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魔界編:第6章 拠り所
現世の理由
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ユキが夜這いから逃げたなんて言うから、思わず身を乗り出して反応してしまった。でも、逃げたって言ってるんだから……大丈夫だったって事だよね?
「えーっと、やっぱりそれって男から!?」
それを聞いたのは飛翔さんだった。
「老若男女全部だな……」
「あっ、じゃあ現世での魔力回復も余裕だったんだな!」
そう茶化すように飛翔さんはケラケラッと笑ったんだけど、僕は胸の内がソワッとして息を飲むようにユキを見た。
「現世じゃ何やっても魔力は回復できないから、そういうのはやってない」
「えっ、そうなん……って、ゴメン! 恋人の前で言う冗談じゃなかった」
飛翔さんがユキの繕うような僕への視線に気付いて、慌てながらパンッと両手を前で合わせた。
「いえ、そんな……!」
「ごめん、今のは絶対ダメなヤツだった! ほんっとゴメン!」
土下座でもしそうな勢いで深々と頭を下げられて、かえってこっちが恐縮してしまった。
ユキはクツクツ笑って少し可笑しそうにしている、きっと飛翔さんのこの反応を予想した上で、わざと僕にあんな視線を送ったのだろう。
「まぁ、俺の場合死んだ後300年くらいそういうことする気にならなかったしなぁ……」
「えっ! そうなの!?」
それは僕にとって意外過ぎる事実で、思わず過剰に反応してしまった。
「お前ら俺の事、色情魔だと思ってるだろ!?」
「お、思ってないよ!?」
色情魔とまでは言わないけど、ユキは好き者ではあるよね……でなきゃ魔界の二大淫魔なんて呼ばれるわけがない。毎晩その相手をしてる僕も、人に言えた義理ではないけど……。
「あー……でも分かるかも、死んだ後ってそういう欲落ちるよなぁ」
そう飛翔さんが同調して、僕はギクリとした。だって僕は生前より……あーっ! なんか恥ずかしくなってきた!
思わず俯くように視線を逸らすと、ユキがニヤニヤと笑っている気配がした。僕の内心が見透かされているようで、本当に恥ずかしい。
「お前の場合、現世の恋人引きずってるだけだろ」
「うっ……だって」
「飛翔さん、現世に恋人が居るんですか!?」
話題が切り替わった方向に全力で食いついた、渡りに船ではあったけど、話の内容はとても気になる。
「……あーまぁ、もう会えないんだけどな」
俯いた顔を上げると、頬をポリポリとかきながら困った顔をした飛翔さんが視界に映って、その表情に胸が痛くなった。
飛翔さんは死んで2年しか経ってないから、置いてきてしまった恋人が忘れられないって事だよね……死別なんて、きっと残された方も辛いだろう。
「今際の際に会いに行っていいって許可もらってるからな、その時にプロポーズする気らしいぞ」
「なぁっ、人にバラすなよ!」
飛翔さんが顔を真っ赤にして身を乗り出して、もたれかかっているソファーの背もたれを叩いて抗議している。鮮やかな緑の跳ねた髪と、尖った悪魔耳についたピアスが揺れる。見た目は派手でガタイも良くて僕より5歳も年上なのに、なんだかそんな反応が微笑ましい。
「素敵だと思いますよ」
「あーもーっ! 恥ずかしいから俺の話は終わり!」
素直に伝えると、飛翔さんは余計に恥ずかしがった。ユキやルイさんが飛翔さんを揶揄う気持ちがなんとなくわかった気がした。
「それで! ユキはなんで二百年も現世に居たんだよ、俺なんて行きたくても行けねーのに!」
「あぁ、あの時はまだ現世行きについてのルールなんて無かったからな……思えば散々好きにさせてもらったな」
ハハハッと軽く笑った後、ユキから一瞬笑顔が消えて……口元だけ少し笑ったユキが、視線を逸らしながら小さな声で呟いた。
