死が二人を分かたない世界

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魔界編:第5章 維持部隊

恋バナと唐揚げ

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 ルイさんが連れて来てくれたのは定食屋だった。
 紙に手書きのメニューを壁に貼っているような、本当に商店街とかにある小さなお店って感じで、中に入ると炊いたご飯や味噌汁の匂いがして……とたんに、空かないお腹が鳴るような気がした。

「俺、煮魚定食ねー! 真里はゆっくり決めていーよ!」
「あ、僕は唐揚げ定食で」
 あいよーっと奥からお店の人の声が聞こえてきた。ルイさんは店の一番奥の4人掛けの席に座った、店内は僕たちの他にお客さんはいなかった。

「チョイスが若いねー! 大盛りにしなくていーの?」
「あー……あんまり食べるとユキが嫌がるので」
「はぁーん……」
 食事は魔力回復の一つだ、僕の体に他人の魔力が入るとユキは少し妬くのだ。その辺の諸々を今お察しされたような気がして、言わなきゃよかったと後悔した。

 ルイさんは僕を若いとか言うが、正直見た目だけならどう見てもルイさんの方が若い。なんせ見た目年齢は14歳だ、身長はそんなに変わらないのが少し切ないけど……。
「ここの店出てくるまで少し時間あるから、一本吸っていい?」
「えっ……は、えっ!?」
「あ、ごめん。タバコきらい?」

 ルイさんがテーブルの端に置いてあった灰皿に伸ばした手を、少し引くようにして止まった。
 ルイさんの外見だけだと完全にアウトだ! ただし、中身は40歳手前なのだ……精神年齢的にはおかしくない。

「いえ、父が吸っていたので平気です……っていうか、ルイさんってタバコ吸うんですね」
「事務所じゃ吸わないけどねー……ユキが臭いって嫌がるからさ」
 だろうな……ユキは普通の人より鼻がいいから。

 ルイさんが煙草に火を付けて僕から顔を背けてフーッと煙を吐いた、いつもニコニコしている表情は真顔で、とても14歳には見えないし正直カッコいい。そしてルイさんのタバコは殆ど臭いが無くて煙たくもなく、不快感はほぼゼロだった。

「オレが吸ってるのは現世のと違ってほとんど臭く無いし、依存性もないから……普段は吸わなくてもへーきなんだけどね、ちょっとストレス感じると欲しくなんだよねー」
「それって生前からの……」
「あー、癖になっちゃってんだろーなぁ」
 その発言はアウトです。生前は吸っちゃダメな年齢ですよ!

 ルイさんの金髪の髪色と複数のピアスが生前からのものなら、当時はなかなかヤンチャしてたと見受けられる。
 そんなヤンチャな見た目と定食屋と恋バナが、どれも全く結びつかないのだけれど……。
「あの、ルイさん今日ここに来たの……恋バナって」
「そー! 真里に聞きたい事があってさ!」
 ルイさんは足を組みながら灰皿に灰を落とす。はぁーと軽いため息をついたところを見ると、何かに悩んでいる様子だ、もしかしてカズヤさんの事だろうか?

「あのさ、真里とユキって恋人同士だよね?」
「あっ……えっと、た……ぶん?」
「なんで疑問形?」
 恋人同士かと改めて言われるとむず痒い。それに僕の中ではユキはもう恋人というより、これからずっと長い年月を共に過ごす伴侶のような、相棒のような……そして幼馴染の友でもあるからして……恋人という言葉はあまりしっくりとこない。

「まぁいいや、それって……その、どっちから告白したのかなって……聞きたくて」
 だんだん声が小さく、僕から顔を背けるようにしながら言うルイさんは、完全に照れている。
「うーん……改めて付き合ってくださいみたいな告白は……してないと思いますけど」
「えっ……しなくても恋人になれんの!?」
「どうでしょう、たぶん僕たちはちょっと特殊だと思います」
 うぅ、参考にならなくてすみません……。

「直血の契約をするときに、ユキからプロポーズみたいな事はしてもらいましたけど」
「ぶっ飛ばしすぎだろ……」
「改めて言われると、そうですね」
 一般的な恋愛観で指摘されると、ちょっと可笑しくなってくる、確かに僕たちは飛ばし過ぎかもしれない。

「っていうか……ルイさんが好きなのってカズヤさんですよね?」
「へっ……!?」
 ルイさんは口に運ぼうとした煙草を、ポロッと灰皿の上に落とした。

「え、なんで……ユキから聞いた!?」
「いやぁ……聞かなくてもわかるくらい顔に出てますよ」
 鍛錬中も事務所でも、熱い視線をカズヤさんに向けているルイさんは本当に分かりやすい。

「もしかして、まだ告白もしてなかったんですか!?」
「——っ! だって、だって……ほら男同士だし! 色々あるだろ!」
 確かに……これが多分一般的な感覚だ。僕の周りは同性であることを全く気にしていない人が多過ぎる、まぁ僕もそれに感化されているのは間違いないけど。

