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意地っ張り

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 その日は真里まさとが居ない日だった。
 からかったり、お喋りを聞いてくれる相手が居ないのは、聖華せいかにとってつまらなかった。

 彼が自部署に来てからまだ一週間程度だ、気付けば友のような立ち位置に居た彼の存在は、聖華の中で欠けて欲しくないものになっていた。

 例の媚薬を真里のズボンに忍ばせたのは昨日だった、職場に出て来れないほど薬が効いてしまったのか? それなら出てきた暁には、処女卒業おめでとうとでもからかってやろうか……そんな事を思いながら、残業する気もない職場を後にする。

「じゃーお先ー」
 そう声をかけて聖華は振り返ることもなく事務所を出た、この後はいつもどおり男漁りの予定だ。

 この世界では心の満足度が糧となる、心が満たされれば魔力も満たされる。満たし方は人それぞれで、食事や睡眠で満たす者もいれば、聖華のように性的欲求を満たす事で魔力が満たされる者もいる。

 昨日は魔力を濃厚に詰めた飴を頬張ったお陰で、今日1日分の魔力は何とかなった。それでも毎日非常食での回復に頼るわけにはいかない、誰かさんのせいで回復しにくくなった魔力を、一度満タンとは言わずとも、大幅に回復させたいと聖華は思っていた。

 一度回復させたところで、主要の回復源を失った今の状態はジリ貧に他ならないのだが、聖華は計画するより場当たり的な行動に出るタイプだった。

「聖華!」
(げっ……来たよ)
 声だけでも分かる幼馴染であるその人は、聖華の魔力が回復しにくくなった諸悪の根源だ。

「なんだよ、今日も邪魔すんのかよ」
「邪魔はしない……が、気になるだろ」
 眉間にシワを寄せて意味深にそんな事を言う伊澄いずみに、聖華は内心ドキドキする。
(気になるって何が……!)

「お前、顔色悪いぞ? 体調悪いんじゃないか?」
「……」
 この後自分が別の男の元へ向かうのを止めに来たかと思ったら、体調の心配だった……。
 肩透かしを食らった気分でジトッと伊澄を睨むと、相手はなぜ不機嫌になったのか分からないといった顔をしている。

(ムカつく! ムカつく! ムカつくっ! 何なんだコイツはいつも! いつも!)
 聖華が奥歯を噛みしめて、腹ただしさから強く拳を握ると、伊澄はその手を取って遠慮なく歩き出した。
「ちょっと! なんなんだよ!」
「いいから来い」
 伊澄が聖華を引っ張ってきたのは共同の休憩所の一つで、中に入るなり聖華は壁に押し付けられた。

 軽い年齢操作を施しているせいで、今日は伊澄より少し背の低い聖華は、真剣な眼差しの伊澄に見下ろされて不本意にも胸が高鳴ってしまう。
(なんで、なんでそんな顔っ……!)
 顔に出していないつもりのその表情は、耳まで真っ赤に染め上げて眉尻を下げて、完全に恋する顔でしか無かった。

 額の辺りを片手でガッチリと掴まれて、壁に押し付けられた。側からみれば暴力的にさえ見えるその伊澄の行動は、聖華の心拍数をさらに跳ね上げた。
「少し我慢しろ」
 その一言以外なんの説明もせず、伊澄は聖華の唇を塞いだ。

「んっ! ……んんっ!」
 大した抵抗もしていないのに、いかにも無理やりこじ開けられたかのようなフリをして、聖華は口内を貪られるままその感触に酔った。

 舌の側面を舐められて、感じて、気持ち良くて……。いつもは負けん気が強くて、逆に感じさせてやろうなんて、相手を翻弄するほど舌技で責めたりするような性格だ。それなのに伊澄が相手となると、まるで何も知らない乙女のように、初々しく恥じらったり、顔を真っ赤にしてしまったり、されるがままになってしまうのだった。

 気分がすっかり盛り上がってしまって、思わず伊澄の背中に腕を回しかけて止まった。
(違う、違う……コイツとはそういう仲じゃない)
 ただ引き剥がすには名残惜しく、味わうように絡ませてきた舌の動きに応えてしまった。

(気持ちいい……こんなに気持ちいいキスしたら、また……ダメになる、他の男じゃダメになる)
 水音がするほど濃厚に絡ませあって、いっそこのまますべて奪って欲しいなんて……そんな事を思ってしまうくらいのタイミングで、糸を引きながら互いの唇が離れた。

「あっ……」
(終わっちゃった……)
 聖華はもの欲しそうな顔になっていて、それでもそんな表情に気付けるような感性は、持ち合わせていないのが伊澄という男だった。

「少しは回復したか?」
「——っ! 頼んでない!」
 前回はキスだけでも溢れるほど聖華の魔力は満たされた、でも今回は前ほどに回復していなかった。理由は明白だ、聖華本人がそれ以上を求めているからだ。

 それでもその辺の男と一回寝る以上には魔力が回復していて、きっと時間が長ければ、身体を重ねなくても満たされてしまうんだろうと……聖華本人も自覚していた。

「顔色が良くなったな」
 よしよしと頭を撫でられて、そんな事一つで嬉しくて、胸がドキドキしてしてしまうのが、聖華はたまらなく悔しかった。
 押し退けるように伊澄の腕から逃げた聖華は、くるりと1回転すればさらに幼い姿に変わった。

 年の頃は12歳程、150センチくらいの幼さの残るハーフ顔は、女の子のようなピンクの可愛らしい振袖姿に早着替えしていた。

「アンタのお陰で、魔力たんまりくれる男のとこに行けるわ」
 聖華は袖で口元を隠してクスクス笑った。照れ隠しもあった、妬いて欲しいのもあった……聖華は伊澄に止めて欲しかったのだ。

「……そうか」
 苦笑いで自分を送り出すようにそう吐いた伊澄を見て、聖華の胸には抉られるような痛みが走った。
(ダメだ、泣いてしまう)
 顔を隠すように背を向けて、逃げるように聖華はその場から走り去った。

(バカだ、バカだ! 何を期待していたんだろう)
 伊澄は聖華が他の男に抱かれるのを、引き留めたり妬いたりした事など一度もなかった。
 今まではそれでよかった、自分は伊澄を不幸にするから、もう関わって欲しくなかったのだ。

 けれどそうは言っていられない事情が出来た、聖華は恋を諦めたからだ。
 伊澄への気持ちをかき消してくれる程、強烈に恋い焦がれた相手を諦めたのだ。そうすれば自ずと湧き上がってくる感情は、かき消したはずの伊澄への感情だ。

 伊澄には今まで散々ひどい仕打ちをした、自分に近付かせまいとひどい態度もとっていた。
 そんな今までのことも、生前からの二百年互いに意地を張ったことも、全てかなぐり捨てて自分を求めて欲しい……と、そんなわがままな感情が、聖華の中で強く芽生えてしまった。

 一人で勝手に求めて、一人で勝手に傷付いている。なんてみっともない、自分はこんな弱い人間じゃない……自分は強く逞しく、何にも折れない花であらねばならない。

 一度足を止めて、再び滲んだ涙を袖で拭った。
 誰にも頼らなくてもいいように、伊澄が自分を求めなくても……今まで通りに振る舞えるようにしなければ。
 伊澄に頼らない魔力の供給源の確保が必要だった、より多く自分の魔力が回復する相手の元へ、聖華は再び歩みを進めた。
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