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第一章 Projective identification
不穏
しおりを挟む僕は、榛原瑠那先輩と帰っていた。冬の寒空にもかかわらず、心は陽気だった。それは、僕が榛原先輩のことが好きだったからだ。彼女と帰っているというそれだけの理由で、僕は一日がとてもよかったもののように思えてくる。寒さなんて気にもならないし、緊張はするけど、嫌なものではなかった。
「桐生君、」
榛原先輩が声をかけてきた。
「どうしましたか?」
「何かいいことでもあった?」
今がいいことなのだと、僕には言えなかった。まさか好意を向けているなどと、察されることは恐ろしかった。この微妙に安定した心地よさを失いたくなかった。
「別に、何もないですよ」
「でも、なんだか楽しそう」
「楽観的なんですかね」
「うーん、桐生君は神経質なイメージがあるけどな」
それが僕を揶揄したものであることに、そう簡単には気づけなかった。しばらく歩いていて、ふと気が付いた時には、榛原先輩は笑っていた。
「桐生君って変わってるね」
「変わってるなんて言われるのは初めてです」
「そうかな。誰にも言われないだけで、きっとみんなそう思ってるよ」
「それは嫌味ですか?」
つい、僕の卑屈さからそんな言葉が出てしまった。榛原先輩を不快にさせたいなどとは微塵も思っていないのに、ただ、僕のちっぽけなプライドを維持するために、攻撃的な言葉を向けてしまう。しかし、それを取り繕うだけの力は僕にはなかった。
「えーっと、桐生君はそれだけ面白い人ってことかな……」
嫌な沈黙が流れた。僕は取り繕うことばかり一生懸命考えていたが、何も思いつくことはなかった。
ただじっと考えているうちに、踏切に差し掛かった。
「遮断機降りてるよ」
榛原先輩はそういった。僕はうつむいていたのを顔を上げた。しかし、思いもよらぬものが目に入った。
カンカン、カンカン、
踏切の警告音がなっている中、閉じようとしている遮断機の向こう側、いや、正確には踏切の中、線路の上に一人の少女が立っていた。
少女といっても、だいたい僕と同じくらいの年齢だろう。ショートカットで端正な顔立ちの美しい少女だった。ただ、少女といったのは、高校生ぐらいであるにもかかわらず、こんな時間に私服を着て、しかも少々幼く見えたからだ。
一瞬その美しさに目を奪われたが、それどころじゃない。少女は肩を震わせ、怯えていた。そんなところに居たら列車に轢かれてしまう。そんなことはすぐに分かった。
自殺志願者なのか何なのかわからないが、彼女は怯えている。僕は彼女を助けなければならない。そう確信して、僕は踏切内に突進した。
「危ない!」
榛原先輩の叫び声が聞こえた気がしたが、すぐに列車の轟音にかき消された。
列車ではなく、僕が少女の身体を跳ね飛ばし、踏切の外に出られた。幸い誰も列車にぐちゃぐちゃにされずに済んだ。僕はそんなに大柄なわけではないが、その少女の身体も小柄だったため、簡単に線路外に押し出せた。
頭を打っていないか心配しながら声をかける。
「大丈夫か?」
少女は頭を押さえながら立ち上がる。
「病院に行くか?」
「……さい」
「何?」
「うるさい」
「うるさい?」
「どうして助けた! 絶対に許さない!」
僕は思わず唖然としてしまった。良かれと思って助けたのだ。目の前で死のうとしている人がいたら、助けるだろう。僕は何も考えていなかったのだろうか。いや、あんなタイミングで例えどんな心の専門家でも、カウンセリングなんてしてる余裕はないだろう。まずは物理的に助けるはずだ。
しかし、少女は僕を恐れているように見えた。恐れているというより、怯えているといった方が正確かもしれない。少女は、僕の目を見ながら、ガタガタと震えていた。それは逃げ場を失った小鹿のような悲哀に満ちていた。
「絶対に許さない! 絶対に!」
興奮しているのか、出てくる言葉はただそれだけだった。
その少女は走り出そうとした。だが、ふと立ち止まって、僕を見た。
「私の名前は三咲朱音。そうよ、そういうこと。あはは、絶対に許さない」
そのまま、その三咲という少女は去っていった。
遮断機が上がり、榛原先輩が歩いてくる。
「無事でよかった……」
「逆恨みされたみたいですけど」
「みたいね。あの子の恨み節は私にも聞こえた」
「嫌な後味ですね」
「そうね。せっかく体を張ったのにね。でも、あんな危ないことしちゃだめだよ。約束できる?」
「……はい」
「うん、それでいい」
なんだか小馬鹿にされているような気がして恥ずかしかったが、だけど榛原先輩のいうことなら聞かなければならなないと思った。
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