死が二人を分かたない世界

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魔界編:第2章 繋がる

約束

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「いや、それは違っ……わないけど」
 癖のように否定しようとして、それを取り消した。僕は今日、ユキと最後までするって決めたんだから!

 言わなきゃ! しようって、ユキと……最後までって。あぁっ、なんて言えばいいんだろう! 自分からなんて言えないよ……気持ちはあるのに!

 僕が苦心しているのがバレバレなのか、ユキが安心させるように優しく笑って僕の頬を撫でた。
「すまない、困らせたな……無理しなくていい」
「……っ! 無理なんかしてないよ」
 この流れはダメだ、また先延ばしになってしまう!

「でも、まだ怖いんだろう?」
「それは……」
 それは仕方のない事なんじゃないだろうか……誰だって未知の経験は怖いものだと思う、それが自分の体に起こる事なら尚更だ、それでも僕は……。

「怖い思いはさせたくない、真里に嫌われたくないしな」
「そんな……何があってもユキの事、嫌いになったりなんてしないよ」
 ユキの表情を見ていると悲しそうな、怯えるような顔で、もしかして不安なのはユキの方なんじゃ……? そんな事を思ってしまった。

「僕って信用ないかな……」
 少し大袈裟に悲しんでいるフリをしたら、案の定ユキが眉尻と耳を下げて困った顔をしている。
「真里の気持ちを疑ってるわけじゃない、ただ……これは俺の中の問題というか」

 どうしたものかといった様子で、ユキがソファの背もたれに背中を預ける。僕もユキを困らせたいわけではないが、何か引っかかっている事があるなら解消したい。
 ユキは僕に嫌われる事を極端に恐れている気がする、その原因は何なのか……それが知りたい。そして安心して欲しい、僕がユキを嫌いになることなんて、絶対に起こり得ない事だって。

「僕がユキを不安にさせてる?」
 ユキの膝の上から少し乗り出して、肩に手を置いた。覗き込むようにすると、目を合わせにくかったのか、ユキが自分の顔を手で覆った。
「違う、俺が真里に嫌われるのが怖いだけだ……また、真里が居なくなったらと思うと……耐えられないから」
「……また?」
 またってなんだ? 僕はユキの元から離れたことなんて一度も……。僕の疑問の声に、ユキがハッとしたように僕の顔を見た。

「違う! すまない、今のは忘れてくれ!」
 起き上がって僕の腕を掴もうとしたユキの両手を捕まえた、ユキはすぐ誤魔化したり言わなかったりするから……だから。
「またって、どういう事?」
「——っ!」
 ユキの両手首を掴んだまま、真っ直ぐに見据えると、ユキが観念したようにはぁ、とため息をついた。

「真里はここに来てから、昔の俺と夢で会ったか?」
 昔のユキ……僕が夢で会ってた頃のユキ、大好きな雪景。
 魔界に来てからの雪景の夢といえば、昔を振り返るような……思い出すような夢ばかりだった。それはまるで一方的に思い出のアルバムやビデオ見るようで、彼と"会った"かと言われれば、それは違うだろう。
「会ってない……夢は見てない」
「真里は死んだからな……もう昔の俺と夢で会う事はないと思う」

 ……もう、会えない?

 一瞬頭が真っ白になった、思考が止まった……。
 そんな事考えもしなかった……どうして考えられなかったんだろう、漠然とまた夢で会える気がしていた? いや、本人が目の前に居たから気付かなかった、目を逸らしていた。

「だってあの時、お願いされたのに……! ちゃんと覚えてるよ……最後に会った夢! 梅の花が全て散るほど、君が悲しんでて……僕にまた……夢で……会いに来てって」
 動揺してしどろもどろになった、頭の整理が追いつかない。

 泣いて僕に縋るように願った雪景に、僕はもう二度と会うことが出来ない……?
 ずっと愛しんできた人を、真っ暗な暗闇の中に置き去りにしてしまった様で、取り返しのつかない後悔が僕を襲う。

「それが最後だった」

 その言葉は胸がえぐられるように痛くて、涙が出てきた、僕は雪景の願いを叶えられなかったんだ。
 僕が約束を破って傷ついたはずのユキは、それから千年も経ったのに……それでも僕を迎えに来てくれて、今目の前に、僕の側にいてくれて……。

「ごめん……ごめんね、ユキ」
 ユキの頭を胸に抱いた、僕の大好きな黒髪の中に指を入れて抱きしめた、少しでもユキに直接触れたかった。

「真里は悪くないだろ? やっぱり泣かせてしまったな、傷つくと思ったから言いたくなかったんだ……」
 ユキが僕の背中を優しく撫でる、それは僕をあやすような仕草だったけれど……。

