死が二人を分かたない世界

ASK.R

文字の大きさ
上 下
58 / 191
魔界編:第2章 繋がる

捜索

しおりを挟む
 ユキがあの人と二人でいるかもしれない……それは僕にとって危機感を抱くには十分だった。
 魔王様の護衛である覇戸部という人が、僕をあからさまに目の敵にしていて、そしてその理由がユキへの恋慕の情である事が明白だからだ。

 僕は焦っていた、焦ってはいたがさすがに証拠も確証もなく、魔王様の直轄領へ乗り込む様な無謀は出来ない。まず向かったのは魔王様直轄領内ではなく、反対方向にある維持部隊事務所だった。

 もしかしたら事務所に戻っているかもしれないなんて、殆ど薄い可能性に少しの期待をして……。

 息を切らしながら維持部隊の事務所の引き戸を開くと、ルイさんが普段開かない目を見開いて僕を見た。
「真里っ!? どうした!?」
「ユキっ……戻って来てないですか?」
「まだ帰って来てないのか?」
 やっぱり、こっちには帰って来ていない……魔王様のところに乗り込むしかないのか。

「もしかしたら、魔力補給に付き合わされてるのかも」
 ルイさんの発言に目を見張る、一瞬頭が真っ白になった。

「……それってあの、覇戸部って人のですか!?」
「うん、そうなんだけど……なんで」
「ありがとうございます!」
「真里っ……!?」
 嫌な予感は的中したのか……僕は来た道を同じように全速力で戻り、自宅も通り過ぎて、人気が少なくなった大通りをそのまま走り抜けた。

 自分の足で走るとこんなにも時間がかかる、ユキみたいに転移陣で移動出来ればいいのに! ユキから教えてもらっておけばよかった……自分が出来ないことの多さに、不甲斐なさに、涙が出てきそうだ……。

 今まさに、ユキが他の誰かに触れられているかもしれないのに! 嫌だ……絶対嫌だ!

 もっと速く! 自分にできることは何かないのか? もっと……そうだ、足を強化すれば速く走れる! 一度立ち止まってユキからの言いつけ通りフードを被って足に強化をかけた。
 強化した足で走り出すと、スピードは倍に跳ね上がった。道は曲がることなくまっすぐ進むだけ、人さえ避ければいいだけだ、制御できないほどじゃない。
 深夜とはいえ寝なくてもいい悪魔達は、昼間よりは少ないがこの時間も行動している。まばらに大通りを歩く人々が僕を見ているが、そんな事に構っている余裕は無かった。

 松林の道を走り抜けながら、自分の呼吸が荒くない事に気づいた。無意識に肺を強化していたみたいだった、内臓にも強化は施せるのか……それでも相変わらず心臓はドクドクとうるさい音を立てている、店もなくなったこの辺りは人も居らず、暗い松林の夜道をポツポツと街灯が照らすだけだ。
 ユキと歩いた時は何の不安もなかったのに、一人でここを走り抜けている今は、この暗い夜道が怖い……色んな不安で押し潰されそうだ。

 目の前には黒々とした仰々しい魔王様の直轄領へ入る門、ここまでたどり着いて一抹の不安が過ぎる。魔王様もグルだった場合、僕はここから先は通れないだろう。
 下唇を噛む様に、恐る恐る門へと手を入れると……思いの外何の抵抗もなく、僕の肘まで門の中へと入っていった。よかった……魔王様が僕を領内へ受け入れてくれるのならば、何もできないまま帰るという最悪の事態は避けられる。

 門は大丈夫だ、ここから先は走ったり暴れたりするような場所ではない。本当は大声でユキを呼んで探したい、しかし厳かな空気を纏うこの場所は、大声どころか声を出す事も憚られるような雰囲気だ。自分の心臓だけがひどく煩く、緊張している事が嫌でも分かる。

 もしユキがここにいない場合、居てもユキに会わせてもらえない場合、一人で魔王様と対峙する事になる……気に障るような事をしてしまえば、僕は消されてしまうのだろうか。

 白い玉砂利を両脇に従える石畳を進んで行くと、木製の大きな門が見え始めた、ただでさえバカうるさかった心臓の音が、緊張からかどんどん大きくなってる気がする。
 この先に魔王様が……。

