死が二人を分かたない世界

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真里編:第5章 約束

幼馴染

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 虚しい……色々なことが面倒だ、自分はどうにも運が無いらしい……生きている時も、死んだ後でさえも。
 ひっそりと誰にも知られず、このまま朽ち果てていきたいとさえ思った。

 元々この姿はあまり人に知られていない、あとは目と髪を黒くすれば、すれ違った人達は誰も自分だとは気付かないだろう、所詮そんな存在だ。

 髪は切る気にはならなかった、せめてこれだけは自分らしく……。

 家から表の通りに出る、ここは古い町並みを模した一角、大通りからはかなり奥まったところにある、古い時代をいつまでも懐かしむ人達が暮らす地区。
 ここにいる人達は殆どが和装で、つい最近まで月代を剃り上げている人も居た……そんな場所で自分は存外目立っていたから、目印の髪色を黒くしただけで……ほら誰も気づかない。

 虚しい……。

「聖華っ!」
 振り返らずとも誰なのか判る。

「人違いじゃないですか?」
「今、振り返っただろ!」
「聖華なんて人知りません」
「……お前、そんなんで変装したつもりか!? 顔丸出しじゃねーか!」
 お前以外は誰も気付かねーよ。
「……バカ伊澄」
「あぁ!? らしくねぇんだよ! こんな髪の色にしやがって! お前、真里はどうした!」
「ユキさんが連れて行ったよ」
「そうか、よかった……」
「お前も真里、真里かよ」
 
 面白くない……面白くない……。

「何言ってんだ、お前を心配して探してたんだよ! 無事でよかった」

 こんな一言で、回復する魔力が腹ただしい。

「童貞のくせに」
「違うっつってんだろ!」

ーーーーー

「幼馴染!?」
「あぁ、聖華と伊澄は幼馴染だ」

 ユキをベッドの上で膝枕……ユキがうつ伏せだから、膝枕という表現が正しいのかは謎だけど、座った状態の僕のお腹にぐりぐりと頭を押し付けながら、想像もしてなかった事をポロリと喋った。

「俺達と一緒だな」

 そうか……そう言われれば、僕達も幼馴染と言っても良いのかもしれない。

「聖華は伊澄と居ると魔力が回復してる、他のやつに好きだなんだと言ってるのは、自分に言い聞かせてるのか……ただの思い込みだな」
「じゃあなんであんな態度を……?」
 何も知らなかった僕から見れば、聖華の伊澄さんへの態度は、本気で嫌っているように見えたし、ユキに対しては本気で好きなんだと思ってた。

「聖華は伊澄に後ろめたさがあるんだよ、自分と一緒にいると伊澄が不幸になると思ってる、遠ざけたいんだろう」
「なんで……」
「伊澄が人を殺しをしたのも……命を落とした理由も、聖華の為だからなぁ」
「……殺しって」

 うつ伏せで膝の上に乗ったユキの頭を、そっと撫でてから抱きしめた。

「なんだ? 人殺しが怖いか? ここはそんな奴ばっかりだぞ? 俺なんかどうなるんだ、何人殺したか自分でも分かってない」
 そう言って僕の腰に回した腕をぎゅと強める……怖いのはきっとユキ自身なんだろう。まだユキが夢で話してくれた事、全てを思い出せていない……。早く思い出したい、君が不安に感じている事全てに、大丈夫だって言ってあげたいのに。

「僕がユキを怖がる筈ないだろ」
「俺は怖い……真里に嫌われたくない、失いたくない」

 ユキが僕の膝の上から頭を起こす、顔が近づいてきたので目を瞑ると、カプッと咥えるようにキスされた。そのまま背中を支えられながら、ベッドに倒される。
 舌が入ってきて、このままもっと……と一瞬思ったけど、僕はユキと話したいことがある。ユキのおでこを撫でるように少し押すと、口を放してくれた。

「ユキに聞きたいことがあるんだけど」
「なんだ?」
 そう言って僕の横にごろっと寝転んだ、目が合うと柔らかく笑うユキと手を繋ぐ、恋人繋ぎだ、少し気恥ずかしくてくすぐったい。