「傷付いたのはユキの方だよ! 僕が君と同じ時代に生まれていれば良かったのに……なんで、なんで千年も経って……」
「っ……!」
 ユキの耳が伏せた、その根本に頬を寄せると僕の涙がユキの髪を濡らした。
「……真里、俺は泣かさなくていいんだぞ?」
 ユキの声は震えてた、我慢なんてさせたくなかった。

「君は泣いていいんだよ……ごめんね、約束守れなくて」

「悲しかったよね、寂しかったよね……ほんとに、ごめんね」

「ずっと僕に嫌われたと思ってたの……?」

 僕の言葉を聞くたびに、ユキはただ黙って頷いた。僕が会いに来ない理由を、嫌われたからだと思っていたんだろうか……千年もの間ずっと。

「それなのに……千年も待ってくれてたの? 僕の事、好きすぎじゃない?」
「知らなかったのか? 俺は真里が思ってるよりずっと……お前のことが好きなんだよ」

 少し震えた声でそう言ったユキは、僕の胸にグリグリと頭を押し付けてくる……可愛くて愛しい僕のユキ。

「他の奴に嫉妬するのもバカらしくなるだろ?」
「本当だね……」
 ユキが僕をギュッと抱きしめてきて、僕もユキの頭を包むように大事に大事に抱きしめて、二人でくすくすと笑った。キスしたいなぁ……きっと今、すごく可愛い顔してるんだろうな。

 僕がユキを手放して顔を覗き込もうとしたけど、ユキは僕の胸に顔を埋めたまま動かない。
「ねぇ、ユキ……こっち向いて」
「今、あんま見られたくないかも……」
「キス、したいんだけど」
 人間の耳と違って、上についてるユキの犬耳にそっと囁いた。多分耳も他の人より良いはずだから、出来るだけ小さな声で。

 ユキが耳をピクンとさせて、ゆっくり上を向いた。少し赤くなった目元を親指で拭うと、ほんのり濡れた指先に愛おしさを感じる。
 僕が少し下に顔を寄せると、下から我慢できないとばかりにキスされて、ひっくり返されて……僕の背中はいとも簡単にソファに沈んだ。

 ただ触れるだけのキスを何度もして、ユキが一層可愛く見えて、頬を撫でた。
「ねぇユキ……お願いがあるんだけど」
「なんだ?」
 そう聞き返してきたユキの声色は、蕩けそうなほどに優しかった。

「これからは、言いたいこと、不安な事は我慢しない事にしない? 言いたくない事、隠したい事はいいから……我慢をしないって約束」
「……ん、分かった」
「僕に嫌われるんじゃないかって……ずっと気にしてたんだよね?」
 ユキの頬からうなじまでを撫でる、綺麗な髪が僕の手の甲をサラサラと通り過ぎていく。

「まず僕は何があってもユキを嫌いになんてならないよ……大好きだよ、あと何百、何千年後だって大好きな自信あるから……安心してね」
 ユキのうなじに回した手で、ユキを引き寄せてキスした。
「あぁ、千年前の俺に教えてやりたかったな……お前は千年後、真里と一緒にいるんだぞって」
 ユキの瞳が揺れて、目尻にジワっと涙が溢れる……そんな表情を見てると、思わず僕まで涙腺が緩む。

「そしたら、どうなってた?」
「……少なくとも、魔界の二大淫魔なんて馬鹿みたいな二つ名は付かなかっただろうな」
 ハハッ……と目を逸らしながらユキが自嘲気味に笑う。結構真面目に聞いたのに、照れ隠しなのかそんな事を言うユキに、僕は合わせて苦笑した。
「それも、僕は気にしてないからね?」
 先ほど引き寄せて近くなったユキの頭をゆっくり撫でた、ユキが柔らかく笑ってから、僕の頬に頬を寄せる。

「俺は後ろめたい事が多過ぎる」
「大丈夫、過去のユキも全部含めて、今のユキが大好きだから」
 ユキが僕と夢で会えなくなってからの生活も、若くして死んでしまった理由も……それから千年、魔界で何を思い、何をしてきたのか……。
 ずっとはぐらかされてきたから、今はきっと言いたくないんだと思う……強要はしたくない、いつか話してくれればそれでいい。

 ユキが寄せた頬にキスすると、嬉しそうに笑う。思えば、初めてユキに願いを叶えてもらった時も……ユキの頬にキスして、同じ顔で笑ってたような気がする。
 今度はユキから僕の頬にキスしてきて、それも一緒……わざとなのかな? その後違ったのは、ユキが僕の色んなところにキスしてきて、唇も合わせたけど……いつもと違って舌は絡めてこなくて……焦ったいような、もどかしい気持ちになった。

「ユキ……もしかして、また我慢してない? 僕は我慢しないから、言おうと思うんだけど」
「ん? なんでも聞くぞ」
 ユキがキスの嵐をやめて、優しく僕に笑いかけてくる。すっとぼけてるのかな? でも、僕もここで言えなきゃ進めないから。


「僕の、は、はじめてを……ユキにあげたいんだけ……ど……」
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