた。心強い師匠の言葉を信じて、眉間にシワを寄せているユキと事務所へと戻る事にした。

 ユキの症状が再発する可能性もあったので、念のため道中ずっと胸の内でユキへの想いを熱く語りながら歩いていると、匂いで伝わったのかだんだんご機嫌になっていく様子が可愛いかった。

 事務所に着いた時にはニヤニヤするのはやめていたけど、特に不機嫌でもなく、吐き気なんかも出なかったみたいで一安心だ。

「ウソ! ユキが戻ってきたよー!?」
「これは……一週間は出てこないと思ってたんですけどね」
 ルイさんがカッと目を見開いて驚いているし、カズヤさんも一週間なんてオーバーなことを言う。

「真里がいなかったら二週間だ」
 腕を組んでフンッと息巻くユキに、僕が来る前までのユキの様子が、なんとなく分かるような気がした。

 今回の事件、ことの発端は飛翔さんが受けた相談から発生したらしい。
 巡回中にストーカー被害に遭っている知人女性の相談をされて、話を聞こうかと返事をしたところ、その知人女性が早まって事務所に突撃したという事だった。

「ユキの弱点が女の子なんて、意外でしょー?」
 ユキが何も悪く無い飛翔さんにグチグチと小言を言ってる合間に、ルイさんに声をかけられた。
「そうですね、女の子に囲まれても軽く流すタイプだと思ってました」
 以前ユキを見て黄色い声をあげる女の子を見たことあるしな……あの時は気にも留めてない様子だったけど。

「だよねー! いくら苦手だからって、いじけて出てこないなんてね」
「いじけて……?」
 もしかしてルイさんはユキのあの症状を知らない? そうか、あれほど誰が見ても明らかな弱点、ユキが人目に晒すはずもない。

 あの時僕を連れて家に帰った事、僕の前で弱いところを見せてくれた事……ユキにとっては今回災難だったけど、嬉しく思っても良いだろうか。

 飛翔さんの額を、人差し指でグイグイ押しているユキと目があった。
「なんだ? 嬉しそうだな」
「うん、役に立てて良かったなって思って」

 ユキのために自分にも出来ることがある、そう思ったら少し、心が晴れたような気がした。
 この夜の闇が続く世界の中で、太陽光の明かりのない世界で……やっぱりユキは僕の光だ。

 そんな僕の気持ちを察したのかなんなのか……翌朝、僕は眩しさで目を覚ました。

 ずっと夜のままだったはずの魔界で、快晴の朝を迎えたのだ。
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