死が二人を分かたない世界

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魔界編:第6章 拠り所

約束の重さ

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 ユキが一人で部屋を出ようとする物音で目が覚めた。
「すまない、起こしてしまったか」
「……僕も行く」
「疲れ取れてないだろ? 寝てていいよ」
「……行く」
 ベッドに腰掛けたユキの服を掴んだ、これで僕を置いて行ったりはしないだろう。
 眠い目をこすりながら起き上がると、服を着せてくれる。確かにまだ眠たいし体はだるい、いつ寝たのかも覚えてない……意識を手放す前にユキと愛し合っていたのは間違いないはずだ、おかげで気を失うように寝入ってしまったみたいだけど……。

 ユキがズボンをはかせようとして来て、寝ぼけていた頭が冴えてきた。思い出した……鮮烈に思い出した!! そしてそのまま恥ずかしくて布団に突っ伏した!

「どうした?」
「うっ……いつも綺麗にしてくれてアリガトウゴザイマス」
「なんだそんな事か、すごく可愛かった……またしていい?」
「……いいけど」
 優しく手首を撫でられて、自分の手首を回してみると痕なんかはついていなくてホッとした。昨夜はユキに手足を拘束されて……なんか凄く恥ずかしくて、普通じゃないことをされた気がする……!
 ユキは僕がそういうの好きみたいに言うんだけど、絶対ユキの趣味だと思う!

 ズボンを腰まで上げていると、ユキが僕の上の服をめくり上げてきた。今着せてきた服をめくるとは……やっぱりユキは着せるより脱がせる方が……いや、そうじゃない。
「何かあった?」
「いや……」
 ユキは否定したのにベッドの上に乗ってきて、僕のお腹の辺りに顔を沈めた。何をする気だろうかと思っていたら、ヂュッと音をたてて腰に吸い付いて……熱い……! これって首に痕を残した時と同じ!?

「消えてしまったからな、付け直しだ」
 顔を上げてニッと笑うユキに心臓がギュッとなる……好きだなぁ、どんどん好きになっていってて怖いくらいだ。
「真里も……また首に付けるか?」
 そう言って僕に迫りながら首筋を差し出してくる。
「見えるところは恥ずかしいから……僕も同じとこにしていい?」
 ユキの肩を押すと少し驚いたような顔をした。でもすぐに嬉しそうな表情で、僕を抱きしめたままベッドに寝転がる。

「いいぞ、ほら」
 そう言ったユキは服の上から自分の腰の辺りを撫でて……その服をめくると白い肌が現れる。いい加減慣れろって言われそうだけど、普段隠れている生肌を見ると緊張するというか、恥ずかしいというか……。

 ユキへの想いをたっぷり込めて痕を付けたら、赤い所有の証が白に映える。
 あー……どうしよう、こんな事してたらムラムラしてきた。おもわずユキの脇腹を舐めると、堪えるようにユキが笑い始めた。
「やめっ……くすぐったいだろ」
 うん、すごく可愛い。気持ちが満たされすぎて、短時間睡眠なんて少しも気にならないくらいだ。

「ユキは……ちゃんと魔力回復した?」
「ん……? したぞ、溢れそうなくらいだ」
 体を起こしたユキを見上げたら優しい表情をしていて……僕がユキを穏やかにしているんだと思ったら嬉しかった。

「僕、少しずつだけど、ユキと夢の中で話したこととか思い出してるんだ」
 自分も横に座って、伺うようにユキの顔を覗き込んだ。穏やかだったユキの表情は驚いたような困ったような……そんな複雑な顔で、やっぱり嬉しくはないんだなって少し切なくなる。
「昨日、ユキから昔の話が聞けて嬉しかったよ……本当はもっと懐かしい話とかしたいんだけど」

