あなたを、愛したかった

やんどら

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第一章 Projective identification

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でも、どうやったら三咲にもう一度会えるのだろう。三咲は「これでいい」と言って去っていった。それで納得がいったのだろうか。何もかも、平穏に戻ったのだろうか。
僕にはその平穏が受け入れられなかった。きっと、何も変わらない日常を――もっとも五人も死んでいるが――また以前のように平々凡々と、榛原にほのかな恋心を抱きながら陽気にと生きていくような日常には戻れないと感じていた。
三咲はもう僕を苦しめるようなことはしないだろう。だがそれでいいのだろうか。もっとも、苦しめるようなことはしないでほしい。だがそれだけでいいのだろうか。僕は、三咲を放置していていいのだろうか。彼女は、助けを必要としているのではないか。僕が優しさを拒絶しているといい、そして彼女は“同じ”といった。彼女もまた優しさを拒絶しているのなら、彼女もまた、寂しい人間だろう。僕は、僕も救われたかった。
そのことを知ってか知らずか、僕は有栖にきいてみようと思った。彼女は以前のような腹黒はそのままかもしれないが、それ以前に狂ってしまっていた。言葉が通じるかどうかも怪しかったが、学校生活を送れているところを見ると、適応できないほどに狂っているとは思えない。

翌日、学校へ行くと有栖を探した。隣のクラスのはずだった。覗いてみると、窓のそばに立って外を眺めていた。
クラスにはいり彼女に近づく。声をかけようとしたとき、有栖はつぶやいた。
「雨だね」
 それは誰へ向けたものでもない声であることはすぐに分かった。決して僕に向いていない。
「雨だ……、雨、あめ……」
 顔を見ると、目の焦点が合っていなかった。虚ろな瞳で、ただぼんやりとしていた。
 恐る恐る話しかける。
「三咲について知りたい」
 有栖はピクリとも動かずに答えた。
「私が三咲だよ」
「あんたは有栖だ」
「三咲だよ」
 頭がどうかしてしまっている。だが三咲の手掛かりになりそうなのは有栖ぐらいしかいない。
「じゃあ、あんたのことについて知りたい」
「私か……、何も教えるようなことはないよ」
 じれったい思いがしてくる。だがそれに耐えながら話しかけ続ける。
「例えば、あんたのいう“世界”ってなんだ?」
「世界? この宇宙のことだね。そして私のこと」
「世界のことは何でも知ってるのか?」
「そういうわけじゃない。ただ、一体化しているだけ。そもそも人は宇宙と一体なの。それはきみもだよ」
 少しばかり、話が通じてきた。
「僕も、世界と一体化しているのか?」
「そうだね。本当は一体化しているけど、まだ自我が世界に追い付いていない。一体化する可能性があるといった方が適切かな」
「そうか。わかった。そういうことにしよう」
「信じてないの? 本当だって」
「ともかく、三咲は世界、宇宙なんだな」
「そう」
「わかった。それは運命と関係があるのか?」
「うーん、半分だけ。私たちに自由意思はない。私たちそれぞれは世界で、世界は私たちそれぞれ。半分席アに規定されている運命で、半分自由?」
「三咲もわかってないのか?」
「あれ? おかしいな。どうして三咲は知らないんだろう……」
「やっぱり、有栖なんじゃないか?」
「私は有栖? 三咲じゃないの?」
 きっと有栖の精神は三咲の不完全な姿か何かだろう。これ以上話をしていても埒が明かない。
「三咲はどこにいる」
「私だよ」
「じゃあ、有栖はどこにいる」
「どこだろう……、わからない」
 僕はもうこのやり取りが嫌になり、そして途方に暮れた。
 
放課後、薄暮の中を歩きながら、ただただ三咲朱音のことを考えつつ学校を後にした。
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