死が二人を分かたない世界

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魔界編:第3章 お仕事

引き金

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 輪廻門から伸びた黒い腕は、ユキを引き摺り込もうと足首を掴んで離さない。
「——っ!」
「ユキッ!」

 向かい側に居た僕は、門を飛び越えるようにしてユキ目掛けて思いっきり飛び込んだ。いや……多分、タックルしたというのが正しいだろう。
 ユキの後頭部を右手で庇うようにして、一緒に倒れ込んだ。

 強い力で引き摺り込もうとするなら、全力でユキを引き止めるつもりで力を込めた。だが、すかさず覇戸部さんが鬼もどきの頭を蹴り上げ、頭に足を乗せてズブズブと、加速させるように闇の中に沈めてしまった。
 一歩間違えたら自分もその中に入ってしまうかもしれないのに……躊躇なさすぎだろ!

 ユキの集中が途切れて維持できなくなった輪廻門が、沈んでいく鬼もどきの腕を吸い込みながら中心部へ収縮して、地面に吸い込まれるように消えていった。
「ビックリしたな」
「それはこっちの台詞だよ! 寿命が縮んだよ!?」
 珍しく心底驚いた顔で目を丸くしているユキの胸に、額を擦り付けるようにして安堵した。
「まぁ、もう死んでるけどな」
 そうふざけて返して僕の頭を撫でるユキに、本当に良かったと泣きたくなった。やっと僕たち一緒に居られると思ったのに、お別れになるなんて絶対やだよ。

「しかし真里は速かったな、いつ気付いたんだ?」
「それは……」
 "危ない"と声が聞こえたからだ、多分僕の頭の中に直接……誰の声なんだろう? ユキを守ってる犬神の雪代か? だとしたら二人を前にして話すのは得策ではない気がした。

「助かった、ありがとう」
 そう言って僕の額にチュッと音を立ててキスしてから、僕を片手で抱き上げるようにして立ち上がった。
 また人前でイチャついてしまった……と、少し恥ずかしくなって、キスされた額に手を当てていると、僕を睨んでいるようにしか見えない覇戸部さんと目が合った。

「……覇戸部さん、助けてくれてありがとうございます」
「……お前に礼を言われる筋合いはない」
 ムスッと嫌そうな顔をしながら僕の言葉を突っぱねる、ユキを助けてくれたお礼を僕がするのが気に食わないのだろう。

「先ほど僕も助けて頂きましたので」
「仕事だ」
 お礼言ってんだから素直に受けとれよっ! 取りつく島もないな本当! 心の中で地団駄を踏みながら、引きつりそうな顔を繕うように笑顔を張り付かせた。

「そうだ! 覇戸部お前っ! 俺がカッコよく真里を守ろうと思ってたのに、なんでお前が助けてんだ!」
 ユキが腰に両手を当てて、先ほど助けて貰った事も忘れたかのように噛み付いている。それでもさっきの出来事に多少動揺したのか、そこに少し焦りのようなものを感じて、僕は思わずユキの手を取った。

「ユキが助けてくれたの、分かってるよ」
「そうか……?」
「すごく頑丈そうな壁ができてたから、安心して気が抜けちゃったよ」
「そうか!」
 機嫌を取り戻したユキがニコニコしながら僕の手を握り返した、本当は少し心を乱したユキに、大丈夫だよってしてあげたかったんだけど……二人の前だしな。

 そんな事を思っていると、ユキがキスしたそうに顔を寄せてきて……。
「そういう事は帰ってからにして下さいね」
 まだ魔王様の姿のままのハルキさんから一言言われ、すみませんなんて謝った。横に視線を移すと、覇戸部さんが心底面白くなさそうな顔をしていた。こちらが見ている事に気付いて、またすごい眼力で睨まれる……。
 いつも睨まれてばかりだったから気付かなかったけど、この人も相当顔に出るタイプなんだな……だからこそあれだけ僕を敵視して睨んでくるのだろうけど。
 魔王様近辺の人はなんだか読めない感じがしていたのだけど、意外とそんな事はないみたいだ。