「……真里が約束を守ってくれるなら」
 ユキは小さい声で答えた、一瞬聞き返そうかと思うほど小さな声で……そして次はハッキリと言い切った。
「昨日の対価、真里が必ず守ってくれるって確信が持てたらな」
「それって……自分を犠牲にするなって話?」
 ユキはいつになく真面目な顔で頷いた。いつもみたいに茶化すような、誤魔化すような雰囲気は微塵もなくて……ユキにとってその約束がどれだけ大切なことなのか、真剣なのかが伝わってきた。

 確信が持てたらって、口約束だけでは信用できないって事だろうか……いや、当然だ。昨日僕はそれだけ自分を蔑ろにするような発言をしていた、ユキにとってそれは不安になるような事だったんだろう。
 でも昔話をする事と、自分を蔑ろにしない事がなぜリンクするのか……僕に約束を守らせるための交換条件? ユキはそういう事するタイプとは思えない。

「俺のせいで犠牲になった人間がたくさんいる、真里だけは失うわけにはいかない」
「それって生前の話……だよね? それなら僕はもう大丈夫だよ!? ちょっとやそっとじゃやられたりしないし」
 ユキは悲しそうな顔をして僕を見る、なんで……安心して欲しいのに、笑って欲しいのにそんな顔。
「俺のために全てを捨てた奴がいる、魂までも縛られてる……真里はそんな事にならないって、誓えるか?」
 突然の話に正直断言できなかった、だって僕はユキの為なら……ってそういう事を思ってしまう人間だから。
 思わず言葉に詰まって視線を外すと、ユキが呆れるように苦笑した気がした……本当はそうじゃなくても、僕がそう感じたんだ。

「思い出せば罪悪感で押し潰されそうだ、こんな思いは二度としたくない…… 次にお前を失ったら壊れてしまう」
 頭を撫でられて抱き寄せられて……今、僕がユキを支えてあげなくちゃいけないはずなのに、僕の心の中はまたドス黒い気持ちで覆われている。

 ユキにそこまで思わせる存在に嫉妬しているんだ……本当に何て狭量なんだろうかと自分がイヤになる。そうやってずっと思い出してもらえるのなら、そんな存在になるのも悪くはないんじゃないか……ユキの中に消せないほどの傷を残せるのなら、僕にとってそれは幸せなことかもしれないと、そう考えてしまった。

 僕のこういう思考をユキはきっと分かってる……僕はなんて浅はかで自己中心的なんだろうか、こんなんじゃ信用されなくて当たり前だ。

「ごめんユキ……僕、君との約束軽く考えてたみたいだ」
 自己嫌悪で胸が苦しくて、申し訳なくて……ユキの胸に甘えるように頭を預けた。
「ユキが安心できるように、ちゃんと考えるから……」
「いちいち難しく考えるな、俺のためと思って自分を一番大事にしてくれればいい」
 ユキのため……きっとこの言葉は、自分のために自分を大事にできない僕のための言葉だ。

 考え込んでしまった僕の頬を、ムニッと両手で引っ張られて……顔を上げたらユキはニヤッと笑った。
「真里はもっとわがままになれ、その方が俺は安心する」
「うっ、がんばる……」
「頑張る事じゃないだろう」
 そうは言っても、僕にはわがままを口に出さないほうが楽なんだ。嫌われたり呆れられるくらいなら黙っていたほうがいい……両親に見放されたくない、良い子でいなくちゃって長年の癖だ。

 でも、両親だって……もしかしたらもっとわがままを言って欲しかったのかもしれない。今になって思い返せば、黙った僕に向ける寂しそうな顔が瞼に浮かんできた。

「僕がわがまま言ったり、自分を大事にしたら……もっといろんな話してくれる?」
 僕にとってはユキには我を通そうとしているつもりなんだけどな……少し不安で、手を繋いでユキの胸に寄りかかった。

「あぁ、そうなれば……真里に全部話すよ」
 ユキが僕の髪に埋めるように顔を寄せた。お互いにぎゅっと抱き合うと安心するような気がした。

「そろそろ出ないとな、行くんだろ?」
「うん……」
 名残惜しく思いつつユキに手を引かれてベッドを降りて、二人一緒にまだ誰も来ていない事務所に向かった。
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