 ドクン、ドクン、ドクン……

「真里様、どうしました?」
「わぁっ!」
 突然目の前に現れた狐面に、心臓が四散するかと思った! 大きく打ち付けていた心臓の音が、今は早鐘のように打ち鳴らされている。
 びっ……びっくりしたぁ……! そんな感想が、今やっと出て来たくらいに、僕の頭は混乱していた。

「魔王様から真里様がいらっしゃったと聞きましたので、お迎えにあがりました」
「あ、あのっ……」
「ユキ様のお迎えに来られたのでしょう? こちらです」
「え? あ、はいっ!」
 拍子抜けする程あっさりと、ハルキさんは僕をユキの元に案内してくれるようだった。もしかしてあの人と二人っきりに見えたあの悪夢はただの夢で、勘違いで……一人走り回って……いたと……したら。

 そう一瞬でも考えたら、急に恥ずかしくなって来た! 頭から蒸気が吹き出そうだ! よく考えたら夢で見た出来事を信じ込んでここまで来たわけで……寝ぼけているのか僕は!?

 それでもあの夢の光景は、本物だったと勘違いするほどリアルだったんだ……。僕にとって夢とは特別なものだ、ただ見るだけの虚構ではない、現実だと思った。あの直感は本当に勘違いだろうか。

 ハルキさんが案内してくれた場所は、石畳をまっすぐ進んだ門の先ではなく、道も敷かれていない砂利の上を歩いて行った先に見えてきた。

 領地内の他の建屋同様、日本の建造物を模した建物……新しい木で作られたような、何も着色の塗装を施されていない、無垢で綺麗な木造建築。床が少し高いのか、出入口には階段が設置してある。

「ハルキさんすみません、お邪魔してしまいましたか?」
「いいえ、そろそろユキ様にはお帰りいただくつもりでしたから……それに真里様にもお願いしたい事がありましたので、ちょうど良かったです」

 前を歩くハルキさんが振り向いて、面に隠れていない口元で笑顔を作った。

「今日はユキ様の魔力を、満タンにしておいて下さいね」
「へっ……!?」

 ハルキさんはすぐに前を向いて歩き始めたが、言い逃げされた僕としては、心中穏やかではない! だってそれって……これからユキと仲良くそういう事しなさいって事じゃないか!

 何でそんなプライベートな事に言及されなくてはいけないのかとか、まるで今日の僕の気持ちを見透かされてる様な気がした事とか、色々な意味で感情が乱れて、目が回りそうだった。

 目的の建屋のすぐ側まで来ると、中からユキの声が聞こえてきた。"帰る!"となんだか少し怒った口調で、ドスドスと床をブーツで踏み鳴らす様な音が聞こえてきた。
 扉の無いその建物の開け放たれた出入り口から、会いたいと焦がれた姿が見えた、やっと見つけた。

「真里っ……!」
 こっちを見つけたユキが慌てる様に階段を降りてきて、僕を抱きしめる。声が少し疲れているような気がする、迎えにきてよかった……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

アダルトショップでオナホになった俺

ミヒロ
BL
初めて同士の長年の交際をしていた彼氏と喧嘩別れした弘樹。 覚えてしまった快楽に負け、彼女へのプレゼントというていで、と自分を慰める為にアダルトショップに行ったものの。 バイブやローションの品定めしていた弘樹自身が客や後には店員にオナホになる話し。 ※表紙イラスト as-AIart- 様(素敵なイラストありがとうございます!)

モルモットの生活

麒麟
BL
ある施設でモルモットとして飼われている僕。 日々あらゆる実験が行われている僕の生活の話です。 痛い実験から気持ち良くなる実験、いろんな実験をしています。

前後からの激しめ前立腺責め!

ミクリ21 (新)
BL
前立腺責め。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

目が覚めたら囲まれてました

るんぱっぱ
BL
燈和(トウワ)は、いつも独りぼっちだった。 燈和の母は愛人で、すでに亡くなっている。愛人の子として虐げられてきた燈和は、ある日家から飛び出し街へ。でも、そこで不良とぶつかりボコボコにされてしまう。 そして、目が覚めると、3人の男が燈和を囲んでいて…話を聞くと、チカという男が燈和を拾ってくれたらしい。 チカに気に入られた燈和は3人と共に行動するようになる。 不思議な3人は、闇医者、若頭、ハッカー、と異色な人達で! 独りぼっちだった燈和が非日常な幸せを勝ち取る話。

真・身体検査

RIKUTO
BL
とある男子高校生の身体検査。 特別に選出されたS君は保健室でどんな検査を受けるのだろうか?

処理中です...