死が二人を分かたない世界

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魔界編:第4章 与太話

指導の対価

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 カズヤさんが開いた事務所の奥の扉の先、クローゼットみたいに狭いその場所にはただ1つ、転移陣が設置してあるのみだった。

「この先に所有している道場がありますので、そちらに移動しましょう」
 カズヤさんは先行してその狭いスペースへ踏み入り、姿を消した。
 僕は少し戸惑ってキョロキョロとしてしまったけど、中に入ると一瞬で情景が変わった。全面木製の広い空間、普通の道場と違ってやけに天井が高くて、まるで学校の体育館のようだ。

 先に到着したその背中を見つけて、後ろについていくようにして進んだ。
「カズヤさん、さっきは聖華を試したんですか?」
「いえ……やる気のない人に教えるというのは面倒なので、帰ってもらうつもりでした」
 カズヤさんの表情は穏やかだけど、その口調には特に感情は乗っていない感じだった。
「やる気があるなら別に構いません」
「コイツに崇高な意思なんてないぞ、好き嫌い、やりたいやりたくないの話だ、単純にな」
 後ろから来たユキが軽く笑い飛ばしながらそんな事を言う。

 少し遅れて聖華が入ってきてからは誰も道場へは来なかった、飛翔さんとルイさんは部隊の仕事と、伊澄さんの護衛のため事務所に残ったみたいだ。
「本当は真里に色々教えたかったのですが、アレを使えるようにするのが急務なので……奥でユキに教わって下さいね」
「そうですよね……少し残念です」
 カズヤさんは維持部隊の副長だし、かなり武闘派だと聞いていたから、色々教えてもらえるのを楽しみにしていたんだけど……。

「そんなあからさまにガッカリしなくても……」
「あっ! ごめん!」
 耳を伏せて、さっきの僕より落胆するユキに両手を合わせて謝罪する。
「真里も伊澄さんを助けたいのでしょう? 魔力量的にも、私よりユキの方がきっと適任ですよ」
 ふふっと優しく笑うカズヤさんにフォローしてもらいつつ、ユキと一緒に道場の奥へと進んだ。

 奥に進むにあたり、ユキは当然のように僕の肩を抱くのだけど……なんだか顔がションボリしている。
「ゴメンってば、だってユキにはいつでもお願いできるからさ」
 家ではすぐイチャイチャに持ち込まれるから、魔力の使い方や操作の仕方なんて、ほとんど教えてもらった事ないけど。
「これでも一応魔王様の次に強いんだがなぁ……」
「わかって……」
「ぅきゃああっ!」
 ユキをフォローしようとしたとき、背後から甲高い叫び声と共に、ドスンと鈍い音が聞こえてきた。
 振り返って確認すると、カズヤさんよりも背が高くなってる筈の聖華が、簡単に床にひっくり返されていた。

 すぐに起き上がった聖華が若干キレ気味にカズヤさんに襲い掛かるが、また片手で軽くいなされてひっくり返っている。あまりにカズヤさんの手捌きが軽やかで、やっぱりアレ出来る様になりたいな……なんて思いながら眺めてしまった。
「あんなの真里にやらせられるか! 体が痣だらけになるだろ!」
「すぐ消えるけどね」
「痣がつく事自体がいやだ」
 僕の恋人は過保護で困る、ただ言いたい事は我慢しないという約束通り、嫌なものは嫌だと言ってくれるのは嬉しい。もちろん僕もやりたい事をやりたいと言う権利はあるのだけど、今日はユキの言う事を聞いておこうかと思う。

 カズヤさんと聖華のやりとりを盗み見たい気持ちもあって、こんなに離れなくても……なんて少し思ってしまうくらいには二人と距離が離れた。体育館……もとい道場の一番端まで辿り着いて、ユキと向かい合わせになる。
 この無駄に広くて無駄に屋根が高い建物、事務所の近くにあっただろうかと少し気になった。
 事務所が入ってる建造物は、少し床下が高いせいか周りの建物より少しだけ背が高い。その少しが目立つくらい大通り周辺の建物は低い建物ばかりだ。