「母さんを助けてくれた時の対価、1日分の寿命じゃ足りてなかったんじゃない?」
「……見たんだったな」
「ありがとう……僕の死を、意味のあるものに変えてくれて」
 ユキが居なければ僕も母さんも死ぬ筈だった、そしたら父さんは独りぼっちになるところだった……本当に良かった、母さんを助けられて。

「俺が真里と一緒に居たいからやったんだ、俺のエゴだよ」
「じゃあ、やっぱりありがとうだね」
 だって僕も君と一緒に居たかったんだから、それはエゴじゃなく二人の願いだ。

「本当に感謝してるんだよ、ユキがしてくれた事全部……僕のこと迎えに来てくれた事も、倒れるほど魔力を使って母さんを助けてくれた事も、自分の力を削ってまで眷属にしてくれた事も……」
「なんだ? 聖華に聞いたのか?」
「そうだね、ユキが僕にプロポーズするつもりで眷属にしたって事もよく分かったよ!」
 ユキが眉をしかめて苦笑いしている、余計なことをとでも思っているのだろうけど、僕としては教えてもらってよかったと思っている。思わず握った手にぎゅっと力を込める。

「……あと、僕が子供の時……死にかけたあの寒い日に、僕に諦めるなって声を掛けたの、ユキだよね?」
 ユキの方に顔を向けて、真っ直ぐに瞳を見つめて問いかけると、ユキの少し驚いたような顔が僕に向けられた。
「覚えてたのか?」
「覚えてたというか……思い返してみたら声がユキだったなって、あれが無かったら僕はあの時死んでたかも」
 感情が高ぶって、声が震えた、目頭が熱い。
 寿命は決まってるから、あの時死ぬことはなかったのかもしれないけど……それでもあの声があの時僕に生きる力をくれた事は間違いなかった。

「あんな小さい頃から、僕の事見てたの?」
「真里が生まれた時から見てたさ、お前が2歳くらいの時には一回見つかった」
「うそ!?」
 全然覚えてない! 2歳だから当然なんだけど、ユキに会っていたのに覚えてないなんて、なんか悔しい。

「真里を殴るあの女は本気で殺してやりたいと思ってた、痛めつけられて死にそうな真里が可哀想で……でも側にいることしか出来なかった」
 ユキの手が首の下に差し込まれて抱き寄せられた、温かい……僕はずっとユキに見守られてたんだ。ユキの胸に顔を埋めると鼓動が聞こえる、ここが今僕が一番安心できる場所だ。

「ずっと君に伝えたかった事があるんだ」
「なんだ?」
 ユキの胸から顔をあげると、綺麗な顔が目の前にある。長い睫毛の下の瞳を見つめてドキドキする、思わずユキの服をギュッと握り息を呑んだ、改まってとなると緊張する。

「夢で初めて会った時から、ずっと好きだった。君に会えたら伝えたいと思ってたんだ、こんなに遅くなっちゃったけど……僕の初恋はユキなんだ、君以外の人なんて好きにならなかった」
 最後に"これからもずっと好きだよ"と笑いかけると、ユキの瞳が揺れて、じわっと涙が溜まる。少し口をあけたそんな表情が可愛くて、ユキの目元を親指で拭ったら、ユキがすごく嬉しそうに笑った、ウッ、反則的に可愛い!!

「俺もずっと好きだったよ、忘れようとしたけど無理だった……」
「ふふっ、忘れようとしたの?」
「会えるなんて思ってなかったからな……それでも忘れられなくて、ずっと探してた、探しても探しても会えなくて……やっと会えたんだ」
 ユキがおデコをくっつけてぐりぐりとしてくる、どちらからともなく唇が触れ合ったかと思うと、自分の上にユキの重さを感じた。ユキの背中に腕をまわすと、自分から口を開いてユキを誘う、舌を絡め取られて、頭が真っ白になっていく……ユキになら何をされても構わないとさえ思えた。

「好きだ、真里……もう離れたくない」
「僕も大好きだよ」
 強く抱きしめられて、負けないくらい強くユキの背中を抱きしめた。
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