「真里を睨むなよ、言いたい事があるなら俺に言えばいいだろ」
 ユキが僕と手を繋いだまま覇戸部さんの方へ歩み寄り、スネ辺りをゴツいブーツの側面でコツいている。ユキってやってる事は一見乱暴なんだけど、痛く無い様に配慮してやるんだよな……。

「……別に」
 覇戸部さんはユキから真っ直ぐに見据えられて視線を逸らす、僕からするとユキに絡まれるよりこっちを睨みつけて満足するならそれでいいんだけど。
「なんだよ、昨日の事気にしてんのか?」
「……」
「今日は真里の事守り行ったのも感心したし、お前の仕事に私情を挟まないところは嫌いじゃないんだが」
 はぁとため息を吐きながらのユキの一言に、まだ他人の魔力量を正確に読めない僕でさえ驚いたくらい、覇戸部さんの魔力はギュンと回復した。

「お前……そういうとこだよ、俺の言葉にいちいち過剰反応するな、普通にしろ!」
 ユキが一歩後ずさるが、本人はそれどころではないのか、腕で隠す様にユキから顔を逸らしている。

「最近ユキ様に冷たくされていたので、余程嬉しかったんでしょうね」
「冷たくってな……俺はこの好意の臭いが苦手なんだ、こいつに対してだけじゃない」
 魔王様の姿のまま半ば呆れ顔のハルキさんに、空気を払うような仕草をするユキ。

 好意の臭い……そういえば聖華が言ってた気がするな、"本気になったら捨てられる"って……。真正面から好意を伝えて、それを受け止めてもらえる僕は、ユキを想う人たちにとってはどれだけ恨めしい事だろうか……。
 聖華や覇戸部さんの僕への態度は、何も二人に限ったことでは無いんだろうな。

「何にせよ覇戸部さんの魔力が回復して何よりです、これからも継続的に回復する方法を探さないといけませんが」
「なんでお前はそんなにアイツの魔力回復を気にするんだ?」
「魔王様の護衛たる人が、ジワジワと魔力を擦り減らして回復しないのが、腹ただしいのですよ」
 今度はかなり冷たい目でそう覇戸部さんを見ながら言い放ったハルキさんは、この人に逆らいたくないなぁと思わせるプレッシャーを放っていた。

「応急処置として、覇戸部さんに例の件で配った魔力飴……お渡ししておいたらどうですか?」
「「えっ!」」
 僕とユキの声が重なって、ハルキさんのその提案に、当事者である覇戸部さんは軽く目を見開いた。

 いやだ、あげて欲しく無い……そう思ってユキを見上げると、ハルキさんからのプレッシャーが向けられる。
「市場に出回ってるものくらい、構いませんよね?」
 その声に乗せた魔力の圧に、肯定すること以外を許されない雰囲気に気圧される。

「まぁ、真里を助けてくれた礼としてならやらん事もないが……」
 ほらよとだけ言って、ユキは握った手を覇戸部さんの前に突き出した。手のひらを出すように催促されて、少し戸惑うように人より大きな手を出した覇戸部さんに、例の飴がパラパラと降り注ぐ。

「それが無くなる前に、自分で解決法を探せよ」
 無言で頷いた覇戸部さんは、手の上に乗った10個ほどの紫かがったその飴を大事そうに仕舞い込んだ。

「反逆者の掃除も、覇戸部さんの魔力回復も解決しましたし……悪くない収穫ですね」
 一人満足そうにしているハルキさんは、多分何かしらの成果をあげないと気が済まない主義だろう。
 僕たちはそのこだわりに巻き込まれている気がしなくも無いが、確かに飴だけでユキが昨日のように拘束されなくて済むのなら、僕やユキにとっても悪いことではないような気がしていた。

 この時の判断を、僕は後々後悔することになる。
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