死が二人を分かたない世界

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真里編:第2章 別れ

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※子供が虐待されているシーンを含みます、苦手な方はご注意ください。


 虐待の発覚を恐れた母親によりそれから僕は軟禁状態になった、絶対に外に出るなと厳命されたが、母親は変わらず2、3日に1度しか帰ってこなかった。

 一度人の暖かさを知れば、子供でも自分が不幸だという事に気付く、いっそ知らなければよかったとさえ思った。それでも僕の世界は母親が全てで、母親に捨てられることをただ恐れていた。

 ちょうどこの頃"あの子"の夢を見始めた……夢の中とはいえ、はじめての友達が出来たことは、僕にとっては最高の出来事だった。夢が見れるから夜が怖くなくなった、眠ることが楽しみになった、夜だけは僕は一人じゃなくなっていた。

 "あの子"の話はユキにはしなかった、夢の中の出来事なんて突飛な話だし、人にするものではない事くらい心得てる。それでもユキなら親身に聞いてくれそうな、信じてくれそうな予感はしていた。
 ただ、"あの子"との夢は僕の中で一番の宝物で……もしそれを否定される事になれば、ユキに好意的ではいられないと思った、僕はユキを嫌いになりたくなかったのかもしれない。

 しばらく軟禁状態が続いて、雪が降る様な寒い日の朝、母親がとうとう4日間帰ってこなかった。水と家にあった調味料だけで空腹がしのげなくなった僕は、こっそりとあの家へ行こうと部屋を出た。
 逃げ出そうと思った訳じゃない、ただお腹が空いて限界だ……そう言い訳して、あの家に行けるという口実を自分の中で作ったんだ。

 そして帰宅した母親と鉢合わせた。

 約束を破った僕を、母親は当然のように執拗に痛めつけた、何度も何度も謝ったが、許しては貰えなかった。
 顔は殴られすぎて腫れ上がり、鼻血が止まらない、謝った回数"死ね"と言われた、涙が止まらない目頭が、血が出ている鼻より痛かった。

 最後に母親は手近なところにあったフォークを、僕の左手の甲に突き立てて、そして二度と帰ってこなかった。
 部屋を出て行く時の汚いものを見るようなあの目を、一度だって忘れたことは無い。小さい子供でも自分は捨てられたのだと、自覚するには十分な所業だった。

 痛みと熱で起き上がれず、フォークを刺された手の甲は赤く腫れあがって膿んだ。水も取れず、排泄もその場で行うしかなく、暖房機器のついていない部屋は耐えられないほど寒かった。

 意識が朦朧として、目もよく見えなくなった時、"諦めるな"って声が聞こえた気がした。その声に少し意識が戻された時、警察と一緒に飛び込んできた今の母さんが、僕を抱き上げて部屋から連れ出してくれたんだ。
 発見された時、僕は本当に汚かった筈なんだけど、それでも何度も何度も謝りながら泣きながら、母さんは僕を抱き締めてくれた。すごくすごく、暖かかった。

 それから僕は、親が行方不明のまま一時施設で過ごしていたけれど、今の両親が養子として僕を引き取ってくれた。きっと面倒な手続きをたくさんしてくれたんだろうと思う。

「僕はねあの女への恨みより、両親への感謝の方が大きいんだ……二人を悲しませることは出来ないなぁって、思ってしまうんだよ」

 ユキに話した事で、あの女を消したいほど憎いと思った理由を自覚した。僕は自分がされた事に対して、憎しみを感じた訳では無かったんだ……あの女を憎んだのは、今の幸せが壊されると思ったからだ。
 それでも両親は変わらず接してくれた、あの女はもう関係の無い存在なんだと態度で示してくれた、安心させてくれた。

 僕は知ってる、どれほど愛情深く育ててもらったか、どれだけ大切にしてくれたか、本当の息子の様に愛してくれたか。
 僕が命を対価にあの女へ復讐したとして、一番悲しむのは誰だろうか……母さんを悲しませるくらいなら、僕はこの傷は無かったことにして構わないとさえ思えた。
 左手の甲には、あの時の傷跡がまだ残っている。この傷跡は無くなることはないけど、恨む気持ちまでいつまでも残す必要はない。

 ユキの手を少し強く握って、ちゃんとまっすぐ前を向いて、真剣に伝えよう。ユキが僕に嘘をつかないように、僕を騙したりしなかった様に……。

「だから僕は、君と一緒には行けない」
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