「外の世界を知りたかったんだよ……」
一瞬垣間見せたその切ない表情から、脳裏に夢の中の記憶が蘇る。
『私の知る外の世界は、塀に囲まれたここだけ』
幼い頃そう言ったユキは、夢の中にいつも出て来る池と梅の木のある庭……決して広いとは言えないその空間を、自分が知っている外の世界だと言った。
あぁ、そうだ……こんな大事な事、僕はなんで思い出せなかったんだろう。ユキと夢で出会ったのは、僕があの狭くて汚い、誰も返ってこない部屋から出られない時だったじゃないか。僕とユキは境遇が似ていた、だからこそお互いに共感し、拠り所だったんだ。
ただ、僕らには決定的に違うことがあった。
僕は死んでも構わないと虐待され、放置されて、捨てられた。反対にユキは大事にされていたみたいで、外界から隠すように育てられてたんだ。
でもユキは大事にされていたからって、幸せではなかった様だった……縄目の跡が残る痛々しい肌も、死にたくなる程泣いていたのも……ましてや一族を滅ぼしたいなんて、余程恨みが募っていたとしか思えない。
だから僕は、君をそこから助けてあげたいって思ってた……。
今すぐユキを抱きしめたいなんて、そんな事を思ったら目が合った。ユキが僕を見てクスッと笑ったのは、触れたいと思ったのが伝わったからだろうか。
「現世といえばそろそろだが、何かやりたい事は見つかったか?」
「あっ……」
そうだった、魔王様の護衛で現世に行くから、やりたい事考えておけって言われてたんだ。
やりたい事が無いわけではないけど、1番に浮かんだのは飛翔さんとの約束で……視線を移すと飛翔さんは目を輝かせてこちらを見ていた。
「行くのか!? 俺のハーゲン◯ッツ!」
「勿論、ちゃんと覚えてますよ」
相変わらず飛翔さんのアイス欲は凄まじい。僕とユキの夜勤を代わってもらってる分、満足してもらえるクオリティにしなければ! 飛翔さんの期待値が高すぎて、魔王様とは違ったプレッシャーを感じる……。
「一応ダメ元で聞くんだけど、やっぱり両親に会いに行くのは無理……だよね?」
「……それはダメだな、特に真里の母は思い入れが強いから、霊体でも見つかってしまう可能性さえある」
やっぱりダメか……わかってはいたけど、元気にしてる姿を確かめたかった。
「お盆の時期にさ、大切な人が元気にしてるか見せてくれるイベントがあるんだぜ!」
「……それ、初耳です」
俯いた顔を上げると、飛翔さんが親指を立ててニカッと笑った。
「あー……灯篭が配られてな、見たいと思った現世の人の姿を見せてくれるって物なんだが」
ユキが犬耳の後ろ辺りを掻きながら、少し困ったような表情をする。
「後で話す……どの道今回は真里の地元からは遠い地に向かう事になると思う、行きたい場所を事前に伝えておけば出来ないこともないが……」
何か僕のせいで行き先が絞られてるみたいだ、その上行きたい場所までリクエストするなんて図々しすぎないだろうか?
「行きたい場所って言われても、そもそも現世に行く目的が分からない……そうだよ! 今回なんで僕は現世に連れていかれるわけ!?」
そもそも一番肝心なことを誰も教えてくれてないじゃないか! 目的がわからないのに、行きたい場所もやりたい事も考えられるはずがない。
「言ってなかったか?」
「聞いてないよ!」
思わず頭を抱えてしまった、ユキが言い忘れるのはいつもの事だけど……つまりユキにとっては、特別でもなんでもない事情って事だ。
ユキが飛翔さんに視線を移したかと思うと、パチンと指を鳴らした。
「わっ!?」
驚いた表情で耳を押さえる飛翔さんを気にもとめず、ユキは身を乗り出しながら対面に座る僕に手招きした。
僕も身を乗り出すと指で顎を掴まれて、ユキの口元が僕の耳へ触れるほど近づいてきてドキッとした。
「魔王様のデートだよ」
デッ……! それってもしかして、天界の!?