 しかし……そうか、ルイさんは告白もまだなのか……でも傍目から見てもカズヤさんがルイさんに好意があるのは明らかだ。

「告白すればいいじゃないですか」
 絶対OK貰えますよ、付き合いの浅い僕でも分かる程度に自信を持っていいと思います。
「無理だ! だってオレ……子供扱いされてんだもん!」
「えっ……」
「もうここに来て24年、中身は38だぞ! なのにカズヤはいつまでたってもオレを子供扱いするんだ……告白なんてしたら、絶対笑われる!」
 ええ~っ! そんな事ないと思うけど……。

 二人が同じ空間に居る時は、カズヤさんもなかなか愛情に満ちた視線をルイさんへ送っている。
 あの顔がただの庇護欲とは僕には思えないんだけど……もしかして当事者は分からないものなのだろうか。
「カズヤは子供好きだから……オレに優しくしてくれるけど、いつまでも過保護で、オレの事一人前になったって思ってくれないし、巡回も絶対付いてくるし!」
 それはルイさんと一緒にいたいだけなのでは……?

 さっきから言いたい事は山ほどあるが、僕から言ってもいいものかは難しいところだ。ルイさんが好かれている事は見るからに明らかだけど、カズヤさんに直接聞いて確かめたわけではないし……。

「逆に好かれてるなって思う事はないんですか?」
「あ、あるよ……二人の時にこう、指を絡ませてきたり……されたけど」
 ええええっ!? それってもう確定じゃないかな、むしろそこまでやっといて告白しないの? もしかしてカズヤさんかなりの奥手なんだろうか。

 対面に座っているルイさんは耳まで顔を赤くして、恥ずかしそうに両手で顔を隠している。
 そんな姿は中身が38歳だとは思えないほどウブで可愛らしく、こんな反応をされたらカズヤさんが躊躇してしまうのも無理はない。

「おまちー! 煮魚定食と唐揚げ定食ね」
 そんなタイミングで店主さんが定食を運んできた、顔はニヤつきを抑えるような表情で、僕と目が合うと慌てて表情を取り繕った。
「ごゆっくりー!」
 必死で笑顔を作った店主さんの気持ちは理解できる、可愛いもんねルイさんのこの反応は。

「冷めないうちに食おーぜ!」
「そうですね、いただきます」
 両手を合わせてお盆の上を確認すると、唐揚げと添えられたキャベツ、白いほかほかのご飯に味噌汁、小鉢には肉じゃがと小皿にたくあん。よだれが出るほど美味しそうな香りがする!

「あーもーなんでこんな恥ずかしいんだろ! 女の子とエッチする時でも、こんな恥ずかしい事なかったのに」
 唐揚げにかじりついた僕は、その発言に極太の槍が心臓を貫いた様な衝撃を受けた。
 その見た目で非童貞……だと!? いやでもそうだよね、中身は38歳だもんね……このヤンチャっぷりからすると生前に捨ててしまった可能性さえある。

 同じくらいの身長で見た目年齢も近いから、勝手に同族意識が働いていた。僕はユキと一緒にいる限りこのまま童貞を貫くことになるわけで……別にいいんだけど、別にいいんだけどさ!

「どー? ウマイっしょ? ここの塩唐揚げ!」
「はい、すごく美味しいです」
 唐揚げはちょっぴり心の涙の味がした。

 途中動揺はしたけど、このお店は好きな味だった。ユキとも来れたらいいけど、きっとユキは外でご飯はしないだろうな……。
「本当美味しかったです」
「だろー? オレのオススメの店! また来ようなー!」
 自分の事のようにニコッと喜ぶルイさんは、裏表がなくて本当に可愛らしい人だ。

「今日は連れてきてくれてありがとうございます、あの……」
「んー?」
 僕が言うべきか悩んで一瞬言葉に詰まると、ルイさんが先を促してくれる。

「カズヤさんは……真剣なルイさんを笑ったりしないと思います、だから……」
「うん、そうだね……でもオレはまだ勇気が出ないよ」
 ルイさんの俯いた顔は少し元気がない、きっと二人には僕が知らない色々な事があるんだろう。

 ルイさんは元々女性が好きみたいだし、カズヤさんも生前は奥さんとは死別したと本人から聞いた。
 それだけでも二人が乗り越える壁は高そうだ、今の関係が壊れるくらいなら……そう思うかもしれない。

 なにも役に立つ様な話が出来ず、ルイさんに申し訳ない気持ちのままそれぞれの帰路についた。
 僕がルイさんと同じ状況だったら、僕はユキに告白出来るだろうか……同じように勇気が持てないかも。

 だって僕は夢の中で、一度もユキに好きだと告白できなかったのだから。
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