「こんなに背が高い建物近くにあったっけ?」
「近くにはないな、これは郊外に建っているものに転移陣で飛んでるんだ」
「えっ! じゃあ今郊外にいるの!?」
 郊外って事は、東の門を抜けたその先……人がほとんど住んでいない、住んでても人と関わりたくない変人ばっかりって言われてる市街地の外って事だ。
「初めての郊外が建物の中なんて……」
「ハハハッ、じゃあ今度はちゃんと門をくぐってから来ような」
 穏やかな顔で笑うユキに思わず釣られて笑い返してしまう。人の目が少し離れて、二人っきりにでもなっているような気分になって……好きだなぁなんて思ってしまった気持ちは、分かりやすいほど顔に出てしまった。

「そんな顔されたら夜まで我慢できないな」
「なっ……! ユキは意地悪な顔になった!」
 ニヤッとしたユキに突っ掛かると、遠くから大声で叫ぶ声が聞こえてきた。

「甘い雰囲気出してんじゃないわよッ!!」

 広い空間に無駄に声が響く、そんなに声を張り上げてまで言わなければ気が済まないのか……。
「うるせぇなアイツ」
「キィーッ! 絶対悪口言って……ぐぇっ!」
 カズヤさんから煩いとばかりに再度ひっくり返された聖華が、遠くで痛そうな声をあげている。確かに一瞬だけだとしても、体中痣だらけになりそうだ……伊澄さんは事務所に残して正解だっただろう。

「真里はあんな事までしなくても、プレッシャーで殆どの奴は逃げていくからな」
「あ、そっか! でもいまいちコントロール出来てない気がするんだよね……出したい時に出せないと言うか」
 ユキの事になると簡単に出せるんだけど、常にユキが絡む状況とは限らない訳で……実際、今日のあの場面も僕がプレッシャーを上手く与えられてたら、あんな大惨事にはならなくて済んでたんだ。

「俺に向けて放ってみたらどうだ? 何か腹が立つような事でも思い出してみればやれるかも」
「えぇっ……無理だよ、ユキに腹が立つことが無いし」
 なんでも受け止めるとでも言いたげにユキが両手を広げているけど、本当に何も頭に浮かんでこない。むしろその腕に飛び込みたいくらいの気持ちなのに、どうやって怒れというのか。

「真里は本当に怒らないな……よし、趣向を変えよう。前に魔力の相殺の仕方を教えたな、真里は一発で成功させてしまったから、今度はわざと失敗させる」
 ユキが手首から上を強化して前に手をかざす。
「今強化してるこれを相殺して解除できるか?」
「うん……多分」
 まずはユキとお揃いの耳付きパーカーを被る。
 次にその魔力と同等の魔力を手元に溜めて、それを打ち消すと意思を込めてユキの手に触れる。触れる直前にユキの手元の魔力が増幅して、僕とユキの魔力は均衡ではなくなった。
 触れ合った瞬間に相殺の時より激しく、パンッと手が弾かれる感覚がして、軽く後ろによろめいた。

「今のが魔力が足りなかった場合の拒否反応だ、俺の強化は解かれてない上、自分が強く弾かれるから不利になる。逆に魔力が多すぎる場合はもっと激しく拒否反応が出る、魔力相殺は判断を誤ると致命的なんだ」
「えっ! なんで今まで教えてくれなかったの!?」
 さっきのユキみたいに使う魔力を増減させられると、あっという間に僕の不利になる諸刃の剣じゃないか!
「一度使った魔力量を変えるなんて、余程慣れてないとできないからな」
「……なるほど」
 ユキだからさっきみたいに相殺拒否が出来るって話なのか……それでも、そういった手練れと相対する事だってあるかもしれない。

「だから回避したり、防御したりというのも大事になってくるからな……俺と手合わせしようか!」
 そういった事は僕とはやりたがらなかったユキが、満面の笑みでそう提案してくる。僕としては戦闘面でも戦力になりたいし、ユキの横に胸を張って並び立つには強さは必要不可欠だ……願ったり叶ったりではあるのだけど……。

「何か企んでる……?」
「あぁ……判断ミスする度に俺が真里を"可愛がる"」
 さっきまでの笑顔は、ニヤァと下衆な笑みに切り替わる……背中がゾワワっとする程の身の危険を感じた。
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