「えーっと、やっぱりそれって男から!?」
それを聞いたのは飛翔さんだった。
「老若男女全部だな……」
「あっ、じゃあ現世での魔力回復も余裕だったんだな!」
そう茶化すように飛翔さんはケラケラッと笑ったんだけど、僕は胸の内がソワッとして息を飲むようにユキを見た。
「現世じゃ何やっても魔力は回復できないから、そういうのはやってない」
「えっ、そうなん……って、ゴメン! 恋人の前で言う冗談じゃなかった」
飛翔さんがユキの繕うような僕への視線に気付いて、慌てながらパンッと両手を前で合わせた。
「いえ、そんな……!」
「ごめん、今のは絶対ダメなヤツだった! ほんっとゴメン!」
土下座でもしそうな勢いで深々と頭を下げられて、かえってこっちが恐縮してしまった。
ユキはクツクツ笑って少し可笑しそうにしている、きっと飛翔さんのこの反応を予想した上で、わざと僕にあんな視線を送ったのだろう。
「まぁ、俺の場合死んだ後300年くらいそういうことする気にならなかったしなぁ……」
「えっ! そうなの!?」
それは僕にとって意外過ぎる事実で、思わず過剰に反応してしまった。
「お前ら俺の事、色情魔だと思ってるだろ!?」
「お、思ってないよ!?」
色情魔とまでは言わないけど、ユキは好き者ではあるよね……でなきゃ魔界の二大淫魔なんて呼ばれるわけがない。毎晩その相手をしてる僕も、人に言えた義理ではないけど……。
「あー……でも分かるかも、死んだ後ってそういう欲落ちるよなぁ」
そう飛翔さんが同調して、僕はギクリとした。だって僕は生前より……あーっ! なんか恥ずかしくなってきた!
思わず俯くように視線を逸らすと、ユキがニヤニヤと笑っている気配がした。僕の内心が見透かされているようで、本当に恥ずかしい。
「お前の場合、現世の恋人引きずってるだけだろ」
「うっ……だって」
「飛翔さん、現世に恋人が居るんですか!?」
話題が切り替わった方向に全力で食いついた、渡りに船ではあったけど、話の内容はとても気になる。
「……あーまぁ、もう会えないんだけどな」
俯いた顔を上げると、頬をポリポリとかきながら困った顔をした飛翔さんが視界に映って、その表情に胸が痛くなった。
飛翔さんは死んで2年しか経ってないから、置いてきてしまった恋人が忘れられないって事だよね……死別なんて、きっと残された方も辛いだろう。
「今際の際に会いに行っていいって許可もらってるからな、その時にプロポーズする気らしいぞ」
「なぁっ、人にバラすなよ!」
飛翔さんが顔を真っ赤にして身を乗り出して、もたれかかっているソファーの背もたれを叩いて抗議している。鮮やかな緑の跳ねた髪と、尖った悪魔耳についたピアスが揺れる。見た目は派手でガタイも良くて僕より5歳も年上なのに、なんだかそんな反応が微笑ましい。
「素敵だと思いますよ」
「あーもーっ! 恥ずかしいから俺の話は終わり!」
素直に伝えると、飛翔さんは余計に恥ずかしがった。ユキやルイさんが飛翔さんを揶揄う気持ちがなんとなくわかった気がした。
「それで! ユキはなんで二百年も現世に居たんだよ、俺なんて行きたくても行けねーのに!」
「あぁ、あの時はまだ現世行きについてのルールなんて無かったからな……思えば散々好きにさせてもらったな」
ハハハッと軽く笑った後、ユキから一瞬笑顔が消えて……口元だけ少し笑ったユキが、視線を逸らしながら小さな声で呟いた。
「外の世界を知りたかったんだよ……」
一瞬垣間見せたその切ない表情から、脳裏に夢の中の記憶が蘇る。
『私の知る外の世界は、塀に囲まれたここだけ』
幼い頃そう言ったユキは、夢の中にいつも出て来る池と梅の木のある庭……決して広いとは言えないその空間を、自分が知っている外の世界だと言った。
あぁ、そうだ……こんな大事な事、僕はなんで思い出せなかったんだろう。ユキと夢で出会ったのは、僕があの狭くて汚い、誰も返ってこない部屋から出られない時だったじゃないか。僕とユキは境遇が似ていた、だからこそお互いに共感し、拠り所だったんだ。
ただ、僕らには決定的に違うことがあった。
僕は死んでも構わないと虐待され、放置されて、捨てられた。反対にユキは大事にされていたみたいで、外界から隠すように育てられてたんだ。
でもユキは大事にされていたからって、幸せではなかった様だった……縄目の跡が残る痛々しい肌も、死にたくなる程泣いていたのも……ましてや一族を滅ぼしたいなんて、余程恨みが募っていたとしか思えない。
だから僕は、君をそこから助けてあげたいって思ってた……。
今すぐユキを抱きしめたいなんて、そんな事を思ったら目が合った。ユキが僕を見てクスッと笑ったのは、触れたいと思ったのが伝わったからだろうか。
「現世といえばそろそろだが、何かやりたい事は見つかったか?」
「あっ……」
そうだった、魔王様の護衛で現世に行くから、やりたい事考えておけって言われてたんだ。
やりたい事が無いわけではないけど、1番に浮かんだのは飛翔さんとの約束で……視線を移すと飛翔さんは目を輝かせてこちらを見ていた。
「行くのか!? 俺のハーゲン◯ッツ!」
「勿論、ちゃんと覚えてますよ」
相変わらず飛翔さんのアイス欲は凄まじい。僕とユキの夜勤を代わってもらってる分、満足してもらえるクオリティにしなければ! 飛翔さんの期待値が高すぎて、魔王様とは違ったプレッシャーを感じる……。
「一応ダメ元で聞くんだけど、やっぱり両親に会いに行くのは無理……だよね?」
「……それはダメだな、特に真里の母は思い入れが強いから、霊体でも見つかってしまう可能性さえある」
やっぱりダメか……わかってはいたけど、元気にしてる姿を確かめたかった。
「お盆の時期にさ、大切な人が元気にしてるか見せてくれるイベントがあるんだぜ!」
「……それ、初耳です」
俯いた顔を上げると、飛翔さんが親指を立ててニカッと笑った。
「あー……灯篭が配られてな、見たいと思った現世の人の姿を見せてくれるって物なんだが」
ユキが犬耳の後ろ辺りを掻きながら、少し困ったような表情をする。
「後で話す……どの道今回は真里の地元からは遠い地に向かう事になると思う、行きたい場所を事前に伝えておけば出来ないこともないが……」
何か僕のせいで行き先が絞られてるみたいだ、その上行きたい場所までリクエストするなんて図々しすぎないだろうか?
「行きたい場所って言われても、そもそも現世に行く目的が分からない……そうだよ! 今回なんで僕は現世に連れていかれるわけ!?」
そもそも一番肝心なことを誰も教えてくれてないじゃないか! 目的がわからないのに、行きたい場所もやりたい事も考えられるはずがない。
「言ってなかったか?」
「聞いてないよ!」
思わず頭を抱えてしまった、ユキが言い忘れるのはいつもの事だけど……つまりユキにとっては、特別でもなんでもない事情って事だ。
ユキが飛翔さんに視線を移したかと思うと、パチンと指を鳴らした。
「わっ!?」
驚いた表情で耳を押さえる飛翔さんを気にもとめず、ユキは身を乗り出しながら対面に座る僕に手招きした。
僕も身を乗り出すと指で顎を掴まれて、ユキの口元が僕の耳へ触れるほど近づいてきてドキッとした。
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